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さわこさんと、居酒屋さわこさん再開 その4

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イラスト:NOGI先生

 ドルーさんの来店が合図だになったかのように、居酒屋さわこさんに一斉にお客様が押し寄せてまいった次第でございます。
 居酒屋さわこさんの厨房には、煙が籠もらないようにコンロの上部に換気扇が取り付けられておりまして、調理中は常時外へ空気が排出されているのですが、その匂いがタテガミライオンのお肉を焼く匂いだったためなのでしょう。その匂いを嗅いだと思われる皆様が次から次へとご来店なさっているのです。
「タテガミライオンの肉があるって?」
「ジュ! タテガミライオン! タテガミライオン!」
「なんだって、タテガミライオンのお肉だって! そりゃ食わせてもらわないと!」
「ちょっとジュチ! あんたお店はどうしたのさ」
「タテガミライオンのお肉だよ!? お店やってる場合じゃないじゃない」
「いや、店はやってよ!」
 皆様、店内に入られると同時にタテガミライオンの串焼きをご注文なさり、それから席につかれている状態でございます。


 皆様のお話をお聞きしながら調理を行っている私なのですが……少しびっくりしてしまいました。
 と、言いますのも、多くの方々がこのタテガミライオンのお肉を食べたことがあるそうなのです。
「ナカンコンベでさ、タテガミライオン弁当を売ってる店があったんだよ」
「俺はララコンベって街の温泉に行った時だったなぁ」
「アタシはブラコンベって街だったかな、そこのお店でタテガミライオンの肉の弁当を売ってたの」
「ガタコンベってとこだったかな。たまたま立ち寄ったんだけど、そこで売ってる店があったんだ」
 皆様、そのような会話を交わしながらタテガミライオンの串焼きが出来上がるのをお待ちくださっています。
 このあたりでは珍しいタテガミライオンなのですが……そう言えば、東の方に多く生息している魔獣だと聞いたことがござますので、ひょっとしたら皆様が言われている都市というのは、すべて東の方にあるのかもしれませんね。

 バテアさんには、純米大吟醸会津中将の特醸酒を皆様にお勧めしていただいております。
 このお酒、口に含むと香りが口中に広がりそのまま鼻へと抜けていくような爽快感を堪能出来ます。まろやかなことこの上ない味が口を洗い流してくれるお酒でして、お肉との相性も抜群なんです。
 大吟醸だけありまして少々お高いお酒なのですが、こんなにいいお肉を食べて頂くのですもの。それに見合ったお酒をお出しさせていただきませんと……はい、出血大サービスでございます。

 しかしあれですね、このタテガミライオンのお肉は本当にすごいです。
 少々厚めに切っていましてもすぐに中まで火が通ります。
 おかげさまで、多くの注文をお受けしておりますのに、素早く焼き上げることが出来るものですからすぐに皆様の元に提供出来ているんです。
 そのペースがあまりにも速いものですからリンシンさんだけでは配膳が間に合っておりません。
 そのため、ラニィさんやエミリアまで配膳に回ってくださっています。
 タテガミライオンのお肉が大人気ではありますけれども、お1人様2皿までとの制限を設けさせて頂いております関係で、普通の焼き鳥や定番の肉じゃがにも注文が入ってまいります。
 そのためリンシンさん・ラニィさん・エミリアの3人は
「肉じゃが……えっと、あと3皿……」
「お待たせいたしました。こちらがタテガミライオンの串焼きになりますわ」
「タテガミライオンの串焼きお待たせね、そちらの焼き鳥3皿はリトルウェイト、プリーズよ」
 笑顔を振りまきながらも、てんてこ舞いなさっておられます。
 かく言う私も、焼き鳥の串、タテガミライオンの串、マウントボアの串などを次々に炭火コンロの上へ並べております。
 まったく手を休める間がないものですから、額の汗をぬぐう暇もございません。
 たすき掛けしている私ですが、ここで一度手を止めまして額にはちまきを巻きました。
「さぁ、まだまだ頑張りますよ」
 私は、笑顔で炭火コンロへと向き直りました。

◇◇

 この日は、本当にすごかったです。
 
 タテガミライオンの串焼きが呼び水になりまして、本当にたくさんのお客様が足を運んでくださった次第です。
 肝心なタテガミライオンのお肉は早々に売り切れてしまったのですが、
「いやぁ、タテガミライオンの串焼きがさぁ、口の中に旨みが広がって……」
「酒とあうんだこれがまた」
「ほんと、たまらなかったよ」
 と、食された皆様が食べた感想をお話しになられておりまして、それをお聞きなさったタテガミライオンのお肉を食べることが出来なかった皆様が、
「あ~、もうたまらん、さわこさん、クッカドウゥドルの串焼きを頼むよ」
「こっちもだ、3皿頼むね」
 と、タテガミライオンの串焼きの代わりにクッカドウゥドルやマウントボアの串焼きを注文してくださいまして、結局閉店時間まで注文の声が途切れることがございませんでした。

◇◇

「皆さん、今日は本当にお疲れ様でした」
 最後のお客様をお見送りした私は、エミリアと一緒に店内に戻ると、店内の掃除や片付けを始めてくださっていたバテアさん・リンシンさん・ラニィさんに向かって笑顔で声をかけさせていただきました。
 そんな私に皆さんも、
「お疲れさわこ」
「お疲れ様……すごかったね……」
「本当にお疲れ様でしたわ……本当によかったですわ……」
  バテアさんとリンシンさんが笑顔の中、ラニィさんは涙ぐみながらそうおっしゃっておられます。

 居酒屋さわこさんがしばらくお休みしなければならなくなった遠因を作ってしまったことを、ラニィさんはいまだに気にしていらしたのです。
 私がいくら、
「ラニィさんはもうお気になさらなくてもよろしいのですよ」
 そう申し上げましても、常にどこか気になさっておられた感じでしたので……
 それが今日、居酒屋さわこさんの営業を再開すると同時に多くのお客様がお見えになられたことで、安堵なさったのでしょう。

 そんなラニィさんの肩をバテアさんが力強く抱き寄せられました。
「ラニィもよく頑張ったね、お疲れさん。さぁ、今夜は居酒屋さわこさんの再開記念と満員御礼記念ってことで、ぱーっと打ち上げしようじゃないの」
「え、い、いえ……私はその……お気持ちだけで……」
「あ? 何よラニィ、アタシの酒が飲めないっての?」
「へ? い、いえ、決してそんなわけではございませんわ」
「ならいいじゃん、さ、今夜は飲むわよぉ」
 そう言うと、ラニィさんをまるでヘッドロックなさっているかのようにしっかり捕まえたまま、2階に向かって行かれました。
「やれやれ、どうやら今夜はスリープさせてもらえそうにないわね」
 レジのお金を確認し終えたエミリアが苦笑しながらバテアさん達を見送っています。
「お祝いお祝い……飲もう飲もう……」
 お店の片付けを終えたリンシンさんも、笑顔で私の背中をポンポンと叩いてくださいます。
 私は、店内の皆さんを見回すと、
「そうですね、今日はみんなでお祝いですね」
 たすきとはちまきを外しながら笑顔でそう言いました。
 同時に、心の中では、

……今日は決して飲みすぎませんよ……具体的には、服を脱いでしまわない程度ということで……

 そう、固く誓っていた私でございました。

◇◇

 翌朝になりました。

 ベッドの中……バテアさんの隣で目を覚ました私は、両手で顔を覆っていました。

 ……また……また私はやってしまいました……

ーつづく
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