131 / 343
連載
さわこさんと、リットの街 その1
しおりを挟む
ジューイさんの辛子事件こそございましたものの、それ以外は特に問題なくおでんはお客様に受け入れられていきました。
「これは美味しいですね、これから寒くなるとさらに美味しくいただける気がします」
ナベアタマさんは嬉しそうな表情でそう言いながら、焼き豆腐を口に運んでおられます。
「あはは、これいいわねぇ、ウチの店でも出したいわ!」
久しぶりにお店に顔を出してくださったジュチさんは、はんぺんを頬張りながらご機嫌なご様子です。
本日始めて販売いたしましたおでんですが、どうやら皆様のお口にあったようですね。
「さぁさぁ、こっちのお酒も味わいなよ。さわこがおでんの相方にと厳選したとっておきのお酒なんだからさ」
バテアさんも、気合いの入った様子で皆さんの周りを回っておられます。
その手には、いつものような一升瓶ではなく、今日は徳利が握られています。
先ほどまで、私の横にございます魔石コンロの上のお鍋の中で燗していた徳利でございます。
バテアさんが右手に持っていらっしゃる徳利は賀茂鶴、左手に持っていらっしゃる徳利は京女の温燗となっております。
それをバテアさんは、おでんを食べている皆様の近くへ寄っていっては、それらをお勧めしてくださいっている次第です。
「ほう、あったかいお酒か。こういうのもいいもんだね」
役場の激務が一段落なさったらしいヒーロさんが、嬉しそうな笑顔を浮かべながら京女を飲み干しておられます。
ですが
「何を言っているヒーロ。酒は甘酒と決まっているだろう?」
ヒーロさんのお隣に座っていらっしゃるゾフィナさんは、そう言いながら甘酒の入っているグラスを口になさっておられます。
ゾフィナさんの場合、甘酒はあくまでも潤滑油です。
そう、ぜんざいを食べるための、で、ございます。
甘酒を少し口になさると、ゾフィナさんはカウンターの上に置いていたぜんざいのお椀を手にとり、それを美味しそうに口に運んでいかれました。
ずずず……ぷはぁ
「うん、やはりぜんざいはいい! この甘さが喉を通過していく感触がたまらない」
ゾフィナさんは、満面の笑顔でそう言われています。
その笑顔があまりにも魅力的といいますか、ぜんざいのおいしさを際立たせているものですから、
「ちょ、ちょっと僕もぜんざいを食べてみようかな」
「さわこさん、こっちにもぜんざいを1つ」
そんな声がちらほら聞かれることも珍しくなくなっている次第でございます。
ぜんざいには、焼いたお餅だけでなく、栗もどきのバックリンや白玉団子を入れた物も準備させていただいているのですが、
「いや、私はこの焼き餅入りのぜんざいだけでいい。他のぜんざいを食べる事によって、このいつものぜんざいを一杯食べられなくなるわけにはいかないからな」
そう言って、ゾフィナさんはこれらのバリエーションには見向きもなさいません。
それもまた、ゾフィナさんらしいと言えなくもありませんね。
おでんの試食を開始した今日も、居酒屋さわこさんはお客様の笑い声で満ちあふれていた次第でございます。
◇◇
数日が経過いたしました。
おでんもいい感じでお客様の中に浸透しはじめておりますので、
「そろそろ正式なメニューに加えてみようかしら……」
私がそんなことを思案しながら、お重におかずをつめていた朝のことでございます。
「おあよ~わさこ~」
かなり早い時間にもかかわらず、バテアさんが寝室から降りてこられました。
私のことを『わさこ』と呼称なさっておられますので、寝ぼけておいでなのは一目瞭然でございます。
「バテアさんおはようございます。今日はご苦労様です」
「ほんと……いい迷惑だわ」
私の言葉を受けまして、バテアさんは再び大きなあくびをなさいました。
バテアさんがなぜこのように早起きをなさったのか、私は存じ上げております。
今日は、リンシンさん達、居酒屋さわこさんと契約してくださっておられます冒険者の皆様と一緒に南の街へ遠征なさるからなのでございます。
クッカドウゥドルが、寒くなり始めたのにあわせて南下したものでございますから、バテアさんの転移魔法を駆使いたしまして、その群れを追いかけていく約束を先日なさっておいでだったのですが、その実施日が今日なのでございます。
今、リンシンさん達、居酒屋さわこさんと契約してくださっておられます冒険者の皆様は、朝の狩りにでかけておいでですので、それからお戻りになり次第南へ向かうことになっています。
「ホント、あいつらってば朝早くから元気よねぇ」
カウンター席にお座りになったバテアさんは、机の上に突っ伏しておいでです。まだ眠いのでしょう。
でも、これも仕方がないのです。
私達は毎晩お店が終わってから晩酌をいたします。
それが終わると就寝するのですが、バテアさんだけは夜中に起きられましてですね、この建物の3階にございます研究室の中で作業を行っておられるのです。
その大半は、魔法道具の店で販売するための魔石や薬草、魔法薬といった品々です。
材料は、バテアさんが週に2,3日、この世界のどこかの森へ出向かれたり、異世界に出向かれて採取なさってこられています。
その材料をご使用なさりながら、遅くまであれこれ作業なさっておられるのです。
「……バテアさん。なんでしたら居酒屋さわこさんのお手伝いを早めに切り上げてくださってもいいのですよ?」
私はそんな言葉をバテアさんにおかけいたしました。
何しろ、以前のバテアさんは、ちょうど居酒屋さわこさんを手伝ってくださっている時間にですね、先ほど申し上げました作業をおこなっておられたのでございます。
逆を言えば、居酒屋さわこさんの手伝いを早めに切り上げていただけば、その分作業を早めに終わらせることが出来るようになるわけですし、バテアさんも朝が辛くなくなるのでは……
そんな事を考えての、私の一言だったのですが、私の発言を受けましてバテアさんは、
「うふふ……、好きでやってるんだからさ、さわこは気にしなくてもいいのよ」
そう言うと、いつものようにクスクス笑ってくださいました。
その笑顔を前にして、私は不謹慎ながらも、少し安堵してしまいました。
確かに、バテアさんを遅くまでこのお店に拘束してしまうのは忍びないのですが……でも、私といたしましては、バテアさんと一緒にお店を出来る事がとても楽しいのです。
バテアさんが、常連客の皆様と仲良く楽しく会話なさりながらお酒をお勧めなさっている。
その姿を厨房から拝見させていただきながら調理作業を行っていく。
それが、いつの間にか当たり前といいますか、いつもの光景になっている次第でございます。
「本当によろしいのですか?」
「あら? 辞めてもいいわけ?」
「……それは、ちょっと」
「ふふ……ならいいじゃない」
そう言って笑うバテアさん。
そんなバテアさんに私は、
「ありがとうございます」
そう言いながら、頭を下げた次第でございます。
ちょうどその時でした。
カランカラン
バテアさんの魔法道具の店の戸が開き、
「……帰った」
リンシンさんを先頭に、居酒屋さわこさんが契約させていただいております冒険者の皆様がお帰りになられました。
「はい、お帰り。で、早々だけど、もう行っちゃう?」
バテアさんはそう言いながら立ち上がりました。
それを受けて、冒険者の皆様も頷いておいでです。
「じゃ、行きましょうか。今日はとりあえずリットの街の周辺でいいわね」
そう言いながら、バテアさんが魔法陣を展開しはじめました。
私も、皆様のお昼ご飯用にと準備いたしましたお重が入っている風呂敷包みを取り出しています。
今日は、食事係として、私も皆様に同行させていただきますので、忘れ物がないか再度確認しております。
程なくして、魔法陣の中に転移ドアが出現いたしました。
あの扉の向こうが、今日の目的地のリットの街のはずです。
ーつづく
「これは美味しいですね、これから寒くなるとさらに美味しくいただける気がします」
ナベアタマさんは嬉しそうな表情でそう言いながら、焼き豆腐を口に運んでおられます。
「あはは、これいいわねぇ、ウチの店でも出したいわ!」
久しぶりにお店に顔を出してくださったジュチさんは、はんぺんを頬張りながらご機嫌なご様子です。
本日始めて販売いたしましたおでんですが、どうやら皆様のお口にあったようですね。
「さぁさぁ、こっちのお酒も味わいなよ。さわこがおでんの相方にと厳選したとっておきのお酒なんだからさ」
バテアさんも、気合いの入った様子で皆さんの周りを回っておられます。
その手には、いつものような一升瓶ではなく、今日は徳利が握られています。
先ほどまで、私の横にございます魔石コンロの上のお鍋の中で燗していた徳利でございます。
バテアさんが右手に持っていらっしゃる徳利は賀茂鶴、左手に持っていらっしゃる徳利は京女の温燗となっております。
それをバテアさんは、おでんを食べている皆様の近くへ寄っていっては、それらをお勧めしてくださいっている次第です。
「ほう、あったかいお酒か。こういうのもいいもんだね」
役場の激務が一段落なさったらしいヒーロさんが、嬉しそうな笑顔を浮かべながら京女を飲み干しておられます。
ですが
「何を言っているヒーロ。酒は甘酒と決まっているだろう?」
ヒーロさんのお隣に座っていらっしゃるゾフィナさんは、そう言いながら甘酒の入っているグラスを口になさっておられます。
ゾフィナさんの場合、甘酒はあくまでも潤滑油です。
そう、ぜんざいを食べるための、で、ございます。
甘酒を少し口になさると、ゾフィナさんはカウンターの上に置いていたぜんざいのお椀を手にとり、それを美味しそうに口に運んでいかれました。
ずずず……ぷはぁ
「うん、やはりぜんざいはいい! この甘さが喉を通過していく感触がたまらない」
ゾフィナさんは、満面の笑顔でそう言われています。
その笑顔があまりにも魅力的といいますか、ぜんざいのおいしさを際立たせているものですから、
「ちょ、ちょっと僕もぜんざいを食べてみようかな」
「さわこさん、こっちにもぜんざいを1つ」
そんな声がちらほら聞かれることも珍しくなくなっている次第でございます。
ぜんざいには、焼いたお餅だけでなく、栗もどきのバックリンや白玉団子を入れた物も準備させていただいているのですが、
「いや、私はこの焼き餅入りのぜんざいだけでいい。他のぜんざいを食べる事によって、このいつものぜんざいを一杯食べられなくなるわけにはいかないからな」
そう言って、ゾフィナさんはこれらのバリエーションには見向きもなさいません。
それもまた、ゾフィナさんらしいと言えなくもありませんね。
おでんの試食を開始した今日も、居酒屋さわこさんはお客様の笑い声で満ちあふれていた次第でございます。
◇◇
数日が経過いたしました。
おでんもいい感じでお客様の中に浸透しはじめておりますので、
「そろそろ正式なメニューに加えてみようかしら……」
私がそんなことを思案しながら、お重におかずをつめていた朝のことでございます。
「おあよ~わさこ~」
かなり早い時間にもかかわらず、バテアさんが寝室から降りてこられました。
私のことを『わさこ』と呼称なさっておられますので、寝ぼけておいでなのは一目瞭然でございます。
「バテアさんおはようございます。今日はご苦労様です」
「ほんと……いい迷惑だわ」
私の言葉を受けまして、バテアさんは再び大きなあくびをなさいました。
バテアさんがなぜこのように早起きをなさったのか、私は存じ上げております。
今日は、リンシンさん達、居酒屋さわこさんと契約してくださっておられます冒険者の皆様と一緒に南の街へ遠征なさるからなのでございます。
クッカドウゥドルが、寒くなり始めたのにあわせて南下したものでございますから、バテアさんの転移魔法を駆使いたしまして、その群れを追いかけていく約束を先日なさっておいでだったのですが、その実施日が今日なのでございます。
今、リンシンさん達、居酒屋さわこさんと契約してくださっておられます冒険者の皆様は、朝の狩りにでかけておいでですので、それからお戻りになり次第南へ向かうことになっています。
「ホント、あいつらってば朝早くから元気よねぇ」
カウンター席にお座りになったバテアさんは、机の上に突っ伏しておいでです。まだ眠いのでしょう。
でも、これも仕方がないのです。
私達は毎晩お店が終わってから晩酌をいたします。
それが終わると就寝するのですが、バテアさんだけは夜中に起きられましてですね、この建物の3階にございます研究室の中で作業を行っておられるのです。
その大半は、魔法道具の店で販売するための魔石や薬草、魔法薬といった品々です。
材料は、バテアさんが週に2,3日、この世界のどこかの森へ出向かれたり、異世界に出向かれて採取なさってこられています。
その材料をご使用なさりながら、遅くまであれこれ作業なさっておられるのです。
「……バテアさん。なんでしたら居酒屋さわこさんのお手伝いを早めに切り上げてくださってもいいのですよ?」
私はそんな言葉をバテアさんにおかけいたしました。
何しろ、以前のバテアさんは、ちょうど居酒屋さわこさんを手伝ってくださっている時間にですね、先ほど申し上げました作業をおこなっておられたのでございます。
逆を言えば、居酒屋さわこさんの手伝いを早めに切り上げていただけば、その分作業を早めに終わらせることが出来るようになるわけですし、バテアさんも朝が辛くなくなるのでは……
そんな事を考えての、私の一言だったのですが、私の発言を受けましてバテアさんは、
「うふふ……、好きでやってるんだからさ、さわこは気にしなくてもいいのよ」
そう言うと、いつものようにクスクス笑ってくださいました。
その笑顔を前にして、私は不謹慎ながらも、少し安堵してしまいました。
確かに、バテアさんを遅くまでこのお店に拘束してしまうのは忍びないのですが……でも、私といたしましては、バテアさんと一緒にお店を出来る事がとても楽しいのです。
バテアさんが、常連客の皆様と仲良く楽しく会話なさりながらお酒をお勧めなさっている。
その姿を厨房から拝見させていただきながら調理作業を行っていく。
それが、いつの間にか当たり前といいますか、いつもの光景になっている次第でございます。
「本当によろしいのですか?」
「あら? 辞めてもいいわけ?」
「……それは、ちょっと」
「ふふ……ならいいじゃない」
そう言って笑うバテアさん。
そんなバテアさんに私は、
「ありがとうございます」
そう言いながら、頭を下げた次第でございます。
ちょうどその時でした。
カランカラン
バテアさんの魔法道具の店の戸が開き、
「……帰った」
リンシンさんを先頭に、居酒屋さわこさんが契約させていただいております冒険者の皆様がお帰りになられました。
「はい、お帰り。で、早々だけど、もう行っちゃう?」
バテアさんはそう言いながら立ち上がりました。
それを受けて、冒険者の皆様も頷いておいでです。
「じゃ、行きましょうか。今日はとりあえずリットの街の周辺でいいわね」
そう言いながら、バテアさんが魔法陣を展開しはじめました。
私も、皆様のお昼ご飯用にと準備いたしましたお重が入っている風呂敷包みを取り出しています。
今日は、食事係として、私も皆様に同行させていただきますので、忘れ物がないか再度確認しております。
程なくして、魔法陣の中に転移ドアが出現いたしました。
あの扉の向こうが、今日の目的地のリットの街のはずです。
ーつづく
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
3,675
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。