異世界居酒屋さわこさん細腕繁盛記

鬼ノ城ミヤ(天邪鬼ミヤ)

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さわこさんと、市場と上級酒場組合 その1

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イラスト:NOGI先生

 お店の前には灯りのついた提灯がぶらさがっております。
 はい、今夜も居酒屋さわこさんは元気に営業させていただいております。

「いや、大変だったんですよ」
 そんな店内で、役場の事務仕事をなさっておられる人猫族のツチーナさんが眉をひそめておられました。
「あん? ツチーナ、何かあったのかい?」
 皆様にお酌をしてもあわっておられるバテアさんがすかさずツチーナさんが座っておられる2人掛けのテーブルの向かいの席に座られながら声をかけられました。
 
 バテアさんは店内の皆さんの話を聞かれながら、何かあるとこうしてすぐにその方の側へと歩み寄ってくださいまして話し相手になってくださっています。

 そんなバテアさんに視線を向けながら、ツチーナさんは
「いえね……今日から上級酒場組合の営業許可が正式に出されたんですけどね、さっそく卸売市場と一悶着起こしたんですよ」
「市場と?」
 バテアさんとツチーナさんの言葉を聞いた、ラニィさんがその身を固くなさいました。
 私の横で洗い物をしてくださっていたのですぐに気付くことが出来ました。
 すると、そんなラニィさんの様子に気が付いかれたバテアさんが、
「……それはあくまでも今の上級酒場組合のやつらが新しく引き起こした問題ってことよね?」
 そうツチーナさんに話しかけられました。
 バテアさんは、暗に「この一件は、今はもう上級酒場組合の関係者ではないラニィさんには無関係」ということを確認してくださっているのです。
 そんなバテアさんの言葉をお聞きになったツチーナさんは
「えぇ、もちろんそうです」
 そう言いながら大きく頷かれました。
 その様子を上目遣いに見つめておられたラニィさんは、その口から小さく安堵のため息をもらされました。

 ラニィさんのお気持ちはよくわかります。
 上級酒場組合が営業停止に追い込まれるような事をしでかしてしまった張本人のお1人なわけですし、中級酒場組合の皆さんや私に迷惑をかけてしまったことを今も気になさっておられますので、その話題が出るとどうしても気になさってしまうのも仕方ありません。
 ですが……確かにラニィさんは、私を上級酒場組合に加盟させるために色々嫌がらせを画策なさいましたけど、ラニィさんの思惑以上の悪行を行ったのはポルテントチップ商会ですし、その後の取り調べで一部の上級酒場組合の方々がこのポルテントチップ商会にあれこれ入れ知恵をなさったことが判明しておりまして、そのせいでポルテントチップ商会が市場の野菜をすべて買い占めたり、ワノンさんのお酒をすべて買い占めたりしたこともわかっているのです。
 そして買い占めた野菜やお酒を中級酒場組合の皆様に高値で売りつて、その分け前にあずかろうとなさっていたことが発覚しているそうなんです。
 その首謀者の方々はといいますと……ラニィさんお一人に今回の一件の罪状のすべて被せることで、自らの悪事がばれることをどうにか防がれたそうなのです……あぁ、いけませんいけません、この事を思い出すとついつい右手をお塩の入っている壺を探してしまいます。

「で? 何があったんだい?」
「あぁ、それなんですけどね……」
 ツチーナさんは。バテアさんさんいついでもらったお酒を少し口に運んでから言葉を続けられました。

 ちなみに、本日お勧めさせて頂いておりますお酒は大吟醸の生酒氷室でございます。
 果物の香りと風味をさわやかに感じさせてくれまして、非常に口当たりの良いお酒です。
 その口当たりの良さで、ついつい飲み過ぎてしまうこと請け合いです。

「中級酒場組合の皆さんに品物を売らなくなっていた卸売市場ですけど、ポルテントチップ商会が壊滅して上級酒場組合に調査が入ると同時にそれを解除したんです。でも、ジュチさん達中級酒場組合の皆さんは誰一人として市場を利用されていなかったんですよ」
「そりゃ自業自得でしょう。ポルテントチップ商会に金で買収されたのは市場のやつらじゃないのさ。そんなとこ、誰が好き好んで利用したいと思うってのさ、ねぇ」
「えぇ、その通りなんですけどね……ただ、卸売市場は契約している農家から野菜を買い取らなきゃならないので今も毎日買い取りを続けているのですが、そうして仕入れた品物を、高値で買ってくれていたポルテントチップ商会が壊滅したことで誰も買ってくれなくなったわけなんですよね。そのせいで、ここしばらく卸売市場は大赤字になっていたんです」
「おぉ、いい気味じゃの、ポルテントチップ商会の甘い言葉にのっかって、中級酒場組合との長年の付き合いを反故にしたツケがまわりおったわい」
 ツチーナさんの言葉を聞かれたドルーさんが、ガハハと笑いながらお酒を一気に飲み干していかれました。
 すると、すかさずバテアさんがお代わりをお酌にいかれています。
 ドルーさんの言葉を聞かれたツチーナさんは、大きく頷かれました。
「で、そんな卸売市場に、今日から営業を再開することになった上級酒場組合の皆さんが仕入れに行かれたところ、卸売市場の皆さんは『赤字額を補填してくれないと野菜を売らない』と言い出されたそうなんですよ」
「なんじゃ、あいつらも逞しいの、ジュチ達から搾り取れないとわかると今度は上級酒場組合の奴らから搾り取ろうとしたのか」
 ドルーさんは、再びガハハと笑われました。
 ドルーさんの言葉に、ツチーナさんは苦笑なさっています。
「えぇ……そうなんですけど、当然上級酒場組合はそんな条件は飲めないとして……で、仲裁を役場に申し立ててこられたのですが、もうですねどちらの皆さんもお互いに相手を罵倒するばかりでして、まともに事情徴収も出来ない有様だったんです……おかげで、お互いの言い分をきちんとお聞きして調書にまとめるのについさっきまでかかってしまいまして……残業なんてしたくなかったねですけどねぇ」
「じゃあ何かい? 今日は上級酒場組合のお店はまだ開いてないのかい?」
 バテアさんの言葉に、ツチーナさんは、
「いえ、多少の在庫を所有されていたみたいでしてそれを使って営業をなさっているようですけど……今回の一件でトツノコンベ内にかなりの悪評が立ってしまいましたし、それに中級酒場組合の酒場のお酒と料理が劇的に美味しくなっているもんですから大半のお客さんはそっちに流れたままになっているようです」
 ツチーナさんは、お話を終えられると、グラスのお酒を飲み干されました。
 そこに、すかさずバテアさんがお酌していかれます。

 そんなバテアさんのお姿に、どこかわんこそばを思い出してしまった私でございます……バテアさんのお酌のタイミングって、本当に絶妙なんですもの。

 そのお話を聞かれていたツカーサさんが、肉じゃがうどんを口になさりながら
「アタシはぁ、居酒屋さわこさんがあれば十分だけどねぇ。ここの料理とお酒を口にしたらさぁ、もう他にの店には行けないよ~」
 そう言ってくださいました。
 その言葉に、店内にいらしたお客様皆様が口々に
「ジュ、そうジュ、ここが最高ジュ」
「やっぱりこの店が一番だよね」
 そう、おっしゃってくださいました。
 そんな皆様に、私は
「ありがとうございます」
 笑顔でそうお答えさせていただきながら、何度も頭を下げておりました。

◇◇

 その夜、お店の片付けを終えた私達は、お風呂に入っておりました。
 バテアさんの転移ドアをくぐりまして、ララコンベという辺境都市にございます温泉宿の温泉を利用させていただいております。
 ここの温泉は24時間いつでも入ることが出来るんです。

 湯船に入っておられるラニィさんは、少し疲れた表情をなさっておられました。
 居酒屋の仕事が疲れたというよりも、ツチーナさんが言われていた内容が少々堪えたといいますか、気になさっておられる感じでしょうか……
 私は、そんなラニィさんの横に座らせて頂きました。
「ラニィさん。今日はここでのんびりして、明日からまた頑張りますましょうね」
 私は、あえて上級酒場組合の話を口にせず、そう話しかけさせていただきました。
 そんな私に続くように、バテアさんが私の隣に座られ、
「そうそう、せっかく温泉にきたのよ、満喫しましょ」
 そう言いながら、手になさっているお酒を口になさいました。
 次いで、ラニィさんの隣に座られたリンシンさんも
「そうそう、元気が一番……」
 笑顔でそうおっしゃってくださいました。
 私達の言葉をお聞きになられたラニィさんは、
「……そうね……ありがとう、みんな」
 そう言いながら、ようやく笑顔を浮かべてくださいました。

 しかしあれですね……
 以前でしたら、私、バテアさんとリンシンさんに囲まれてしまうと自らの胸のなさを痛感してしまっていたのですが、ラニィさんがいらっしゃるおかげで、今は2対2と申しま……あ、いえいえ、なんでもないんです、なんでも……

◇◇

 翌日のことです。
 私は、ジュチさんに用事があって一人でジュチさんのお店に向かっていました。

 ……ですが

 なんでしょう……目を開けた私は、見知らぬ部屋の中におりました。
 ……あれ?……私、どうしたのでしょうか?……


ーつづく


 


 
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