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さわこさんと、お父さん その2

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イラスト:NOGI先生

 私は、お店の扉をあけて顔を出しました。
「あの……うちのお店になにかご用でしょうか?」
 私がお声をかけましたところ、お店の前をウロウロなさっていた男性の方は私に向かって歩み寄ってこられました。
「あぁ、こちらのお店の方でいらっしゃいますか?」
「はい、居酒屋さわこさんの店長をしておりますさわこと申しますが」
「おぉ、あなたが店長さんですか、まだお若いのに大したものですね」
 その男性の方は、年の頃50代といったところでしょうか。
 口ひげがお似合いなお方です。
 エミリアから聞いていましたように、とても身なりがよろしいですね。
 冒険者というよりも、中世の貴族のような……とでも申しましょうか。

◇◇

 その男性の方は、お名前をヒーロさんと申されました。
 なんでも、このトツノコンベの役場のお偉いさんなのだそうです。

 バテアさんによりますと、
「部下の面倒見がいいからさ、「お父さん」って呼ばれてるのよ、この人」
 とのことでした。

 ヒーロさんにとりあえずお店の中に入って頂き、お水を一杯差し上げました。
 ヒーロさんは、そのお水を一気に飲み干されますと
「よく冷えてますねぇ……上級酒場組合の酒場以外でもこんな冷たい水を出す店があったとは……」
 グラスを見つめながら、目を丸くなさっておられました。
 
 このお水は、バテアさんからお借りしています魔石冷蔵庫で冷やしたお水をお出ししているのですが、ジュチさん達中級酒場組合の酒場の皆様のお店ではだいたい常温のお水をお出しているんです。
 これは、どのお店も食材などを保存するのに魔石冷蔵庫をフル稼働させているからなんです。
 私が使用しています魔法袋は非常に高価な品物のため、中級酒場組合の皆様は誰もこれをお持ちではないんです。そういう意味では、この魔法袋を自由に使えているというのは相当恵まれた環境といえます。
 そのような高価な品を快く、無償でお貸しくださっているバテアさんには本当に感謝してもしきれません。

 人心地つかれたヒーロさんは、改めて私に視線を向けられました。
「実はですね、さわこさんに少々ご無理をお願い出来ないかと思いまして、お願いに上がった次第なのです」
「お願い……ですか?」
「はい……実は、王都の中央辺境局の方々が役場の視察にこられることになっているのですが……その方々にお出しする料理の作成をお願い出来ないかと思いまして……」
 ヒーロさんはそう言われると、深々と頭を下げられました。
 すると、そんなヒーロさんに、バテアさんが首をかしげられました。
「ちょっと待ちなさいよヒーロ。役場関係の食事と言えば上級酒場組合の酒場が持ち回りで受け持ってなかったかしら? それがなんでさわこのところに話が回ってきたのさ?」
「あぁ……そのことなのですが……」
 そう言うと、ヒーロさんはバツが悪そうに苦笑なさりながら後頭部をかかれ始めました。
「そちらのバテアさんが言われましたように、今回の食事は、最初は上級酒場組合の酒場にお願いすることになっていたのです……それが、ちょっと困ったことになっておりまして……」
「困ったこと……ですか?」
「えぇ……先日のポルテントチップ商会の一件はご存じですか?」
「はい、存じ上げております」
「それでしたら話が早いですね。あの一件ですが、ポルテントチップ商会が上級酒場組合と裏で手を結んで中級酒場組合の皆さんに嫌がらせをしていたわけなのですが、そのポルテントチップ商会がご存じの通り王都により全国土指名手配になっていた犯罪者であるポルテントチーネが取り仕切っていた商会であることが発覚した物ですから、そのポルテントチップ商会と手を組んでいた上級酒場組合にも一斉捜索が実施されているのです」
「え? で、では上級酒場組合の酒場は……」
「えぇ、全店一斉臨時休業になってしまっておりまして、捜索が終了するまで営業出来ないみたいなのです」
 ヒーロさんはそう言うと大きなため息をおつきになられました。
 そんなヒーロさんとは対象的にヒーロさんの言葉を聞いたバテアさんが大声をあげて笑い始めました。
「こりゃ傑作ね! 上級酒場組合の連中、自分で自分の首しめたってわけね。あはは、いい気味だわ」
「まったくです。ゴートゥーヘルですね」
 エミリアもそう言いながら笑っています。
 そんな2人の様子を苦笑しながら眺めていたヒーロさんは
「とまぁ、皆様にとっては願ってもない状況なのですが、私にとりましては非常に由々しき事態になってしまった次第なのですよ……予約してあった食事もキャンセルとなってしまいましてね……」
「それで、私に……ですか?」
「えぇ、中級酒場組合の組合長をお勤めになられておられますジュチさんにご相談させていただきましたところ、こちらのさわこさんが適任だと紹介してくださったものですから……どうかお受け頂けませんでしょうか? 助けると思って……」
 そう言いながら、ヒーロさんは再び頭を下げられました。
 そんなヒーロさんに、私は少し首をひねりました。
「あの……ジュチさんからご推薦頂いた上でこう申し上げるのは恐縮なのですが……私は和食という見た目には地味な料理しか作ることが出来ませんが……それでもよろしいのでしょうか?」
「えぇ、味に関してはジュチさんも保証してくださっておられますし……とにかく時間がないものですからどうにかお受け頂ければと……」
「時間がないと言われますと?」
「えぇ……実は、食事会は明日なんです」
「「「明日!?」」」
 ヒーロさんの言葉に、私達はびっくりした声をあげてしまいました。
「……あの、それでヒーロさん……人数は何人くらいなのでしょう?」
「はい……50人なのですが……」
 その言葉に、私は絶句いたしました。

 正直な話、料理を準備することはやぶさかではありません。
 50人前くらいであれば十分準備は可能です。
 ですが、問題はお皿です。
 食事会とのことですので、当然お皿は揃えないといけません。
 同じ料理に同じ皿でお出ししないと、お客様も嫌なお気持ちになられてしまうでしょうから。
 それに、何品かお出しするとなると、当然複数必要になってまいります。
 ですが、居酒屋さわこさんには50枚も同じ皿はございません……せいぜい10枚あるかないかといったところです。
 松花堂弁当のように、中に仕切りがある弁当箱風の入れ物に入れてお出しすることも考えたのですが、松花堂風の弁当箱も10個ほどしかございません。

 腕組みをしたまま、私は考えこんでしました。
「……やはり難しいでしょうか?」
 ヒーロさんは私の顔を覗き込みながら心配そうな表情をなさっておられます。
 そんなヒーロさんの前で、私は考えを巡らせ続けていました。

 その時です。

 酒瓶を眺めていた私は、あることに思いあたりました。
「ヒーロさん、少しお待ちください」
 私はそう言うと、店の奥に向かって駆け出しました。
 転移ドアのある通路の方です。

 時間にして10分ほどでしょうか。

 私は、ワー子こと、和音と一緒に戻って来ました。
 私達は大きな木箱を持っています。
 私は、ヒーロさんに笑顔で言いました。
「ヒーロさん、なんとかなりそうですわ。私、頑張ってみます」
 そうお伝えいたしました。

ーつづく
 
 
 
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