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連載
さわこさんと、夏祭り その3
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夏祭りが開催されている辺境都市トツノコンベ。
いつもは、夜中に閉店する酒場が多いのですが、この期間はそんなお店の多くが朝方まで開店しているんです。
ただし
居酒屋さわこさんは、そこまでの営業はいたしません。
就業時間はいつもと同じで、深夜にはぴったり閉店しております。
お祭りの実行委員長をなさっている中級酒場組合長のジュチさんからは、
「なぁ、朝までやってくれとは言わないけどさぁ、もう少し長く営業してくれないかなぁ」
って、打診されてはいるのですが、
「私達は、少人数でのんびり楽しく経営しておりますのでご勘弁ください。その代わり営業中は街道に屋台も出していつもより頑張らせていただいておりますし、屋台の営業をお昼頃から行ったりしていますので……」
そう言ってご理解頂いている次第なんです。
実際、居酒屋さわこさんで働いてくださっている皆さんといいますと……
家主のバテアさん、リンシンさん、エミリアがメインのメンバーで、忙しい時には、ショコラやお向かいで喫茶店をしているマリーさんにお手伝いに来てもらっています。
ミリーネアさんもいますが、吟遊詩人のミリーネアさんは歌を歌うことがお仕事ですから、お店のお手伝いをお願いするわけにはいきません。
それに、ミリーネアさんの歌は、今では居酒屋さわこさんに欠かせない存在になっているんです。
ミリーネアさんの歌う歌は、声がとても澄んでいて綺麗なんです。
でも、それだけではないんです。
ミリーネアさんの歌声には、疲労回復や気分高揚といった魔法効果が含まれているんです。
ですから、居酒屋さわこさんにいらしたお客様は、店内で歌っているミリーネアさんのおかげで無意識のうちに元気になっているんですよ。
「……ボク達吟遊詩人の中には、パーティに入って歌で戦闘支援を行う人もいるし、その方がお金を稼げたりするのですが、ボクは戦闘行為が苦手なものですから……こうして、酒場の片隅をお借りして歌を歌っているのがとても楽しいんです……それに、この居酒屋さわこさんはとっても居心地がいいですので」
そう言って、にっこり笑ってくださるミリーネアさん。
「そう言って頂けると、私もとっても嬉しいです」
そんなミリーネアさんに、私も笑顔で頷きました。
ミリーネアさんは、夏祭りの間も日中は冒険者組合へ出向いて、この都市にやってきたばかりらしい冒険者の方に声をかけては、歌の題材になりそうな話がないか聞いて回られていまして、それが終わるとお店に戻ってこられまして、屋台の隣に座って歌を歌ってくださっています。
今日も、屋台で串焼きやかき氷を販売していると、
「……ただいま」
いつものように、大きなリュックサックを背負ったミリーネアさんが戻ってこられました。
その後方には、ベルやエンジェさんをはじめとした、猫集会に集まっている子供達が10人くらい続いています。
「お帰りなさい、ミリーネアさん。今日はベル達と一緒なんですね」
「……うん、みんなに歌を教えてあげていた」
私の言葉に、コクリと頷くミリーネアさん。
その後方で、ベルが元気に右手をあげました。
「ニャ! 公園で一緒にお歌を歌ったニャ! とっても楽しかったニャ!」
嬉しそうなベル。
その後方では、エンジェさんやシロ、ロッサさんをはじめとした猫集会のみんなも笑顔で頷いています。
そんな中、ミリーネアさんは少し困った表情をその顔に浮かべながら私を見つめてこられました。
「……あの、さわこ……みんなまだ歌いたいって言ってるんだけど……ここで一緒に歌ってもいい?」
「あぁ、そういうことでしたか。それでしたら全然問題ありませんよ」
「……うん、ありがとう、さわこ」
私の言葉に、安堵しながら頷くミリーネアさん。
その様子から察すると、ミリーネアさんも、ベル達と一緒に歌を歌いたかったようですね。
でも、この屋台で歌を歌ってくださる約束だったものですから……
そんなことを考えている私の横で、椅子に座ったミリーネアさん。
その周囲に、子供達も思い思いに座っていきます。
「……じゃ、さっきの歌をもう一回練習……」
「「「はい!」」」
子供達の元気な返事に、満足そうに頷いたミリーネアさん。
右手の人差し指でリズムを刻むと、
♪ 歩いていこう~ 緑の野原を~
いつもの透き通った歌声。
その声に、子供達の元気な声が重なっていきます。
最初は、たくさんの声がごちゃ混ぜになっているようにしか聞こえませんでした。
すると、ミリーネアさんが子供達を指さしていきます。
指さされた子供は、ミリーネアさんの指の動きをじっと見つめながら、その指が上に向くと声を大きく、下に向くと声を小さくしていきます。
そんな感じで、子供達一人一人の声のトーンを、歌いながら調整していくミリーネアさん。
気がつくと、歌が中盤を過ぎたあたりになると、その歌声は綺麗なハーモニーを奏で始めていたんです。
もちろん、ミリーネアさんの歌声に、子供達の歌声が叶うはずがありません。
でも、一生懸命、楽しそうに歌っている子供達の歌声を、ミリーネアさんの透き通った声が包み混んで、ひとつにまとめ上げているかのような……そんな感じを、聞く人に与えているんです。
気がつくと、ミリーネアさん達の周囲に、街道を行き来していた人達が集まりはじめていました。
「へぇ……なんだか楽しい歌声だね」
「聞いてると、思わず元気になれる歌だよ」
「もっと聞かせてちょうだい」
そんな声が、周囲からあがっていきます。
そんな皆さんの前で、ミリーネアさんを中心にした猫集会のみんなは気持ちよさそうに歌い続けています。
その光景を拝見していると、私までとっても楽しい気分になってきてしまいます。
歌が一曲終了すると、周囲に集まっていた皆さんが一斉に拍手をしいてくださいました。
すると、そんな皆様の前にバテアさんが歩み寄っていかれました。
「さ、楽しい歌には美味しい料理ってね、串焼きにかき氷、どっちも美味しいわよ。食べながら歌を聴いてはいかがかしら?」
「お、それもいいね」
「じゃあ、串焼きを3本ちょうだい」
「こっちにはカキゴオリをくださいな」
バテアさんの営業トークを受けて、お客様達から注文の声があがりました。
そんな皆様に、私も笑顔を向けていきまして、
「はい、喜んで!」
早速、串焼きとかき氷を準備していきました。
その間にも、ミリーネアさんと猫集会のみんなは次の歌の準備をしているようです。
そんな感じで、お昼の居酒屋さわこさんの屋台では、元気な歌が聞けると評判になっていったのは、言うまでもありません。
ーつづく
いつもは、夜中に閉店する酒場が多いのですが、この期間はそんなお店の多くが朝方まで開店しているんです。
ただし
居酒屋さわこさんは、そこまでの営業はいたしません。
就業時間はいつもと同じで、深夜にはぴったり閉店しております。
お祭りの実行委員長をなさっている中級酒場組合長のジュチさんからは、
「なぁ、朝までやってくれとは言わないけどさぁ、もう少し長く営業してくれないかなぁ」
って、打診されてはいるのですが、
「私達は、少人数でのんびり楽しく経営しておりますのでご勘弁ください。その代わり営業中は街道に屋台も出していつもより頑張らせていただいておりますし、屋台の営業をお昼頃から行ったりしていますので……」
そう言ってご理解頂いている次第なんです。
実際、居酒屋さわこさんで働いてくださっている皆さんといいますと……
家主のバテアさん、リンシンさん、エミリアがメインのメンバーで、忙しい時には、ショコラやお向かいで喫茶店をしているマリーさんにお手伝いに来てもらっています。
ミリーネアさんもいますが、吟遊詩人のミリーネアさんは歌を歌うことがお仕事ですから、お店のお手伝いをお願いするわけにはいきません。
それに、ミリーネアさんの歌は、今では居酒屋さわこさんに欠かせない存在になっているんです。
ミリーネアさんの歌う歌は、声がとても澄んでいて綺麗なんです。
でも、それだけではないんです。
ミリーネアさんの歌声には、疲労回復や気分高揚といった魔法効果が含まれているんです。
ですから、居酒屋さわこさんにいらしたお客様は、店内で歌っているミリーネアさんのおかげで無意識のうちに元気になっているんですよ。
「……ボク達吟遊詩人の中には、パーティに入って歌で戦闘支援を行う人もいるし、その方がお金を稼げたりするのですが、ボクは戦闘行為が苦手なものですから……こうして、酒場の片隅をお借りして歌を歌っているのがとても楽しいんです……それに、この居酒屋さわこさんはとっても居心地がいいですので」
そう言って、にっこり笑ってくださるミリーネアさん。
「そう言って頂けると、私もとっても嬉しいです」
そんなミリーネアさんに、私も笑顔で頷きました。
ミリーネアさんは、夏祭りの間も日中は冒険者組合へ出向いて、この都市にやってきたばかりらしい冒険者の方に声をかけては、歌の題材になりそうな話がないか聞いて回られていまして、それが終わるとお店に戻ってこられまして、屋台の隣に座って歌を歌ってくださっています。
今日も、屋台で串焼きやかき氷を販売していると、
「……ただいま」
いつものように、大きなリュックサックを背負ったミリーネアさんが戻ってこられました。
その後方には、ベルやエンジェさんをはじめとした、猫集会に集まっている子供達が10人くらい続いています。
「お帰りなさい、ミリーネアさん。今日はベル達と一緒なんですね」
「……うん、みんなに歌を教えてあげていた」
私の言葉に、コクリと頷くミリーネアさん。
その後方で、ベルが元気に右手をあげました。
「ニャ! 公園で一緒にお歌を歌ったニャ! とっても楽しかったニャ!」
嬉しそうなベル。
その後方では、エンジェさんやシロ、ロッサさんをはじめとした猫集会のみんなも笑顔で頷いています。
そんな中、ミリーネアさんは少し困った表情をその顔に浮かべながら私を見つめてこられました。
「……あの、さわこ……みんなまだ歌いたいって言ってるんだけど……ここで一緒に歌ってもいい?」
「あぁ、そういうことでしたか。それでしたら全然問題ありませんよ」
「……うん、ありがとう、さわこ」
私の言葉に、安堵しながら頷くミリーネアさん。
その様子から察すると、ミリーネアさんも、ベル達と一緒に歌を歌いたかったようですね。
でも、この屋台で歌を歌ってくださる約束だったものですから……
そんなことを考えている私の横で、椅子に座ったミリーネアさん。
その周囲に、子供達も思い思いに座っていきます。
「……じゃ、さっきの歌をもう一回練習……」
「「「はい!」」」
子供達の元気な返事に、満足そうに頷いたミリーネアさん。
右手の人差し指でリズムを刻むと、
♪ 歩いていこう~ 緑の野原を~
いつもの透き通った歌声。
その声に、子供達の元気な声が重なっていきます。
最初は、たくさんの声がごちゃ混ぜになっているようにしか聞こえませんでした。
すると、ミリーネアさんが子供達を指さしていきます。
指さされた子供は、ミリーネアさんの指の動きをじっと見つめながら、その指が上に向くと声を大きく、下に向くと声を小さくしていきます。
そんな感じで、子供達一人一人の声のトーンを、歌いながら調整していくミリーネアさん。
気がつくと、歌が中盤を過ぎたあたりになると、その歌声は綺麗なハーモニーを奏で始めていたんです。
もちろん、ミリーネアさんの歌声に、子供達の歌声が叶うはずがありません。
でも、一生懸命、楽しそうに歌っている子供達の歌声を、ミリーネアさんの透き通った声が包み混んで、ひとつにまとめ上げているかのような……そんな感じを、聞く人に与えているんです。
気がつくと、ミリーネアさん達の周囲に、街道を行き来していた人達が集まりはじめていました。
「へぇ……なんだか楽しい歌声だね」
「聞いてると、思わず元気になれる歌だよ」
「もっと聞かせてちょうだい」
そんな声が、周囲からあがっていきます。
そんな皆さんの前で、ミリーネアさんを中心にした猫集会のみんなは気持ちよさそうに歌い続けています。
その光景を拝見していると、私までとっても楽しい気分になってきてしまいます。
歌が一曲終了すると、周囲に集まっていた皆さんが一斉に拍手をしいてくださいました。
すると、そんな皆様の前にバテアさんが歩み寄っていかれました。
「さ、楽しい歌には美味しい料理ってね、串焼きにかき氷、どっちも美味しいわよ。食べながら歌を聴いてはいかがかしら?」
「お、それもいいね」
「じゃあ、串焼きを3本ちょうだい」
「こっちにはカキゴオリをくださいな」
バテアさんの営業トークを受けて、お客様達から注文の声があがりました。
そんな皆様に、私も笑顔を向けていきまして、
「はい、喜んで!」
早速、串焼きとかき氷を準備していきました。
その間にも、ミリーネアさんと猫集会のみんなは次の歌の準備をしているようです。
そんな感じで、お昼の居酒屋さわこさんの屋台では、元気な歌が聞けると評判になっていったのは、言うまでもありません。
ーつづく
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