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さわこさんと、ワノンさん その2

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イラスト:くくみす先生

 その女性はワノンさんと名乗られました。
 そのワノンさんの前には現在たくさんのグラスが並んでいます。

 利き猪口があればいいのですが、あいにく居酒屋さわこさんには置いておりません。

 グラスの中に、様々なお酒を少しづ注いであります。
 ワノンさんは、それを1つづつ手に取り、

 まず、その色を眺め
 軽く振りながら匂いを嗅ぎ、
 それを少し口に含み、軽く息を吸い込んでおられます
 その後、口を閉じ、口の中……おそらく舌の上でしょう、そこでお酒を味わっておられます

 ……そして、ここからです

 お店におられた皆様の視線が、一斉にワノンさんに注がれました。
 そんな皆さんの視線の中でワノンさんは、

「……おっいしぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」
 そう言われながら、目を潤ませ、口元を緩ませながらこの上ない笑みを浮かべられ、頬を赤く染められながら、両手で頬を押さえられたのです。

 お店に入られてからずっと、冷静沈着といいますかどちらかといえばクールな印象のワノンさんだったのですが、お酒を飲み込まれる度にまるで子どもが美味しいものを食べた時のように、ぽわわんとした極上の笑顔をその顔に浮かべられるのです。
 もう、店中の皆さんがその笑顔に見入ってしまい、癒やされてしまい、一緒になってぽわわんとした笑顔を浮かべておられるのです……いえ、浮かべずにはおれないのです。

 ワノンさんは、その後、喉越しの余韻を心ゆくまで堪能なさった後、水の入ったグラスを手になさり、それを口に含まれます。
 そして、その水で口の中を軽くゆすがれた後、その水を飲み込まれるのですが……その途端に元のクールな表情に戻ってしまわれるのです。
 すると、ワノンさんの笑顔に癒やされまくっていた皆さんも、まるで夢から覚めたかのように、我に戻られまして元の状態に戻って行かれるのです。

 そして、ワノンさんは次のグラスに手を……

◇◇

 そんな、一種独特な空間が構築されておりました居酒屋さわこさんの中に、ドルーさんが入ってこられました。
「なんじゃワノン、お主が居酒屋におるとは珍しいの」
 ドルーさんはワノンさんの姿を見つけるなりそうおっしゃられながらその横に座られました。

「ドルーさんは、ワノンさんと顔見知りなのですか?」
「あぁ、同じドワーフ集落に住んどるぞい。もっともワノンは酒蔵から滅多に出てこんのじゃがな」
「酒蔵!?」
「おう、そうじゃ。中級酒場組合の連中が飲んどる酒はの、ワノン酒と言って、全部このワノンが作っとるんじゃ」
「まぁ、そうだったんですね」
 私とドルーさんがそんな会話を交わしていると、ワノンさんは手にしておられたグラスを一度カウンターへ置かれました。
「……正直ね、中級酒場組合に酒を卸すのはもう辞めにしようかと思ってただわ」
「おいおい……ワノンの酒が無くなったら中級酒場組合の奴らは大混乱じゃぞ!? ほとんどの酒蔵が上級酒場組合と専属契約を結んでしまっとるんじゃから、お前が酒の提供を辞めたら中級酒場組合の酒場は全部店を閉めるしかなくなるぞい」
「……そんなの、知ったことじゃないんだわ……とにかくね、あいつらには怒りしか覚えてなかったんだわ」
「怒り? 怒りって、なんじゃ?」
「……あいつら、アタシが精魂込めて作ったお酒を死ぬほど薄めて売り続けてたんだわ……」
 そう言うと、ワノンさんは目を見開きながらドルーさんに顔を近づけていかれました。
「わかるだわ? この屈辱感! 侮辱感! 憤り! 怒り! アタシはね、そんなうっす~~~い酒を客に出させるためにワノン酒を造り続けてたんじゃないんだわ!」
「お……おう……」
 ワノンさんのあまりの剣幕に、ドルーさんはたじたじになりながら体を後方に傾斜させておられます。

 ワノンさんは、見た目お若いのですがなんでもダークエルフ奥様とドワーフ旦那様の間に出来たお子様だそうで、長命なのだそうでございます。
 そんなワノンさんは、ジュチさんのお父さんの代からワノン酒を薄めないように何度か申し入れたそうなのですが、一度として聞き入れてもらえなかったそうでして、ジュチさんの代になってからは我慢しながらも半ば諦めておられたそうなのですが、その我慢もそろそろ限界になりかけていたんだそうです。

 ドルーさんをジッと見つめていたワノンさんなのですが……そこで、椅子に座り直されました。
「……ま、そんなことを思ってたわけだわ……こないだまで」
「こないだまで?」
「そう……久しぶりにさ、酒場の様子を見に言って、あたしゃびっくりしたんだわ。中級酒場組合の連中がさ、薄めずに酒を提供するようになってたんだわ」

 そのお言葉をお聞きした私はビクッと体を震わせてしましました。
 はい……思い当たる節が大いにございます……


 まるで私の心の動揺を見透かしたかのように、ワノンさんは視線を私に向けてこられました。
「でさ……ジュチのヤツに話を聞いてみたら『さわこっていうアタシの彼女がさ、すっげぇ叱ってくれたんだよ「お酒を造っている人に申し訳ないでしょう!」ってさ。それで目が覚めたっていうかさ……』そう言ったんだわ」
「すいません……ジュチさんのお言葉の『彼女』というのは誤解ですので、その部分はお忘れください」
「そうなのか? 別にアタシはそういうのに理解が……」
「私が困りますので」
 にっこり笑ってそう言う私に、ワノンさんは、
「と、とりあえずわかったんだわ、うん」 
 私の迫力に気圧されたかのように、一度唾を飲み込みながら頷いてくださいました。

 とりあえず、次回ジュチさんにお会いした際には、この件についてしっかりお話をさせていただこうと思っております。

 ここで、ワノンさんは、一度咳払いをなさると、
「とにかくだわ……アタシの酒を救ってくれてありがとうなんだわ、さわこ」
 そう言いながらにっこり微笑まれました。
 私は、そんなワノンさんに
「いえ、お酒を扱わせて頂いている者として、当然のことをさせていただいたまでですわ」
 笑顔で、そうお答えさせていただきました。

◇◇

 翌日になりました。
 昨日は、ワノンさんと楽しくお話をさせていただくことが出来まして、とても充実した1日だった気がします。
 おかげで、今朝の目覚めもとても良い感じでございます。

 豆腐とお揚げのお味噌汁
 出汁巻き卵焼き
 土鍋で炊いた御飯
 自家製のお漬物

 そんな朝ご飯を準備していると、バテアさんが眠たそうに目をこすりながら降りてこられました。
「おあよ~わさこ……」
「はい、おはようございます」
 寝ぼけているバテアさんは、いつも私をわさこと呼ばれます。
 そんな寝ぼけているバテアさんを洗面所へ案内していると、リンシンさんも降りてこられました。
「グッモーニン!さわこ!」
「おあよー……わさこ……」
 そんなリビングに、転移ドアをくぐってエミリアとアミリアさんも姿を現しました。
 寝ぼけモードのアミリアさんは、バテアさん同様に、私をわさこと呼ばれていますね……

 5人揃って朝食を頂いた私は、さわこの森に戻られるアミリアさん、狩りにいくリンシンさんをお見送りした後、魔法道具のお店をエミリアにお願いいたしまして、バテアさんと一緒に私の世界へ転移いたしました。
 みはるのお店へ魔石、こちらの世界ではパワーストーンですね。
 それの補充と、売り上げを受け取りに来たのと、お酒を追加するために参った次第です。

「さ、さわこ行きましょうか」
 私の名前がさわこ呼称に戻って、すっかりお目覚めモードのバテアさんと一緒に、私はかつて歩きなれていたビル街を歩いていきました。

 いつもの業務用スーパーでお酒を買い足した私とバテアさん。
 はい、しっかりとアイスクリームも大量に購入させていただきました。
 バテアさんってば、アイスクリームのコーナーから動こうとなさらないのですから……ふふ、まるで子どもですね。

 その足でバスに乗った私達は、みはるのお店が入店している大型ショッピングモールへと移動していきました。

 2階にあがり、みはるのお店へと向かっていった私達……なのですが。
「うう……ぐす……ひっく……」
 何やら、お店の中の様子が変なのです。
 みはるはお店の奥にある応接セットに座っています。
 その前に、1人の女性が座っているのですが……どうやら泣いておられるらしく、その泣き声が店の外にまで聞こえて来ているのです。
 その、みはるの前に座っている女性の姿を拝見した私は、思わず目を見開いてしましました。
「まぁ、和音(わのん)じゃないの!」

 そこにいたのは、霧島和音、みはると同じ私の同級生でした。

ーつづく
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