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さわこさんと、四方山話
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「もめたわ~」
居酒屋さわこさんにご来店くださったジュチさんは、開口一番そうおっしゃられました。
なんでも、今日は半年に1度の上級酒場組合と中級酒場組合の代表者会議が行われていたのだそうでございます。
「上級酒場組合のやつらさぁ、愚痴やら嫌みやら恨み節やらでもういい加減にしろっての」
「そんなにすごかったのですか?」
「すごいってもんじゃなかったわよ、さわこ。
まず、
『中級酒場組合が頑張り過ぎているせいで上級酒場組合が少々苦慮している』
なんて言い出すからさ
「だったら上級酒場組合も頑張ったらいかがです?」
そう言い返してやったのよ?
そしたら上級酒場組合のやつら、
『私達は、あなた方のような後ろ盾がありませんからね』
ってさ、バテア青空市やワノンの酒造工房のことをちらつかせてきたわけよ。
で、頭にきたから、
「そうせざるを得なくしたのはアンタ達でしょうが!」
って言い返してやったわけ。
そしたらあいつら、今度は
『それは他の者が勝手にやったことで、それに関しては我々も……』」
カウンター席に座っているジュチさんのお話を、私は右手の人差し指を自らの唇にあてがいまして、いわゆる「お静かに」のポーズをとることで制止させていただきました。
視線で、ジュチさんの後方を見つめてもおりました。
そんな私の視線の先……ジュチさんの後方では、ラニィさんが拭き掃除をしてくださっていたのでございます。
先ほど、ジュチさんがお話なさりかけた、上級酒場組合の皆様のお言葉
『それは他の者が勝手にやったこと』
その『他の者』の1人がラニィさんだったのです。
この一件に関しましては、その間に入った方が諸悪の根源だったことがすでにわかっていますし、その方のせいでラニィさんが思っていなかった事態に発展してしまったこともすでに皆様もご承知ではあるのですが、当事者のラニィさん的には、やはりまだこの話題を出されるのは少々心苦しいご様子なんですよね。
それを承知しておりますので、大変失礼とは思いましたものの、私はジュチさんのお言葉を遮らせていただいた次第です。
私の仕草と視線ですべてを察してくださったジュチさんは、そのお顔に
『しまった』
といった表情を浮かべながら、自ら口を押さえておられました。
そんな私達の様子を察してくださったラニィさん。
「お気を使わせてしまい申し訳ありません。でも、大丈夫ですわ」
笑顔でそう言ってくださった次第です。
「……このバカ」
「……ごめん」
バテアさんに、後頭部を軽く小突かれて、ジュチさんは申し訳なさそうな表情をその顔に浮かべておいででした。
何気なく発してしまった一言で、知らずに誰かを傷つけてしまう。
私も気をつけないと、と思った一件でございました。
◇◇
先のジュチさんのお話では、上級酒場組合の酒場はですね、売り上げこそ減ってはいるものの閉店するお店は出てはいないそうです。
ただ、中にお色気を売りにする……私の世界で言うところのキャバクラのような接待行為を売りにするお店が出始めているそうで、上級酒場組合の皆様もその対応に苦慮なさっているとのことでした。
そもそも上級酒場組合の酒場はですね、品行方正を旨となさっていますので、そういった行為は厳禁とされているそうなのです。
「売り上げ維持のために、以前からこっそりそういうサービスを行っている店も少なくありませんでしたの。それを黙認していたツケがここに来て噴出したのでしょうね」
ラニィさんは、苦笑しながらそう言われました。
上級酒場組合に加盟して酒場を経営なさっていた頃のラニィさんは、上級酒場組合の役員をつとめつつこういった行為の監視を行っておいでだったそうなのです。
ですが、彼女の上役の役員の方に、いわゆる賄賂を渡してですね、見逃してもらうように働きかけていたお店も少なくなかったそうなのです。
「色々あるのですねぇ」
「そんなものですわ……今、思い出しましても、怒りがこみ上げて参りますの」
私とラニィさんはそのような会話を交わしながら接客を続けておりました。
◇◇
巷ではいろいろございますけれども、私に出来ることは居酒屋さわこさんを頑張って運営していくことだけです。
今日、お店に来てくださった皆様にご満足いただけるよう、精一杯の料理とお酒を提供させていただきまして、今日のお疲れを癒やしていただき、また近いうちにご来店頂けますよう誠心誠意商うことを肝に銘じております。
最近のお店では、おでんがかなり浸透しております。
常に7品目を煮こんでおりまして、おでんセットとしてそれを一品ずつもりつけたものを提供させていただいております。
通常のおでんよりも、やや小ぶりに切り分けた7品目を一皿で提供させていただきましても、それだけでお腹がいっぱいになることがないように配慮させていただいております。
常連のお客様になりますと、
「さわこさん、今日は焼き豆腐としらたきをもらえるかな?」
「僕はこんにゃくとタテガミライオン串をお願いします」
このように、個別に御注文くださるケースも増えております。
夜が肌寒くなってまいりましたので、このおでんと一人鍋をセットで御注文いただくケースが日に日に増えているように感じております。
これに少々困惑しているのがベルなんです。
ベルは、お店が営業している間はカウンターの端っこに置いてある座布団の上で、猫の姿で丸くなっております。
そこに、お客様が
「ベル、これ食べるかい?」
「さ、これもお食べ」
と、ご自分の料理を取り分けてくださる事が多いのです。
これは
『ベルに料理を食べてもらうと、明日の仕事がうまくいく』
そのような都市伝説めいた噂がお客様の間でまことしやかに語られているためなのですが……
以前でしたら、焼き鳥や串焼きといった、熱々とはいえ比較的温度が低めの料理が多かったのですが、おでんや一人鍋になりますと、その温度がかなり高めになってしまうわけです。
お客様も、多少冷ましてくださってはいるのですが……お客様の多くは酔客なわけでございまして……あまり冷まさないままベルに料理をわけてくださるケースも多々ございまして、その度にベルが
「あちゃちゃちゃちゃちゃあ!?」
と、思わず人語で悲鳴をあげることも少なくなかったりいたします。
「さーちゃん、なんとかしてほしいにゃあ」
お店が引けた後、そんな相談をベルから承った私なのですが……散々思案いたしました結果、ある噂をお客様に間に流させていただくことにいたしました。
『ベルに食事を与える際に、よく冷ましてからあたえると、明日さらにいいことがあります』
……我ながら少々安直過ぎた気がしないでもないのですが……
驚いたことに、翌日からベルの前に出される料理のほとんどが、よく冷まされたものになっていたのでございます。
お客様が熱々のまま料理をベルに与えようとすると、
「あ、ちゃんと冷ますと、さらにいいことが起きるそうですよ」
そのように、お客様がお客様に教えてくださって……それが連鎖していたのでございます。
私は、最初数人の常連さんに先のお話を流布させていただいただけだったのですが、私の意図を皆さんが察してくださったのだと思います。
そんな皆様の優しさのおかげで、今日はベルが人語で悲鳴をあげることは……
「ほわちゃちゃちゃちゃちゃちゃあ!」
「あれ? ベルちゃん熱かった?」
「ホワット!? ツカーサ、なんで冷まさないの?」
「え? だって熱々の方がベルちゃん喜ぶかと思って……」
なんだか、そのような会話も聞こえて来た次第でございまして……
どうやら、もう一思案、必要みたいですね。
ーつづく
居酒屋さわこさんにご来店くださったジュチさんは、開口一番そうおっしゃられました。
なんでも、今日は半年に1度の上級酒場組合と中級酒場組合の代表者会議が行われていたのだそうでございます。
「上級酒場組合のやつらさぁ、愚痴やら嫌みやら恨み節やらでもういい加減にしろっての」
「そんなにすごかったのですか?」
「すごいってもんじゃなかったわよ、さわこ。
まず、
『中級酒場組合が頑張り過ぎているせいで上級酒場組合が少々苦慮している』
なんて言い出すからさ
「だったら上級酒場組合も頑張ったらいかがです?」
そう言い返してやったのよ?
そしたら上級酒場組合のやつら、
『私達は、あなた方のような後ろ盾がありませんからね』
ってさ、バテア青空市やワノンの酒造工房のことをちらつかせてきたわけよ。
で、頭にきたから、
「そうせざるを得なくしたのはアンタ達でしょうが!」
って言い返してやったわけ。
そしたらあいつら、今度は
『それは他の者が勝手にやったことで、それに関しては我々も……』」
カウンター席に座っているジュチさんのお話を、私は右手の人差し指を自らの唇にあてがいまして、いわゆる「お静かに」のポーズをとることで制止させていただきました。
視線で、ジュチさんの後方を見つめてもおりました。
そんな私の視線の先……ジュチさんの後方では、ラニィさんが拭き掃除をしてくださっていたのでございます。
先ほど、ジュチさんがお話なさりかけた、上級酒場組合の皆様のお言葉
『それは他の者が勝手にやったこと』
その『他の者』の1人がラニィさんだったのです。
この一件に関しましては、その間に入った方が諸悪の根源だったことがすでにわかっていますし、その方のせいでラニィさんが思っていなかった事態に発展してしまったこともすでに皆様もご承知ではあるのですが、当事者のラニィさん的には、やはりまだこの話題を出されるのは少々心苦しいご様子なんですよね。
それを承知しておりますので、大変失礼とは思いましたものの、私はジュチさんのお言葉を遮らせていただいた次第です。
私の仕草と視線ですべてを察してくださったジュチさんは、そのお顔に
『しまった』
といった表情を浮かべながら、自ら口を押さえておられました。
そんな私達の様子を察してくださったラニィさん。
「お気を使わせてしまい申し訳ありません。でも、大丈夫ですわ」
笑顔でそう言ってくださった次第です。
「……このバカ」
「……ごめん」
バテアさんに、後頭部を軽く小突かれて、ジュチさんは申し訳なさそうな表情をその顔に浮かべておいででした。
何気なく発してしまった一言で、知らずに誰かを傷つけてしまう。
私も気をつけないと、と思った一件でございました。
◇◇
先のジュチさんのお話では、上級酒場組合の酒場はですね、売り上げこそ減ってはいるものの閉店するお店は出てはいないそうです。
ただ、中にお色気を売りにする……私の世界で言うところのキャバクラのような接待行為を売りにするお店が出始めているそうで、上級酒場組合の皆様もその対応に苦慮なさっているとのことでした。
そもそも上級酒場組合の酒場はですね、品行方正を旨となさっていますので、そういった行為は厳禁とされているそうなのです。
「売り上げ維持のために、以前からこっそりそういうサービスを行っている店も少なくありませんでしたの。それを黙認していたツケがここに来て噴出したのでしょうね」
ラニィさんは、苦笑しながらそう言われました。
上級酒場組合に加盟して酒場を経営なさっていた頃のラニィさんは、上級酒場組合の役員をつとめつつこういった行為の監視を行っておいでだったそうなのです。
ですが、彼女の上役の役員の方に、いわゆる賄賂を渡してですね、見逃してもらうように働きかけていたお店も少なくなかったそうなのです。
「色々あるのですねぇ」
「そんなものですわ……今、思い出しましても、怒りがこみ上げて参りますの」
私とラニィさんはそのような会話を交わしながら接客を続けておりました。
◇◇
巷ではいろいろございますけれども、私に出来ることは居酒屋さわこさんを頑張って運営していくことだけです。
今日、お店に来てくださった皆様にご満足いただけるよう、精一杯の料理とお酒を提供させていただきまして、今日のお疲れを癒やしていただき、また近いうちにご来店頂けますよう誠心誠意商うことを肝に銘じております。
最近のお店では、おでんがかなり浸透しております。
常に7品目を煮こんでおりまして、おでんセットとしてそれを一品ずつもりつけたものを提供させていただいております。
通常のおでんよりも、やや小ぶりに切り分けた7品目を一皿で提供させていただきましても、それだけでお腹がいっぱいになることがないように配慮させていただいております。
常連のお客様になりますと、
「さわこさん、今日は焼き豆腐としらたきをもらえるかな?」
「僕はこんにゃくとタテガミライオン串をお願いします」
このように、個別に御注文くださるケースも増えております。
夜が肌寒くなってまいりましたので、このおでんと一人鍋をセットで御注文いただくケースが日に日に増えているように感じております。
これに少々困惑しているのがベルなんです。
ベルは、お店が営業している間はカウンターの端っこに置いてある座布団の上で、猫の姿で丸くなっております。
そこに、お客様が
「ベル、これ食べるかい?」
「さ、これもお食べ」
と、ご自分の料理を取り分けてくださる事が多いのです。
これは
『ベルに料理を食べてもらうと、明日の仕事がうまくいく』
そのような都市伝説めいた噂がお客様の間でまことしやかに語られているためなのですが……
以前でしたら、焼き鳥や串焼きといった、熱々とはいえ比較的温度が低めの料理が多かったのですが、おでんや一人鍋になりますと、その温度がかなり高めになってしまうわけです。
お客様も、多少冷ましてくださってはいるのですが……お客様の多くは酔客なわけでございまして……あまり冷まさないままベルに料理をわけてくださるケースも多々ございまして、その度にベルが
「あちゃちゃちゃちゃちゃあ!?」
と、思わず人語で悲鳴をあげることも少なくなかったりいたします。
「さーちゃん、なんとかしてほしいにゃあ」
お店が引けた後、そんな相談をベルから承った私なのですが……散々思案いたしました結果、ある噂をお客様に間に流させていただくことにいたしました。
『ベルに食事を与える際に、よく冷ましてからあたえると、明日さらにいいことがあります』
……我ながら少々安直過ぎた気がしないでもないのですが……
驚いたことに、翌日からベルの前に出される料理のほとんどが、よく冷まされたものになっていたのでございます。
お客様が熱々のまま料理をベルに与えようとすると、
「あ、ちゃんと冷ますと、さらにいいことが起きるそうですよ」
そのように、お客様がお客様に教えてくださって……それが連鎖していたのでございます。
私は、最初数人の常連さんに先のお話を流布させていただいただけだったのですが、私の意図を皆さんが察してくださったのだと思います。
そんな皆様の優しさのおかげで、今日はベルが人語で悲鳴をあげることは……
「ほわちゃちゃちゃちゃちゃちゃあ!」
「あれ? ベルちゃん熱かった?」
「ホワット!? ツカーサ、なんで冷まさないの?」
「え? だって熱々の方がベルちゃん喜ぶかと思って……」
なんだか、そのような会話も聞こえて来た次第でございまして……
どうやら、もう一思案、必要みたいですね。
ーつづく
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