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連載
さわこさんと、バテアさん
しおりを挟むイラスト:NOGI先生
秋が少し深まってきた感じがいたします辺境都市トツノコンベでございます。
「このあたりは結構早めに寒くなりはじめるのよねぇ」
バテアさんがそう言いながら空を眺めておいでです。
最近の私達は、朝食を終えたリンシンさん達冒険者の皆様がお戻りになりますと、川へジャッケ狩りに行っていおります。
ただ、そのジャッケの数が目に見えて減ってきているのです。
「そろそろ寒くなってきた……この川のジャッケは遡上し終えたみたい……」
リンシンさがそうおっしゃいました。
「では、もうジャッケは遡上してこないのですね?」
「うん……この川では……」
「この川では……ですか?」
「うん……今度はもっと南……」
「へぇ、そうなんですねぇ」
リンシンさんのご説明に、頷いた私でございます。
しかし、あのパラリラパラリラといったけたたましい音色が、今度はもっと南の川で展開されるのかと思いますと、その川の周囲の住人の皆様に対しまして、ご苦労さまです、と、お伝えしたくなってしまう次第でございます。
時期こそ短かったものの、この川でのジャッケ狩りは相当な成果がございました。
来年のジャッケの季節がやってくるまでの間に、お店で使用する数を十二分に魔法袋に詰め込むことが出来た次第です。
これで、来年までお店で石狩鍋やジャッケの切り身などをお出し出来る目処がたちました。
また、この狩りによりまして、冒険者組合から相当な報酬を得ることが出来たリンシンさん達冒険者の皆様も、その報酬のおかげで装備を新調することが出来たそうでございます。
「ジュ、この新しい刀、すごく使いやすいジュ」
「この籠手も良い感じよ~。あ~、ホント、ジャッケ様々だわ」
ジューイさんとクニャスさんを中心に、冒険者の皆様が楽しそうに武器談話をなさっておられます。
「毎年こうして稼いでおられるのですね」
私は、お店のテーブル席に座ってお話なさっておられます皆様にお茶をお出ししながら、皆さんにお話いたしました。
するとジューイさんが首を左右に振られたのです。
「ジュ、こんなに狩れたのは始めてジュ」
そう言いながら、その視線をバテアさんへお向けになられました。
バテアさんは、カウンターに座ってバニラ最中を食べておられます。
「ジュ、去年まではバテアが協力してくれなかったジュ」
「そうそう、バテアがこんなにジャッケ狩りに協力してくれたのって、はじめてかもね」
ジューイさんとクニャスさんのお言葉に、他の冒険者の皆様もウンウンと頷いておられます。
「そうなのですか?」
皆様のご様子を拝見しながら、私は思わず首をひねってしまいました。
私は、今年のバテアさんしか存じ上げておりません。
そのバテアさんは、率先して川に向かわれまして、魔法でジャッケの集団をことごとく捕縛してくださっておりました。
そのおかげで、私達のジャッケ狩りが短時間で効率よく行えた次第です。
ところが昨年までは、バテアさんが協力してくださらなかったため、ジューイさん達冒険者だけでジャッケ狩りを行っておられたそうなのですが、一回の狩りで数匹仕留められればいいそうでして、もたもたしていると古代怪獣族が集まって来てしまい、狩りどころではなくなってしまっていたそうなのです。
「ジュ、今年のバテアはホント変わったジュ
「そうねぇ、さわこが来てから特に、かなぁ」
「わたしが来てから、ですか?」
「ジュ、確かに、今までより優しくなったジュ」
「そうよね、こんなに私達にあれこれしてくれたことなんてなかったもんねぇ」
ジューイさんとクニャスさんはそう言いながらバテアさんへ視線を向けられました。
そんなお2人に、バテアさんは
「アンタ達、今はさわこの店の契約者じゃないのさ。その面倒を見るのは家主として当然の義務じゃない?」
そう言いながら、バニラ最中を口に運んでおいでです。
そんなバテアさんの足下に、ベルが猫の姿で歩み寄っております。
そんなベルに、バテアさんはバニラ最中を一切れ渡しておいでです。
「あんまり食べ過ぎるんじゃないわよ」
「にゃ」
バテアさんからバニラ最中を受け取ったベルは、カウンター脇にあります座布団の上に移動してそれを美味しそうに食べ始めました。
そんなベルの姿を、バテアさんは優しい笑顔で見つめておいでです。
私は、私がこの世界にやってきてからのバテアさんしか知りません。
そのバテアさんは、軽口を叩きながらも、お願いをすべて聞いてくださる、とてもお優しい方と思っております。
ですが、ジューイさんやクニャスさんのお話では、
「ジュ、バテアは気まぐれで、冒険者の手伝いなんて絶対しなかったジュ」
「そうそう、いくらお願いしても『めんどくさいわぁ』の一点張りだったもんねぇ」
とのことでございます。
私がバテアさんと一緒に暮らすようになって、バテアさんが変わったということなのでしょうか?
私がそんな事を考えていると、バテアさんは、
「気まぐれよ、気まぐれ」
そう言いながら笑っておられました。
そうですね、ご本人がそう言われるのですから、それでいいのではないでしょうか。
私は、そう思うことにした次第でございます。
◇◇
ジャッケが大量に手に入ったおかげで、朝ご飯の焼き物といたしまして焼きジャッケをお出しすることが多くなっております。
やはり、朝ご飯に鮭の切り身は最高の食材でございますので。
飽きがこないように、間に他の魚の焼き物を挟むこともございますけれども、週に4日はジャッケを使用しております。
さわこの森で働いておいでの皆様にも大変好評でして、
「これがないと朝がはじまらないんだよね」
そうおっしゃられる方が複数おられる次第でございます。
「うんうん、それすっごく同意だよ」
そんな中、いつものようにさわこの森の皆様に交じっておられますツカーサさんが笑顔でおっしゃられています。
この光景も、今ではもう見慣れてしまった次第でございます。
ツカーサさんは、笑顔でそう言われながらお皿の上の焼きジャッケにお箸を伸ばされたのですが……
「あ、あれ?」
そのお箸の先にあるはずのジャッケの切り身がなくなっていたのでございます。
ちなみに、ツカーサさんは私が使用しておりましたお箸をご覧になられまして
「何それ? 面白そう! 私も使う使う!」
そうおっしゃられまして、お箸をお使いになられはじめたのですが、あっという間に使い方をマスターなさったのでございます。
「あれぇ? なんで?……まだ食べてないよアタシ」
ツカーサさんは不思議そうな表情をその顔に浮かべながら拾遺を見回しておいでです。
その視線の先……カウンター脇の座布団の上に座っているベルの口がもごもごと動いておりました。
「ちょ!? まさかベル、あんたが食べた!?」
ツカーサさんは、慌ててベルの元に駆け寄りました。
すると、ベルは少し慌てた様子で口を動かしていきまして、その口の中身をゴクンと飲み込んでしまった次第でございます。
「こら! 証拠隠滅したなこいつ!」
ベルに向かって声をあげておられるツカーサさん。
そんなツカーサさんの前で、ベルは
「にゃ~」
そう、ひと鳴きすると、座布団の上で丸くなってしまった次第でございます。
「もう、ちょっとベル!こら!」
そんなベルに向かって声を荒げておいでのツカーサさん。
その姿に、お店で朝食をお食べになられている皆さんは
「あはは、証拠がないんじゃ、ツカーサの負けだな」
などと口になさりながら笑っておいでです。
そんな皆様のお言葉に苦笑しながら、私は新しいジャッケを焼き始めた次第でございます。
ーつづく
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