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連載
さわこさんと、秋の森の収穫 その3
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居酒屋さわこさんでは、秋の味覚マルツタケが人気になっています。
それを収穫してくれているのは白銀狐のみなさんです。
もっとも、白銀狐の皆さんの中で、人型に変化出来るのはシロだけのようなんです。
ですが、私達の言葉は理解出来るようでして、山の幸の収穫をお願いあせていただくと、毎朝たくさん収穫してきてくださいます。
そのお礼として、私が白銀狐の皆さんに食事を振る舞わせていただいているんです。
本来、白銀狐の皆さんは、夏になると北方の涼しい地方へ移動していくのが常なのですが、バテアさんが森に面しているバテア青空市の一角を冷製魔法石で涼しい状態に保ってくださっていまして、暑い夏の間はそこで快適に過ごしておられたんです。
そして、まだ涼しい夜明け前に、山に入って山野草などを収穫してきてくれていたんです。
おかげで、居酒屋さわこさんでお出ししている料理の野菜類を、地産地消、季節の素材でまかなえているんです。
アミリアさんの農場からも季節のお野菜の収穫が毎日届けられているんですけど、農場での大量生産が難しいマルツタケなんかは、白銀狐の皆さんのおかげで、お店で安く提供出来ています。
そんな中……今朝の私は、いつもより早起きをして、白銀狐の皆さんと一緒に山の中へ出かけています。
「リンシンさん、それに白銀狐の皆さん、よろしくお願いします」
山道を進みながら笑顔で頭を下げる私。
「……大丈夫、最近は危険な魔獣もいないから」
リンシンさんは、笑顔で頷いてくださいました。
その手には、真新しい武器が握られています。
これ、先日辺境都市ナカンコンベへ出向いた際に、ルア工房というお店で注文なさっていたリンシンさんの新しい武器なんです。
昨日、バテアさんの転移魔法で一緒にナカンコンベへ出向かれて、取りにいかれたばかりなんです。
そのせいでしょうか、今朝のリンシンさんはいつも以上に楽しそうです。
そんなリンシンさんの気持ちが伝わっているのでしょう、その横に寄り添って歩いているシロもとっても楽しそうに微笑んでいます。
シロは朝に強いのですが……ベルやエンジェさん、ロッコさん達は朝がとっても弱いんです……そのため、今朝の山行きも、
『絶対行きたいニャ! 絶対起こしてニャ!』
って、ベルからも言われていたんですけれども……いくら揺り起こしても、まったく目を覚ましてくれなかった次第でして……
◇◇
しばらく山を登っていくと……
「あ、あの辺りですね」
見覚えのある光景を前にして、私は笑顔になりました。
この辺りには昨年も来たことがあるんです。
私の世界でも見た覚えのある木がたくさん生えているんですけれども……白銀狐の皆さんはそれ以上進むのを嫌がっていまして、その足を止めてしまいました。
いえいえ、それも仕方ないんです。
ここより先の森の中には、たくさん生えている木から落ちた実が散乱していますので、素足の白銀狐の皆さんにはちょっと危ないといいますか……
白銀狐の皆さんから少し離れて前に進んでいくと……
「あ、ありましたありました」
地面には私のお目当ての品がたくさん転がっていました。
イガイガの外皮に包まれているたくさんの実……はい、私の世界の栗によく似たバックリンです。
このバックリンなのですが、私の世界の栗よりも渋皮がとんでもなく渋いものですから、こちらの世界の魔獣達も食べようとしないそうでして、大量に残っているんです。
そのバックリンを足で踏んで、その実を左右に開いていきます。
その実の中には、栗によく煮ているバックリンの実が詰まっています。
それを、持参してきた火バサミで取り出して、背負っている籠に入れていきます。
私がバックリンを収穫している間、白銀狐の皆さんは周辺の森へ入っていきました。
そこで、マルツタケをはじめとした秋の味覚を採取してくださるわけです。
リンシンさんとシロは、私の様子を見よう見まねしながらバックリンの収穫を手伝ってくれています。
「……これ、渋い」
「……うん、でもねさわこが料理すると、渋くなくなるんだ」
「……ホント!?」
リンシンさんの言葉に目を丸くしているシロ。
その視線が私へと注がれています。
これは、気合いを入れて料理して、シロにバックリンを満喫してもらわないといけませんね。
それから1時間近く……私達はバックリンを籠一杯に収穫していきました。
◇◇
家に帰ると、ベルが私達を出迎えてくれました。
「さーちゃん……ごめんニャ……ベル、起きれなかったニャ……」
シュンとしているベル。
私と一緒に森に行くのを楽しみにしていたみたいです。
その後方には、ベルと同じようにシュンとしているエンジェさんとロッサさんの姿があります。
「最近は、危険な魔獣はいないみたいですから、今度は今くらいの時間からみんなで山に行ってみましょう」
「ニャ! その時は絶対に起きるニャ!」
「えぇ、私もよさわこ!」
「妾も絶対に起きて見せるのじゃ!」
私の言葉に、ベル・エンジェさん・ロッサさんは笑顔で頷きました。
みんなと一緒にお店の中へと入った私は、収穫してきたばかりのバックリンの実を早速調理していきました。
まずは、アク抜きです。
洗ったバックリンを熱湯で1時間ほどつけ、鬼皮が柔らかくなってから包丁で剥いていきます。
ベル達もお手伝いをしたがったのですが、子供達に包丁を持たせるのは気が引けますので
『今度収穫する際に頑張ってね』
と言って納得してもらいました。
渋皮まで剥いて、それから水につけていきます。
私の世界の栗であれば2,3時間もつけておけばアクが抜けるのですが、こちらの世界のバックリンは一晩は水につけておかないとアクの渋みが抜けないんです。
間に何度か水も変えないといけません。
味わえるのは明日になりますので、ベル達にはいつものように猫集会へ遊びに行ってもらいました。
子供達はやっぱり元気に外で遊んでいる姿が一番ですね。
ベル達を見送った私は、
「さて、バックリンの下ごしらえは終わったし、今度は今夜の料理の下ごしらえをしないといけませんね」
改めて居酒屋さわこさんの調理場へと移動していきました。
◇◇
翌日……
最近お馴染みになったマルツタケの匂いに混じって、今夜はバックリンの匂いも店内に充満しています。
「はい、今夜はバックリンご飯がありますよ」
厨房で私が声をあげると、
「お、今年もはじまったんだね」
「早速もらおうかな」
「こっちにも頼むよ、さわこさん」
そんな声が店内のあちこちから聞こえてきました。
その声を、カウンター席に座っているベル達が笑顔で聞いています。
「ニャ! ベル達が頑張って収穫してきたバックリンニャ!」
「みんなに喜んでもらえて嬉しいわ!」
「うむ、今日は頑張ったからのぉ」
ベル・エンジェさん・ロッサさんは嬉しそうに微笑みながら言葉を交わしています。
その横で、シロも笑顔を浮かべています。
4人は、晩ご飯をここで食べていたんですけど、みんなの手にはバックリンご飯がよそってあるお茶碗が握られています。
そのバックリンご飯を、4人は笑顔で口に運んでいます。
「ニャ! 自分達で収穫したバックリンはやっぱり美味しいニャ!」
ベルは、笑顔でそう言っているのですが……ベル達が今朝収穫してくれたバックリンが食べられるようになるのは明日なんです……今、みんなが食べているのは、昨日私・リンシンさん・シロの3人で収穫したバックリンなんですけど……
「えぇ、みんなのおかげでバックリンご飯がいっそう美味しくなっています。ありがとう」
私は、ベル達に笑顔でお礼を言いました。
1日早いお礼です。
そんな私の笑顔を見つめながら、ベル達もとっても嬉しそうです。
「さぁ、バックリンご飯にはこのお酒よ、いっぱい食べて、いっぱい飲んでよね」
バックリンご飯を注文なさったお客様の元に、バテアさんが歩み寄っていかれています。
その手には、菊泉のさけ武蔵吟醸生原酒の瓶が握られています。
フルーティさと後味のキレ具合がとってもよくて、バックリンと一緒に食べるとバックリンの味を引き立ててくれるんです。
さぁ、バテアさんがお酒をお勧めしてくださっているわけですからね、バックリンご飯の準備も急ぎませんと。
私は、笑顔でバックリンご飯を土鍋からよそっていきました。
炭火コンロの上では、マルツタケの土瓶蒸しがクツクツといい音をたてています。
今夜の居酒屋さわこさんには、秋の匂いがいっぱいです。
ーつづく
それを収穫してくれているのは白銀狐のみなさんです。
もっとも、白銀狐の皆さんの中で、人型に変化出来るのはシロだけのようなんです。
ですが、私達の言葉は理解出来るようでして、山の幸の収穫をお願いあせていただくと、毎朝たくさん収穫してきてくださいます。
そのお礼として、私が白銀狐の皆さんに食事を振る舞わせていただいているんです。
本来、白銀狐の皆さんは、夏になると北方の涼しい地方へ移動していくのが常なのですが、バテアさんが森に面しているバテア青空市の一角を冷製魔法石で涼しい状態に保ってくださっていまして、暑い夏の間はそこで快適に過ごしておられたんです。
そして、まだ涼しい夜明け前に、山に入って山野草などを収穫してきてくれていたんです。
おかげで、居酒屋さわこさんでお出ししている料理の野菜類を、地産地消、季節の素材でまかなえているんです。
アミリアさんの農場からも季節のお野菜の収穫が毎日届けられているんですけど、農場での大量生産が難しいマルツタケなんかは、白銀狐の皆さんのおかげで、お店で安く提供出来ています。
そんな中……今朝の私は、いつもより早起きをして、白銀狐の皆さんと一緒に山の中へ出かけています。
「リンシンさん、それに白銀狐の皆さん、よろしくお願いします」
山道を進みながら笑顔で頭を下げる私。
「……大丈夫、最近は危険な魔獣もいないから」
リンシンさんは、笑顔で頷いてくださいました。
その手には、真新しい武器が握られています。
これ、先日辺境都市ナカンコンベへ出向いた際に、ルア工房というお店で注文なさっていたリンシンさんの新しい武器なんです。
昨日、バテアさんの転移魔法で一緒にナカンコンベへ出向かれて、取りにいかれたばかりなんです。
そのせいでしょうか、今朝のリンシンさんはいつも以上に楽しそうです。
そんなリンシンさんの気持ちが伝わっているのでしょう、その横に寄り添って歩いているシロもとっても楽しそうに微笑んでいます。
シロは朝に強いのですが……ベルやエンジェさん、ロッコさん達は朝がとっても弱いんです……そのため、今朝の山行きも、
『絶対行きたいニャ! 絶対起こしてニャ!』
って、ベルからも言われていたんですけれども……いくら揺り起こしても、まったく目を覚ましてくれなかった次第でして……
◇◇
しばらく山を登っていくと……
「あ、あの辺りですね」
見覚えのある光景を前にして、私は笑顔になりました。
この辺りには昨年も来たことがあるんです。
私の世界でも見た覚えのある木がたくさん生えているんですけれども……白銀狐の皆さんはそれ以上進むのを嫌がっていまして、その足を止めてしまいました。
いえいえ、それも仕方ないんです。
ここより先の森の中には、たくさん生えている木から落ちた実が散乱していますので、素足の白銀狐の皆さんにはちょっと危ないといいますか……
白銀狐の皆さんから少し離れて前に進んでいくと……
「あ、ありましたありました」
地面には私のお目当ての品がたくさん転がっていました。
イガイガの外皮に包まれているたくさんの実……はい、私の世界の栗によく似たバックリンです。
このバックリンなのですが、私の世界の栗よりも渋皮がとんでもなく渋いものですから、こちらの世界の魔獣達も食べようとしないそうでして、大量に残っているんです。
そのバックリンを足で踏んで、その実を左右に開いていきます。
その実の中には、栗によく煮ているバックリンの実が詰まっています。
それを、持参してきた火バサミで取り出して、背負っている籠に入れていきます。
私がバックリンを収穫している間、白銀狐の皆さんは周辺の森へ入っていきました。
そこで、マルツタケをはじめとした秋の味覚を採取してくださるわけです。
リンシンさんとシロは、私の様子を見よう見まねしながらバックリンの収穫を手伝ってくれています。
「……これ、渋い」
「……うん、でもねさわこが料理すると、渋くなくなるんだ」
「……ホント!?」
リンシンさんの言葉に目を丸くしているシロ。
その視線が私へと注がれています。
これは、気合いを入れて料理して、シロにバックリンを満喫してもらわないといけませんね。
それから1時間近く……私達はバックリンを籠一杯に収穫していきました。
◇◇
家に帰ると、ベルが私達を出迎えてくれました。
「さーちゃん……ごめんニャ……ベル、起きれなかったニャ……」
シュンとしているベル。
私と一緒に森に行くのを楽しみにしていたみたいです。
その後方には、ベルと同じようにシュンとしているエンジェさんとロッサさんの姿があります。
「最近は、危険な魔獣はいないみたいですから、今度は今くらいの時間からみんなで山に行ってみましょう」
「ニャ! その時は絶対に起きるニャ!」
「えぇ、私もよさわこ!」
「妾も絶対に起きて見せるのじゃ!」
私の言葉に、ベル・エンジェさん・ロッサさんは笑顔で頷きました。
みんなと一緒にお店の中へと入った私は、収穫してきたばかりのバックリンの実を早速調理していきました。
まずは、アク抜きです。
洗ったバックリンを熱湯で1時間ほどつけ、鬼皮が柔らかくなってから包丁で剥いていきます。
ベル達もお手伝いをしたがったのですが、子供達に包丁を持たせるのは気が引けますので
『今度収穫する際に頑張ってね』
と言って納得してもらいました。
渋皮まで剥いて、それから水につけていきます。
私の世界の栗であれば2,3時間もつけておけばアクが抜けるのですが、こちらの世界のバックリンは一晩は水につけておかないとアクの渋みが抜けないんです。
間に何度か水も変えないといけません。
味わえるのは明日になりますので、ベル達にはいつものように猫集会へ遊びに行ってもらいました。
子供達はやっぱり元気に外で遊んでいる姿が一番ですね。
ベル達を見送った私は、
「さて、バックリンの下ごしらえは終わったし、今度は今夜の料理の下ごしらえをしないといけませんね」
改めて居酒屋さわこさんの調理場へと移動していきました。
◇◇
翌日……
最近お馴染みになったマルツタケの匂いに混じって、今夜はバックリンの匂いも店内に充満しています。
「はい、今夜はバックリンご飯がありますよ」
厨房で私が声をあげると、
「お、今年もはじまったんだね」
「早速もらおうかな」
「こっちにも頼むよ、さわこさん」
そんな声が店内のあちこちから聞こえてきました。
その声を、カウンター席に座っているベル達が笑顔で聞いています。
「ニャ! ベル達が頑張って収穫してきたバックリンニャ!」
「みんなに喜んでもらえて嬉しいわ!」
「うむ、今日は頑張ったからのぉ」
ベル・エンジェさん・ロッサさんは嬉しそうに微笑みながら言葉を交わしています。
その横で、シロも笑顔を浮かべています。
4人は、晩ご飯をここで食べていたんですけど、みんなの手にはバックリンご飯がよそってあるお茶碗が握られています。
そのバックリンご飯を、4人は笑顔で口に運んでいます。
「ニャ! 自分達で収穫したバックリンはやっぱり美味しいニャ!」
ベルは、笑顔でそう言っているのですが……ベル達が今朝収穫してくれたバックリンが食べられるようになるのは明日なんです……今、みんなが食べているのは、昨日私・リンシンさん・シロの3人で収穫したバックリンなんですけど……
「えぇ、みんなのおかげでバックリンご飯がいっそう美味しくなっています。ありがとう」
私は、ベル達に笑顔でお礼を言いました。
1日早いお礼です。
そんな私の笑顔を見つめながら、ベル達もとっても嬉しそうです。
「さぁ、バックリンご飯にはこのお酒よ、いっぱい食べて、いっぱい飲んでよね」
バックリンご飯を注文なさったお客様の元に、バテアさんが歩み寄っていかれています。
その手には、菊泉のさけ武蔵吟醸生原酒の瓶が握られています。
フルーティさと後味のキレ具合がとってもよくて、バックリンと一緒に食べるとバックリンの味を引き立ててくれるんです。
さぁ、バテアさんがお酒をお勧めしてくださっているわけですからね、バックリンご飯の準備も急ぎませんと。
私は、笑顔でバックリンご飯を土鍋からよそっていきました。
炭火コンロの上では、マルツタケの土瓶蒸しがクツクツといい音をたてています。
今夜の居酒屋さわこさんには、秋の匂いがいっぱいです。
ーつづく
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