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連載
さわこさんと、夏祭りパルマ紀行 序
しおりを挟むイラスト:NOGI先生
私が拉致されるという事件が起きてから数日経ちました。
この数日の間にいろいろなことが起きました。
取り調べを受けておられる上級酒場組合と卸売市場、それぞれの代表の方々が私の元を訪ねてこられました。
皆様、私のことを気遣ってくださった後、
「我々は今回の件には一切関わっておりませんので」
と、お互いに主張なさいました。
その上で、居酒屋さわこさんのお店がございます、バテアさんのお宅の周囲にご自分達が雇っておられる冒険者の皆様を警護として派遣してくださったのです。
「お気持ちはとても嬉しいのですが……役場から依頼された衛兵の皆様もおられますし、それにここにはバテアさんやリンシンさん達もおられますので……」
私は、そうやんわりとお断りをさせて頂いたのですが、上級酒場組合の方々も卸売市場の方々も
「卸売市場の息のかかった奴らがいなくなるまでは警護させてもらいますわ」
「そりゃこっちの台詞だ。上級酒場組合の息のかかった奴らがいなくなるまでこちらも続けますよ」
と、お互いに一歩も引いてくださいませんでした。
バテアさんによりますと、
「あいつら、互いに互いを疑っているからね。そりゃ、一歩も引けないだろうさ」
そう言いながら苦笑なさっておられました。
……しかし、不思議なのですが
「お互いがお互いを疑っておられるということは、今回私を誘拐して何かしようとなさっておられた方は別にいらっしゃるということなのでしょうか?」
お店で洗い物をしていた私は、思わず首をかしげてしまいました。
すると、そんな私にラニィさんが
「いえ、犯人はどちらかのグループにいるはずですわ。
卸売り市場だった場合、中級酒場組合が取引をしなくなったことを逆恨みして、さわこの身柄開放を条件に取引の再開、もしくわ身代金をせしめて赤字を補填しようとした……
上級酒場組合だった場合、今回の一件で地に落ちた評判をさらわれたさわこを助け出したってことにして失地回復を狙った……
どっちにも疑うのに十分な動機がありすぎますし、このトツノコンベでさわこに人質としての価値を見いだせる存在って、その2グループしかあり得ませんもの」
一緒に洗い物をしてくださりながら、そう言われました。
ラニィさんの言葉に、バテアさんも頷かれました。
「まぁ、そういうことでしょうね。どっちかがどっちっかの思惑で何かしでかそうとしたけれど、その計画が途中で発覚してしまったもんだから、今は自分に疑惑がかかってこないためにも一歩も引けなくなっているってとこかしら」
バテアさんはそう言って苦笑なさっておられました。
私といたしましては、このような問題は早く解決してほしいと願ってやまないのですが……みんな仲良く出来るのが何よりですもの。
◇◇
ただ……この一件が居酒屋さわこさんにあまりよくない影響を与えているのも、また事実でございます。
と、いいますのも……
現在、居酒屋さわこさんの周辺はジューイさんをはじめとした居酒屋さわこさんの常連の皆様が交代で警らしてくださっているだけでなく、
役場から派遣されている衛兵の皆様
上級酒場組合に雇われた冒険者の皆様
卸売市場に雇われた冒険者の皆様
その皆様が大勢たむろなさっておられるのに加えて、居酒屋さわこさんへ向かってこられたお客様に対し
「あんた、誰だ?」
「身分を証明しな」
などと、威圧的な態度で接っしてしまわれるものですから、客足が目に見えて遠ざかっている始末です。
皆様は、雇われた以上、その責務を全うなさろうとしているのでしょうけど、これは客商売といたしましては死活問題でございます。
この事態を前にして、私は、思わず大きなため息をついてしまいました。
大切なお客様にご迷惑をおかけしてしまうというのは、何にも増して耐えがたい事態でございます……
「ちょっとこれは、面倒なことになっちゃったわねぇ……最近じゃ、小競り合いまで始めちゃってるみたいだし……」
窓から外を見つめながらバテアさんも少しお困りの様子です。
「役場のヒーロにお願いして収拾してもらうにしても、この様子じゃちょっと時間がかかりそうだしね。かといって、ここでさわこがお店をやってる以上、あいつらもここを離れる気はなさそうだし……」
「あ、そっか……」
そう言うと、バテアさんも大きなため息をつかれました。
その時でした。
そんなバテアさんのお言葉を聞いた私はあることを思いつきました。
発想はごくごく単純な物でした。
役場のヒーロさんがこの事態を収拾してくださるまでに間、私がここにいなければ護衛をしてくださっている皆様もいる理由がなくなるし、お店がお休みしていればお客様もこられませんので、嫌な思いをさせずにすむのでは?
そして、事態が収拾した頃に戻って来てお店を再開したらよろしいのではないでしょうか?
そう考えた次第なのです。
その夜、お店の営業を終えた後、店の皆さんと一緒にお夜食を頂きながら私はその考えを皆さんにお伝えいたしました。
同席していたのは、バテアさん・リンシンさん・ラニィさん・エミリアの4人です。
「まぁ、確かにそれは悪い考えではないかもね。事態が事態だし……バット、さわこはその間どうする気なの?」
エミリアにそう聞かれた私は、少し困ってしまいました。
「そうですね……とりあえず事態を収拾させないと、と思って考えた事なので、正直そこまでは考えがいたっておりません……」
私がそう言うと、ラニィさんが手を打たれました。
「どうかしら? 各地のお祭りに出店を出して回ってみたら?」
「出店、ですか?」
「えぇ、この時期は各地の辺境都市や集落で夏祭りが行われているわ。ヒーロが事態を収拾してくれるまでの間、そこで居酒屋さわこさんの出店を出してみたら?」
ラニィさんのお言葉をお聞きした私は、少しわくわくした気持ちになっておりました。
そういえば……この数年間、いえ、父のお店を手伝い始めてから今までの間の私は、いつもお店のことばかりで、各地を回るようなことをしたことはありませんでした。
私が少し嬉しそうな表情をしていたからでしょうか、バテアさんがそんな私の側に歩み寄ってこられました。
「言っておくけど、アタシは同行するからね? ここトツノコンベから一番近い場所にある辺境都市に移動するだけでも馬車で1ヶ月近くかかるんだから、アタシの転移魔法がないと1つも回れやしないでしょ?」
そうおっしゃられました。
言われてみればごもっともです。
一ヶ月もあればヒーロさんがとっくに事態を収拾してくださっているはずですものね。
しばらく皆さんと相談させて頂いた結果。
エミリアには、魔法雑貨のお店とバテア青空市の管理をお願いすることに、
リンシンさんには、居酒屋さわこさんと専属契約を結んでくださっている冒険者の皆様のお相手を、
ラニィさんには、エミリアのお手伝いをお願いすることにいたしました。
翌日になりました。
ドルーさんにお願いいたしまして、先日の夏祭りで使用いたしました出店の簡易な建物を、引っ張ることが出来る屋台に改造して頂きました。
「お昼の握り飯は、不在の間も魔法道具のお店で買えるようにしておきますので」
「うむ、それだけでもありがたいぞい。まぁ、あの騒ぎが収まったらまた営業を再開してくれ」
「はい、もちろんです。その際にはぜひともよろしくお願いいたしますね」
私はドリーさんに笑顔でそうお答えさせていただきました。
バテアさんの転移魔法がありますので、そんなに離れるという感覚はございません。
さわこの森の皆様の食事をつくりに、朝昼夜と、日に三度はこちらに戻ってくる予定にしておりますし、どちらかと言いますと、ちょっとお出かけしてくる感覚に近いです。
屋台は、一見とても重たそうなのですが、バテアさんが車軸に魔法をかけてくださっているのでとても軽く引くことが出来ます。
ただ、この魔法は私が屋台を引っ張る時にしか効果を発しないように設定されているそうなので、私以外の方が屋台を引っ張ろうとしてもピクリともしないのだそうです。
あれこれと、魔法袋の中に詰め込んだ私は、
「では皆さん、ちょっと行ってまいりますね」
そう言いながら頭を下げました。
「そんなに丁寧にしなくてもいいわよさわこ、どうせランチの際には戻ってくるのでしょう?」
そんな私に、エミリアが笑顔でそう言ってくださいました。
そんなエミリアの言葉に、みんな一斉に笑顔を浮かべていきました。
ほどなくして、私はバテアさんが作成してくださった転移ドアを、居酒屋さわこさんの屋台とともにくぐっていきました。
ーつづく
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