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さわこさんと、秋の夜 その1
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ここ辺境都市トツノコンベは、こちらの世界の北方にあります。
そのため、夏もそんなに暑くはなりませんでしたし、その分冬はすっごく寒かったりします。
「最近、めっきり冷え込んできましたねぇ」
開店準備のために居酒屋さわこさんの店先を掃除していた私は、首筋を通り抜けていく風の冷たさに思わず身震いしてしまいました。
「そうねぇ、この間の雨の後、一気に寒さが増した感じよね」
窓を魔法で綺麗にしてくださっていたバテアさんも頷いておられます。
「お店の中は、バテアさんの温度調節魔石のおかげで快適な温度を保っていますけど、ご来店くださるお客様は温かい物を注文されることが多いかもしれませんね」
「そうねぇ、確かにそれはあり得るわね。お酒も燗を準備しといた方がいいかもね」
「はい、そうしましょう」
私とバテアさんは、そんな会話を交わしながら開店準備を進めていきました。
◇◇
ほどなくいたしまして、リンシンさんがいつものように店先に提灯を灯し、暖簾をかけてくださって居酒屋さわこさんの営業がはじまりました。
「う~、急に冷え込んで来たねぇ」
そんな言葉を口にしながら、本日最初にお店に来店くださったのは龍人のスーガさんでした。
エミリアの案内されてカウンター席へと座ったスーガさんは、
「さわこさん、何かあったかい物をお願い出来るかな」
そう言われました。
開店前に、バテアさんとお話していた通りの展開です。
「はい、今日は一人鍋を準備させて頂いてます。山で取れたきのこをふんだんに使ったきのこ鍋、里芋をメインにした芋煮鍋、ジャッケを使った石狩鍋あたりがお勧めですよ」
「お、じゃあ石狩鍋をもらおうかな。あ、あと、焼き鳥もお願い」
「はい、喜んで」
注文を頂いた私は、いつものように元気にお返事をして料理をはじめました。
まず、クッカドウゥドルの焼き鳥の串を炭火コンロにのせ、次に、一人鍋用の土鍋を魔石コンロの方へかけていきます。
お鍋にお出汁を入れて味付けし、具材を入れていきます。
「もう今年もジャッケの季節になったんだなぁ」
「はい、昨日ナカンコンベに仕入れに行きましたら、とれたてが入荷していましたので早速仕入れてきたんですよ」
「ってことは、もうじきここらの川にも遡上してくるんだなぁ……ジャッケって食べるのは良いけど、うるさいから……」
そう言って苦笑しているスーガさん。
そうなんですよね。
私の世界の鮭によく似ているこのジャッケなんですけど、こちらの世界のジャッケはちょっと違うといいますか……口がまるでトランペットのような形をしていまして、その先からけたたましい音を奏でながら川を遡上してくるんです。
その音で、自分達を食べようと集まってくる魔獣達を威嚇しているそうなんですけど……ジャッケの遡上が多い川は、その威嚇音のせいで耳が痛くなってしまうほどなんです。
ここトツノコンベの近くを流れている川も、ジャッケが遡上してくる川ですので……そうですね、あと半月もしないうちに、あの進軍ラッパのような大音響が聞こえはじめるんでしょうね。
「まぁまぁ、そのことは今は忘れて。さ、まずは一杯いかが?」
スーガさんの側へ歩みよったバテアさん。
その手には、燗したお銚子が握られています。
「お、いいね、暖かいお酒が飲みたかったんだ」
「これ、国稀(くにまれ)っていうお酒なんだけどね、辛口で鍋によく合うのよねぇ」
そう言って、スーガさんのコップにお酒を注いでいくバテアさん。
以前は私が料理に合わせてお酒をチョイスさせて頂いていたのですが、今のバテアさんは私がお教えさせていただいた内容をすっかり記憶なさっていまして、私が何も言わなくてもお客様が食べている料理に最適なお酒をお勧めしてくださっているんです。
「ほぉ、そりゃいいな」
そう言うと、早速コップのお酒を飲み干していくスーガさん。
「うん! これは美味い! 辛口だけどすっきりしてて美味しい酒だ。このお酒と一緒に鍋を食べるのが待ちきれないよ」
「はいはい、もう少しお待ちくださいな。もうすぐ出来ますので」
私の方を見つめてきたスーガさんに、苦笑を返す私。
「うむ、寒くなったね」
そんな中、ご来店くださったのはエルフのウバシノンノさんでした。
「ウェルカム、さぁ、どうぞこちらへ」
エミリアに案内されて、スーガさんの隣へと座っていくウバシノンノさん。
「お、そのお酒はなんなのかな?」
「あぁ、これですか? これはクニマレっていう辛口のお酒なんですよ、かなり美味しいですよ」
「ふむ……では、私もそれを頂くとしようか。さわこさん、この酒に合う料理もお願い出来るかな? 出来れば温かい物がありがたいのだが」
「では、スーガさんと同じジャッケの一人鍋と焼き鳥でいかがですか?」
「うむ、いいね。それでお願いしよう」
「はい、喜んで!」
ウバシノンノさんにお返事を返しながら、私は新たにお鍋と焼き鳥を用意していきました。
「はいはい、じゃあ料理が出来るまでの間は、お酒でつないでもらいましょうね」
そんなウバシノンノさんに、バテアさんがコップをお渡ししまして、すぐにお酒を注いでいかれます。
「うむ、そうだな。では頂くとしようか」
バテアさんがお酒を注いだコップを、ウバシノンノさんは一息に飲み干していかれました。
「うむ……うむ、これはいいな、この酒の辛口具合が口の中に、こう……」
「あはは、まぁたウバシノンノってば小難しい言葉でお酒の味を表現しようとしてぇ」
「いや、こんなに美味い酒なんだ、何かこう、いい言葉で表現したいではないか……」
「そんな事を考えなくても、美味しい物は美味しいでいいじゃない」
「う、うむ……まぁ、確かにそうなのだが……」
ウバシノンノさんも、バテアさんの前ではタジタジですね。
いつも思慮深いウバシノンノさんなのですが、バテアさんの陽気な言葉に遮られてしまっている感じです。
でも、どこか楽しそうでもあるんですよね。
「ラララ~♪ 美味しいお酒に言葉はいらない~♪」
お店の隅で、小型のハープを構えていた吟遊詩人のミリーネアさんが歌を歌い始めました。
「そうそう! ミリーネアってばいい歌、歌うじゃん! そういうことよウバシノンノ」
「うむ、それもそうだな。では、この酒をしっかり堪能させてもらうとしようか」
ミリーネアさんの歌を聴きながら、笑顔を浮かべているウバシノンノさんとバテアさん。
すると、再びお店の扉が開きました。
「お、ウバシノンノにスーガがもう来ておったのか」
「ちぇ、一番乗りを逃しちゃったわね」
そう言いながらお店に入ってこられたのは、ドワーフのドルーさんと冒険者のジュチさんでした。
ドルーさんの後方には大工のお弟子さん達が続いていますので、大人数のお客様のご来店です。
そんなドルーさん達のご来店を皮切りに、
「さわこ~、今日も来たわよ」
「さわこさん、お邪魔しますね」
ツカーサさんや、役場のヒーロさん、それに役場のヒーロさんの部下の方々や冒険者の方々などが続々とご来店くださいまして、居酒屋さわこさんの店内はあっという間に席が埋まっていきました。
「大変大変、早く料理を作ってしまわないと」
その光景を見つめながら、私は慌てて手を動かしていきました。
でも、言葉とは裏腹に、顔は笑顔でいっぱいです。
やっぱり、こうして店内がお客様でいっぱいになると、嬉しいですもの。
さぁ、今夜も頑張ります!
ーつづく
そのため、夏もそんなに暑くはなりませんでしたし、その分冬はすっごく寒かったりします。
「最近、めっきり冷え込んできましたねぇ」
開店準備のために居酒屋さわこさんの店先を掃除していた私は、首筋を通り抜けていく風の冷たさに思わず身震いしてしまいました。
「そうねぇ、この間の雨の後、一気に寒さが増した感じよね」
窓を魔法で綺麗にしてくださっていたバテアさんも頷いておられます。
「お店の中は、バテアさんの温度調節魔石のおかげで快適な温度を保っていますけど、ご来店くださるお客様は温かい物を注文されることが多いかもしれませんね」
「そうねぇ、確かにそれはあり得るわね。お酒も燗を準備しといた方がいいかもね」
「はい、そうしましょう」
私とバテアさんは、そんな会話を交わしながら開店準備を進めていきました。
◇◇
ほどなくいたしまして、リンシンさんがいつものように店先に提灯を灯し、暖簾をかけてくださって居酒屋さわこさんの営業がはじまりました。
「う~、急に冷え込んで来たねぇ」
そんな言葉を口にしながら、本日最初にお店に来店くださったのは龍人のスーガさんでした。
エミリアの案内されてカウンター席へと座ったスーガさんは、
「さわこさん、何かあったかい物をお願い出来るかな」
そう言われました。
開店前に、バテアさんとお話していた通りの展開です。
「はい、今日は一人鍋を準備させて頂いてます。山で取れたきのこをふんだんに使ったきのこ鍋、里芋をメインにした芋煮鍋、ジャッケを使った石狩鍋あたりがお勧めですよ」
「お、じゃあ石狩鍋をもらおうかな。あ、あと、焼き鳥もお願い」
「はい、喜んで」
注文を頂いた私は、いつものように元気にお返事をして料理をはじめました。
まず、クッカドウゥドルの焼き鳥の串を炭火コンロにのせ、次に、一人鍋用の土鍋を魔石コンロの方へかけていきます。
お鍋にお出汁を入れて味付けし、具材を入れていきます。
「もう今年もジャッケの季節になったんだなぁ」
「はい、昨日ナカンコンベに仕入れに行きましたら、とれたてが入荷していましたので早速仕入れてきたんですよ」
「ってことは、もうじきここらの川にも遡上してくるんだなぁ……ジャッケって食べるのは良いけど、うるさいから……」
そう言って苦笑しているスーガさん。
そうなんですよね。
私の世界の鮭によく似ているこのジャッケなんですけど、こちらの世界のジャッケはちょっと違うといいますか……口がまるでトランペットのような形をしていまして、その先からけたたましい音を奏でながら川を遡上してくるんです。
その音で、自分達を食べようと集まってくる魔獣達を威嚇しているそうなんですけど……ジャッケの遡上が多い川は、その威嚇音のせいで耳が痛くなってしまうほどなんです。
ここトツノコンベの近くを流れている川も、ジャッケが遡上してくる川ですので……そうですね、あと半月もしないうちに、あの進軍ラッパのような大音響が聞こえはじめるんでしょうね。
「まぁまぁ、そのことは今は忘れて。さ、まずは一杯いかが?」
スーガさんの側へ歩みよったバテアさん。
その手には、燗したお銚子が握られています。
「お、いいね、暖かいお酒が飲みたかったんだ」
「これ、国稀(くにまれ)っていうお酒なんだけどね、辛口で鍋によく合うのよねぇ」
そう言って、スーガさんのコップにお酒を注いでいくバテアさん。
以前は私が料理に合わせてお酒をチョイスさせて頂いていたのですが、今のバテアさんは私がお教えさせていただいた内容をすっかり記憶なさっていまして、私が何も言わなくてもお客様が食べている料理に最適なお酒をお勧めしてくださっているんです。
「ほぉ、そりゃいいな」
そう言うと、早速コップのお酒を飲み干していくスーガさん。
「うん! これは美味い! 辛口だけどすっきりしてて美味しい酒だ。このお酒と一緒に鍋を食べるのが待ちきれないよ」
「はいはい、もう少しお待ちくださいな。もうすぐ出来ますので」
私の方を見つめてきたスーガさんに、苦笑を返す私。
「うむ、寒くなったね」
そんな中、ご来店くださったのはエルフのウバシノンノさんでした。
「ウェルカム、さぁ、どうぞこちらへ」
エミリアに案内されて、スーガさんの隣へと座っていくウバシノンノさん。
「お、そのお酒はなんなのかな?」
「あぁ、これですか? これはクニマレっていう辛口のお酒なんですよ、かなり美味しいですよ」
「ふむ……では、私もそれを頂くとしようか。さわこさん、この酒に合う料理もお願い出来るかな? 出来れば温かい物がありがたいのだが」
「では、スーガさんと同じジャッケの一人鍋と焼き鳥でいかがですか?」
「うむ、いいね。それでお願いしよう」
「はい、喜んで!」
ウバシノンノさんにお返事を返しながら、私は新たにお鍋と焼き鳥を用意していきました。
「はいはい、じゃあ料理が出来るまでの間は、お酒でつないでもらいましょうね」
そんなウバシノンノさんに、バテアさんがコップをお渡ししまして、すぐにお酒を注いでいかれます。
「うむ、そうだな。では頂くとしようか」
バテアさんがお酒を注いだコップを、ウバシノンノさんは一息に飲み干していかれました。
「うむ……うむ、これはいいな、この酒の辛口具合が口の中に、こう……」
「あはは、まぁたウバシノンノってば小難しい言葉でお酒の味を表現しようとしてぇ」
「いや、こんなに美味い酒なんだ、何かこう、いい言葉で表現したいではないか……」
「そんな事を考えなくても、美味しい物は美味しいでいいじゃない」
「う、うむ……まぁ、確かにそうなのだが……」
ウバシノンノさんも、バテアさんの前ではタジタジですね。
いつも思慮深いウバシノンノさんなのですが、バテアさんの陽気な言葉に遮られてしまっている感じです。
でも、どこか楽しそうでもあるんですよね。
「ラララ~♪ 美味しいお酒に言葉はいらない~♪」
お店の隅で、小型のハープを構えていた吟遊詩人のミリーネアさんが歌を歌い始めました。
「そうそう! ミリーネアってばいい歌、歌うじゃん! そういうことよウバシノンノ」
「うむ、それもそうだな。では、この酒をしっかり堪能させてもらうとしようか」
ミリーネアさんの歌を聴きながら、笑顔を浮かべているウバシノンノさんとバテアさん。
すると、再びお店の扉が開きました。
「お、ウバシノンノにスーガがもう来ておったのか」
「ちぇ、一番乗りを逃しちゃったわね」
そう言いながらお店に入ってこられたのは、ドワーフのドルーさんと冒険者のジュチさんでした。
ドルーさんの後方には大工のお弟子さん達が続いていますので、大人数のお客様のご来店です。
そんなドルーさん達のご来店を皮切りに、
「さわこ~、今日も来たわよ」
「さわこさん、お邪魔しますね」
ツカーサさんや、役場のヒーロさん、それに役場のヒーロさんの部下の方々や冒険者の方々などが続々とご来店くださいまして、居酒屋さわこさんの店内はあっという間に席が埋まっていきました。
「大変大変、早く料理を作ってしまわないと」
その光景を見つめながら、私は慌てて手を動かしていきました。
でも、言葉とは裏腹に、顔は笑顔でいっぱいです。
やっぱり、こうして店内がお客様でいっぱいになると、嬉しいですもの。
さぁ、今夜も頑張ります!
ーつづく
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