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さわこさんと、居酒屋さわこさんの1日

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イラスト:NOGI先生

 ワノンさんの酒造り工房から新発売されましたお酒「二人羽織」ですが、中級酒場組合の酒場でも大人気になっているそうです。

 中級酒場組合の組合長であられますジュチさんが、その二人羽織を最初に仕入れた翌日には、
「ワノン! 二人羽織を昨日の倍買わせて! 昨日の量じゃあ全然足りないのよ!」
 満面の笑顔で、そう仰られていたのでございます。

 すでに増産体制を整えておられましたワノンさんは、そんなジュチさんのお言葉を聞くなり早速二人羽織の増産をおこなわれました。

 新しいお酒の製造作業はワノンさんと和音の2人で行っているのですが、増産に関しましてはかつて上級酒場組合で働いておられました元ラニィさんのお店の方々がお手伝いをなさっておられます。
 皆さん、すでに数ヶ月ワノンさんの元で働いておられますので、作業にもかなり手慣れておいでです。
 ワノンさんのお話ですと、
「1週間もしないうちにジュチの希望の量を安定して供給出来るようになるわさ」
 とのことでございました。

 そういった新しいお酒が好評なこともございまして、辺境都市トツノコンベでは中級酒場組の酒場が大盛況となっている次第でございます。

 手前味噌で恐縮なのですが、私が定期的に開催させていただいております料理教室で、私の世界の料理を中級酒場組合の皆様にお教えさせて頂いているのですが、その料理が好評なのも、その好調さの一躍を担わせて頂けているとのお言葉を頂いているものですから、講師を務めさせていただいております私といたしましても安堵しきりだった次第でございます。

 私も、そんな皆様に負けないように頑張らないといけません。

 そう考えた私も、日々自らの料理の味を少しでも良くしようと頑張っております。

 居酒屋さわこさんで人気のメニューはといいますと、

 クッカドウゥドルの焼き鳥
 タテガミライオンの串焼き
 肉じゃが
 和風すぅぷかれぇ
 
 この4品がまさに四天王とでも言うべき鉄板料理となっております。
 これに加えまして、土鍋炊きご飯も大変好評を博しております。

 土鍋炊きご飯は、時に栗もどきでございますバックリンを加えて栗ご飯にいたしましたり、味噌をつけて焼きおにぎりにしたり、と様々なバリエーションでも提供させていただいているのですが、おかげさまでそのどれもが好評を博している次第でございます。

 これらのお料理に対しまして、それぞれに合った日本酒をお勧めさせても頂いております。

 クッカドウゥドルの焼き鳥には加賀美人を、
 肉じゃがには山田錦や赤磐雄町を、

 そうすることで、皆様にもいろいろなお酒を美味しく味わっていただきまして、楽しい時間を過ごしていただけるように配慮させて頂いている次第でございます。

 中には、はるか神界という別の世界から転移ドアをくぐってお越しくださっているゾフィナさんのような、特殊な常連客の方までおられます。
 そのゾフィナさんは、
「うむ、いつ食べてもこの店のぜんざいは上手いな、またこの甘酒がぜんざいに合う」
 毎日、満面の笑顔でそうおっしゃられまして、ぜんざいを5,6杯、甘酒を10杯前後お召し上がりになられている次第です。

「あんたってば、ホントに甘い物が好きねぇ」
 その様子に、バテアさんも目を丸くなさっておいでなのですが、
「何を言うかバテアよ。お前もバニラ最中とやらをしょちゅう食べているではないか」
 逆に、ゾフィナさんにそのように言われまして、
「これはこれ、それはそれよ」
 そう言いながら苦笑を返されていた次第でございます。

 そんな居酒屋さわこさんでは、店員の皆様も日々手慣れた様子で勤務してくださっております。

 バテアさんは、店内を回りながらお客様と会話をなさったり、お酒を注いだりしてくださっておいでです。
 ご自分でも暇さえあれば日本酒を口になさりまして
「ふむふむ……この雪中梅ってお酒は煮物や焼き魚に合いそうね、今夜はこの線で勧めてみようかしら」
 このように、日々、研究に余念がございません。

 冒険者のリンシンさんは、大皿料理を中心に注文をうけてはそれをよそってお客様の元まで届けてくださっています。私が焼き上げましたクッカドウゥドルの焼き鳥なども、時にお届けしてくださいます。
 毎日朝から、時に夕方くらいまで冒険者として狩りにでかけておられまして、その後こうしてお店を手伝ってくださっているリンシンさんですので、時折接客中に、
「……わさこ、ごめん……少し横になる」
 そう言われまして、二階の寝室で少しお休みになられることもございます。

 バテアさんが、寝ぼけておられます際に私のことを「さわこ」ではなく「わさこ」と言われることがよくあるのですが、最近ではリンシンさんも眠たい折にそのように申されている次第でございます。
 ふふ……そういう事に気が付きますと、なんだか少し楽しく思えてしまいますね。

 接客と、料理の運搬はエミリアとラニィさんも頑張ってくださっています。

 エミリアは、ご来店くださいましたお客様を、
「ウェルカム。ようこそ居酒屋さわこさんへ」
 まず、真っ先に出迎えてくださりまして、空いている席へ誘導してくれます。

 そんなお客さまの注文を受けまして、それを私に伝えてくださるのがラニィさんでございます。

 席まで案内してくれたエミリアにすぐに注文なさったり、厨房内で作業をしております私に向かって直接注文を告げてくださるお客さまも少なくないのですが、お店の中で大きい声を出すことに抵抗をお感じな様子のお客様や、注文をするタイミングをはかりながら私の方へ視線を向けておられますお客様に気が付きますと、ラニィさんがいつも絶妙なタイミングで注文聞きに出向いてくださいます。

 こういった接客術は、さすが元上級酒場組合の酒場を経営なさっていたお方ですね、と、私も大変勉強させて頂いている次第でございます。

 そして、すっかり看板猫としてお客様の間に浸透したベルでございます。
 ベルの定位置は、カウンターの一番端っこ、そこに置いてありますふかふかの座布団の上と決まっています。

 お店に出ている際のベルは、常に猫の姿をしております。
 その姿で、座布団の上で丸くなって寝息をたてている事が多いベルなのですが……

『ベルに食べ物を少しでも食べてもらうと、翌日の仕事がうまくいく』

 いつしかそのような迷信じみた噂がお客様の間に広まっておりまして、
「さ、ベルちゃん、焼き鳥を一切れたべとくれ」
「ワシのタテガミライオンの串焼きも一切れ食べてくれい」
 皆様、口々にそのような事を言われながら、ベルの寝ている座布団の前に置いてあります皿の上に料理を置いてくださっているのでございます。

 ベルがただの猫なのでしたら、人が食べる味の濃い料理は御法度なのですが、ベルは古代怪獣族の中の牙猫族という、この世界でも大変珍しい亜人でございまして、人と同じ物を食べても特に問題はございません。
 ですが、この世界でも大変珍しい亜人ゆえに、お店では普通の猫として振る舞ってもらっておりまして、その正体がばれないように配慮している次第でございます。

 そんなベルなのですが……どういうわけか、ご近所にお住まいのツカーサさんがおいでになりますと、そのツカーサさんが頼まれました料理を虎視眈々と狙うのが常でございまして……今日も、寝ていると思いきや
「あぁ!? また焼きジャッケがなくなってるぅ!?」
 そんなツカーサさんの悲鳴にもにた声が店内に響くと同時に、丸くなっているベルの口がもしゃもしゃと……

「いいなぁ、ツカーサ。これだけベルにあれこれ毎日食べてもらってるんだし、さぞかし御利益があるだろう?」
 お客様から、そんな言葉をかけられているツカーサさんなのですが、
「もう! そんなの実感ありません! それよりも普通にご飯たべさせてよ!」
 そう言いながらも、ベルの頭を撫でてくださっているツカーサさん。

 そんなツカーサさんに、損失補填とばかりに新たにジャッケを焼くのも私の仕事でございます。

◇◇

「今日もお疲れさまでした」
 お店が閉店し、片付けが終わった後は、私・バテアさん・リンシンさん・ベルの4人は、お店の2階にございますリビングで晩酌と夜食を頂きます。

 いつも私の音頭で始まるこの晩酌ですが、今夜はエミリアとラニィさんも加わっています。

 ベルは、まだ幼いからというのもございますが、私の膝の上で丸くなって寝てしまうことがいつもでございます。
 そんなベルの背中を撫でながら、皆さんと一緒に歓談をし、お酒を酌み交わすのが、閉店後の私の至福の時間でございます。

 その楽しい雰囲気につられまして、時に痛飲してしまい目が覚めたら素っ裸……そんなことも以前はございましたけれども、最近はばっちり自制出来ておりますので、そのような失態を犯すことはまずございません。

 ただ……

「あはは、あっつくなってきたわねぇ」
 お酒が進むに連れて、徐々に服を脱ぎ始めてしまうバテアさんをどうやって制止したらいいのかという新しい課題にも接している次第でございます。

 とはいえ、今夜もみんな、笑顔で楽しい時間を過ごしていきました。

 はい、おかげで明日も頑張れそうです。

ーつづく

 
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