異世界居酒屋さわこさん細腕繁盛記

鬼ノ城ミヤ(天邪鬼ミヤ)

文字の大きさ
上 下
329 / 343
連載

さわこさんと、冬来たりなば その2

しおりを挟む
 今朝も、バテア青空市は朝早くから多くのお客さんで賑わいました。

 ここバテア青空市は、バテアさんが偶然発見した異世界『さわこの森』で、植物学者のアミリアさんが運営している農場で採れたアミリア米や野菜などを卸売りしているんです。
 基本的には中級酒場組合に加盟されている酒場の皆様に販売させていただいているのですが、最近ではご近所の皆様にも販売させて頂いております。
 そんな皆様に少しでも暖まって頂こうと、冬の間はだるまストーブを出しまして、その上で暖かいものを作って振る舞わせて頂いている次第です。

「はぁ、今日もいいお買い物が出来たわ」

 お鍋をお玉でかき混ぜていると、ツカーサさんが笑顔で駆け寄ってこられました。
 手下げ鞄はお野菜でいっぱいになっています。
 だるまストーブに両手を向け、

「はぁ、ほんとこのだるまストーブって暖かくていいわねぇ」
「喜んで頂けて光栄です」

 笑顔のツカーサさんににっこり笑顔を返した私は、お椀に酒粕入りの豚汁をよそっていきました。

「さ、これで体の中も暖かくなさってくださいな」
「わぁ、ありがと~さわこ。お野菜のお買い物もだけど、こうして美味しい物を食べさせてもらえるのもとっても楽しみなのよねぇ」

 満面の笑みを浮かべながら、お椀を手に取るツカーサさん。
 そんなツカーサさんの背後から、中級酒場組合の組合長ジュチさんが歩み寄ってこられました。

「ちょっと、ツカーサはさわこの店で新製品の試作が出来る度に食べに行っているって聞いているわよ。こんな時くらいアタシ達に優先権を譲りなさいって」
「べー。それはそれ、これはこれなのよ!」

 豚汁の入ったお椀を背後に隠しながら、あっかんべぇ、と舌を出すツカーサさん。
 そんなツカーサさんを、ジュチさんは苦笑しながら見つめていました。

「まったく、ほんとツカーサには困ったもんだなぁ……まぁ、そんなわけで、さわこ、アタシにも豚汁を一杯くれるかい?」
 
 私の元ににじり寄ってこようとなさったジュチさんなのですが……私とジュチさんの間に、エミリアがズイッと割り込んできました。

「何が『そんなわけで』なのか理解出来ませんが……はい、豚汁です。プリーズ」
「あぁ……いや、その……アタシはさわこから直接受け取りたかったんだけどぉ……」
「バテアさんから、ジュチさんがさわこにちょっかいを出さないようにしっかりガードするよう仰せつかっておりますので、そこは譲れません」


 いつものように、冷静沈着な表情のエミリア。
 その姿に、完全に気圧されてしまったジュチさんは、

「……あ、そ、そうですか……は、はい……」

 しゅんとなりながら、エミリアから豚汁を受け取っておられました。

◇◇

 あっという間に、だるまストーブの周囲は買い物を終えた中級酒場組合の皆さんでいっぱいになりました。

「あぁ、ホントにこのだるまストーブはあったかいわぁ」
「それに、この豚汁も美味しい!」

 皆さん、そんな事を口になさりながら笑顔を浮かべておられます。
 この料理はあくまでもサービス品ということを、皆様わかってくださっているものですから、お替わりを言ってこられる方はおられません。
 私的には、追加をまたつくれば、と思っているのですが、

『さわこさんがアタシ達のためにサービスで提供してくれているんだもの、お替わりまでしちゃあ罰が当たるわよ』

 皆さん、笑顔でそう言ってくださるんです。

「さわこさん、この豚汁って夜のお店にも出るの?」
「はい、お出しいたします」
「わぁ、じゃあ夜また食べさせてもらうわね。すっごく楽しみ!」
「はい、私も楽しみにお待ちしております」

 だるまストーブの周囲に集まっておられる皆様と、そんな会話を交わしながら豚汁を配っていると、

「ただいまぁ~……あ~つっかれたぁ」

 バテアさんが、首を傾けながら姿を現しました。

「あ、バテアさん、雪溶かし作業お疲れ様でした」

 私が笑顔で頭を下げると、私の周囲に集まっておられた皆様も、一斉にバテアさんの周囲へ移動していかれました。

「バテアお疲れさま」
「いつもありがとう、バテア」
「肩でも揉もうか?」
「なら、アタシは腕でも」

 皆さん、笑顔でバテアさんを労っておられます。
 バテアさんのおかげで、雪に困らない生活を送れていることをわかっておられるからこそです。
 バテアさんは、そんな皆さんを手で押しとどめると、

「気持ちはありがたいけどさぁ……労ってくれるんなら、さわこの豚汁を食べさせてくれないかしらぁ?」

 疲れた笑顔を浮かべながら、私がかき混ぜているお鍋を指さすバテアさん。
 そんなバテアさんに笑顔を返した私は、

「はい、喜んで」

 お椀に、豚汁をよそっていきました。
 他も皆様より、少し大目にさせていただいたのですが……これくらいは許してもらえますよね。

「これこれ、これがあるから頑張れるのよ」

 そう言うと、バテアさんは私から受け取った豚汁をすごい勢いで食べ始めました。
 すると、その様子を見ていたウバシノンノさんが、

「うむ、となるとこれは、バテアだけでなく、さわこにも雪溶かし手当を支給してもらうように役場のヒーロ殿へしっかりと働きかけておかねばならないな、うん」

 うんうん、と何度も頷きながらそんなことを口になさいました。

「えぇ、そのとおりね」
「さわこがだるまストーブで料理をしてくれなかったら、バテアが雪溶かし作業をしてくれなくなるかもしれないとなると、トツノコンベにとって死活問題だし」
「こりゃ、しっかり言っておかないと」

 皆さん、口々にそんな事を言いながら笑い声をあげておられます。
 ですが、肝心なバテアさんはと言いますと……

「そんなことを言って……あんた達がさわこの料理を食べ続けたいから便乗してるんじゃないの?」
「うぐ、ばれてる……」
「あ、いや……一応バテアのことも考えてはいるんだよ……」
「もちろん、アタシ達もご相伴にあずかりたいのは当然だけどさ……」

 少し意地悪な笑顔を浮かべているバテアさん。
 そんなバテアさんを前にして、近くの皆さんはバツが悪そうな笑顔を浮かべておられました。

 今朝も、雪がいっぱいの辺境都市トツノコンベですが、街中の雪はすっかり消え去っていました。
 そんな中、皆さんの笑い声が響いていました。

◇◇

 その夜……

 今夜も居酒屋さわこさんは元気に営業を開始しております。

「……また雪が舞い始めた」

 お店の前に、暖簾と提灯を出してきてくださったリンシンさんが、手をこすり合わせながらだるまストーブに手を向けておられます。

 朝、バテア青空市で活躍してくれたこのだるまストーブですが、夜はお店の中を暖かくするのに活躍してくれているんです。

 室温調整魔石のおかげで、お店の中は温かくなってはいるのですが……お客さんが出入りなさいますとどうしても冷気が一度店内に入ってしまいます。
 その冷気を緩和する役目を、このだるまストーブは担ってくれているんです。

 それと、もうひとつ…… 

 だるまストーブの上にタライが置いてありまして、その中にお酒の入った徳利が並んでいます。
 これ、来店くださったお客様に、

『寒い中、お越しくださってありがとうございます』

 の気持ちをこめて、一杯サービスさせていただいているんです。
 これ、私の亡くなった父がやっていたのを真似させてもらっているのですが、とっても好評なんですよ。

 そんな店内に、お客さんが入ってこられました。

「ウェルカム、ヒーロ。さ、まずはお酒をサービスするわ」

 接客係のエミリアが、着物姿で店内に案内してくれたのは役場のヒーロさんでした。

「ありがとうエミリア。このサービスは本当にありがたいよ」

 体を震わせながらだるまストーブに両手を向けているヒーロさん。
 そんなヒーロさんに、エミリアが熱燗を入れたコップを差し出しました。

「おっと、飲む前に……」

 そう言うと、ヒーロさんは私へ視線を向けてこられました。

「さわこさん、これを受け取ってもらえるかな?」
「はい、なんでしょうか?」

 ヒーロさんが差し出されたのは、封筒のようでした。
 中に、何か入っているようですが……

「いえね、バテアが雪溶かし作業をしてくれている、その手助けをさわこさんがしてくれているって聞いてね、少なくて悪いけど報酬を……」
「は、はい!?」

 これって……あ、朝の、あの雑談の件ですよね。

「いえいえいえ困ります。あれは市場を利用しいてくださっている皆さんのためにさせていただいているだけですし、バテアさんの分を準備するのもそんなに苦にはなっていませんし……」
「まぁ、そう言わないで……受け取ってもらえないと、街のみんなから僕が悪くいわれるからさ」

 そう言っておられるヒーロさんは、どこか悪戯っぽい笑みを浮かべておられますので、本気で悪く言われるわけではないとは思うのですが……

「と、とにかくこういうのは困りますから」
「まぁ、気持ちと思ってさ」
「気持ちでも困る物は困ります」

 いつの間にか、そんな押し問答をはじめてしまった私とヒーロさん。
 このやり取りは、次のお客様がこられるまで続いてしましました。

 お気持ちはありがたいのですが……こういうのはお気持ちだけで……

ーつづく
しおりを挟む
感想 163

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

私に姉など居ませんが?

山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」 「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」 「ありがとう」 私は婚約者スティーブと結婚破棄した。 書類にサインをし、慰謝料も請求した。 「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。