71 / 343
連載
さわこさんと、居酒屋さわこさん再開 その3
しおりを挟むイラスト:NOGI先生
このタテガミライオンのお肉ですけど……さすが、この世界で最高級と言われるだけのことはあります。
脂分は適度に霜降り状態になっていまして、色合いがとても素晴らしいです。
肉そのものの色合いや光沢も申し分ありません。
程よくしまっており、非常にきめ細かくなっています。
野生の動物にもかかわらず、ここまで上質なお肉を私は見た事がありません。
私の世界で、和牛A5のお肉を何度か扱ったことがございますけど、このタテガミライオンのお肉は野生の動物だけに脂肪分がやや少なめかな、ということが気になったくらいでしょうか。それ以外はまったく遜色がございません。
せっかくの良いお肉です。
まずは素材の味そのものを味わう方向で調理いたしましょう。
私はタテガミライオンのお肉を串焼きの要領で一口大の大きさに切り分けていきました。
それを串に刺し、炭火コンロで焼いていきます。
この匂い……すごいですね。
炭火コンロにのせて数秒しか経っていないというのに、お店中に香ばしい匂いが立ちこめていきました。
「ふわぁ!? 何々この匂い!? すっごい」
ツカーサさんが満面の笑みをそのお顔に浮かべながら立ち上がっておられます。
その横では、いつも無表情なエミリアまでもが顔を輝かせているではありませんか。
そんな2人の笑顔を時折拝見しながら、私はタテガミライオンの串焼きを焼いていきました。
十分火が通ったところで、軽く塩こしょうを振りまして……よし、こんなもんでしょう。
「はい、おまたせいたしました。まずはこれでいただいてみましょう」
私は、タテガミライオンの串焼きをのせたお皿を片手にカウンターへと移動していきました。
その時です。
「……良い匂い……」
そこに、クンクン鼻を鳴らしながら2階からリンシンさんが降りてこられたではありませんか。
串焼きはきりよく10本焼いておりますので、エミリア・ツカーサさん・私の3人が2本ずつ頂きまして、リンシンさんに4本食べて頂けばいいかな、と頭の中で計算いたしました。
何しろ、このタテガミライオンはリンシンさんが仕留めてくださったのですものね。
4人になったことで、私達はテーブルへと移動いたしました。
その中央に皿を置きまして、みんなで早速頂いて参ります。
「ん~……ホントこの匂い、たまんないわ~」
ツカーサさんは串焼きを鼻の近くへ持っていかれまして、その匂いを目一杯お吸いになられました。
そして
「では、いっただっきま~っす!」
そう言うと、串焼きを口に……
っと、その手の中にあった串焼きが、横から伸びてきた手によって奪い去られてしまいました。
ツカーサさんは、豪快に口を閉じられたのですが、そこには当然お肉はありません。
がちぃ
という、歯と歯が壮絶にぶつかり合う音が、私の耳にまではっきり聞こえてまいりました。
「ちょ!? あ、アタシのお肉!?」
ツカーサさんは慌てて周囲を見回していかれました。
すると、ツカーサさんのすぐ横に、バテアさんが立っているではありませんか。
どうやら、薬草の採取からお戻りになられたようですね。
「ちょっと何よ、この串焼きすっごく美味しいじゃない!」
バテアさんは、ツカーサさんの手から奪った串焼きをすでに平らげられておられました。
口をもぐもぐ動かされながら、目を輝かせているバテアさんは、すかさず皿に手を伸ばしていかれます。
「あ、こら! 私の分を取るんじゃない!」
慌ててその手を押さえようとなさるツカーサさん。
「ケチケチしなくてもいいじゃない、あと1本くらいさ」
「何を言ってんのよ! 1人2本なのよ! この馬鹿バテア」
気が付くと、まるでプロレスの力比べのように両手のひらを組み合わせて押し合いを始めてしまったバテアさんとツカーサさん。
そんなお2人の様子を見つめながら、私とエミリアは2本、リンシンさんは4本、それぞれ自分の分の串焼きを手に確保いたしておりまして、それぞれそれを口に運んでおりました。
な、なんということでしょう……
味付けは軽く塩こしょうをしただけですのに、たまらない味でございます。
一口噛みしめるだけで、溢れんばかりの肉汁が口の中に広がってまいります。
しかも、その肉汁は脂っこすぎず、それでいて舌の上に強烈な自己主張を残していくのです。
その味を早く味わいたいがために、すぐ2口目を……さらに3口目を……
その連鎖が止まらないのです。
私・エミリア・リンシンさんの3人は、感想をいう間すら惜しみながらお肉を口に運び続けていました。
そんな私達の横では、バテアさんに追い込まれたツカーサさんが、ブリッジをしながら耐えているところでした。
「さぁ、参ったしなさい! お肉はアタシのものよ!」
「やだやだ! 絶対に参ったしないもんね!」
そんな声が、しばらく店内に響いておりました。
どうやら、もう少し串焼きを調理した方がよさそうですね。
◇◇
その夜、タテガミライオンの串焼きを数量限定メニューとしてお店にお出しいたしました。
最初はステーキや、照り焼きなども試してみたいな、と思っていたのですけど、何しろ1頭分しかお肉がございません。
ですので、1人でも多くの皆様に提供出来る串焼きの形を選択した次第でございます。
「え!? タテガミライオンの串焼きがあるんですか!?」
本日お店に一番のりなさった役場のシウアさんが、店内の張り紙をご覧になって目を丸くなさっています。
「はい、たまたま入荷いたしましたので数量限定でお出ししております」
「じゃ、じゃあそれください!えっと、何皿まで頼んでいいのですか?」
「はい、少しでも多くの皆様に食べて頂きたいので、1人2皿……」
「2皿! 2皿お願いします!」
いつも落ち着いた様子でお話をなさるシウアさんが、すごく焦ったご様子で、しかもカウンターから身を乗り出しながら私に注文してこられました。
でも、確かにそのお気持ちはわかります。
お昼に試食いたしました、私達も、顔をほころばせながらお肉を味わうことに没頭していきましたもの。
あの味を少しでも知っておられるのでしたら、間違いなく今のシウアさんのような行動になると思います。
「シウアさんはタテガミライオンのお肉をお食べになったことがおありなのですか?」
「はい、以前ナカンコンベっていう都市に視察に行った際に、タテガミライオンの肉を使ったお弁当を販売している店があったんです。あのとき食べた味が、いまも忘れられなくて……」
シウアさんは、そう言われながら顔を上気なさっておられます。
私は、そんなシウアさんのお顔を拝見しながら串焼きを焼いていきました。
すると、すごい勢いでドルーさんが店内に入ってこられました。
「さ、さ、さ、さわこよ!? こ、こ、この匂いは、まさかタテガミライオンか!?」
「はい、そうですよ。お肉が入手出来ましたので数量限定でお出ししております」
私が笑顔でそうお答えすると、
「いよっしゃ食うぞ! じゃんじゃん持ってきてくれ!」
ドルーさんは小躍りなさりながらそうおっしゃっています。
「じゃんじゃんと言われましても……量が少ないのでお一人様2皿までなのです」
「そうケチくさいことを言うでない、皆が来る前にこそっとじゃな……」
「ダメですよドルーさん、不正行為は看過出来ませんね」
「まったく、役場の人間はどうしてこう頭が固いんじゃ、はげるぞシウアよ」
ドルーさんは、カウンター席にお座りになると、隣に座っておられるシウアさんとそのような会話を交わし始めました。
そんなお2人の様子を拝見なさりながら、私はドルーさんの分のタテガミライオンの串焼きを新たに炭火コンロの上に並べていきました。
今夜はどうやら賑やかになりそうですね。
ーつづく
30
お気に入りに追加
3,701
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。

私に姉など居ませんが?
山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」
「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」
「ありがとう」
私は婚約者スティーブと結婚破棄した。
書類にサインをし、慰謝料も請求した。
「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判
七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。
「では開廷いたします」
家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

英雄一家は国を去る【一話完結】
青緑
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。