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さわこさんと、夏祭り 序

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 七夕も終わり、居酒屋さわこさんの店先を賑やかにしてくれていた竹も姿を消しています。

「結構賑やかだったから、なくなるとちょっと違和感よねぇ」
「そうですね、入り口前で風にたなびいているのを見るだけで楽しくなれていましたから」

 私とバテアさんは、居酒屋さわこさんの店内から入り口の方を見つめながらそんな会話を交わしていました。
 そんな入り口をくぐって、中級酒場組合の組合長をなさっているジュチさんが店内に入ってきました。

「おや? さわこがお出迎えとは、こりゃ嬉しいね」

 満面の笑顔で私に向かって駆け寄ってこられるジュチさん。
 そんなジュチさんの前に、バテアさんが割り込んでいかれます。

「ちょっとちょっとぉ、アタシもいるんですけどぉ?」
「あ、いや……バテアは顔見知りだからっていうか、お呼びでないっていうか……」
「まったく……来て早々相変わらず失礼よねぇ」

 そんな会話を交わしながらも、お互いに笑いあっているジュチさんとバテアさん。
 気心のしれた友人同士ゆえの会話なのでしょうね。
 そういった様子を拝見していると、私までなんだか楽しい気持ちになれてしまいます。

「さわこ、これ」
「はい……あ、回覧板ですね」

 ジュチさんから受け取った板には、一枚の紙がはさんでありました。
 その紙の冒頭には、

『夏祭りについて』

 と、書かれてあります。
 いよいよ明日から、ここ辺境都市トツノコンベの夏祭りが始まるのですが、

「一応諸注意ってことで渡しておくね。読み終わったら私の店に持ってきてよ。ついでにさ、一緒にお酒でも……」

 そう言いながら、下心を隠そうともなさっていないジュチさん。
 
「心配ご無用」

 私とジュチさんの間に立っているバテアさんが右手を一振りすると、私が手に持っている回覧板の紙が分裂して2枚になりました。

 新しく出現した紙を私に手渡すと、バテアさんは木の板をジュチさんへ差し出しました。

「はい、これで問題なしね。さ、今すぐ持って帰りなさいな」
「……ったく、これだから魔法って嫌いよ」

 ぷぅ、と頬を膨らませるジュチさん。

「あれぇ? そんなこと言ってると、お祭の最後のアレ、やめちゃおっかなぁ……ジュチの大嫌いな魔法だしねぇ」

 そんなジュチさんに、少し意地悪な笑みを浮かべるバテアさん。
 そんなバテアさんの顔を見るなり、ジュチさんはその顔にぱぁっと笑顔を浮かべまして、

「魔法大好き! 魔法最高! いやぁ、やっぱり時代は魔法だよねぇ、うんうん」

 先ほどまでとは打って変わって魔法の事をべた褒めしながらバンザイまでなさっています。
 そのあまりの変わり身の早さに、私は思わず吹き出してしまいました。

◇◇

 回覧板の紙には、

・お祭の際は、お店の店頭を賑やかに飾ること
・屋台をだすこと
・ぼったくらない
・真心のこもった接客を

 そんな内容が、ずらっと箇条書きされていました。

「でも、これ、店頭を飾る以外は普通のことですよね?」
「そうでもないのよ……以前は、それが無法地帯状態だった時期があるんだから」
「え? そうなんですか?」
「そうよぉ……昔はね、中級酒場組合って荒くれ者のおっさん達が取り仕切ってたのよ。でね、そいつらがやりたい放題好き勝手やっててねぇ……それを改革したのが、今の中級酒場組合の長ってわけ」
「ジュチさんが?」
「そう。親父さんの店を引き継いだジュチが『こんなんじゃいけない!』って立ちあがってね、好き勝手やってたおっさん達を都市から追い出したのよ。今回の夏祭りはね、おっさん達を追い出した後、新しくなった中級酒場組合のみんながはじめて行ったイベントなのよね」
「そんな経緯があったんですねぇ……」

 いつも笑顔を絶やさないジュチさん。
 そのお姿からは、そんな苦労があったことなど微塵も感じられません。
 でも、だからこそ、中級酒場組合の長としてみなさんの先頭に立つことが出来ているんでしょうね。

「そんな由緒正しいイベントに参加させていただけるわけですし、私も気合いを入れて頑張らないといけませんね」

 両手の拳を握りしめて、気合いを入れ直す私。
 そんな私を見つめながら、笑っているバテアさん。

「そんなに気張ることはないのよ、いつも通りでいいんだから」
「いえ、そう言うわけにはいきません! まずはお店の装飾を……」

 私はお店の前に移動していきました。
 そうですね、この居酒屋さわこさんで、ジュチさん達のお祭に少しでも貢献させていただきませんと。

◇◇

 その日のうちに、街道に面したあたりに竹製の屋台をしつらえました。
 炭火で串焼きなどを焼くところが直接見えるように配慮してありまして、竹製の長椅子に座ってそれを眺めることが出来る仕組みにしてあります。
 もっとも、私のお店は、バテアさんの巨木の家の横にありますので、この屋台は正確に言うとバテアさんの魔法道具のお店の前にあるんですよね。

「バテアさん、なんだか申し訳ありません。お店の前をお借りしてしまいまして」
「気にしなくていいのよ、さわこ。むしろ私も助かるから」
「そうなんですか?」
「えぇ、毎年夏祭りだからって、なぁんにもしないもんだから、ジュチに『もう少し協力してくれよぉ』って文句ばっか言われてたからさ。これで今年はジュチの苦虫を噛みつぶしたような顔を見なくて済むわ」

 悪戯っぽく笑うバテアさん。

 ……そう言えば、バテアさんの家に居候することになってすぐに、この夏祭りがあったんですけど、バテアさんは何にもされていませんでしたね……

 そんな私とバテアさんの横で、大工のドルーさんが腕組をなさっています。

「どうじゃさわこ、注文通りの出来じゃろう?」

 そう言うと、満足そうに頷くドルーさん。
 そうなんです、この竹の屋台なのですが、大工のドルーさんにお願いして作成していただいたんです。
 私が1から作成していたら、とてもこんな短時間では出来ていません。

「はい、とっても素敵です。本当にありがとうございます」
「がっはっは。いいってことよ。これで夏祭りを盛り上げてくれよな」
「はい、ドルーさんもぜひいらしてくださいね」

 私がそう言って笑顔を浮かべていると、

「まぁ、無理にとは言わないけどねぇ。聞いてるわよぉ、最近密着サービスを売りにしている上級酒場組合の酒場にちょくちょく顔を出しているって……」

 バテアさんが悪戯っぽく笑いながら、ドルーさんの鼻を人差し指でぷにっと押されました。
 その言葉を受けて、途端に焦った表情を浮かべるドルーさん。

「ばばば馬鹿を言うでない……あ、あれはじゃな……ほ、ほれ、中級酒場組合の連中に上級酒場組合の酒場の様子を教えて
やるためにじゃな、仕方なくというか、不本意ながらじゃな……」 

 そう言いながらも、額からダラダラと脂汗を流しておられるドルーさん。
 ……どう見ても、個人的な趣向で通われているってことを白状なさっているも同然ですよねぇ……
 私同様、そのことに気付いているバテアさんは、

「それにしては、なんか焦ってなぁい? ん?」

 クスクス笑いながら、ドルーさんの鼻をぷにぷにしています。

「う、うむ……じゃ、じゃからそうじゃないと言っておろう」

 声をうわずらせながら必死に反論なさるドルーさん。
 そんな二人のやり取りを笑いながら見つめている私。

 こうしてみんなで楽しく、夏祭りを過ごしたいものです。

「こ、こうしてって……さわこ、わしゃバテアにいじめられて楽しくないぞい!」
「では、それも含めてってことで……」
「そうね、それに賛成」
「お、おい、さわこ!? それにバテア!?」

 慌てているドルーさん。
 そんなドルーさんの前で、私とバテアさんは笑顔を浮かべていました。

ーつづく


 

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