上 下
337 / 343
連載

さわこさんと、秋のドタバタ その1

しおりを挟む
 朝の騒動が一段落した昼下がり。
 私は、いつものようにバテアさんの魔法道具のお店の店番をしていました。

 バイトのショコラさんも一緒です。
 ショコラさんは、いつもはお昼の時間にバテアさんの魔法道具のお店のバイトだけしているんですけど、居酒屋さわこさんが予約のお客様が多い時にはお手伝いしてもらったりしているんです。

「そういえばショコラさんって、絵を描かれるんですね」
「え!? そ、それどうしてご存じなんです!?
「あ、はい、辺境都市情報北部編の最新号に載っていたのを拝見したんですよ」

 辺境都市情報北部編っていうのは、私の世界で言うところのタウン情報誌みたいなものでして、魔女魔法出版って雑誌社が定期的に刊行しているんです。
 居酒屋さわこさんを紹介していただいたことがありまして、そのご縁で定期購読させていただいているんです。

「魔女魔法出版さんのコンテストに入賞出来まして、それで最近お仕事をもらえるようになったんです」
「わぁ、すごいですね!」

 私の言葉に、嬉しそうに笑顔を浮かべているショコラさん。
 そうですね……せっかくのお祝い事ですし、何か美味しい物でも……

「……あ、そうだ!」

 しばらく考えを巡らせていた私は、ある物を思い出しました。
 先日、私の世界へ仕入れに行った際に、ある物を多めに仕入れていたんです。
 以前、ベル達を一緒に連れて行った際に、
『ニャ! これすっごく美味しいニャ!』
 って、みんなお気に入りだったものですから、こちらの世界でもおやつに作ってあげようと思っていたんです。

 ちょうどお客様も少なくなっていましたので、店番をショコラさんにお任せした私は居酒屋さわこさんの厨房へと移動しました。

 魔法袋から取り出したのは、栗です。

 包丁で皮を剥き、フードミキサーで攪拌。
 合間にシロップとホイップクリームを加えながら更に攪拌していきます。
 良い感じに艶が出て来たら、本来はラム酒などを加えるのですが、ここで私は純米料理酒を使用します。

 福来純って言う白扇酒造さんが製造している料理酒なんですけど、ほんのり甘くて甘味の隠し味にもとてもいい感じだって、個人的に思っているんです。

 ベル達にも食べさせてあげるつもりなので、加える量は少なめにして……

 出来上がったクリームを絞り袋に入れて、ベル達のおやつ用にあらかじめ準備しておいたプリンの上にデコレーション。
 仕上げに、栗の渋皮煮をのせて……

「はい、モンブランプリンです」

 出来上がったモンブランプリンの容器をショコラさんの前に差し出す私。

「え? こ、これバックリンですか?」

 ちょこんと乗っている栗を見つめながら目を丸くしています。
 それもそのはず、バックリンというのは私の世界の栗によく似ているのですが……とにかく皮が渋いというか苦いというか……相当なアク抜きをしないと食べられないんですよね。
 そんなバックリンそっくりな物が、皮付きでのっているわけですし、皮ごと攪拌していたのをショコラさんも見ていましたから。

「大丈夫ですよ、これは私の世界の食べ物ですから」
「そ、そうですか……じ、じゃあ……」

 おずおずとした様子でスプーンを手にとり、クリームと栗をすくうショコラさん。
 おっかなびっくりな様子で、それを口に運んでいったのですが、

「ん!? こ、これ美味しい!」

 目を見開き、すごい勢いでモンブランプリンをかきこみはじめました。

「美味しい! すごく美味しい!」
「気にいってもらえてよかったです」

 嬉しそうにモンブランプリンを食べているショコラさんを見ていると、私まで笑顔になってしまいます。
 どうやら、お祝いになったみたいですね。
 笑顔でショコラさんの横顔を見ていた私なのですが、

「あのさぁ、さわこ……私にも……」

 不意に、ショコラさんの反対方向から声が聞こえて来ました。
 そちらへ視線を向けると、そこにはお隣のツカーサさんの姿が……

「あれ、ツカーサさんってば、いつの間に……」
「えへへ……なんだか美味しそうな匂いがしてたからさ……」

 照れくさそうに笑うツカーサさん。
 でも、延ばしている右手は引っ込みそうにありません。

 まぁ、でも、いつものことですものね。

「ひょっとしたらおいでになるんじゃないかと思って、準備しておきましたよ」
「わ! さっすがさわこ! 愛してる」

 笑顔で飛び跳ねているツカーサさんに苦笑を返しながら、私は準備していたモンブランプリンをツカーサさんに差し出しました。

 ……すると

「ニャ! さーちゃん、美味しそうな匂いニャ!」
「さわこ、何なのかしら?」
「うむ、妾も所望するのじゃ!」

 ベル・エンジェさん・ロッサさんの3人が我先にと階段を降りてくるではありませんか。
 みんなお昼前に起きてきて、昼食券用の朝ご飯をたくさん食べたはずなんですけど……甘い物はやっぱり別腹なんですかね。

「そんなに焦らなくても大丈夫ですよ、みんなの分もちゃんと準備していますから」

 私の声に歓声を上げながら駆け寄ってくるベル達。
 その笑顔を見ていると、なんだかとっても幸せな気持ちになってしまいます。

 やっぱり、美味しい笑顔はいいですね。

◇◇

 結局、多めに準備しておいたモンブランプリンは、ショコラさんとツカーサさん、それにベル達によってあっという間に食べ尽くされてしまいました。

 とはいえ、夜、お店で出すために準備している栗の渋皮煮はまだまだたくさんありますので、また作ろうかなと思っています。


 夕方になり、お店の仕込みを進めている私。

「……さわこ、そろそろ暖簾と提灯を出す?」
「あ、はい、よろしくお願いいたします」

 着物姿に着替えたリンシンさんが、私の言葉を受けてお店の軒先に暖簾と提灯を出してくださいました。
 あれを見ると、私も気合いが入ります。
 さぁ、今夜もたすき掛けして頑張らないと。

「さわこ、おでんはここでオーケー?」
「あ、はい、エミリア、そこで大丈夫です」
「さわこ、今日のお勧めのお酒は、これでいいのよね?」
「あ、はい、赤磐雄町で大丈夫です」

 アミリアとバテアさんも、準備万端です。
 すると、お店の扉が開きました。

「ジュ、もうやってるジュ?」
「いらっしゃいませ、ジューイさん。大丈夫ですよ」

 今夜の一番目のお客様は冒険者のジューイさんでした。
 その後方には、スーガさんとネコクマさんといったお馴染みの皆様のお姿も……

 さぁ、今夜も忙しくなりそうです。

ーつづく
 





しおりを挟む
感想 163

あなたにおすすめの小説

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。

朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。 婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。 だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。 リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。 「なろう」「カクヨム」に投稿しています。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。