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さわこさんと、厨房 その3
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結局、ドルーさんのお弟子さん達は、お一人あたり5杯づつ御飯とお味噌汁をお代わりなさいました。
ちなみにドルーさんは2杯づつだったのですが、
「さわこよ、ワシはちとアレが飲みたいのぉ……」
そう言って、壁の日本酒を指さされました。
「まぁ……まだ朝ですし、これから作業をなさるのに大丈夫なのですか?」
私は思わず苦笑してしまいました。
そんな私にドルーさんは、まるで子供がおねだりをするように
「ちょっとじゃ、1杯でいいから、のぉ」
と、何度も何度もおねだりなさいまして……
「一杯だけですよ」
私は根負けした格好になりまして、お酒をおだしした次第です。
私が選んだのは清酒『木陰の魚』です。
岡山県産のお酒でして岡山名産の白桃から採取した白桃酵母で醸した純米酒です。
口に運ぶと、まるで果物をかじった時のようなフルーティな感覚が広がりまして、最後にお酒の味が口の中をキュッと引き締めてくれる、そんな独特の味わいを楽しませてくれるお酒です。
ちなみに、このお酒……アルコール度数が8程度の、いわゆる低アルコール日本酒なんです。
やはりこれから作業をなさる方には……そう思った次第です。
グラスを一気に煽られたドルーさんは、
「なんじゃ? こりゃ果物の汁のような酒じゃの、ほほ、なかなか面白い味じゃ」
そう言って喜んでくださっていたのですが……やはりお酒としてはやや物足りなかったご様子で、何度か棚の日本酒……特に焼き鳥と一緒にお出ししている加賀美人あたりを物欲しそうに見つめておられました。
「夜には、あちらをお注ぎしますから」
私が笑顔でそう言うと、ドルーさんは、
「そうじゃな、弟子もおることじゃし、酔い潰れたりしちまったら洒落にならんしのぉ」
そう言いながら、木陰の魚を3杯飲まれてから作業に取りかかってくださいました。
「一杯じゃなかったのですか?」
「そう固いことを言うな、さわこ」
苦笑するドルーさんを拝見しながら、私も思わず笑顔を浮かべていきました。
◇◇
最初、私は作業の完了までには最低でも2,3日はかかるだろうなぁ……と、漠然と思っておりました。
そのため、その間は居酒屋さわこさんをお休みにしないといけないのかしら、などと思っていたのですが、
「なぁに、これぐらいの作業なら昼までには終わらせるぞい」
ドルーさんはそう言うと、ガハハとお笑いになりました。
最初は、いくらドルーさんでも半日やそこらでは……そう思っていたのですが……
そんな私の前で、ドルーさんとそのお弟子さん達はすごい勢いで作業を始められました。
みるみるウチに厨房の板が剥がされ、カウンターが移動され、竈が設置されていきました。
「なぁにぃ……うるさいわねぇ」
作業の最中に、やっと目を覚まされたバテアさんが目をこすりながら2階から降りてこられ……
「バテアさん、き、着替えてから降りてきましょう」
そのお姿を拝見した私は、大慌てでバテアさんの元に駆け寄りまして、そのまま2階に押し戻していきました。
(な、なんで裸で降りてこられているんですかバテアさん!?)
「え?……あれ?……ほんとだ、私、裸だねぇ」
ひそひそ話しかけた私に、バテアさんは苦笑なさっておられました。
改めまして……いつもの魔法使いの服に着替えられたバテアさんと一緒に、私は一階へと戻りました。
作業はどんどん進んでいます。
厨房の中には、私がお願いさせていただきました、
大型の竈
炭火焼き用の焼き場
大きな洗い場
それらの設備がどんどん出来上がっていきます。
それはまるで、かつての私のお店の厨房が、蘇っていくかのようでした。
私は、その光景を見つめながら思わず胸が熱くなるのを感じていました。
そんな私の気持ちを察してくださったのか、バテアさんが無言で私の肩に手をのせてくださいました。
バテアさんって、時々すごく男前なんですよね。
もしバテアさんが男性の方でしたら、私、恋してしまっていたかもしれません。
◇◇
ドルーさんの言われましたとおり、お昼前にはすべての作業が完了してしまいました。
そのあまりの早さに、私は目を丸くしました。
そして、その出来映えの素晴らしさに、改めて目を丸くいたしました。
コンセプトは以前の酒場の厨房でした。
ですが、出来上がり具合はそれを遙かに超えていたのです。
私の体格を考慮して厨房のスペースを調整してくださっていますのでとても扱い安くなっています。
焼き場や竈も、熱が厨房に籠もらないように、熱が店の外へ逃げるように換気扇のような設備も設置してくださっています。
「どうじゃ? さわこの要望を元にしてあれこれ詰め込んでみたんじゃが?」
ドルーさんは笑顔でそう言ってくださいました。
私は、そんなドルーさんに
「はい、とても素晴らしいです。本当にありがとうございます」
笑顔で、そうお返事させていただきました。
◇◇
お礼にお昼も食べて行っていただこうと思ったのですが
「いや、これから2件ほど仕事があるんでな。また夜に来るぞい」
ドルーさんがそうおっしゃられましたので、私は皆さんに握り飯のお弁当をお渡しさせていただきました。
ドルーさん達がお店を後になさるのと入れ替わるようにして、リンシンさんがお戻りになりました。
「さわこ、これ……」
そう言って、リンシンさんが差し出してくださったのはクッカドウゥドルでした。
「群れがいた……いっぱい取ってきた」
リンシンさんは笑顔でそう言ってくださいました。
私は思わず笑顔になりました。
えぇ、えぇ、何しろ今日のお店で使用するクッカドウゥドルがまったくなくなっていたのですもの。
「リンシンさん、ありがとうございます!」
私は、思わずリンシンさんに抱きついていきました。
リンシンさんは、
「さわこに喜んでもらえて、嬉しい……」
そう言ってにっこり笑ってくださいました。
◇◇
早速私はクッカドウゥドルを切り分けていきました。
今日、リンシンさんが狩ってきてくださったクッカドウゥドルは全部で31羽もいました。
これだけいれば、数日は困らないと思います。
「しかし、クッカドウゥドルが食えるとはねぇ……よっぽど食い物に困った時でないと誰も食おうなんて思わない魔獣だからねぇ」
バテアさんは、作業をしている私を見つめながらそう言われました。
「このクッカドウゥドルは、結構捕まえる事が出来るのですか?」
私がそういうと、リンシンさんが少し考を巡らせた後、
「少なくはない……でも、群れで移動するから、いないときはいない……」
そう教えてくださいました。
「このクッカドウゥドルのお肉は、どこかで仕入れることが出来ないのですか?」
「あ~……無理ね。二束三文にもなりゃしないから、わざわざ狩る物好きもいないし、冒険者組合でも屑肉扱いだから、食肉販売には回さないで米と混ぜ合わせて家畜の餌になってるはずよ」
う~ん……
リンシンさんとバテアさんのお話を総合すると、
クッカドウゥドルはいつ取れなくなるかわからないし、仕入れることも出来ない。
という結論にいたってしまいます。
「……いっそのこと飼育出来れば……なぁんて」
私は、思わずそんなことを呟きました。
すると、その言葉を聞いたバテアさんは、
「あら? それ面白そうじゃないの」
そう言うと、リンシンさんに視線を向けました。
「ねぇリンシン、クッカドウゥドルを生け捕りにしてこれるかしら?」
「うん、出来る……」
「そう、なら出来るだけたくさん生け捕って来てくれる?」
「わかった……」
そう言うと、リンシンさんはすぐに店の外へ出て行かれました。
私は、あまりの急展開に目をぱちくりさせていました。
「ば、バテアさん!? あ、あの……クッカドウゥドルを飼育するって……ど、どうやってやるのですか? 飼育施設をこれからつくるのですか? 場所とか、土地はあるのですか?」
私の頭の中に浮かんでいたのは、私の世界にありますブロイラーの工場でした。
大きな建物の中に鶏が大量に詰め込まれていて……そんな感じです。
そんな想像をしている私の前で、バテアさんは
「だーいじょうぶ、まーかせて」
そう言いながらにっこり微笑まれました。
ーつづく
ちなみにドルーさんは2杯づつだったのですが、
「さわこよ、ワシはちとアレが飲みたいのぉ……」
そう言って、壁の日本酒を指さされました。
「まぁ……まだ朝ですし、これから作業をなさるのに大丈夫なのですか?」
私は思わず苦笑してしまいました。
そんな私にドルーさんは、まるで子供がおねだりをするように
「ちょっとじゃ、1杯でいいから、のぉ」
と、何度も何度もおねだりなさいまして……
「一杯だけですよ」
私は根負けした格好になりまして、お酒をおだしした次第です。
私が選んだのは清酒『木陰の魚』です。
岡山県産のお酒でして岡山名産の白桃から採取した白桃酵母で醸した純米酒です。
口に運ぶと、まるで果物をかじった時のようなフルーティな感覚が広がりまして、最後にお酒の味が口の中をキュッと引き締めてくれる、そんな独特の味わいを楽しませてくれるお酒です。
ちなみに、このお酒……アルコール度数が8程度の、いわゆる低アルコール日本酒なんです。
やはりこれから作業をなさる方には……そう思った次第です。
グラスを一気に煽られたドルーさんは、
「なんじゃ? こりゃ果物の汁のような酒じゃの、ほほ、なかなか面白い味じゃ」
そう言って喜んでくださっていたのですが……やはりお酒としてはやや物足りなかったご様子で、何度か棚の日本酒……特に焼き鳥と一緒にお出ししている加賀美人あたりを物欲しそうに見つめておられました。
「夜には、あちらをお注ぎしますから」
私が笑顔でそう言うと、ドルーさんは、
「そうじゃな、弟子もおることじゃし、酔い潰れたりしちまったら洒落にならんしのぉ」
そう言いながら、木陰の魚を3杯飲まれてから作業に取りかかってくださいました。
「一杯じゃなかったのですか?」
「そう固いことを言うな、さわこ」
苦笑するドルーさんを拝見しながら、私も思わず笑顔を浮かべていきました。
◇◇
最初、私は作業の完了までには最低でも2,3日はかかるだろうなぁ……と、漠然と思っておりました。
そのため、その間は居酒屋さわこさんをお休みにしないといけないのかしら、などと思っていたのですが、
「なぁに、これぐらいの作業なら昼までには終わらせるぞい」
ドルーさんはそう言うと、ガハハとお笑いになりました。
最初は、いくらドルーさんでも半日やそこらでは……そう思っていたのですが……
そんな私の前で、ドルーさんとそのお弟子さん達はすごい勢いで作業を始められました。
みるみるウチに厨房の板が剥がされ、カウンターが移動され、竈が設置されていきました。
「なぁにぃ……うるさいわねぇ」
作業の最中に、やっと目を覚まされたバテアさんが目をこすりながら2階から降りてこられ……
「バテアさん、き、着替えてから降りてきましょう」
そのお姿を拝見した私は、大慌てでバテアさんの元に駆け寄りまして、そのまま2階に押し戻していきました。
(な、なんで裸で降りてこられているんですかバテアさん!?)
「え?……あれ?……ほんとだ、私、裸だねぇ」
ひそひそ話しかけた私に、バテアさんは苦笑なさっておられました。
改めまして……いつもの魔法使いの服に着替えられたバテアさんと一緒に、私は一階へと戻りました。
作業はどんどん進んでいます。
厨房の中には、私がお願いさせていただきました、
大型の竈
炭火焼き用の焼き場
大きな洗い場
それらの設備がどんどん出来上がっていきます。
それはまるで、かつての私のお店の厨房が、蘇っていくかのようでした。
私は、その光景を見つめながら思わず胸が熱くなるのを感じていました。
そんな私の気持ちを察してくださったのか、バテアさんが無言で私の肩に手をのせてくださいました。
バテアさんって、時々すごく男前なんですよね。
もしバテアさんが男性の方でしたら、私、恋してしまっていたかもしれません。
◇◇
ドルーさんの言われましたとおり、お昼前にはすべての作業が完了してしまいました。
そのあまりの早さに、私は目を丸くしました。
そして、その出来映えの素晴らしさに、改めて目を丸くいたしました。
コンセプトは以前の酒場の厨房でした。
ですが、出来上がり具合はそれを遙かに超えていたのです。
私の体格を考慮して厨房のスペースを調整してくださっていますのでとても扱い安くなっています。
焼き場や竈も、熱が厨房に籠もらないように、熱が店の外へ逃げるように換気扇のような設備も設置してくださっています。
「どうじゃ? さわこの要望を元にしてあれこれ詰め込んでみたんじゃが?」
ドルーさんは笑顔でそう言ってくださいました。
私は、そんなドルーさんに
「はい、とても素晴らしいです。本当にありがとうございます」
笑顔で、そうお返事させていただきました。
◇◇
お礼にお昼も食べて行っていただこうと思ったのですが
「いや、これから2件ほど仕事があるんでな。また夜に来るぞい」
ドルーさんがそうおっしゃられましたので、私は皆さんに握り飯のお弁当をお渡しさせていただきました。
ドルーさん達がお店を後になさるのと入れ替わるようにして、リンシンさんがお戻りになりました。
「さわこ、これ……」
そう言って、リンシンさんが差し出してくださったのはクッカドウゥドルでした。
「群れがいた……いっぱい取ってきた」
リンシンさんは笑顔でそう言ってくださいました。
私は思わず笑顔になりました。
えぇ、えぇ、何しろ今日のお店で使用するクッカドウゥドルがまったくなくなっていたのですもの。
「リンシンさん、ありがとうございます!」
私は、思わずリンシンさんに抱きついていきました。
リンシンさんは、
「さわこに喜んでもらえて、嬉しい……」
そう言ってにっこり笑ってくださいました。
◇◇
早速私はクッカドウゥドルを切り分けていきました。
今日、リンシンさんが狩ってきてくださったクッカドウゥドルは全部で31羽もいました。
これだけいれば、数日は困らないと思います。
「しかし、クッカドウゥドルが食えるとはねぇ……よっぽど食い物に困った時でないと誰も食おうなんて思わない魔獣だからねぇ」
バテアさんは、作業をしている私を見つめながらそう言われました。
「このクッカドウゥドルは、結構捕まえる事が出来るのですか?」
私がそういうと、リンシンさんが少し考を巡らせた後、
「少なくはない……でも、群れで移動するから、いないときはいない……」
そう教えてくださいました。
「このクッカドウゥドルのお肉は、どこかで仕入れることが出来ないのですか?」
「あ~……無理ね。二束三文にもなりゃしないから、わざわざ狩る物好きもいないし、冒険者組合でも屑肉扱いだから、食肉販売には回さないで米と混ぜ合わせて家畜の餌になってるはずよ」
う~ん……
リンシンさんとバテアさんのお話を総合すると、
クッカドウゥドルはいつ取れなくなるかわからないし、仕入れることも出来ない。
という結論にいたってしまいます。
「……いっそのこと飼育出来れば……なぁんて」
私は、思わずそんなことを呟きました。
すると、その言葉を聞いたバテアさんは、
「あら? それ面白そうじゃないの」
そう言うと、リンシンさんに視線を向けました。
「ねぇリンシン、クッカドウゥドルを生け捕りにしてこれるかしら?」
「うん、出来る……」
「そう、なら出来るだけたくさん生け捕って来てくれる?」
「わかった……」
そう言うと、リンシンさんはすぐに店の外へ出て行かれました。
私は、あまりの急展開に目をぱちくりさせていました。
「ば、バテアさん!? あ、あの……クッカドウゥドルを飼育するって……ど、どうやってやるのですか? 飼育施設をこれからつくるのですか? 場所とか、土地はあるのですか?」
私の頭の中に浮かんでいたのは、私の世界にありますブロイラーの工場でした。
大きな建物の中に鶏が大量に詰め込まれていて……そんな感じです。
そんな想像をしている私の前で、バテアさんは
「だーいじょうぶ、まーかせて」
そう言いながらにっこり微笑まれました。
ーつづく
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