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さわこさんと、忘年会の夜 その1

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 開店前に来店されたドルーさん達。
 今は、大皿料理を食べて頂いておりますが、いつまでもお待たせするわけにはいきません。
 忘年会のコース料理が出る前に満腹になってしまわれては、申し訳ありませんからね。

「さぁ、では目一杯急ぎましょうか」

 額に鉢巻きを巻いて前髪を抑えた私は、改めて包丁を手にいたしました。

 ドルーさん達は【居酒屋さわこさんのお勧め宴会肉コース】を予約してくださっています。
 このコースは、タテガミライオンのお肉の塊焼きをメインに、

 タテガミライオンのお肉の串焼き

 タテガミライオンのお肉の茶碗蒸し

 クッカドウゥドルのお肉のつくねのおろしポン酢

 マウントボアのお肉入り豚汁風うどん

 タテガミライオンのお肉の炙りお寿司


 以上の5品を加えた合計6品がメイン料理。
 最後に、デザートとして自家製アイスクリンをお出しする予定にしています。

「さて、まずは釜でお肉の塊をじんわりと焼かないと……」

 塊のお肉を焼くために、ドルーさんにお願いして厨房の中に作ってもらった焼き釜の中に、タテガミライオンのお肉の塊を乗せたトレーを入れていきます。
 私が元いた世界でしたらオーブンレンジを使用するところなのですが、こちらの世界ではバテアさんが調合してくださった魔石を使用してじんわりと焼き上げていきます。
 この魔石レンジの素晴らしいところがですね、私の世界のオーブンレンジで30分かかるところ、わずか5分で焼き上がるんです。

 ……本当に、魔法の道具ってすごいなぁ

 魔石レンジの中で焼き上がっていくお肉を横目で見つめながら、私はそんなことを考えていました。

 さて、その間に他の料理を準備しないといけません。

 つくねや豚汁、茶碗蒸しの仕込みはすでに終わっていますので、それを仕上げていきます。
 まずは、串焼きを大量に炭火コンロの上にのせていきます。
 塊肉と並んで、お肉コースのメイン料理なのが、このタテガミライオンの串焼きです。

 居酒屋さわこさんの定番メニューとしてすっかりお馴染みになっているタテガミライオンの串焼きですので、炭火コンロで焼くのもお手のものになっています。

 合間に、煮こんだタテガミライオンのすじ肉を入れた茶碗蒸しを蒸し器に入れて、豚汁のお鍋をかき回していきます。

 ドルーさん達の忘年会のお料理の準備をしている最中ですが、今日は他にも忘年会の予約がたくさん入っています。
 
 ドルーさん達の料理の調理を行いながら、さらに他の皆様の料理の準備もはじめていきます。
 小さな厨房の中を忙しく動き回っていく私ですが、ここで1年以上調理を続けているものですから、体が厨房の構造を覚えている感じです。
 
 ……不思議ですね

 私が元いた世界で営業していた居酒屋酒話での調理経験の方が長いのですが……居酒屋さわこさんの厨房の方が体にしっくり来ている感じがします。
 でも……それは、私だけの力ではないような気がしています。

 お店の中に視線を向けると……

 来店されるお客さん用のお燗の様子を確認しているエミリア。
 大皿料理と、取り皿をチェックしているリンシンさん。
 ドルーさん達が退屈しないように、同席してお酒を勧めているバテアさん。
 お店の奥で歌う準備をしているミリーネアさん。

 そして、臨時バイトとしてお手伝いに来てくださっているマリーさんや、ショコラ、それにお隣のツカーサさん達。

 そんな皆さんに支えられているからこそなのかもしれません。

 父が亡くなって以降、居酒屋酒話での私はいつも一人で頑張っていました。
 毎日必死に頑張っていたあの頃の私は、笑顔こそ浮かべていたのですが、心の中はいつもいっぱいいっぱいでした。

 ……でも

 今の私は、笑顔を浮かべながら心にも少し余裕があります。
 店員の皆様、お客の皆様の表情を、余裕を持って確認することが出来ているものですから……うまく言えないのですが、なんだかとっても楽しい気持ちで厨房に立てている気がしています。

 居酒屋酒話が閉店して、一度はあきらめた居酒屋でしたけど……皆様のおかげでこうして再び厨房に立つことが出来ているのです。
 そんな皆様への恩返しの気持ちも込めて、精一杯頑張らないと、と思っている次第です。

◇◇

「さぁ、お待たせしました!」

 焼き上がったばかりのタテガミライオンのお肉の塊がデーンとのっかったお皿をドルーさん達の席へ運んでいく私。

「おほぉ! 待ってました! いやぁ、こりゃあ美味そうじゃ! ええ匂いじゃのぉ」
「うわぁ……こ、こんな大きなお肉、はじめて見た!?」
「し、しかもこれ、全部あの超有名なタテガミライオンの肉なんでしょう!?」

 机の上においたお肉を、ドルーさんと、そのお弟子さん達が目を丸くしながら見つめておられます。
 このお肉の塊は、お客様に目で楽しんでいただくことを目的にしていますので、まず掴みはオッケーですね。

 思わずにっこり微笑んだ私。

「さぁ皆様、しっかり味わってくださいね」

 笑顔でお肉を取り分けていきます。
 お肉の塊は、塊の状態でお出ししていますけれども、縦横に切り分けてあります。
 それを、一切れずつ取り皿にとり分けて、それをドルーさん達に手渡していきます。
 
 そんな私の後方からは、串焼きが山盛りになっているお皿を運んできてくれているリンシンさん。
 茶碗蒸しがのっているトレーを手にしているマリーさんとショコラの姿がありました。

 出入り口が狭いので、私が皆さんから料理を受け取って、それを机の上に並べていきます。
 ……さて、これで全部ですね。

 後方のみんなが残っていないのを確認した私は、改めてドルーさん達へ向き直りました。
 
「さ、さわこ」

 そんな私に、バテアさんがグラスを手渡してくれました。
 グラスの中には、お肉のコースに合わせたお酒、純米酒の古鷹が入っています。
 お肉の脂分をすっきりさせてくれる辛口の美味しいお酒なんですよ。

「ありがとうございます、バテアさん」

 受け取ってグラスを掲げながら、私はドルーさん達を見回していきました。

「今夜は、居酒屋さわこさんで忘年会を開いて頂きまして、また、いつもご贔屓にしてくださいまして本当にありがとうございます。今夜は目一杯楽しんでいってくださいね。では、乾杯!」
「「「かんぱ~い!」」」

 私の合図に合わせて、ドルーさん達も一斉にグラスを掲げられました。
 元気な声と、料理の匂い、そして楽しげな笑顔。
 その全てを、お酒と一緒に飲み干していきます。

 この後も料理をする私ですけれども、皆さんと頂くこの一杯だけは辞められません。

「うむ、美味い酒じゃ! さすがはさわこの選んだ酒じゃわい。では、料理を頂くとするか」
「はい、俺もう我慢出来ません!」
「どれもすっごく美味しそうですぅ!」

 お酒を飲み干すなり、ドルーさん達は一斉に料理を口に運んでいかれました。

「んん!? こ、このタテガミライオンの塊肉、こんなに厚切りになっているのに、とろけるようにかみ切れるではないか……しかも、噛む度に肉汁が口の中に広がって……ううむ、これはたまらん!」

 私が取り分けたお肉をあっという間に平らげたドルーさんは、はやくも二枚目を自ら取り分けておられます。

「このお肉もですけど、やっぱり串焼き最高です」
「うんうん、居酒屋さわこさんといえば、この串焼きだもんね」

 お弟子さん達は、塊肉と串焼きを交互に口に運びながら、嬉しそうな声をあげておられます。
 そのお姿を拝見していると、私も嬉しくなってしまいます。

 ドルーさん達はお肉に夢中ですので、茶碗蒸しに手を付けられるのはもう少ししてからになりそうですね。

 厨房に戻った私は、クッカドウゥドルのお肉のつくねのおろしポン酢と、マウントボアのお肉入り豚汁風うどんの準備をはじめました。
 タテガミライオンのお肉をしっかり召し上がられたタイミングを見計らって、趣向を変えてお出しする予定にしているこの2品なのですが……

「……さわこ……あの……うどん、もらえないかな?」
「あら、どうしたんですかリンシンさん」
「……あの、ほら……ドルー達が早く来ちゃったから……」

 そうでした。
 リンシンさんは、いつもお仕事を手伝ってくださる前に、一度しっかりご飯を食べられるんです。
 そうしないと、大食漢のリンシンさんは料理の匂いに誘われてしまって、お仕事にならなくなってしまうんですよね。

 早速、寸胴のお鍋からお椀に豚汁をよそった私は、その中にゆであがったばかりのおうどんを投入していきます。
 お椀は、リンシンさん専用の物でして、普通のうどんの器の3倍近い大きさです。

「はい、リンシンさん」

 私が、両手で抱えるようにしておうどんをお渡しすると、リンシンさんはそのお椀を片手で軽々と手に取られまして、

「……うん、すごく美味しそう……いただきます」

 お椀に向かって一礼してから、それをすごい勢いで口に運んでいかれました。

 ずぞぞぞぞ……
 ずぞぞぞぞ……

 時間にして……そうですね、1分少々といったところでしょうか。

「……ぷはぁ……ごちそうさま」

 あっという間に、3杯分は入っていたおうどんを平らげてしまったリンシンさん。
 口の周りを舌で舐めながら、両手を合わせて一礼されました。
 その無邪気な笑顔を拝見していると、私まで嬉しくなってしまいます。

「はい、お粗末様でした」

 さぁ、これでリンシンさんも元気になられましたし、私も料理を頑張りませんと。


ーつづく


 
 



 

 
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