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連載

さわこさんと初夏の一日 その2

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 今、私達は森の中を歩いています。

 と、いうのもですね……

 先ほど、ベル達を涼しく遊ばせてあげようと思って準備していたビニールプールにリンシンさんがダイブしたのですが……大きめとはいえ子供サイズのビニールプールです。
 大柄なリンシンさんがダイブしてしまいますと、当然ながら破れてしまいまして……結果的に使い物にならなくなってしまったんです。

「これねぇ……素材がよくわかんないから、直せないわねぇ」

 バテアさんにもお手上げなもんですから……う~ん、とりあえずビニールテープでどうにか補強して……私がそんな事を考えていると、

「さーちゃん! さーちゃん!」

 ベルが私の腕を引っ張りました。
 ちなみに、先ほどまで裸だったベルですが、私が元の世界に食材の買いだしに行った際に購入しておいた水着を着用しております。
 

「どうしたのベル?」
「あっちあっち! あっちに涼しいがあるって!」
「涼しいが、ある?」

 ベルの言葉の意味がよくわからなくて、首をひねりながらベルが指さしている方へ視線を向けると、その先にはシロの姿がありました。
 よく見ると、そこにいたのはシロだけではありません。
 その前方には、数匹の白銀狐さんがいたんです。
 元々、シロがいた白銀狐の群れの方なのでしょう。
 シロに仲良く寄り添っています。

 そういえば、雪が溶けて、暑くなってきてから白銀狐の皆さんの姿をあまり見なくなっていました。
 涼しい北方へ旅立たれてしまったのかなぁ……と、少し寂しく思っていたものですから、こうして群れの方の姿を拝見出来て、なんだか嬉しくなってしまいました。

 ……そして

 そんなシロと白銀狐さんに導かれるようにして、私、バテアさん、リンシンさん、ベルの4人は森の中を奥へ向かって進んでいるのでした。
 ただ、この森って山の傾斜に沿って木が生えているものですから、奥へ向かって進んでいくのが地味に辛いんです。

「……け、結構疲れますね」
 肩で息をしている私に、バテアさんは、
「そう? そんなことないんじゃない?」
 と、涼しい顔で、先を進んでおられます。

 ……よく考えたら、バテアさんっていろんな世界に転移しては、そこで珍しい薬草などを採取なさっているんです。その採取先って、森の奥だったり山の上だったりと、結構ハードな場所も少なくないとお聞きしたことがありますので、足腰の強さにも納得してしまいました。

 その、更に先を歩いているリンシンさんも、雪山を物ともしないで罠を設置したり、その罠の様子を毎日見て回ったりしておられましたので、その足腰の強さも当然ですね。

 そして、ベルは、さらにその先を駆けています。
 古代怪獣族という種属のベルは、獣の姿の時は猫のようなのですが、私の世界で言うところのは虫類に分類される種属なんだそうでして、私のような人間よりパワーもスタミナもスピードも……そうですね、身体能力のほぼすべてがすごいんです。

 そんなベルとシロが仲良く先頭を小走りに進んでいます。
 その横を白銀狐さんが併走しているのですが、その数が少しずつ増えていました。

 最初は1匹だったのが、今では5匹くらいになっているように見えます。

 ……仮定形なのは、私が列の最後方な上に、先頭のベル達からどんどん引き離されているため、正確な数を視認出来なくなっているからなのですが……

◇◇

 そんなこんなで……

 私は今、木陰でくたばっています。
 荒い呼吸を繰り返しながら、木の麓で横になっている私。
 もう、起き上がる気力も体力もございません。

「……さわこ、お疲れ」
「あ、ありがとう、ございます……」

 リンシンさんが冷やしたタオルを持って来てくれました。

 ちなみに……
 途中で完全にくたばってしまった私を、リンシンさんが途中からずっと背負って運んでくださったんです。
 もう、本当に……自分の貧弱さが恨めしいと申しますか……

 ぴとっ

 そんな事を考えている私の首筋に、タオルが触れました。

 ……次の瞬間

「ひぃやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 私は、ほとんど無意識の状態で、悲鳴に使い声をあげていました。
 冷たいんです。
 そのタオル……すっごく冷たいんです。
 いえ、冷たいなんてもんじゃありません……一瞬にして、体中の血液が凍ってしまうんじゃ……そんな感覚を感じてしまうほど、すっごく冷たかったんです。

 その拍子に、思いっきり飛び起きた私だったのですが……

「……うわぁ……」

 その光景を目の当たりにした私は、そんな言葉を口にすることしか出来ませんでした。
 木のすぐ近くに、ちょっとした池のようなものがありました。
 その池の一角には、森の木々が鬱蒼としげっていまして、その一帯には、まだ溶けていない雪が何層も積雪しています。
 その雪の合間から水の筋が伸びていて、それが池に注いでいるんです。

「……この池って……雪解け水が貯まって出来ているのですか?」
「あぁ、そうみたいだね」

 私の言葉に、バテアさんが笑顔で頷いています。

「この山ってば、木々がすっごく生い茂っているもんだから、あちこちに積雪が残っていてね、その雪解け水が貯まっている場所があるのは知っていたけど、ここはそのひとつみたいねぇ」
 バテアさんが見つめている先では、シロが水の中に膝までつかって浅瀬を走っていました。
 その後を、ベルが笑顔で追いかけています。

 よく見ると、池の近くにいくつかの洞窟があるのですが、そこから白銀狐さん達が何匹も顔を出しておられるではありませんか。

「白銀狐達も、ここで夏を越すつもりみたいだねぇ。ま、こんだけ涼しかったら、問題ないだろうね」
 そう言うと、バテアさんは私の隣にゆっくりと腰を下ろしました。
 
 初夏の訪れを告げるように、森の木々は青々としています。
 そんな中に、雪の冷気が漂っています。
 その冷気が、初夏の空気と絡み合って、ゆっくりと霧散していき、その先に抜けるような青空が広がっています。
 
「……なんだか、すごくのんびりですねぇ」

 素晴らしい光景を前にして、思わずほっこりしてしまう私。
 こうなると、何か食べ物でも食べたくなってしまいますね。

「そういえば……」

 私は、腰につけている魔法袋に手を伸ばしました。
 バテアさんからお借りしているこの魔法袋ですが、見た目は握りこぶし程度の大きさしかないのですが、その中には驚くほどたくさんの品々を収納することが出来るんです。

 その中に、昨日作ったアレを入れていたはずです……

「あ、ありましたありました!」
 
 目当ての物を、魔法袋から取り出した私は、池の近くへ歩み寄っていきました。
 池の水に手を伸ばし、指を入れると……指先が痺れるような冷たさを感じました。
 不思議なことに、しばらくするとその冷たさが心地よくなっていきます。
 なんといいますか、自然のぬくもりを、この冷たい水の中から感じているみたいな感じがします。

「バテアさん、この水は調理に使っても大丈夫ですか?」
「えぇ、問題ないわ。街で使っている湧き水よりも質がいいくらいね」

 それを聞いた私は、調理に使う四角い水槽を魔法袋から取り出し、そこに池の水を入れていきました。
 上澄みの水をゆっくりとすくって、それを水槽にいれていきます。
 ある程度貯まったところで、その中に長方形の物体を浮かべていきます。
「さわこ、それは何?」
「あ、はい。わらび餅っていうんですよ」
「……わらび餅?」

 私の左右から、バテアさんとリンシンさんが不思議そうな表情をしながら、水槽の中へ視線を向けています。
 
 ベル達のおやつにと思って作成していたこのわらび餅なのですが、これはまだ切り分ける前の状態の物なんです。
 こんなに綺麗な水があるのですから、その水で冷やしたわらび餅を皆さんに食べてもらいたいと思った次第なんです。

「へぇ……甘い物ねぇ。ゾフィナがいたら喜びそうね
「そうですね。ぜんざいがお好きなゾフィナさんでも、気に入ってもらえるかも……」
 私とバテアさんがそんな会話を交わしていると、その間から誰かがその間に入ってこられました。
「ふむ? ぜんざいではない甘い物か。私的にはぜんざいが至高であるが、そのワラビモチなる甘味にも興味はあるな」

 って……そこには、いつの間にかゾフィナさんの姿があるではありませんか?!

「ぞ、ゾフィナさん?! ど、どうしてここに?!」
「いや、今日は仕事が非番になってものだから、さわこのぜんざいを食べに来たのだが、ショコラに聞けば森の奥へ出かけたというではないか。だからこうして追いかけてきたんだが?」

 ゾフィナさんは『どうかしたのか?』とでも言わんばかりの表情を浮かべながら私とバテアさんを交互に見つめておられます。
 ……私達が出発した時に、ゾフィナさんの姿はありませんでした。
 そんな私達の後を、なんの目印もなかったはずの、この森の中を、ゾフィナさんはどうやってここまで、私達を追いかけてくることが出来たのでしょうか……

 困惑した表情を浮かべている私だったのですが……そんな私の視線の先に、妙な光景が……

 視線の先では、相変わらず元気に浅瀬を走っているシロの姿があります。
 それを、ベルが追いかけているのですが……ベルの動作が明らかにおかしいのです。
 先ほどまでと比べて、明らかに動きが緩慢になっていて、徐々に動作そのものが遅くなっているような……

 その異変を前にしている私の脳裏に、ある言葉が浮かびました。

 【ベルはは虫類】

「ベル! す、すぐに岸にあがりなさぁい!」
 私は慌てて池の中に駆け出しました。
 は虫類で変温動物のベルが、こんなに冷たい水の中で長時間遊んでいたら……

 慌てて池の中に駆け込んだ私なのですが……実はこの時のベルはですね、バテアさんが体温維持魔法をかけてくださっていたおかげで、体温的には全然問題なかったのです。
 ただ、はしゃぎすぎて疲れただけだったわけでして……

 そうとも知らない私は、ベルを助けようと池に駆け込んで……その一角にあった大きな穴の中に豪快にはまってしまって……

「ちょ!? さ、さわこ!?」

 バテアさんの慌てた声を、水の中で聞く羽目になっていたのでした。
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