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連載

さわこさんと、冒険者のみなさんと

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HJネット小説大賞一次審査通過しました


イラスト:NOGI先生

 朝になりました。

 私はいつものように居酒屋さわこさんの厨房で、朝ご飯の用意とお店でお出しする料理の下ごしらえを行っておりました。

 すると、お店の前が何やら騒がしくなりはじめました。

 これは、最近毎朝起きている光景でございます。
 その気配に気が付いた私は、一度料理を行っている手を止め、2階に通じている階段のところへと移動していきました。
「リンシンさーん、皆様がお越しになられたようですよー」
 私が2階に向かって声をかけましたところ、
「ん、わかった……」
 すでに起きていらっしゃったリンシンさんの声が聞こえてまいりました。
 同時にリンシンさんが身支度をなさっている音も聞こえてきております。

 そのお返事を確認した私は、その足で今度はお店の出入り口へと移動していきました。
 扉を開けると、そこには居酒屋さわこさんの常連客の皆様、その中でも冒険者をなさっておられる皆様が集まっておられました。

 豹人のクニャスさん
 熊人マクタウロさん
 鼠人のジューイさん
 人犬族のマイさん
 海豚族のシロさん
 人族のシウアさん

 お店の前で輪になってお話をなさっていた6人の皆さんは、私が顔を出しますと、
「あ、さわこおっはよ~!」
「やぁ、さわこさん。今日も暑いですね」
「ジュ、さわこおはようジュ」
 皆様、笑顔で挨拶をしてくださいました。

 この6人の皆様は、夏祭りの前後から居酒屋さわこさんと専属契約を結んでくださった冒険者の皆様でございます。
 今の居酒屋さわこさんは、影で……というと、少し語弊がございますが、バテア青空市を運営させていただいております。
 そこでは、アミリアさんの農園のお野菜とアミリア米、ワノンさんの酒造工房のお酒、そしてリンシンさんが狩ってきてくださった魔獣のお肉とさわこの森で飼育している魔獣のお肉を、ジュチさん達中級酒場組合の皆様に卸売りさせていただいているのですが、夏祭り以降中級酒場組合の皆様の酒場の売り上げが軒並み増加いたしておりまして、その関係でバテア青空市で仕入れなさる量がすごく増えていたのです。
 アミリアさんのお野菜関係や、ワノンさんのお酒は増産が順調に進んでおりますので問題無かったのですが、リンシンさんの狩りの方が限界に達していたのです。
 何しろジュチさん達中級酒場組合の皆様は20店舗以上ございます。
 その全てのお店が使用するお肉をリンシンさんお一人で狩ることに無理があったわけなのです。
 そこで、リンシンさんが、居酒屋さわこさんの常連客の冒険者の皆様に声をかけてくださいまして、専属契約してくださるよう働きかけてくださった結果、クニャスさん達6人の皆様がこの呼びかけに応じてくださったのでございます。

 皆様が狩られた魔獣のうち、害獣指定されている魔獣の駆除報酬を冒険者組合で取得していただくことは自由とさせていただいております。

 害獣指定されております魔獣には冒険者組合が報奨金をかけておられます。
 指定魔獣の死骸全てか、その左耳を提出することで冒険者組合から害獣駆除の報酬金を受け取ることが出来る仕組みになっております。魔獣の死骸をそのまま全て冒険者組合に提供すれば、そのお肉の代金も上乗せして支払われるのですが、居酒屋さわこさんでは、そのお肉を冒険者組合の相場値よりも若干高めのお値段で買い取らせて頂くということで、皆さんと契約させていただいた次第です。
 冒険者の皆様には2度手間を強いてしまい、少々心苦しかったのですが
「ジュ、いつも美味しいご飯とお酒を振る舞ってもらっているジュ、それぐらいお安いご用ジュ」
 そう言ってくださったジューイさんの言葉に、皆さんも笑顔で頷いてくださった次第です。

 せめてものお礼の意味をこめまして、私は毎朝出発なさる冒険者の皆様に朝ご飯を振る舞わせて頂きまして、お昼用の握り飯のお弁当も提供させていただいております。
 朝ご飯は、もともとさわこの森で働いてくださっています元上級酒場組合の皆様に提供しておりますので、ホントについでだったのですが、
「いやぁ、宿の朝飯はたいがいまずいから、ホント助かるんですよ」
 シロさんはそう言いながら笑ってくださっていました。
 
 そんなわけで、今の居酒屋さわこさんの中はちょっとした大繁盛状態になっております。

 リンシンさん達冒険者の皆様に加えまして、時間通りに転移ドアをくぐってやってこられたラニィさん達元上級酒場組合のみなさん、そしてアリシアさんとエミリア、ワノンさんと和音も一緒になってやって来られています。
 アリシアさんやワノンさん、和音の朝ご飯までお出しする約束はしていなかったのですが、元上級酒場組合のみなさんがいらっしゃる際にさりげなく一緒にくっついてこられたのがはじまりでして、今ではごくごく自然に皆さんの中に溶け込んでおられる次第です。
 まぁ、いいんですけどね、ついでですから。

 今日の朝ご飯は

 ご飯
 厚揚げと茄子のお味噌汁
 ほうれん草入りの卵焼き
 焼き鮭ときんぴらごぼう

 以上のメニューになっております。
 ご飯とお味噌汁はお代わり自由にさせていただいております。

 厨房の前に、手にトレーを持って一列に並んでくださっている皆様に、
 
 私がお味噌汁のお椀を
 エミリアがご飯のお茶碗を
 リンシンさんが焼き鮭ときんぴらごぼうのお皿を
 ラニィさんが卵焼きのお皿を

 それぞれ流れ作業でのせていきます。
 全ての料理を受け取った皆さんは、思い思いの席に座られまして、
「頂きます」
「今日もありがとうございます」
 そう、おっしゃられながら食事を始められております。

 私の世界の流れ作業を導入してみた次第なのですが、とてもいい感じで機能している次第でございます。

 皆さんにお食事が行き渡ったところで、狩りに出向かれるリンシンさんと、さわこの森での作業に出向かれるラニィさんも食事を手になさって、店内へと向かわれました。
 私とエミリアは、皆さんのお代わりの対応がございますので、厨房でお食事を頂くことにしております。
「さ、エミリア、私達も頂きましょうか」
「オーケー、そうしましょう。今日もベリー美味しそうね」
 私とエミリアは、厨房の椅子に座って食事を口に運んでいきました。
 すると、カウンターの方から、
「あぁ、さわこぉ! 私の朝ご飯がまだよ」
 そんな声が聞こえて来ました。

 ……変ですね? 確かいつもの皆様には配膳し終わったはずですが……

 首をかしげながら、その声の方へ視線を向けると……そこには虎人のツカーサさんのお姿がありました。
 そんなツカーサさんのお姿を確認したマイさんが、
「おかしいの! ツカーサは冒険者でも作業員でもないの! なんでここにいるの!」
 ツカーサさんにそう声をかけられました。
 
 そうなんです……ツカーサさんは、朝ご飯を提供させていただくメンバーに入っていないはずなのです……

 すると、ツカーサさんは、バツの悪そうに苦笑なさりながら
「あははぁ、やっぱバレたか……いえね、朝ご飯のさぁ、美味しそうな匂いがしてたからさ、ついつい来ちゃったんだけど……お、お金は払うからさ、私にも朝ご飯出してほしいなぁ、なんて……ダメ?」
 そう、私に向かっておっしゃいました。
 私は、そんなツカーサさんに苦笑しながら
「えぇ、いいですよ。でも、今度からは事前に一言お知らせくださるとありがたいです」
 そう、ツカーサさんに言葉をかけてから、朝食をもう一セット作っていきました。

 カウンターの前で、嬉しそうに待たれているツカーサさんなのですが、
「ツカーサさんってば主婦じゃなかったでしたっけ? なんでご自分で朝ご飯を作られないんですか?」
 シウアさんにそう言われると、ギクッと体を震わせられまして、
「だ、旦那さんが出張の時くらい、家事をさぼってもいいでしょう? ね、ね」
 苦笑しながら、そう言われました。
 その様子に、お店の中から一斉に笑い声があがっていきました。

 今朝の居酒屋さわこさんは、こんな感じで始まった次第でございます。
 ……ちなみに、バテアさんはまだ眠っておられるようですね、降りてこられる気配がまったくございません。

ーつづく
 

 
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