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さわこさんと、ジャッケ その4

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イラスト:NOGI先生

 バテアさんとリンシンさんのお話によりますと、古代怪獣族の方々は巨体すぎるため人が近くにいるかどうかなどは気にせず、ただ目の前にある餌―今回の場合ジャッケでございますね―に向かって一直線に向かって行くそうなのです。
 そのため、ジャッケ漁を行っていると、ジャッケに引き寄せられた古代怪獣族に踏み潰されたり、その捕食に巻き込まれたり、と、いった命に関わる事故が多発しているため、ここ辺境都市トツノコンベ周辺でのジャッケ漁は原則禁止にされているとの……

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっとお待ちくださいな!? あ、あ、あ、あのジャッケ漁ってそんなに危険なといいますか、禁止されてるなんてお聞きしてませんよ!?」
 居酒屋さわこさんの厨房でそのお話をお聞きした私は真っ青になって声をあげていました。

 そんな私に、バテアさんは
「あぁ、そこは心配しなくていいわよ、さわこ。例外的にジャッケの駆除を役場から依頼されてるからさ、アタシは」
 そう言いながら笑っておられます。
 その手にはバニラ最中をお持ちです。

 そんなバテアさんを前にして、私は今も真っ青なままでございます。

「そ、それはバテアさんが、でありまして……バテアさんでしたら魔法で自衛出来るといった前提に基づいて許可がだされているのでしょう!? わ、わ、わ、私にはそんな魔法で自衛なんて出来ませんですし!?」
「まぁまぁさわこ、そう青筋たてて声をあげてたらせっかくの可愛い顔が台無しよ。だいたいアタシが同行してるんだからさわこを危険な目にあわせるわけがないじゃないの」
 バテアさんは、笑いながらバニラ最中を口に運んでおられます。
 その横で、リンシンさんも笑っておられます。
「ジャッケ漁は冒険者にも依頼は来てる……ちょっと危ないけど、いい臨時収入になる……」

 リンシンさんがおっしゃられていますように、このジャッケには報奨金がかけられておりました。
 駆除したジャッケの本体か、トランペット状態の口部分を冒険者組合に持ち込むことで報奨金を受け取ることが出来るのですが、今回私達は全部で500匹近いジャッケを捕獲いたしまいた。
 その結果、私達はかなりの額の金貨を報奨金としていただいたのでございます。

 リンシンさんは、
「これで鎧や盾を新調出来る……」
 そう言って嬉しそうに笑っておられました。

 リンシンさんのような冒険者の皆様は、魔獣の討伐や荷馬車の護衛などを行って生計を立てておられます。
 命を守り、任務を迅速かつ問題なく遂行なさるために皆様装備にはすごく気を遣っておいでなんですよね。
 リンシンさんも、狩りからお戻りになられますとすぐに武具のチェックをなさっておいでです。
 武具に破損が見つかればすぐにその場で修理を行われまして、もし自分で修理が出来ないようでしたら街中にございます武具屋へそれを持ち込まれまして修理を依頼なさっておいでです。
 
 幸い、このトツノコンベには腕のいい武具職人の方がお住まいだそうでして、その方のおかげでこのトツノコンベには結構な数の冒険者の皆様が集まってこられるそうなのです。

 そうやって武具を常に最良の状態に保つのには当然お金が必要でございます。
 修理に出せばお金がかかりますし、新しい武具を購入するのにも当然お金がかかります。
 遠出をなさる際には荷造りにもお金がかかりますし、場合によっては他の冒険者の方をお雇いして、一緒に害獣駆除に赴かれることもございます。

 このように、冒険者の方々は何かとお金が入り用なのでございます。

 今回のジャッケの報酬は、リンシンさんにとっても大変嬉しい臨時収入になったようなのですが、
「これで……ショルダーアーマーを新調出来る……嬉しい……」
 どうやら、そのお金は新しい武具の購入のために消えていくことになりそうですね。

 そんなバテアさんとリンシンさんを前にしてひとしきり悲鳴にも似た絶叫を上げ続けて私ですが……ようやくどうにか落ち着いてまいりました。

 そこで、魔法袋から狩ってきたジャッケを1匹取り出しまして、
「……気を紛らせるために、ちょっとジャッケをさばいてみます」
 包丁を手に取りまして、ジャッケの調理を始めた次第でございます。

 まず、ばら引きで鱗を引いてまいります。取り切れなかった鱗は包丁で丁寧に取り除いてまいります。
 鱗の付き具合などは、私の世界の鮭とほぼ同じようですね。そのおかげでこの作業は割と簡単にこなせました。

 次に、頭を右に向けてそのお腹に包丁を入れていきます。ここから内臓を取り出します。
 血合いに包丁をいれたら、ここで一度綺麗に水洗いいたしまして、その後、水気を拭き取ってまいります。

 厨房で作業を進めておりますと、リンシンさんとバテアさんが物珍しそうに私の手元を覗き込んでおられるのに気が付きました。
「さわこ……手際いい……」
「ほんと、いつもながら感心するわ」
 お2人はそんな言葉を口になさっておられます……な、なんだか少し恥ずかしいですね。

 ジャッケをさばいていて気付いたのですが……
 私の世界の鮭と大きく違う点がございました。

 トランペット状態の口以外の差異といたしましては、肺の存在と尾びれでございます。

 ジャッケには大きな肺がございました。
 もっともこれは呼吸をするためのものではございません。
 あの『パラリラパラリラ』という威嚇音をその口から発するために空気を吸い込み吐き出すための内臓器官のようです。
 
 尾びれも、鮭の5倍近い大きさがございました。
 これは、横一線に並んですごい勢いで川を遡上する、あのパワーを生み出すために進化したものでしょうね。
 扇のようになっておりまして、閉じているとそんなに大きく感じませんが、開くとホントにすごかったです。

 そんなことを観察しながら、私は鮭を部位ごとに切り分けていきました。

「……さて、とりあえずこんなところですかね」
 だいたい切り分け終わった私は、ジャッケを前にして大きく息を吐きました。

 ……さて、このジャッケを使って何を試作してみましょう。

 何しろこの世界のジャッケがどんな味なのかさっぱりわかりませんからね。
 毒などはもっていないようですし、身の色は鮭同様に綺麗なサーモンピンクをしています。
 ただ、このジャッケは害獣として認定されているためか、好んで食べようという方はあまりいないそうなのです……なんだか、ちょっともったいない感じがしてしまいます。

 しばらく思案した私は、今回は石狩鍋を作ることにいたしました。

 土鍋を取り出し……あ、もちろんご飯を炊くのとは別の土鍋ですよ。
 味がうつってはいけませんので、ご飯を炊く用の土鍋は専用にしておりますので。

 その中に、ハルクサイー白菜もどきー・ニルンジーンーにんじんもどきー・ジャルガイモージャガイモもどきー・ナルガネギー長ネギものどきーなどを加えていきます。

 あと、カゲ茸というきのこの一種も加えます。
 このカゲ茸、見た目は私の世界でいいますところの松茸に少し似ています。
 湿気のある木の根元に自生しているのですが、時折根っこを足のようにして走って逃げてしまうという、信じられないような特性を持っているのですが、煮て食べますとシャクシャクしてなかなか美味なんです。
 滋養強壮・疲労回復効果などもあるそうです。
 このカゲ茸は、根の部分さえあればいくらでもまた生えてくるという特性も持っておりまして、アミリアさんがそれを利用いたしまして最近増産に成功なさった次第でございます。
 干して、お茶として飲んでもいいそうでして、そちらの作業も行っている次第でございます。

 昆布で出汁をとり、調理酒・みりん・醤油・味噌で味を調え、最後にバターを加え……
「うん、こんなもんかな」
 取り皿にすくったお汁を味見した私は笑顔で頷きました。

 そんな私の前では、バテアさんとリンシンさんが
「さわこ、出来たんならはやく食べさせて!」
「美味しそうな匂い……もうたまらない……」
 そう言いながら手に持った取り皿を私に差し出しておられました。

 そのお皿が3皿……え? 3?

「さわこぉ、アタシにもぉ!」
 いつのまにかリンシンさんの隣には、ご近所のツカーサさんのお姿がございました。

 ……なんといいますか、ホントにツカーサさんってば、美味しい匂いに敏感なんですよね。
 ただ、逆に考えますとツカーサさんがこうして突然お見えになったということは、このジャッケ製石狩鍋がなかなかな出来ということの裏返しといえなくもないわけでございます。

 私は、少し嬉しくなりながら、
「はいはい、すぐによそいますから少しお待ちくださいな」
 そう言いながら3人が手になさっている取り皿を手に取っていきました。

ーつづく
  

 
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