上 下
94 / 343
連載

さわこさんと、グルメシュラン その1

しおりを挟む

イラスト:NOGI先生

 食堂のピアーグの日替わり定食は美味しかったように思うのですが……その時の私は食事を楽しむ余裕など一切持ち合わせておりませんでした。

 背中に嫌な汗が流れ続けています。
 全身がブルブル震えております。

 え? え? な、なんでですか?
 いえ、その……なんでまた、この世界のグルメガイドに居酒屋さわこさんが掲載されているのですか?

 頭の中でそんな思考がグルグル回転し続けておりまして、もう、食事を味わうどころではありませんでした。

 そんな私の様子を見かねてか、バテアさんが
「まぁ、あれよね。この本って基本的に覆面調査してサプライズ掲載が売りだからさぁ……」
 そう言ってくださったのですが……その言葉すら、どこか上の空で聞いていた私でございます。

 そうですね……私が元いた世界では、こんなこと絶対にあり得ませんでしたといいますか……片田舎の片隅で細々と居酒屋を営んでいただけですもの……

「はい、おちつく!」
「ひゃ!?」
 いきなりバテアさんに、頬にお冷やのグラスをあてがわれて、私は思わず変な悲鳴をあげてしまいました。
 そんな私を、バテアさんは苦笑しながら見つめておいでです。
「とにかく落ち着きなさいな。まずは評価されたことを素直に喜びなさいって。さわこがこの世界にやってきて頑張っていたのが評価されたんだしね」
「そ……そういうものでしょうか?」
「そういう物も何も、実際そうなんだから。もう、そこは自信を持ちなさいって」
 そう言うとバテアさんは私の肩を軽く叩いてくださいました。
「それに、冷静になって考えてみなさいな。トツノコンベは辺境だしね、王都や他の大規模な都市からは結構離れているし、そうそう気軽にやってこれる場所じゃないんだから。居酒屋さわこさんのお客さんがいきなり激増する、なんてことはないと思うわよ」
「そ……そうですね、言われてみれば確かに……」
 バテアさんのお言葉をお聞きしながら、私もようやく落ち着きを取り戻してきたように思います。

 ……何分、目立つことが苦手といいますか、他のみんなと一緒というのが一番落ち着く、いわゆる庶民な性格の私でございますので、はい……

「まぁ、せっかくなんだから、この本を購入して帰るとしましょうか」
「え、えぇ!? か、買って帰るんですかぁ!?」
「オフコースよさわこ。これに載ることは栄誉なんだから。誇らなかったら載らなかった他のお店に失礼よ」
「……あ、た、確かに」
「さ、そうと決まったら、早速いきましょうか」
 食事を終えていた私達は、会計を済ませると食堂ピアーグを後にしました。

 お店を出る際に気が付いたのですが、レジの後ろに

『グルメシュラン ナカンコンベ編 ☆☆☆☆☆店』

 そんな張り紙がされていました。
 バテアさんがお勧めくださっただけあって、このお店もすごく評価の高いお店だったのですね……

 私は、自分のことであわあわしてしまって、食事の味がいまいち思い出せないことを後悔しながらも、次回オモテナシ商会へ仕入れに来た際には、もう一度連れてきて頂こうと思った次第でございます。

◇◇

 その後、私達は魔女魔法出版の書籍を扱っていたドンタコスゥコ商会のお店で、食堂ピアーグに置いてありました『グルメシュラン 辺境都市編』の最新版を購入してから帰宅いたしました。

 バテアさんの転移ドアのおかげで、こうして一瞬で移動出来ておりますけれども、ナカンコンベからトツノコンベまで馬車で移動しようといたしますと、片道だけで1ヶ月近くかかるそうです。
 バテアさんが言われましたように、これだけ時間がかかるのですから、この本を見てわざわざ王都などの遠くの都市から足を運んでくださるお客様もそうはいないのではないかと思った次第でございます。

 私は、バテアさんから手渡された本を手に、自室へと移動していきました。

 2階にあるリビングの横にございます私の部屋。
 その椅子に腰掛けた私は、グルメシュランを机の上に置きました。

 そっと、私のお店……居酒屋さわこさんが掲載されているページを開き、それを眺めています。

 ……不思議ですね。
 最初はあれだけ慌てておりましたのに、落ち着いてくるとジワジワと嬉しい感情がこみ上げてまいりました。
 
 グルメシュランの紹介には、

『どこか懐かしい味のする料理は手を抜くことなく丁寧に調理されており、どれもお勧め~』
 
 そのような言葉が記載されています。
 私の料理は、亡き父に教えてもらったものが基本となっております。

 どこか、父の事を褒めてもらえているようで……なんだか、こみ上げてきてしまった次第です。

 ……そうですね、本は複数購入いたしましたので、今度お墓参りをした際に、1冊お供えして報告したいと思います。


◇◇

 その夜の営業前、私はグルメシュラン辺境都市編を1冊、カウンターの脇に置きました。
「せっかくなんだから、張り紙でもしちゃいなさいよ。こう、でかでかと、
『グルメシュラン ☆4つ いただきました』
 とかさぁ」
 そう言いながら、今にもそのような張り紙を魔法で作成してしまいそうな勢いのバテアさん。
 そんなバテアさんに私は、
「いえいえ、もうこれで十分ですから」
 苦笑しながらそう返答するのが精一杯でした。

 営業が始まりますと、いつものように、いつもの常連の皆様が顔を出してくださいました。
 みなさん、当然グルメシュランに居酒屋さわこさんが掲載されていることはご存じありません。

 それも仕方ありません。
 バテアさんにお聞きいたしましたところによりますと、このグルメシュランは、大変有名ではありますものの、ここトツノコンベでは扱っているお店がないんだそうです。
 ここトツノコンベに限らず、辺境の都市では魔女魔法出版の本だけでなく書物そのものがあまり扱われていないんだそうです。
 
 ……ただですね……だからこそといいますか……

「お? グルメシュランがあるじゃないか、珍しいな」
 役場のヒーロさんが真っ先にその存在にお気づきになられたのですが、その声を聞いたお客様が
「え? そうなの!?」
「うわ、みたいみたい!」
 そんな感じで、一斉にヒーロさんの周囲を取り囲んでいかれました。

 唯一、ゾフィナさんだけは早くも2杯目のぜんざいをお食べになられていた次第でございます。

 ……そして、当然といいますか……

「お? トツノコンベの店が載ってるみたいだぞ」
 目次で、その事実にお気づきになられたヒーロさんがグルメシュランのページをめくっていかれました。
 そして、その手が止まり、みなさんの視線がそのページに注がれました。

 しばらく、沈黙が続きました。

 そして、みなさん、一斉に私の顔を見つめてこられました。

「さ……さわこさん?……こ、これって……」
「え? 何? ☆4つって、ちょっとすごいじゃん!」
「ジュ!? ジュジュジュ!?」

 みなさん、一斉に声を上げながら、カウンター越しに私に向かってこられた次第です。

「さわこおめでとー!」
「すごいよ! トツノコンベ初の快挙だよ!」
「ジュジュジュジュジュ!!!」

 みなさん、歓喜の声をあげながら私を祝福してくださっておられます。
 そんな皆様に、私は
「ほ、本当にありがとうございます。皆様のご愛顧のおかげでございます」
 そう言いながら、何度も何度も頭をさげていきました。
 そんなみなさんの後方で、バテアさんが
「よし、今日は祝いってことでヒーロのおごりだ! みんな好きなだけ飲んで食いなさい!」
 そう言いながら、一升瓶を左右の手で持ち上げられました。
「おいおいバテア、勘弁してくれ」
「え~、ゾフィナのぜんざいは奢っておいて、他の客達には奢れないってぇの?」
「う、あ、いや……その、なんだ……それとこれとは話が違うだろう?」
 バテアさんの言葉に、タジタジなご様子のヒーロさん。
 そんなみなさんのご様子を、私も笑顔で見つめていた次第でございます。

 本日は、御礼ということで、代金を半額にさせていただきました。

ーつづく
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ

ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。 見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は? 異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。 鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は幼馴染達より強いジョブを手に入れて無双する!

アノマロカリス
ファンタジー
よくある話の異世界召喚。 ネット小説やファンタジー小説が好きな少年、洲河 慱(すが だん)。 いつもの様に幼馴染達と学校帰りに雑談をしていると突然魔法陣が現れて光に包まれて… 幼馴染達と一緒に救世主召喚でテルシア王国に召喚され、幼馴染達は【勇者】【賢者】【剣聖】【聖女】という素晴らしいジョブを手に入れたけど、僕はそれ以上のジョブと多彩なスキルを手に入れた。 王宮からは、過去の勇者パーティと同じジョブを持つ幼馴染達が世界を救うのが掟と言われた。 なら僕は、夢にまで見たこの異世界で好きに生きる事を選び、幼馴染達とは別に行動する事に決めた。 自分のジョブとスキルを駆使して無双する、魔物と魔法が存在する異世界ファンタジー。 「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕の授かったスキルは役に立つ物なのかな?」で、慱が本来の力を手に入れた場合のもう1つのパラレルストーリー。 11月14日にHOT男性向け1位になりました。 応援、ありがとうございます!

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

攫われた転生王子は下町でスローライフを満喫中!?

伽羅
ファンタジー
 転生したのに、どうやら捨てられたらしい。しかも気がついたら籠に入れられ川に流されている。  このままじゃ死んじゃう!っと思ったら運良く拾われて下町でスローライフを満喫中。  自分が王子と知らないまま、色々ともの作りをしながら新しい人生を楽しく生きている…。 そんな主人公や王宮を取り巻く不穏な空気とは…。 このまま下町でスローライフを送れるのか?

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。