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連載
さわこさんと、スア師匠さん
しおりを挟むイラスト:NOGI先生
お店の入り口の戸を開けて外を見てみますと、何やら街道が大騒ぎになっています。
冒険者らしき方々が商店街のはずれの方に向かわれているようなのですが、一緒に街の方々もそちらに向かって移動なさっておられます。その中には明らかに冒険者の皆様とは違う、揃いの鎧を身にまとった皆様の姿もありました。
「あれは衛兵だねぇ……何か厄介事でもあったのかしら」
私の肩越しに街道を見つめて折られたバテアさんがそうおっしゃいました。
すると、そんな街道の人並みをかき分けるようにしてジュチさんがこちらに駆けてこられました。
「ジュチさん、何か起きているのですか?」
「さわこ、何かじゃないって……上級酒場組合と手を組んで嫌がらせをしてたポルテントチップ商会ってあるじゃない?」
「はい、ございますね」
「あいつらのボスのポルテントチーネって女、何でも王都から脱獄してきた女らしいんだわ」
「「はぁ!?」」
ジュチさんの言葉に、私とバテアさんは思わず声をあげました。
「それを嗅ぎつけたガタコンベって街の近くにある辺境駐屯地の騎士団が捕縛にやってきたとかでさ、ウチの都市の衛兵達も連携して動き出したとこなんだわ」
「ガタコンベって……」
ジュチさんの言葉を聞いたバテアさんは、ボソッと呟かれました。
「バテアさん、何かお心あたりがおありなのですか?」
「え? えぇ……ガタコンベってさ、アタシの師匠が住んでるとこなんだけど……そういやこの間、思念波で近況報告したときにポルテントチップ商会のことを伝えたのよね……」
「じゃあ、その師匠の方が辺境駐屯地の方を動かされたのでしょうか?」
「よくわかんないけど……ちょっと行って見るよ」
そう言うと、バテアさんは街道に向かって駆け出されました。
「あ、ば、バテアさん、ちょっとお待ちを」
私は、右往左往しながら、駆けていくバテアさんに声をかけました。
◇◇
その後、お店のお客様達も、
「ちょっと何が起きてるのか見に行こうぜ」
と、おっしゃられまして、全てのお客様が現場に向かわれたものですから、私もお店を一時的に閉めさせていただきまして現場に向かいました。
「さわこ~、なんか世界が回ってる~あはは」
「ツカーサさん、お酒が回りすぎますからあまり走らない方が……」
そんな常連さんや、リンシンさん、エミリアと一緒に街道を駆けていきますと、その先にすごい人だかりが出来ていました。
……ですが、私の視線はその先方に注がれていました。
「……な、なんですか、あれは?」
私の視線の先には、周囲を石造りの壁で覆われた……まるで強固なお城のような建物がそびえていたのです。
このあたりには以前も来たことがあるのですが、あんな建物は記憶にございません。
周囲の皆さんの話をお聞きしていると……
ポルテントチップ商会の建物の周囲を衛兵と辺境駐屯地の皆さんが取り囲むやいなや、あの城塞がいきなり出現したのだそうです。
唖然としている私達の元に、先に到着していたバテアさんが歩み寄ってこられました。
「あそこにはさぁ、ポルテントチップ商会が入居してた小さい建物があったんだけどね……どうやらポルテントチップ商会の社員の中に屋敷魔人がいたようね……」
「屋敷魔人……ですか?」
「えぇ……屋敷魔人ってのはね、一度自分が触れたことのある建物に自らの体を変化させることが出来る魔人でね、ただでさえ存在が希少な魔人の中でも、さらに希少な存在って言われてるのよ。クライロード世界に1人いるらしいって噂は聞いたことがあったけど、まさかこのパルマ世界にもいたとはねぇ」
バテアさんは、そう言いながら城塞を見つめています。
「で、では……あの城塞は、その魔人さんが変化なさっているのですか?」
「あぁ、そうさ。屋敷魔人が建物に変化したらね、その中は普通の部屋になってるから、おそらくポルテントチーネをはじめとしたポルテントチップ商会の連中はあの城塞の中で籠城してるんだろうさ」
よく見ると、城塞の周囲を衛兵や真っ赤な鎧を着込んでおられる辺境駐屯地の方々が取り囲んでおられまして、私達のような野次馬の者達が近づきすぎないように警備なさりながら城塞をあれこれ調べられているようです。
出入り口がまったくないため、中に入る手立てが見つからず、お困りのご様子です。
その時です。
城塞に扉が出現し、それがいきなり開きました。
そして、その扉の中から男性の声が聞こえてきたのです。
「俺はリュークっていう屋敷魔人だ。ポルテントチップ商会の社員をやってんだけどさ……俺達のボスがお尋ね者だってバレちまった上に、こうまでがっちり周囲を囲まれてしまったら、さすがにもう手も足も出ない。おとなしく降参するから、中に入って全員捕縛してくれないか」
その声を聞いた衛兵や辺境駐屯地の皆様は、互いに頭を付き合わせながらご相談をなさっていたのですが……しばらくすると開いた扉に向かって歩き始めました。
その様子を見たバテアさんが声をあげました。
「いけない! あれは罠よ。「ザ・ワールド」だわ」
そう言うと、バテアさんは人混みをかき分けながら前に向かわれました。
私達もその後を追いかけます。
「な、なんなのですか、その、わぁるど?というのは?」
「屋敷魔人の最終兵器よ。言葉巧みに自分の中に敵をおびき寄せるんだけど……その中は罠だらけで、一度入ったら生きては出られないって寸法よ」
「えぇ!? それって大変じゃないですかぁ!?」
「そうなのよ……でもさ、屋敷魔人の存在すらほとんど知られてないからね、衛兵も辺境駐屯地の奴らもそのことを知らないようね……クソっ、強力な攻撃魔法が使えたらこっからでもぶっ放すんだけど……アタシ、攻撃魔法は苦手なのよねぇ」
バテアさんは必死に前に向かって行こうとなさっているのですが、野次馬の皆さんが多すぎてなかなか前に進めません。
「み、皆さん、お願いです。緊急事態なのです! 道をあけてくださーい」
私も一生懸命声をあげているのですが、ほとんど効果がありません。
そんな中、衛兵の皆さんが入り口の中に入っていかれています。
「あぁ、もう!」
バテアさんが舌打ちをなさいました。
「待ってくださぁい」
私も声をあげました。
その時です。
私達の周囲がいきなり暗くなったのです。
「え?」
私は上空を見上げました。
……それは、とても不思議な光景でした。
そこには、絨毯が浮かんでいたのです……アラジンと魔法のランプに出てくる魔法の絨毯が実在していたら、こんな感じなのかもしれません。
その絨毯の前方から、ひょこっと顔を覗かせた女の子がいました。
その女の子の顔を見たバテアさんが、ぱぁっと破顔なさいました。
「す、スア師匠!」
バテアさんの言葉に、その少女……あ、バテアさんの師匠ということは幼く見えるだけなのかもしれませんね、その女性~スア師匠さんはこくりと頷かれました。
「……バテア、あそこ? ポルテントチーネは」
「え、あ、はい。あそこです。あの中に籠城してるようでして……しかも、今、ザ・ワールドまで発動させてるんですよ」
「……そう、わかった」
そう言うとスア師匠さんは、右手を上に上げられました。
すると、その手の中に、先端に綺麗な水晶が埋め込まれている杖が出現したのです。
スア師匠さんは、その杖を城塞化しているリュークさんに向けられました。
「……うざい」
スア師匠さんがそう呟かれた次の瞬間……
……えっと、私は夢でも見たのでしょうか……
城塞が、まるで花火のように砕け散ったのです。
はい、一瞬で、です。
その破片が周囲に飛ばないように、との配慮と、中のポルテントチップ商会の社員の方々が逃げ出さないように、との両方の配慮のためでしょう、その周囲に防御壁も展開されていました。
そのため、破片はすべてその壁で弾かれ、その内側に落下しています。
中に入りかけていた衛兵の皆さんは、おそらくスア師匠さんが転移魔法をご使用なさったのでしょう……防御壁の外にそのお姿がございました。
防御壁の中は、しばらく粉塵で視界が悪くなっていたのですが、程なくいたしますと……城塞があった中心部あたりに、ポルテントチップ商会の社員の皆さんが気絶して倒れていらっしゃっいました。
その光景を見つめながら、私は目を丸くしたままぽかーんとしていました。
「……あ、あの、バテアさん……」
「……な、何かしら、さわこ?」
「あの……魔法使いの皆さんって、みんなあんなにすごいことがお出来になるのですか?」
「馬鹿言わないで……師匠が規格外すぎるだけよ……ほんと、あのすごさを目の当たりにしたらさ、自分の非力さを改めて思い知らされちゃうわ」
バテアさんは、そう言いながら苦笑なさっておられました。
◇◇
こうして、ポルテントチップ商会の社員の皆様は逮捕されました。
屋敷魔人のリュークさんも、黒焦げになって倒れていたそうですが命に別状はないとのことでして、他の社員の方々と一緒に辺境駐屯地の皆様に連行されていきました。
……ただ、残念ながらポルテントチーネだけは、すでに逃走した後だったそうで……
それにしても……ポルテントチーネはなんで偽名を使わなかったのでしょう?
脱獄なさったのですからご自分が指名手配されていることは重々ご承知だったでしょうに……それに商社名にしても逮捕される前に使用なさっていた名義をご使用なさっておられたようですし……
そんな疑問を持っておりましたところ、冒険者のジューチさんが、
「ジュ、なんでも「まさか同じ名前を名乗ってはいないだろうと思われて、逆に見つかりにくいはず」とか思っていたらしいジュ」
と、辺境駐屯地の皆さんが、ポルテントチップ商会の社員の方々から事情聴取なさっていた内容を教えてくださいました。
「……そ、そう言う考え方も、無きにしも非ずかもしれませんけど……」
私がジューイさんの言葉に苦笑していると、魔法の絨毯に乗っておられるスア師匠さんが
「……ポルテントチーネなら、そう考えると思ってた、わ」
そう言われました。
なんといいますか……上には上がおられるということですね。
ーつづく
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