異世界居酒屋さわこさん細腕繁盛記

鬼ノ城ミヤ(天邪鬼ミヤ)

文字の大きさ
上 下
137 / 343
連載

さわこさんと、バックリンの甘露煮

しおりを挟む
 新たなメニューとして加わった一人鍋ですが、徐々に浸透していっている、そんな感じでございます。

 好評ではあるのですが、
「いやぁ、やっぱり俺はクッカドウゥドルの焼き鳥が……」
「今日はタテガミライオンのステーキをもらおうかな」
 居酒屋さわこさんの人気メニューの方がやはり人気といいますか、そちらの注文の合間に皆さんお試しで頼んでくださっている、そのような感じでございます。

 ただ注文数は、最初扱い始めた際にドーンと伸び、一度沈静化したあとジワジワ右肩あがりといった具合ですので、これから寒さが厳しくなっていけば、売り上げも自然とさらに伸びていくのではないかと思っている次第でございます。

◇◇

 午前中、時折街中に買い物に行くことのある私ですが、
「ちょっと待ってさわこ、私も一緒に行くわ」
「……さわこ、一緒」
 その度に、バテアさんやリンシンさんが同行してくださっていました。

 これは、以前私が中級酒場組合と上級酒場組合の騒動に巻き込まれてしまいまして、連れ去られたことがあるものですから、念のための措置なんです。

 すでに首謀者も捕まっていますし、私が十二分に周囲に気をつけていればよいのでは……そう思いもするのですが、実際に一度連れ去られているだけに、私自身も少々恐怖感が残っているといいますか……


 ただ、バテアさんは、薬草や魔石を採取するために異世界へ出向いていることが多いですし、リンシンさんも他の冒険者の皆様と一緒に狩りにでかけておられることが多いものですから、私が買い物に行きたいと思った際に出かけることが出来ずにいたんです。

 ですが

 最近は、その心配がなくなっております。

 
 本日、街の商店街へと買い物に出かけた私なのですが、その横にはベルの姿がありました。
 いつもの猫の姿ではなく、人型に変化しているベルは、
「さーちゃん、ベルの側を離れちゃ駄目よ」
 そう言いながら、私の腕をぎゅっと抱きしめながら移動してくれています。

 ここまでしてもらわなくても、一緒に歩いてくれていればそれで十分……そう思うのですが……

「いい、ベル。さわこは時々考え事をしながら無意識にあちこち動き回る癖があるから、一時も目を離しちゃ駄目よ」
「……あと、背後をほとんど警戒してないから、そこもしっかりフォローよろしく」
 バテアさんとリンシンさんから散々そんな風に言われているものですから、ベルもですね
「うん、任せて。サーちゃんはベルが守る!」
 気合い満々な様子で2人に頷いておりまして、その結果、こうして今も私の腕に抱きついた状態で周囲を警戒してくれている次第なんですよね。

 歩行の妨げになるようでしたら、さすがに辞めてもらうようにお願いするところなのですが……

 私の腕にガッチリ抱きついているベルなのですが、その存在を邪魔と感じることはまずありません。

 ベルは、私の歩行速度にあわせて移動してくれております。
 腕に抱きついてもいますけれでも、体重をかけてきませんので、重さも感じておりません。
 さらに、その腕を商品に伸ばそうとすると、ベルは自然な感じで腕を放してくれまして、また腕を元の位置に戻していくと、自然な感じで再び抱きついてくるのでございます。

 そこに存在感はあるのですが、まったく邪魔になっていない……そんな不思議な存在となって私の護衛をしてくれているんです。

 今日のベルも、そんな感じで私の腕に抱きついて移動しています。

 その際のベルは、常に猫の耳を立ててですね、それを周囲に向けてピコピコ動かしまくっています。
 周囲の音を聞き集めて、危険がないかどうか気を配ってくれているんですよね。

「いつもありがとうベル。用事も済んだし、何か食べて帰りますか?」
 日頃の感謝の気持ちを込めて、私はベルにそう言いました。

 これを受けたベルなのですが、
「じゃあ、お店に戻ってさーちゃんのつくった甘い物が食べたい!」
 すぐにそう返答してきました。

 私といたしましては、街でどのような食べ物が売られているのかを知るためでもあったのですが、
「さーちゃんの料理が一番好き」
 ベルは満面の笑顔でそう繰り返すばかりです。

 でも、本当に嬉しい一言です。

「じゃあ、帰ったら何か作りましょうか。何かリクエストはありますか?」
「ん~……さーちゃんの作った物!」
「もう、ベルったら、それはわかっていますから」
 そんな会話を交わしながら、私とベルは家路を急いだ次第でございます。

◇◇

 この日は、バックリンの甘露煮をベルに食べてもらいました。

 秋の味覚の代表格の1つであります栗とよく似た形と味をしているバックリン。
 それを丁寧に下処理した後、水と砂糖、蜂蜜と水飴を混ぜ合わせて甘く煮込んだバックリン。
 それを、お皿に盛り付けまして、そこに水飴を少し垂らして出来上がりです。

 お店に戻ると、すぐに猫の姿に変化するベル。
 なんでも、この姿でいる方が楽なんだそうです。

「はいベル、どうぞ」
 出来上がったバックリンの甘露煮を、座布団の上で丸くなっているベルの前に置きました。

 すると、ベルは
「にゃ~」
 と、嬉しそうに一鳴きしてから、バックリンを食べ始めました。

 ガツガツといった感じで、バックリンを食べていくベル。
 一度もとまらずに食べ続けていったベルの前から、バックリンの甘露煮はあっという間になくなってしまいました。

 よほど気に入ったらしく、ベルは食べ終わった後のお皿までペロペロなめ続けています。

「うふふ、そんなに美味しかったですか?」
「にゃ~!」
 私の言葉に、ベルは嬉しそうな表情で答えてくれました。

 そんなベルに、私はさっそくお代わりをよそった皿を置いてあげたのですが、

「さわこ~、アタシにも~」
 そんなベルのすぐ横の席に、いつのまにかツカーサさんが座っていたのです。

 私だけでなく、ベルもその気配に気が付かなかったらしく、その声を聞くなりビクッとしながら背中の毛を逆立てています。

 ホントに、ツカーサさんってば、いつもながら神出鬼没です……

 そんなツカーサさんは、
「ふー!」
 ベルに威嚇されていまして、
「もう、ベルちゃんったら、なにもそう青筋たてなくてもいいじゃないのさ」
 苦笑しながら必死にそれをなだめておられました。

 そんなツカーサさんの姿に苦笑しながら、私は鍋の中の甘露煮をもう一皿準備していった次第でございます。

ーつづく

しおりを挟む
感想 163

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

私に姉など居ませんが?

山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」 「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」 「ありがとう」 私は婚約者スティーブと結婚破棄した。 書類にサインをし、慰謝料も請求した。 「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。