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連載

さわこさんと、新酒 その2

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イラスト:NOGI先生

「さわこ、来たわね!」
 私を出迎えてくださったのはワノンさんでした。

 以前のワノンさんは、この世界特有の冒険者のような服をよく着ておられたのですが、今のワノンさんは青い法被に白いズボン、白い長靴を履いておられまして……私の世界の杜氏の方の格好そのものといった服装をなさっておいでです。
 法被の合わせの部分には

『ワノン酒造工房』
 
 と書かれています。
 法被の下には白地のシャツを着ておいでなのですが、そのシャツには

『酒造』

 と、手書きされていた次第です。

 この服装は、間違いなく私の親友であり、ワノンさんと一緒に酒造りをしている和音の影響です。
 こちらの世界にやってきて以降も、普通に酒造りを頑張っている和音ですが、ワノンさん曰く、
「いやもう、アタシの方が教わることが多いくらいだわ」
 とのことでございます。

 ですが、それを聞いた和音はといいますと、
「何を言っているのですか社長! 社長あっての私ですよ!」
 そう言いながら、肩をいからせていました。
「そうかいワー子?」
「そうですよ!社長!」
「よし、なら一緒に頑張ろうかワー子!」
「はいです社長!」
  私とベルの目の前で、2人はそう言い合うと、ガッシと肩を組んで笑いはじめました。
 そんな2人を見つめながらベルは、
「なんか、仲良しさんにゃ」
 そう言ったのですが、
「でも、さーちゃんとベルの方が仲良しにゃ!」
 そう言いながら私の首に抱きついてきた次第です。
 そのまま私の頬をペロペロと舐めてきたベル。
「ちょっとベル、くすぐったいですよ」
 私は、そんなベルの仕草に思わず苦笑していった次第でございます。

 その後、私とベルは、ワノンさんと和音に案内されて工房の中へと入っていきました。

 工房の中には大きな木製の樽がいくつも並んでいます。
 魔石によって温度調整がなされているらしく、外気よりもややひんやりとした空気が樽が置かれている大きな部屋の中に充満しています。

 そんな中、

「今日さわこに味見をしてもらいたいのは、このお酒さ」
 そう言って、ワノンさんはある樽の前で立ち止まりました。

 なんでしょう……その樽からはえもいわれぬ芳醇な香りが漂っていました。
 それは、お米の匂いではなく、むしろ果物の匂いといった感じでございます。

 ワノンさんが、樽の下部に取り付けてあります蛇口をひねり、酒升の中へ樽の中身を注いでいきました。

 その途端に、樽から漂ってきていた芳醇な香りの、何十倍もの香りが漂ってきました。
「さ、試してみてよ」
  ワノンさんはそう言うと、酒升を私に差し出してくださいました。
 私は、その酒升を受け取ると、その中身へと視線を向けていきました。

 そのお酒は、少し山吹がかった色をしていました。
 鼻で息をすると、鼻腔いっぱいに芳醇な香りが充満していきます。
 酒升を揺すると、その匂いがさらに強くなってまいります。

 ……これだけで私は、うっとりしてしまっていました。
 
 この匂い……本当にたまりません。

 思わずほぅ、と、息を吐いた私。
 ここで、ようやく手の酒升を口へ運んでいきました。

 まず一口。

 口に含んだお酒を舌の上で転がしていきます。
 あっという間に、舌全体にお酒が染み渡っていきます。
 それは、舌先……そう、甘みを感知する機能を有している部分を刺激していきました。

 このお酒……覚えがございます。

 ワノンさんが以前お造りになっていた果実酒の味に似ているんです。

 ですが……

 ここで私はもう一口、お酒を口に含んでいきました。

 ……はい、やはりそうですね。

 以前、味あわせて頂きましたワノンさんのお酒よりも、非常に深く、そして濃い味わいになっていたのです。

 以前のワノンさんのお酒が、舌の上を転がっていったような……そんな感じだったのに対しまして、このお酒は舌の中に浸透していき、舌先を中心に味をしみこませていく……そんな感じでございます。

 何度か、舌の上で味わっていった私は、意を決してその酒升の中身を一気に飲み干していきました。

 お酒が喉を通過すると同時に、鼻腔にそのにおいが充満していきます。
 そのまま、そのにおいが突き抜けていく……


 その、心地よい感触を味わいながら、私は、
「……ほぅ」
 無意識のうちに、深いため息をついていきました。

 深い深い、芳醇な味を堪能したがゆえにこぼれ落ちていく……そんなため息でございます。

 しばらくその余韻にひたっている私。

 それを理解してくださっているワノンさんと和音は、私に話しかけることなく、じっと私を見つめ続けています。
 そのまま、時間が経過いたしました。

「……はい、大変、美味しいです」
 私は、深く息を吐き出しながらそう言いました。
 そんな私の一言を聞いたワノンさんと和音は、
「やったねワー子!」
「はいです社長!」
 そう言い合いながら、ハイタッチを交わしていきました。

 なんでも、このお酒は和音の発案で、ワノンさんが長年製造していた果実酒風のお酒、ワノン酒を改良したものなのだそうです。

「社長のお酒はおいしいです。でも、もっともっと美味しく出来るはずなんです」
 和音のその一言で始まったこのお酒造りは、アミリア米を使用したパルマ酒の製造の合間を縫って行われていたそうです。

 ワノンさんと和音が2人して頑張ってきた……その成果が、見事に実を結んだということですね。

「そんな大事なお酒を、私なんかが最初に味見させていただいてよろしかったのでしょうか?」
 私がそう言いますと、2人は
「何を言ってるの。さわこがいなかったら、ワー子とこうして一緒に酒を造れなかったのさ」
「そうよ!さわこが社長を紹介してくれたから、このお酒が出来たのよ」
「つまり、このお酒はさわこのおかげで出来たお酒」
「そのさわこに味見をしてもらうのは当然でしょ?」
 そう言うと、嬉しそうに笑ってくださいました。

 なんでしょう……そう言って頂けると、私もとても嬉しく思います。

 その後、ワノンさんから、
「せっかくだからさ、このお酒に名前をつけてくれないか?」
 そんな申し出を受けました。
 さすがに恐れ多いと思ったのですが、
「さわこ、私からもお願い」
 和音からもそう言われた私は、思い直しまして必死に頭を回転させていきました。

 そうですね……

 私は、目の前に立っている2人を見つめながら
「二人羽織……というのはいかがでしょうか?」
 そう言いました。

 二人が出会ったからこそ出来たお酒……そう考えたときに浮かんだ言葉でございます。

 それを聞いた2人は、
「いいね、その名前」
「うん、さすがさわこね」
 そう言いながら何度も頷いてくれました。

 こうして、ワノン酒造工房に、新しいお酒「二人羽織」が完成した次第でございます。

ーつづく
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