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連載
さわこさんと、新酒 その3
しおりを挟むイラスト:NOGI先生
ワノン酒造り工房の新酒「二人羽織」は、数日後に出荷が始まりました。
私の世界の日本酒は一升瓶へと詰めて出荷されます。
ですが、この世界のお酒は少し様子が異なります。
ワノンさんの酒造り工房の前には大量の酒樽が並んでいました。
この酒樽の中に、ワノンさんと和音が作り上げた新しいお酒「二人羽織」が詰まっています。
酒樽といっても馬鹿には出来ません。
その板、一枚一枚が丁寧に処理されておりまして、それが綺麗に組み合わされているのです。
そのおかげで、中にお酒を注いでも隙間から漏れてしまうことなど一切ございません。
ワノンさん曰く、
「このまま10年でも20年でも保存出来るのさね」
とのことでございます。
この酒樽造りも、ワノンさんのお仕事でございます。
”いい酒を造りたいのなら、まずはいい酒樽を作れるようになれ”
それが、この世界の酒造りの世界において語り継がれている言葉なのだそうです。
こちらの世界の酒造りの世界へ飛び込んだ和音も、もちろんこの酒樽作りを行っています。
「5年もすればそれなりの物が出来るようになるさね」
最初、和音の手際を見つめていたワノンさんは、感心した様子でそうおっしゃられていたそうです。
これは、褒め言葉でございます。
"酒樽10年酒造り30年"
それが、この世界での一般的な目安といされているそうなのですが、和音は寝る間も惜しんで酒樽造りに勤しみまして、わずか一ヶ月で
「……こりゃ、十分使えるさね」
この世界の酒造りの一人者のお一人であられますワノンさんに、そう言わせるだけの酒樽を、一人で作り上げた次第なのでございます。
和音は天才です。
努力の天才なんです。
一つのこと……酒造りの事になるとすぐさま没頭し、驚異的な速さでそれを身につけていくのです。
そのための努力を和音はまったく惜しみません。
私の世界で酒造りに勤しんでいた頃も、和音は文字通り寝る間を惜しんで酒造りの勉強に没頭していました。
……そんな彼女なのですが
『女のくせに』
その一言で、どの酒造工房でも冷遇されていたと聞いております。
ですが、それでも和音は決して弱音を吐きません。
ひたすら勉強し、努力し、実践し……決して諦めずに頑張っていたのです。
その努力は……残念ながら向こうの世界では、報われることはございませんでした。
……ですが……
「さわこ、見てよこのお酒! 社長と私で作り上げたんだよ!」
和音は、満面の笑顔をその顔に浮かべながら酒樽の山を見つめていました。
目の下には相当ひどいクマが出来ています。
きっと、これだけのお酒を作り上げるために、これだけのお酒を詰めるための酒樽を作りあげるために、文字通り寝る間を惜しんで作業し続けていたのでしょう。
見た目は、ボロボロにやつれている和音ですが、その顔には充実感に満ちあふれた笑顔が浮かんでいました。
そんな和音の姿を、ワノンさんも満足そうな笑顔で見つめておいでです。
そんなワノンさんの目の下にも、濃いクマが浮かんでいます。
この2人……きっととっても似たもの同士なのだと思います。
お酒が大好きで
お酒を造るのが大好きで
そのためなら、寝る間も惜しんで頑張る
そんな2人が出会い、一緒にお酒を造っているのですもの。
美味しいお酒が出来ないわけがございません。
バテアさんの転移ドアをくぐり、ワノンさんの酒造工房へやってきたジュチさんは、
「うわ!? 何この酒!? すっごい美味しいじゃないのさ!」
二人羽織を試飲するなりびっくりした表情をその顔に浮かべていました。
ジュチさんだけでなく、一緒にやってきていた中級酒場組の皆様も同様です。
そんな皆さんの様子を前にして、ワノンさんと和音は、満足そうな笑顔をその顔に浮かべると、
「やったねワー子」
「はいです社長!」
そう言いながらハイタッチを交わしていたのでした。
年齢でいいますと、ワノンさんの方が何十才も年上のはずなのですが、2人はいつもまるで同じ年齢の友人のようにハイタッチを交わしあっているのです。
本当に、2人は息の合ったコンビですね。
……私とバテアさんも、他の方々からそんな友人同士に見て頂けているのでしょうか?
そんな事を思いながら、私は隣に立っていらっしゃるバテアさんへ視線を向けました。
私の視線の先で、バテアさんはいつものようにバニラ最中を口になさっておいでです。
「ん? どうかした?」
私の視線に気が付いかれたバテアさんが、そんな言葉を口になさいました。
「いえ……あのお酒を、居酒屋さわこさんでも扱おうかと思いまして」
「そう、ならどの料理に合うか検証しないといけないわね」
そう言うと、バテアさんはバニラ最中を一気に口の中に放り込まれまして、両手をパンパンと払われました。
「そうですね。では、お酒を購入してから早速お店に戻りましょうか」
私は、そんなバテアさんと頷き合いながら、ジュチさん達中級酒場組の皆様と値段交渉をなさっておられますワノンさんの元へ向かって歩み寄っていった次第でございます。
◇◇
その夜から、居酒屋さわこさんでも二人羽織の提供を開始いたしました。
いわゆる果実酒であるこの二人羽織ですが、バテアさんやエミリア、ベルやリンシンさんにもご協力いただいた結果、主に唐揚げに対してお勧めさせていただくことにいたしました。
唐揚げに梅酒がよく合うのは私の世界でも広く知られているのですが、この二人羽織もとてもあいました。
ちょうど、クッカドウゥドルのお肉を使用した手羽元の唐揚げなどを新商品として準備しておりましたので、それと合わせてお勧めさせて頂いている次第でございます。
「うんうん、いいねこれ。このお酒のおかげで唐揚げがどんどん食べられるよ」
ナベアタマさんが笑顔でおっしゃっておられます。
その向かいの席で、ジューイさんも
「ジュ、ホントにどっちも美味しいジュ」
そう言いながら、お酒と唐揚げを交互に口に運んでおられます。
カウンター席の端にございます座布団の上で、猫の姿で丸くなっているベルも
「このお酒、美味しいにゃあ」
そう言いながら、ピチャピチャと舌でお酒をすくっています。
「あれ?……ベルってば今、喋らなかった?」
ベルが人型になれることをご存じないツカーサさんが、そんな事を口になさりながら目を丸くなさったのですが、そんなツカーサさんに向かってベルは、
「にゃ~ん」
と一鳴きいたしました。
「そぅよね、気のせいだよねぇ」
その鳴き声にすっかり騙された格好のツカーサさんは、苦笑なさりながら唐揚げのお皿に手を伸ばしていかれたのですが、それより一瞬早く座布団から掛け出したベルが、唐揚げをお皿ごと咥えていってしまいました。
「あ!? こらベル! 私の唐揚げ返してよ~!」
「にゃ~!」
そんな追いかけっこがお店の中で繰り広げられていきます。
それを、常連客の皆様は笑顔で見つめておいでです。
「あはは、ツカーサがんばれ!」
「ベル、おいつかれるなよ!」
「ちょっとぉ、なんでベルを応援してんのよぉ!」
「あはは、まぁ、いいじゃねぇか」
「よくない!」
お店の中には、そんな皆さんの会話とともに、楽しげな笑い声が充満しておりました。
そんなお店の奥……
テーブル席に2人の女性が突っ伏したまま寝息を立てていました。
ワノンさんと和音です。
お酒が無事出荷できたお祝いを兼ねて飲みに来てくださった2人。
ですが……あっという間に、揃って寝息をたてはじめてしまったのでした。
きっと、二人羽織を飲みながら皆さんが楽しそうになさっている光景を耳にして安堵してしまったのでしょうね。
2人はお店の中で笑い声があがる度に、その顔に満足そうな笑顔を浮かべていたのでした・
今日の居酒屋さわこさんでは、新商品の唐揚げとともに、二人羽織がとてもよく飲まれた次第でございます。
ーつづく
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