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さわこさんと、夏祭り日本紀行 その1

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イラスト:NOGI先生

 転移ドアをくぐり、いつものビルの合間に姿を現した私とバテアさんは、屋台を引きながら商店街の方へと移動していきました。
 商店街の中ではすでにお祭の準備が整っているようです。
 もっとも、今はまだ朝早いためか営業している屋台は1つもありません。
 全ての屋台の上にビニールシートがかけられた状態になっています。
「さわこ、ここのお祭はいつから始まるのかしら?」
「夕方からですよ。ただ、早い屋台だとお昼過ぎくらいからぼちぼち営業を開始していところもあるはずです」
「ふーん、そうなのね」
 周囲を珍しそうに眺めているバテアさん。
「……気のせいかしら……屋台の奥にあるお店、閉店しているお店が多い気がするわね」
「……そうですね、この商店街はちょっと寂れてしまっていますので」
「そうなの?」
「はい、駐車場が少なかったり、近くに大型のショッピングモールが相次いでオープンしたりしたものですから、そちらにお客様をとられてしまった感じといいますか……」
 そんな会話を交わしながら商店街の中を歩いていた私とバテアさんは、程なくして商店街の中程にさしかかりました。

 そこには、空き店舗を利用して商店街夏祭りの総合案内所が設置されていました。
 その中に、商店街の責任者である善治郎さんの姿もありました。
「おや、さわこちゃんと……そっちはバテアちゃんじゃったかな」
「善治郎さんおはようございます。先日はいろいろありがとうございました」
「なんとまぁ、わざわざお礼を言いにきてくれたのか? ほれ、そんなところに突っ立ってないで入った入った」
 善治郎さんだけでなく、その場に居合わせたお年寄りの皆様全員が私とバテアさんを笑顔で招き入れてくださいました。
「バテアちゃんは確かこれが好きじゃったな、ほれ」
「バニラ最中! さっすが爺様、わかってるじゃないの」
 バテアさんは満面の笑顔で善治郎さんからアイス最中を受け取られました。
 こんな会話をなさっておられますけど、このお2人ってバテアさんの方が年上なんですよね……バテアさんは長命なエルフの血を引いておられますので、なんでも百才を軽く越えているそうですので……

 しばらく皆様と雑談を交わした私は善治郎さんに言いました。
「ところで善治郎さん、もしよかったら私も屋台を出させて頂くわけにはいきませんか?」
「おぉ、それはもう大歓迎じゃ」
 私の申し出をお聞きになった善治郎さんは大喜びしてくださっています。
 他の皆様も善治郎さん同様に笑顔を浮かべてくださっています。
「どうやら大丈夫みたいね」
 バテアさんは5個目のバニラ最中を口になさりながらそう言われました。

 こうして、商店街の夏祭りに参加出来ることになった私達なのですが……
 屋台の準備を行っていた私はあることに気が付きました。
 シートを被せたままになっている屋台の多くに、担当の方がいらっしゃる気配がないのです。
「……あの屋台はどうしたのかしらね?」
 バテアさんもそれに気付かれたようです。
 通算16個目のバニラ最中を口になさりながら首をひねっておられます。
「あぁ、あれか。あれはな、準備はしたんじゃが、屋台をしてくれるヤツが見つからなくてな」
 私達の様子を見に来てくださった善治郎さんがそう言って笑われました。
 気のせいか、その笑顔は少し寂しそうに見えました。
「まぁの、この商店街も一時にくらべたら随分寂れてしまったからなぁ……祭りをしてもなかなか人が集まらなくなっておってな、この調子じゃ、来年は……おっといかんいかん、せっかくさわこちゃんとバテアちゃんが来てくれたってのに湿っぽい話をしてはいかんな」
 善治郎さんは慌てた様子で私とバテアさんに再び笑いかけてくださいました。

 そうですね……
 確かにこのあたりの商店街は、郊外に出来たショッピングモールの影響で随分客足が遠のいたと、居酒屋酒話を経営していた頃からお聞きはしていましたけど、お聞きしていた以上にその影響はひどいようですね。
 この世界では、シャッター街と言われる寂れてしまった商店街が増えているとも言われていますけど、この商店街も例外ではないということなのでしょう……
 すでに夕方近くになっているというのに、一度もシャッターが開かないお店が多数存在しています。
 
「とにかく、私達の屋台で少しでもお祭を盛り上げたいです」
 私は、満面の笑顔で善治郎さんとバテアさんを交互に見回していきました。
 そんな私の前で、バテアさんは商店街の中を見回しています。
「……そうねぇ……こんなに寂れてちゃ、人も来ないわよねぇ」
 そう言うとバテアさんはおもむろに右手を伸ばされました。

 すると……

 商店街の中がいきなり華やかにひかり輝き始めました。
 穴だらけになっていたアーケードの天井が綺麗に修復され、天井全体に万華鏡のような模様が綺麗に輝き始めています。
 薄暗かった街灯も一斉に輝き始め、まるであちこちにクリスマスツリーを飾る電飾がちりばめられたかのように……いえ、それ以上の光りが商店街の中を照らし始めていたのです。
 さらにアーケードの天井近くには小さな花火のような光りが明滅していて、とても綺麗です。

 どうみてもこれ、バテアさんの魔法なのですけど……

「あ、あの……バテアさん、これ大丈夫なのですか」
「大丈夫って、何が?」
「ほ、ほら……私の世界で魔法を使っちゃうなんて……」
「あぁ、それならほら」
 バテアさんが指さされた先では、善治郎さんがアーケード内を見回しておられたのですが
「ほぉ、これはこれは綺麗なもんじゃなぁ」
 バテアさんの魔法を、普通な感じで楽しそうに眺められているではありませんか。
「……大丈夫よ、この光景を不思議と思わなくなるように暗示の魔法も展開してるのよ」
「そ、そうなんですか」
 バテアさんの言葉に私は安堵のため息をもらしました。
「さて、それよりももう一仕事しないとね」
 バテアさんはそう言うと、どこかに向かって早足で駆けていかれました。

 ほどなくして戻ってこられたバテアさんなのですが、その姿を拝見した私は思わず目を丸くしてしまいました。

 バテアさんの後方には、ジュチさんをはじめとしたトツノコンベの中級酒場組合の皆さんが続いておられたのです。
「さ、屋台の助っ人を連れてきたわよ」
 バテアさんはそう言って笑っておられますけど……
「ば、バテアさん!? そ、その……こんなにたくさん、あちらの皆さんをこちらにお連れして大丈夫なのですか!?」
「もう、細かいことは気にしない気にしない。一晩だけなんだし、神界のお偉いさん達だってそこまでごちゃごちゃ言わないでしょ」
 心配している私を余所に、バテアさんは善治郎さんへ向き直ると
「さ、みんなが屋台を手伝うからさ、指示してやってよ」
 そう言われました。
 その横で、ジュチさんも笑顔を浮かべておられます。
「この人があの夏祭りの道具を貸してくれたんだろ? その人が困ってるってんだ、そりゃ恩返しさせてもらわないとね」
 ジュチさんの言葉に、他の皆さんも頷いておられます。
 そのお言葉をお聞きした私は
「ほ、本当に大丈夫なのでしょうか……」
 困惑した表情を浮かべ続けていたのでした。

ーつづく


 
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