上 下
66 / 343
連載

さわこさんと、夏祭りパルマ紀行 その5

しおりを挟む

イラスト:NOGI先生

 日が落ち、屋台の前に並んでくださっていた皆様の姿もなくなった頃合いになりますと、私はあることに気が付きました。
 
 とても寒いのです。

 夏真っ盛りで、夜でも海水浴が可能だったティーケー海岸は別といたしまして、トツノコンベも最近の夜は確かに一時ほどの暑さを感じなくなりはじまております。
 ですが、ここルシクコンベの寒さは別格です。
 私の世界で例えますと、初秋の肌寒さと申しましょうか……
 先ほどまで汗だくになって調理をしていたこともありまして、私は全身が一気に冷え切っていくのを感じていた次第でございます。
「ば、バテアさん……なんだかすごいく寒くないですか?」
「まぁそうでしょうね。なんせここ、雲より上だし」
「はい?」
「そうね、直接見た方がわかりやすいかしら」
 そう言うと、バテアさんは私を横抱きにされ、そのまま宙に浮かび上がられました。
 確かこれ、浮遊魔法というものだったはずです。
 そのまま、私ともども宙に浮かび上がったバテアさんは森の上をまっすぐ移動なさいました。
 しばらくそのまま進んでいくと、森が途切れまして同時に地面も無くなりました。

 ……あ、あれ?……地面がなくなってます!?

 私は真下を見つめながら目を丸くしていました。
 よく見ると、地面がなくなったわけではありませんでした。
 地面が遙か彼方の下の方になったのです。
 振り返ってみますと、先ほど私とバテアさんが上空を通過した森があるのですが、その森が途中で途切れていたのです。その切れ目から下が切り立った崖になっていまして、その崖が遙か下方の地上に向かってまっすぐ伸びていたのです。
「このルシクコンベはね、地上から棒状に伸びた山の上に出来てる都市なのよ」
「ぼ、棒状に伸びた山……ですか……はぁ……」
 バテアさんの説明を聞いた私は、改めて森と崖、そして遙か遠方の地上へと、交互に視線をむけていきました。
 バテアさんはそんな私を御姫様抱っこの形に抱き直すと、そのままルシクコンベの周囲を旋回しはじめました。

 バテアさんがおっしゃったように、ルシクコンベは大きく丸い大地の上にありました。
 その大地は、地上から切り立っている山の上で間違いございません。
 バテアさんは、その切り立っている崖の周囲を時折急下降したり、急上昇したり、あるいは宙返りをなさったりしながら飛行なさっておられます。
「きゃあ!? もう、バテアさんってば」
 そんなバテアさんに御姫様抱っこされている私は、まるでジェットコースターにでも乗っているかのような感覚を感じていました。なんでしょう、無性に楽しいです。
 やはり、あれなのでしょうね。
 私がバテアさんのことを信頼しているからなのでしょう。
 私の真下は、高度何千メートルなのか、想像もつきません。
 すぐ下に、星明かりに照らされている雲が見えているほどでございます。
 そんな場所で、曲芸飛行をなさっておられるバテアさんに抱きかかえられている私は、まるで子供のようにはしゃぎながら、バテアさんの首に腕を回しておりました。

 こうして私は、なんとも言えないとても楽しい一時をバテアさんとともに過ごさせていただいた次第でございます。

◇◇

 絶叫していたおかげで、すっかり体がぬくもった私は、屋台に戻ると大急ぎで片付けを終わらせていきました。
 そのまま屋台ごとバテアさんの転移ドアをくぐり、バテアさんのお宅へと戻りました。
 とても楽しかったルシクコンベのお祭なのですが、残念ながらこの日が最終日だったのです。
 すでに夜になってしまっていましたので、グルマポッポさんには改めてお礼に伺わせていただこうと思っております。

 今日のお風呂は、すでにリンシンさんが寝ておられた関係で温泉に行くことは諦めて、バテアさんのご自宅のお風呂で済ませる事にいたしました。
 バテアさんの家のお風呂は、1人で入るのにはやや広めですが、2人で入るのには少々手狭です。
「では、お風呂先にいただきますね」
「じゃ、アタシはキモノの汚れを落としたらお酒飲んでいるわね」
 私は着替えを胸に抱いてお風呂へ向かいました。
 バテアさんは私が畳んで置いている着物に向かって右手を伸ばしておられます。
 その手の先で、着物が輝いているのが見えました。

 私の世界で着物を綺麗にしようと思うと、専門のお店にお願いして結構お高くかかっていたものです。
 ですが、バテアさんがこうして魔法で着物を綺麗にしてくださるようになったおかげで本当に助かっているんです。
 しかも、虫食いがあったり、破れが出来てしまった着物まで修理してくださったおかげで、捨てるに捨てることが出来ずにしまったおいた着物まで、再び使えるようにしてくださったりもしているのです。
 バテアさんには本当に感謝してもしきれません。

 お風呂に移動しました。
 服を脱ぎ、浴室に入ります。
 お風呂の中には四つ足で支えられているお洒落な浴槽がございます。
 その上部についているレバーを下にすると、一瞬にして湯船にお湯がたまる仕組みになっています。
 これも魔法だそうなのですが……はじめてこの仕組みを利用した際には腰をぬかさんばかりにびっくりしたものです。
 バテアさんは、この湯船を泡風呂になさるのですが……どうも私は泡風呂というものが苦手といいますか慣れませんので、普通に外で体を洗わせていただいております。
 ちなみにボディーソープとリンスインシャンプーは私の世界の物を、皆さんと一緒に使用しております。
「へぇ、これいいわねぇ。こっちの世界の石鹸よりも相当具合が良いわ」
「うん……すごくいい……」
 バテアさんとリンシンさんも、これをとても気に入ってくださっている次第です。
 髪と体を洗い終えた私は、湯船にためたお湯で体を洗い流してから湯船につかりました。
 やっぱり、お風呂はいいですね。疲れが溶けてなくなっていくようです。
 私は、しばらくお風呂を満喫いたしました。

◇◇

 私があがり、入れ替わりでお風呂を済ませたバテアさんが上がってこられました。
 晩酌をするには少し私も疲れておりましたので、今日の私達はこのまま就寝することにいたしました。

 私はいつもバテアさんのベッドで就寝させていただいております。
 バテアさんのベッドはセミダブルサイズですので、2人で寝てもまったく問題ありませんので。
 
「そういえばさわこ」
「はい、なんでしょう」
「さわこの世界にも夏祭りはあるのよね?」
「えぇ、この時期でしたらどこかでやっていると思います」
「よかったらさ、一度そっちのお祭に屋台を出してみない? アタシ、そっちのお祭にも興味があるわ」
「私の世界のお祭に……ですか?」
 そうですね……他の地域のお祭りに飛び込み参加となると何かと問題がありそうですが……そういえばこの時期ですと善治郎さんの商店街がお祭をしている頃合いです。

 先日お借りしたお祭りの道具を返却しにいった際に、そのようなお話をお聞きしていた次第です。
 
「そうですね……善治郎さんの商店街のお祭でしたら参加させてもらえるかもしれません」
「あぁ、あの気のいい爺様ね。あの爺様のとこなら楽しそうね」
「では、明日は善治郎さんの商店街に行ってみましょう」
「そうね、そうしましょう」
 私とバテアさんはお互いに頷きあい、そして眠りについていきました。

◇◇

 翌朝になりました。
 寝ぼけたバテアさんに抱きつかれた状態で目を覚ました私は、どうにかバテアさんを起こさないようにベッドから抜け出すことに成功したのですが、顔の真横にバテアさんの顔があった時はかなりドギマギしてしまった次第でございます。これは何度経験しても慣れませんね……つい顔が赤くなってしまいます。

 その後、いつものようにみなさんに朝食を振る舞わせていただき、料理の調理を終えた私は、ようやく起きてこられたバテアさんが食事を終えられるのお待ちいたしまして、その後、一緒に転移ドアをくぐっていきました。

ーつづく
 
しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。