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連載
さわこさんと、ラニィさん その2
しおりを挟むイラスト:くくみす先生
夕方、バテアさんの魔法道具のお店が閉店する間際、居酒屋さわこさんが開店する少し前に帰宅なさったバテアさんに、ラニィさんのことをお話させて頂きましたところ、
「へぇ、さわこに目をつけるとはねぇ、あの上級酒場組合の奴らも見る目あるじゃない」
そう言われながら、クスクス笑われました。
「どうせさわこのことだから、その話、蹴ったんでしょ?」
「蹴ったといいますか、お断りさせていただいた次第です。私はやっぱり組合というものは好きになれませんので」
開店準備をしながら、私はバテアさんにお答えしました。
そんな私にバテアさんは、相変わらずクスクス笑われていたのですが、
「……そうね、さわこは上級酒場組合のやり方を知らないから、まぁ、しょうがないか……」
「『やり方』……ですか?」
「上級酒場組合はね、目をつけた酒場をまず仲間に取り込もうとするの。で、仲間に加わればそれでよし、だけど……仲間に加わらないようなら……」
バテアさんは、そう言うと首をひねられました。
「……さて、どんな手でくるかしらね」
そう言うと、バテアさんは私に視線を向けられました。
私は、そんなバテアさんに
「そんなことを気にしても仕方ありません。私はこの居酒屋さわこさんを今までどおり営業していくだけですわ」
そう言いながらにっこり微笑みました。
「さわこ……提灯と暖簾、出すよ?……」
「あ、はい、よろしくお願いします」
リンシンさんに笑顔で答えた私は、焼き鳥の準備を始めました。
そんな私の前でバテアさんは少し考え込まれておられました。
◇◇
「今日も暑かったジュー」
本日一番最初のお客様は、冒険者のジューイさんでした。
人鼠族のジューイさんは小柄ですがその体に立派な鎧とマントを身にまとっておられます。
スピードを活かした攻撃が得意とのことで、害獣駆除や護衛任務などを中心になさっておられるそうです。
「ジューイさんいらっしゃいませ。いつものでよろしいですか?」
「ジュ。それでお願いするジュ」
カウンターの席に座られたジューイさんは背に背負われていた剣を足下に置きながら一息つかれました。
「では、すぐに準備しますね」
私が厨房の中で料理の準備を始めると、ジューイさんの元にエミリアが歩み寄っていきました。
「ウェルカム、居酒屋さわこさんにようこそ、さ、おしぼりとオトーシをどうぞ」
「ジュ、これこれ、このおしぼりが助かるジュ」
エミリアからおしぼりを受け取ったジューイさんは、丸まっているそれを広げるとゴシゴシと顔を拭き始められました。
おしぼりはあっという間に真っ黒になっていきます。
エミリアは、それを見越しておしぼりをあと2つ準備しています。
冒険者のジューイさんは、お店に来られるまでの間、一日中森の中を駆け巡り害獣退治に汗水ながされていたはずです。おしぼりがまっ黒になっているのは、ジューイさんが今日1日頑張られた証と言えなくもありません。
特にジューイさんは見た目は鼠……といいますか、若干ハムスターに似ておられまして、全身が毛で覆われていますので、その毛の間に汚れがこびりついておられるのです。
まずは、その汚れを心ゆくまで落として頂けたらと思っている次第です。
居酒屋さわこさんでは、お通しをお客様によって若干種類を変えてお出ししています。
居酒屋さわこさんのお客様の大半は亜人種の方々です。そのため、種族ごとに食の趣向があられるそうでしたので、それを少し勉強させていただき、その趣向に沿ったお通しをお出しさせていただいている次第です。
ちなみに、ジューイさんにお出しさせて頂いたお通しは、ナッツの盛り合わせとスティック野菜です。
さっぱりなさったジューイさんは、ナッツとスティック野菜をポリポリと美味しそうに食べ始められました。
「ジュ、この店の豆はホントに美味しいジュ」
嬉しそうに頬を膨らませているジューイさん。
そんなジューイさんにまずお勧めさせていただいた日本酒は「KONISHIのナッツとよく合うお酒」です。
ウイスキーみたいな色の日本酒でして、アルコール度数はやや低めですが濃厚な味わいと後を引く後味が特徴でして、この後味がナッツとよく合います。
バテアさんにお酌されたジューイさんは、
「ジュ、ナッツにはこれだよね」
そう言いながら、お酒を美味しそうに飲み干されました。
その間に、私はお料理の準備を進めています。
ジューイさんのいつものご注文……それはチーズインハンバーグです。
チーズをすごく気に入ってくださったジューイさんにあれこれチーズを使ったお料理をお勧めさせていただいたところ、これを一番気に入ってくださったんです。
私は、魔石コンロにのせたフライパンでハンバーグを焼きながら、日本酒の棚に目を向けました。
そうですね……この料理には、今日は「房島屋の兎心(ところ)BLACK」をお勧めさせていただこうかしら……
豊かな香りで、やや甘口なのですがねっとり系ではなく、爽快系のさわやかさが口の中を駆け抜けていくお酒です。チーズや洋食にとても相性がいい日本酒です。
ジューイさんの料理の準備をしていると、新たにお店の戸が開きました。
「よう、さわこ。今夜もきたぞい!」
ドルーさんがお弟子さん達と一緒に店内に入ってこられました。
すると、それが呼び水になったのでしょうか、次々とお客様が店内に入ってこられました。
リンシンさんとエミリアがお客さんを席にご案内しています。
さぁ、忙しくなってまいりました。
「ご来店、ありがとうございます」
笑顔でそう言うと、私は他の料理の準備も進めていきました。
今日の居酒屋さわこさんも、こんな感じでスタートいたしました。
私は、ラニィさんのことなどすっかり忘れて料理に没頭しておりました。
◇◇
翌朝になりました。
今日は、バテアさんと一緒に市場に買い出しに行く日です。
料理教室で使用するお野菜の準備もしないといけませんので、今日は少し多めに購入する予定にしています。
いつものように、私・バテアさん・リンシンさん・アミリアさん・エミリアの5人で朝食を頂いた後、私はバテアさんと一緒にいつもの市場へと出向きました。
「さて……今日はどんなお野菜が入荷しているかしら……」
市場に入った私は、笑顔で左右を見回しました。
市場の中には、いつものように木箱がいっぱいありまして、その中にたくさんのお野菜が入っています。
私は、その中のひとつに近寄っていきました。
すると、そんな私の前に市場の職員をなさっている人犬の方が歩み寄ってこられました。
よくお見かけしているお方なのですが……気のせいでしょうか、何か困ったような表情をなさっているような……
その人犬の職員の方は、そんな表情のまま
「さわこさん……あの……非常に申し訳ないんだけど、あんたに野菜は売れないんだ……」
「え?」
人犬の職員の方の言葉に私は思わず目を丸くしてしまいました。
すると、バテアさんがその人犬の職員の方の首ねっこを掴まれまして、そのままひねり上げて……
「あわわ!? バテアさん、暴力はいけません、暴力反対ー!」
「ちょっと話を聞くだけだって、さわこ」
大慌てでバテアさんをお止めしようとした私を、バテアさんは空いている方の手で制止なさいました。
そして、改めて人犬の職員の方の顔を睨み付けられると
「……あれかい? 上級酒場組合がさわこに野菜を売るなって言って来たんだね?」
「え? あ、いえ、その……」
バテアさんの言葉に、人犬の職員の方は明らかに動揺なさっています。
ですが、その動揺ぶりが、バテアさんの言葉を肯定しているといっても過言ではありません。
「バテアさんもさわこさんも、これ以上は勘弁してください、理由は言えないんですって」
人犬の職員の方は、苦渋の表情をその顔に浮かべておられます。
そんな人犬の職員の方を、バテアさんは眉をしかめたまま睨み続けておられます。
「ば、バテアさん、とにかくその手を放してあげてくださーい! 暴力反対ー!」
そんなバテアさんの手を掴みながら、私は一生懸命声をあげ続けていました。
ーつづく
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