異世界居酒屋さわこさん細腕繁盛記

鬼ノ城ミヤ(天邪鬼ミヤ)

文字の大きさ
上 下
117 / 343
連載

さわこさんと、秋の森 その2

しおりを挟む

イラスト:NOGI先生

 ベルが口にしたのは、私の世界の柿によく似た果物でした。

 ですが、縦長をしておりまして見るからにこれ、渋柿ですね。
 案の定、それを口にしたベルは、一生懸命舌を両手で撫でながら渋みをとろうとしています。

 そんなベルの様子を見つめながら、バテアさん苦笑なさっておいでです。
「ベルも森にいたのなら知ってるでしょう? 縦長のカルキの実は渋いって」
「う~……とりあえず口に入れてみないとよくわからにゃいにゃ」
 バテアさんの言葉に、ベルは渋い顔をしたままそう言いました。

 とはいえ……渋柿、この世界風に言いますと、渋カルキでしょうか。
 これも食べられないことはありません。
 干し柿にすれば、いい甘さになってくれるかもしれませんからね。

 そう思った私は、このカルキの実を収穫していきました。

「さわこ? さっきベルにも言ったけど、この実は渋くて食べられたもんじゃないのよ」
 せっせとカルキの実を収穫していく私に、バテアさんが心配そうな表情を浮かべておられます。
 そんなバテアさんに、私はにっこり微笑みました。
「私の世界に、こういった渋い柿を甘くする方法がありますので、それを試してみようと思います」
「へぇ……そんな方法があるんだ」
 私の言葉に、半信半疑なご様子ながらも頷かれましたバテアさんは、一緒になってカルキの実を収穫してくださいました。

 ただ、ベルはといいますと、

「さーちゃん、それは渋いにゃ。こんな渋いの、どうやっても渋いに決まってるにゃ」
 そう言って、決してカルキの実へ手を伸ばそうとはしませんでした。

 そうですね、さっき痛い目にあったばかりですものね。
 とりあえずベルには、干し柿が完成したら、熱いお茶と一緒に……あ、でも、ベルってば牙猫さんですし、熱いお茶も駄目かもしれませんね。

 私は、そんな事を思案しながらカルキの実を収穫していきました。

◇◇

 秋の森の中は、このカルキだけでなく、様々なものが実を成しておりました。

 栗によく似たバックリン。
 椎茸によく似たカゲタケ。
 
 ブドウや梨によく似た果物の実もあったのですが、これらの果物はどれも原種といいますか、私の世界で採取出来ておりますブドウや梨に比べましても、かなり実が小さいものばかりでございました。

 ただ、そういった果物の実がなっているのがわかっただけでも、私は少しうれしく思っていた次第です。

 私の世界の森になっている果物と、よく似た果物がこの世界にもある……そのことを確認出来ただけでなんだか嬉しく思えてきた次第でございます。

 私は、その果物の実もいくつか採取いたしました。
 これに、私の世界のブドウや梨の実を添えてアミリアさんに見てもらおうと思っている次第です。

 この世界の植物学者の中でもトップクラスの知識をお持ちのアミリアさんです。
 きっと、この世界のブドウや梨を品種改良してくれると信じております。

 私の世界の果物をそのまま持ち込んで栽培するのも悪くはないのですが、地産地消も大事にしたいと考えておりますので。
 その世界のその場所で収穫出来る、そういった品々も大切にしたいですものね。

 そんなことを考えながら、私は、バテアさんにあれこれお聞きしながら山の幸を収穫していきました。

◇◇

 森に入りまして、およそ半日が経過いたしました。

「そろそろお昼にしましょうか」
 そう言った私は、日当たりのいい一角にビニールシートを敷きまして、魔法袋の中からお弁当を取り出しました。

「はい、これがバテアさんのお弁当で、こっちがベルのお弁当ですよ」
「ありがとうさわこ」
「さーちゃん、ありがとにゃ!」
 私からお弁当の容器を受け取ったバテアさんとベルは、それぞれ感謝の言葉を口にしてくれました。
 そんな2人に、私も
「お口に合えばいいのですが」
 そうお返事させていただいた次第でございます。

 お弁当の内容はと言いますと……

 海苔を巻いたおにぎり
 卵焼き
 
 以上の、いたってシンプルな物に仕上げてあります。
 ですが、5つありますおにぎりにはですね、

 ジャッケの切り身
 昆布
 梅
 おかか
 焼きたらこ

 と、個別の具をいれて、具だくさんに仕上げてある次第でございます。

「にゃ? 中身が違うにゃ」
 最初にそれに気付いたのはベルでした。
 おにぎりを両手に持って、交互に食べていたベルは、その中身が違うのにいち早く気付いてくれました。
「へぇ、そうなんだ」
 バテアさんも、手に持たれていましたおにぎりの中身を確認しながら感心した声をあげておられます。

 ちなみに、バテアさんが今、手になさっているのは昆布のおにぎりですね。

「はい、少し趣向を凝らしてみました」
 私はそう言いながらおにぎりを口にしていきました。
 
 私の1個目は梅のおにぎりでした。

 このおにぎりに使用している梅なのですが、私が漬けたものでございます。

 善治郎さんから購入させていただきました梅をですね、下ごしらえをして漬け込みまして、それをこちらの世界の天気にいい日にせっせと天日干しして仕上げた梅干しでございます。

 ご飯と一緒に口に含みますといい案配に酸っぱさが広がっていきます。

 梅の種を取り除く方もおられますが、私はあえて種は取り除きません。
 そうすることによりまして、口の中の唾液を促進する効果がございます。

 そうすることで食欲増進効果も見込める次第でございます。

 ……そう、偉そうに申し上げておりますけれども、これはすべて亡くなった父からの受け売りです。

 父からは、こういった梅のことに限らず料理の事をたくさん教えてもらいました。
 それが、今もこうして役だっている次第です。

 ただ……惜しむらくは、父から居酒屋の経営に関することを教わったことが一度も無かったといいますか……
 そうですね、父が経営に関することを得手にしていたのでしたら、私が父のお店『居酒屋酒話』を急遽引き継いだ際に、あんなに借金がかさんでいたはずがございませんもの。

「うにゃ!? すっぱい!」
 そんなことに思いをはせておりますと、ベルが口をすぼめながら声をあげました。
 どうやら、梅のおにぎりを口にしたようですね。
「どうしたのベル。酸っぱいのならアタシが食べてあげようか?」
 バテアさんが右手をベルに伸ばしています。
 ですが、ベルは首を左右に振りました。
「この赤い実、すっぱいけど美味しいにゃ。ご飯をもっともっと食べたくなるにゃ」
 そう言うと、バテアさんにとられまいとして、手にしている梅のおにぎりを一気に食べ尽くしていましました。
「ちぇ、残念」
 そんなベルを、バテアさんは苦笑しながら見つめておられました。

 私は、水筒を取り出しますと、中身を紙コップに注ぎました。
「バテアさん、代わりにこれはいかがですか? 梅酒です」
「わ、さわこが漬けた梅酒ね。アタシ大好きなのよ」
 バテアさんは、満面に笑みを浮かべながら私の手から紙コップを受け取り、一気にそれを飲み干されました。
「あ~……しみるわぁ」
「ありがとうございます。お代わりもございますよ」
「えぇ、もちろんいただくわ」
 バテアさんは笑いながら私に紙コップを差し出してこられました。
 私は、その中に梅酒を注いでいきます。
「にゃ。それ、ベルも飲みたい」
 そんな私達のやり取りを横目で見ていたベルが手を伸ばしてきました。

「ベルは駄目ですよ、すぐに酔っ払っちゃうんですから」
「にゃあ、さーちゃん意地悪」
 駄々をこねるベルに、私は苦笑しながら梅のソーダ水が入った水筒を差し出していきました。
「さ、ベルはこっちですよ」
「にゃ! このシュワシュワ好きにゃ!」
 少しご機嫌斜めになっていたベルですが、ようやく機嫌を直してくれました。

 こうして私達は、森の中での昼食を満喫した次第でございます。

ーつづく

しおりを挟む
感想 163

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

私に姉など居ませんが?

山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」 「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」 「ありがとう」 私は婚約者スティーブと結婚破棄した。 書類にサインをし、慰謝料も請求した。 「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。