異世界居酒屋さわこさん細腕繁盛記

鬼ノ城ミヤ(天邪鬼ミヤ)

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さわこさんと、3人揃えば

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イラスト:くくみす先生

 和音がワノンさんの酒造工房に就職して1週間が経ちました。
 同じ名前の二人なのですが……
 和音がワノンさんのことを「社長」と呼んでいまして、
 ワノンさんが和音のことを「ワー子」と呼んでおられます。
 2人は一日中酒造り工房であぁでもない、こうでもないと話し合いをしながら作業をこなし、夜は居酒屋さわこさんに2人で顔を出してくださり、お酒と料理を満喫しながらお酒談義に華を咲かせておられます。
 1週間前に和音は、
「私ね、社長の工房に住み込む! こんなにやり甲斐のある職場は他にないよ!……あは!」
 満面の笑顔でそう言いながら、7つのボストンバックを体にたすき掛けしてきました。
 バテアさんに協力してもらいまして、和音の荷物を運ぶのも手伝ってもらおうと思っていたのですが、和音が家具類はすべて処分してしまい、着替え用の衣類と雑貨だけ持ってきたとのことでした。
 その後、ワノンさんの工房の二階にある和音が間借りすることになった部屋の中にその荷物を運び込むのをお手伝いさせてもらったのですが……

 和音の荷物の中には化粧品は一切なく、着替えも少々しかありませんでした。
 では、他に何があったのかといいますと……
 和音お気に入りの日本酒と、個人的に収集した酒造メーカーの販促品の数々でした。
 河童の置物ですとか、瓶の形をした時計ですとか、よくこんなに集めましたね、と、感心するほどの数がバッグの中に詰まっていたのでございます。
「すっごいデサインね、そのシャツ」
 和音が来ているシャツを見つめながらバテアさんがびっくりしたような声を上げていたのですが、そんな和音が着ているシャツはですね、その胸に大きく日本酒の銘柄名がドーンと印字されていまして、その背中には日本酒の瓶の絵がプリントされていたのです。
 ……え~っと、どう言えばいいのでしょう……中学生や高校生がネタで着ているのであればまだ微笑ましいと思えなくもないのですが、私と同じ30才を越えている女性がですね、それを普段着とはいえ、着ますか?……と、思わず思ってしまうような柄なのです。
 ……ですが、バテアさんにそう言われた和音はですね
「いやぁ、それほどでもないですよ……えへへ」
 と、なぜか頬を赤らめながら照れまくっているのです……だから和音、バテアさんは褒めているわけではないのですよ? わかっていますか?

 そんな私の心配などどこ吹く風といいますか、
「ここで私は、美味しいお酒を造るからね、さわこ! うん!」
 気合い満々な様子の和音です。
 そんな和音をワノンさんも腕組みをなさりながら頼もにそうに見つめておられます。
「ワー子はアタシが知らないお酒を造り方を知ってるんだわ。すっごく期待してるんだわ」
 そう言いながら、何度も頷いておられます。

 いろいろありましたけれど、こうして同級生が同じ世界で頑張ることになったことを私はどこか心強く感じておりました。
 私も、和音も、一度は向こうの世界で挫折した人間でございます。
 だからこそ、ここで一緒に頑張っていけたらいいな、と思っている次第なんですよね。

 楽しそうに笑い合っているワノンさんと和音を、私は笑顔で見つめていました。

◇◇

 そして今夜のことです。
 この夜も、ワノンさんと和音は居酒屋さわこさんに顔を出してくれていました。
「さわこ、この焼き鳥ほんっと美味しいね! この料理に加賀美人を勧めるなんて、ほんとさわこってばわかってるぅ! このこの」
 嬉しそうな笑顔で焼き鳥のポンジリを食べながら加賀美人をどんどん飲み干していく和音。
 その横でワノンさんも、
「ワー子の言うとおりだわ。このお酒はこの料理にホントにあってるんだわ」
 感心しきりといった様子でお酒を飲みながら焼き鳥を口になさっておられます。

 先日、はじめて居酒屋さわこさんにお出でになられた際のワノンさんは、お酒の味だけを味わっておられたのですが、今日は料理との相性を確かめながらお酒を口になさっておられます。
「正直な話、中級酒場組合の連中がやってる酒場のくそまずい料理相手にお酒の相性なんて考える必要もないとおもっていたんだわ……でも、このさわこさんの美味しい料理が相手となると話が違うんだわ……これは、アタシも気合いを入れ直さないと……」
 最近は、ジュチさんをはじめとする中級酒場組合に加盟なさっている酒場の皆様も、私がお料理をお教えさせていただいている関係もありまして料理の腕があがっておられますし、相乗効果となっていただきたいな、と心の底から思っております。

 ジュチさん達は、商売敵ではありません。商売仲間でございますもの。

 常連の鍋の頭をなさっている亜人の方や、商店街で薬のお店を出されているスライム人のソラスラさんや、冒険者の鼠人ジューイさん達がわいわい楽しそうにお酒を飲み、料理を食べられている中、ワノンさんと和音もみなさんと同じようにお酒と料理を満喫なさっています。
 そんな中、酒場にアミリアさんが顔をだされました。
 お店の手伝いをしてくださっているエミリアが、嬉しそうに出迎えています。
 
 アミリアさんは、今日はワノンさんと和音の2人と話しをしにいらっしゃったのです。
 と、いいますのもですね、アミリアさんのお米をワノンさんの酒造工房で使用させて欲しいとのお願いをするためだったのでございます。

 この世界のお米は、主に家畜の餌として流通していましてあまり質がよくありません。
 そのため、いままでのワノンさんは主に果物を使用した、いわゆる果実酒を作成なさっていたのです。
 ですが、
「社長! このお酒も美味しいですが、日本酒を造りましょう! ここは異世界らしいのでパルマ酒ですかね」
「パルマ酒だわ! うん、造ろうワー子!」
「そのためにはお米です! 美味しいお米がいるのですよ店長!」
「そうだわ! うん、美味しいお米だわねワー子」
 そんな会話をお酒を飲みながらなさっていたところにですね、お店の手伝いをしてくれていたエミリアが
「美味しいお米なら、アミリア姉さんが造っているアミリア米がベリー最高よ! このお店のお米もアミリア米なんだから」
 胸を張ってそう言ったものですから、
「なら、ぜひ試させてほしいのです。ねぇ社長?」
「だわ! ぜひ試させてもらうんだわ」
 こうして、アミリアさんに急遽、居酒屋さわこさんにお越し頂いた次第なのです。

 そして、居酒屋さわこさんのカウンター-席で早速三者会談が始まったのですが…… 
 
「いいよぉ! いっくらでも使ってよ! じゃんじゃん造るからさ、アミリア米」
「ありがとうございます! まずはしっかり試させていただくのです! はい!」
「うむ、では前祝いとして飲むんだわ!」
 ものの5分もしないうちに、お三方はすっかり意気投合なさいまして、その場で楽しそうに酒盛りをおはじめになられました。

 お話がまとまっておめでたい場でもございますし……私は、開運の祝酒をお出しいたしました。
 名前がおめでたいこともありまして、こういう場にはふさわしいお酒とおもっております。
 冷やで頂きますと、キリッと爽やかな味わいを楽しめるお酒です。

 バテアさんにお酌してもらった3人は、
「「「かんぱーい!」」」
 笑顔でグラスを合わせると、一気にお酒を飲み干していかれました。
 よく見ると、ちゃっかりとバテアさんもご自分のグラスに注いでおられます……もう、困ったもんです。

 この夜は、3人の笑い声が遅くまで店の中に響き続けていました。

ーつづく
 
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