62 / 343
連載
さわこさんと、夏祭りパルマ紀行 その1
しおりを挟むイラスト:NOGI先生
波の音が聞こえます。
浜辺にはたくさんの海水浴客の方々のお姿が見えます。
「こちらの世界にも海水浴があるのですね」
「ま、一部の安全な海岸に限られちゃうけどね」
バテアさんは、私が腰につけている魔法袋の中からバニラ最中を取り出しながらそうおっしゃいまいた。
「そうなのですか?」
「海の中には結構やっかいな海生魔獣が住んでいるのよね。そいつらを排除出来てる海域でないと危なくて泳げないのよ」
「へぇ、そうなのですね」
私は屋台を引きながら、バテアさんの言葉に頷いておりました。
バテアさんのご説明によりますと、ここはティーケー海岸という場所なのだそうです。
この海岸では現在数週間にわたって夏祭りが開催されているのだそうです。
今の私達は、この海岸で開催されておりますこのお祭りへの参加許可を取り付けるために、このお祭りを管理なさっておられる方の元へ向かっている途中です。
海岸の道を進んでいくと、その周辺に徐々に屋台が増えてまいりました。
その道を屋台を引きながら進んでおりますと、何やら海岸の方から数名の方々が駆け寄ってこられました。
「あなた方、その大きな荷車はなんですの?」
先頭を走ってこられた女性の方に声をかけられた私は、その女性に笑顔を向けていきました。
「あ、はい、これは屋台でございます」
「屋台ですの?」
「はい、ここの夏祭りにこの屋台を使ってお店を出させて頂きたいと思いまして、それで責任者の方を探しているところなのです」
私がそうお返事いたしましと、その女性の方は、
「それならちょっと待つの、すぐ呼んであげるの」
そう言うと、海岸に向かって大きく両手を振られました。
すると、その合図に応えるように向こうの方から大柄な女性が走りよってこられました。
「どうした? 何かあったのかシンディラ」
「はいですの、この方々が祭りにお店を出したいそうですの」
「ほう」
そう言うと、その大柄な女性の方は私とバテアさんを交互に見回してこられました。
「で、何の屋台を出すんだい?」
「あ、はい、居酒屋の屋台を考えております」
「居酒屋?」
「はい、私が引いております屋台が調理施設になっておりまして、材料などは魔法袋に詰めて持参しております」
「じゃあ、審査代わりに何か一品食べさせてもらえるか?」
「はい、喜んで」
大柄な女性の方に、私は笑顔でお答えいたしました。
屋台を道ばたの空いているスペースに固定すると、私は魔法袋の中から大鍋を取り出しました。
すでにいくつかの料理は調理を終えた状態で保管してあります。
今取り出したのはその中の一品、肉じゃがでございます。
歩きながらでも食べられますように、肉じゃがうどんの形でお出しいたします。
屋台に組み込まれている魔石コンロで、汁でひたひたになっている鍋を一煮立ちさせると、その中にうどんを投入し、弱火でくつくつ煮込んでいきます。
すると、周囲に良い匂いが漂いはじめました。
「ほう……こりゃ美味そうな匂いだな」
大柄な女性の方と、最初に私に話しかけてこられたシンディラさん達も鼻をひくひくさせながら、大きな息を繰り返しておられます。
うどんがいい具合に肉じゃがの汁とからまった頃合いを見計らいまして、私はそれを器に盛り付けていきました。
「さぁ、お召し上がりくださいな。居酒屋さわこさん特性の肉じゃがうどんでございます」
「へぇ、確かにこりゃうまそうだ」
大柄な女性の方は、私から肉じゃがうどんが入った器を受け取ると、その匂いを改めて嗅ぎながらえも言われない表情を浮かべられました。
そして、肉じゃがうどんを口に運んでいかれまして……
「ん?」
一度両目を見開かれますと、器の中身を一気に口の中にかき込んでいかれました。
シンディラさん達も同様に、すごい勢いで肉じゃがうどんを口になさっておられます。
それでですね……
その光景を見ておられた海水浴客の皆様方が、いつのまにか屋台の前に集まってこられていました。
皆様、大柄な女性の方やシンディラさん達の食べっぷりを拝見なさりながら、ゴクリと喉を鳴らしておられます。
皆さんに食べていただいてもいいのですが……いかんせん、まだこのお祭りに出店する許可を頂けていませんし……
私が、周囲を見回しながら困惑していると、
「うん、問題ない! このアルリズドグが許可するよ、祭りに参加して盛り上げてくれ!」
そう言うと、大柄な女性の方~アルリズドグさんと言われるようですね、そのアルリズドグさんはポケットから取り出した用紙に何やらサインをなさりまして、そしてその紙を渡してくださいました。
その紙には『出店許可書』と書かれてありまして、一番下にはアルリズドグさんのサインがございます。
そのサインの前には、『ティーケー海岸祭り実行委員会会長』と役職名が印字されていました。
「まぁ、では、あなたがこのお祭りの責任者の方でいらしたのですね?」
「あぁ、そういうことだ。で、すまないけど、ここに集まってるみんなにも、その美味い肉じゃがうどんを振る舞ってやってくれないか? お代はアタシが払ってやっからよ」
そう言うと、アルリズドグさんは楽しそうに笑われました。
そのお言葉に私は、
「はい、よろこんで」
笑顔でお答えさせていただきました。
同時に、アルリズドグさんのおごりとお聞きになった皆様も、
「アルリズドグさんゴチになります!」
「さすがアルリズドグさんだ!」
一斉に歓声をあげられました。
◇◇
思ったよりも簡単に出店許可を頂けた私とバテアさんは、屋台の周囲に集まってこられていた海水浴客の皆様に肉じゃがうどんを振る舞わせていただいた後、アルリズドグさんと一緒に屋台街の中心の方へと移動していきました。
「これだけ美味い料理をだしてくれるんだしな、あそこに出店しな」
アルリズドグさんがそう言ってくださった場所は、大型のお店がひしめいている一角でした。
これって、どう見ても売れ筋のお店といいますか、お祭の目玉的なお店が集まっている場所ですよね……
「あ、あの……初参加ですのに、このような素晴らしい場所にお店を出させて頂いてもよろしいのですか?」
「あぁ、あんたの料理の味は確認させてもらったしね。アタシが太鼓判を押すんだから気張って売っておくれよ」
アルリズドグさんは、そうおっしゃると、私の背中をポンと叩いてくださいました。
「わ、わかりました。精一杯頑張ります」
そんなアルリズドグさんに、私は笑顔でそうお答えさせて頂きました。
すると、そんな私の横に並んで歩いてくださっていたバテアさんも
「さわこってば、そんなに気張る必要はないって。いつも通りで十分よ」
そう言いながら、私の肩を叩いてくださいました。
その後、アルリズドグさん達と別れた私達は、指定された一角に屋台を固定していきました。
敷地がかなり広いため、屋台の前に少し空きスペースが出来ていましたので、そこに机と椅子を並べていきます。
ここで、一度トツノコンベに戻り、着物に着替えた私とバテアさん。
再び屋台に戻りますと、バテアさんが私に向かって微笑みかけてくださいました。
「さ、さわこ、目一杯営業しましょうか」
「はい、頑張りましょう」
そんなバテアさんに、私も笑顔を返させて頂きました。
大皿料理を並べ終えた私は、炭火コンロの上で焼き鳥を焼き始めました。
すると、すぐに周囲に良い匂いが漂い始めます。
「お、なんだこの匂い?」
「なんかすごく美味しそうな……」
その匂いに釣られて、早速数人のお客様が屋台の前へとやってこられました。
「いらっしゃいませ。何にいたしますか?」
私の声をお聞きになったお客様は屋台をキョロキョロ見回しておられました。
「へぇ……このカウンターの上に並んでいる料理も売り物なの?」
「はい、どれもお売り出来ますよ」
「ん~、どれも美味しそうだけど、とりあえずその焼いてる肉の串をもらえる?」
「はい、喜んで」
注文を受けまして、私は早速焼き鳥を仕上げていきました。
食べ歩きも可能なように、いつもお店でお出ししている焼き鳥よりも若干串を短くしてある焼き鳥を、カップの入れ物にいれた私は
「はい、お待たせいたしました」
笑顔で、それをお客様に手渡させていただきました。
すると、そこにお酒の瓶を手になさったバテアさんがすかさず近寄って行かれます。
「お兄さん達、美味しいお酒もあるんだけどさ、一緒に飲んでいかない?」
「え、あ、は、はい……」
胸を強調しているバテアさん。
お客様は、その胸元に目を奪われておられまして、若干しどろもどろになりながらバテアさんに促されるままに席に座られました。
そこでバテアさんは、お客様にコップを手渡しまして日本酒を注いでいかれます。
本日の日本酒は、加賀美人を提供させていただいております。
居酒屋さわこさんでも、焼き鳥との相性が抜群と好評なお酒です。
そのお酒を口になさったお客様は、
「え? これがお酒? すごく美味しいね」
「ホントだ、これは美味いな」
口々にそうおっしゃられながらコップの中のお酒を飲み干されまして、すぐにお代わりをなさいました。
その様子を、バテアさんは楽しそうに見つめておられます。
「さぁさぁ、居酒屋さわこさんの屋台が営業中よ。みんなよっといで食べといで」
バテアさんは周囲に向かって笑顔で声をあげられました。
その声と、焼き鳥を焼いている匂いのおかげで、屋台には次々とお客様がお見えになっておられます。
周囲はなかなかに蒸し暑いです。
そのな中、炭火の前で作業をしている私の体中からは汗が噴き出していました。
私は、額から流れ出てくる汗をはちまきで抑えながら
「はい、喜んで!」
満面の笑顔を絶やすことなく、焼き鳥を焼き、料理をお出しし続けておりました。
この日の居酒屋さわこさんの屋台は、遅くまでお客様が途切れることがありませんでした。
ーつづく
30
お気に入りに追加
3,701
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

私に姉など居ませんが?
山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」
「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」
「ありがとう」
私は婚約者スティーブと結婚破棄した。
書類にサインをし、慰謝料も請求した。
「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判
七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。
「では開廷いたします」
家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

英雄一家は国を去る【一話完結】
青緑
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。