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さわこさんと、お祭の前に その3

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 ジュチさんがいきなり現れたことで、上級酒場組合の4人の方々は真っ青になっていました。
 いわゆる、心の準備が出来ていなかったって感じです。
 そんな4人の前に、ジュチさんは腕組をして立ちはだかっていらっしゃいます。

「……あの、ジュチさん、皆さんまだ……」

 私が言葉をかけようとすると、ジュチさんが私に向かって右手を向けてこられました。

「大丈夫よさわこ、後はまかせて」

 そう言うと、ジュチさんは改めて4人の方を見回しておられます。
 そんなジュチさんの前で、最初こそ青くなっていた4人の方々なのですが……意を決したのか、席から達上がると、

「あ、あの……じゅ、ジュチさん……どうか、私達を中級酒場組合にもう一度加盟させてはもらえないでしょうか……お、お願いします!」
「「「お願いいたします!」」」

 最初に口を開いた1人の方に続いて、皆さん一斉に頭を深々と下げられました。
 そのままジッとして動かない4人の方々。
 そんな4人の方々を前にしてジュチさんは腕組をしたまま、しばらくジッとしたまま無言です。

 ……そして

「……その話、今はまだ聞けないな」
「え?」
「まず、上級酒場組合と話をつけてから、それからこっちに話をしにくるのが筋ってもんじゃないのか?」
「……あ」

 ジュチさんの言葉に、4人の方々は言葉を失っています。

 それはそうですよね……ジュチさんが今、口になさった言葉を実行しようとすると……それは、4人の方々にお店を手放して、無一文になってこいって言っているようなものですから……


 慌てて言葉をかけようとした私……なのですが……そこで私はあることに気がつきました。
 毅然とした態度で4人の方に対峙なさっているジュチさんですが……

 そのことに気がついた私は、喉元まで出かかっていた言葉を飲み込むと、一歩下がりました。

 そんな私の前で……ジュチさんの前でしばらく固まっていた4人の方々なのですが……

「……わ、わかりました」
「す、すぐに上級酒場組合を辞めてきます」

 そう言うと、居酒屋さわこさんを後になさいました。
 4人の方がお店を出ていくのを見送ると、ジュチさんは大きなため息をつかれました。

「……ったく……本当に手間がかかるヤツらだよ……」

 そう言うと、ジュチさんは私へ視線を向けてこられました。

「さわこ、余計な手間をかけちまって申し訳なかったね。あいつらが戻って来たら、アタシの店に来るように言ってくれるかい?」
「はい、承りました」

 ジュチさんの言葉に、私は頷きました。
 それを確認すると、ジュチさんはお店を後になさいました。

 その後ろ姿を見送っていると、バテアさんが私の元に歩み寄ってこられました。

「ジュチにも、何か考えがあるみたいねぇ」
「はい、そう思います……」

 だって……4人の方々と対峙なさっていたジュチさん……正面からではわからないと思いますけど、首のあたりにすごい汗をかかれていたんです。
 表面上は毅然となさっておられたジュチさんですが、それだけ緊張なさっていたってことだと思います。

 バテアさんの場合、ジュチさんとは長いお付き合いですのでそのあたりのことは察しておられたのだと思います。
 だから、先ほど一度も口を開かれなかったのでしょうね。

◇◇

 4人の方がお店に戻ってこられたのは翌日になってからでした。
 
 お店を処分したり、手持ちのめぼしい品々をお金に換えて、どうにか上級酒場組合を脱退するのに必要なお金を支払えたとのことでした。

 その4人の方々と一緒に、私はジュチさんのお店へとやってきています。
 バテアさんにベル、エンジェさん、ロッサさん、ミュウも一緒です。
 
 朝から狩りに出かけられていたリンシンさんとシロは不在です。

 ジュチさんの酒場の中。
 中央にあるテーブルにジュチさんが座っています。
 その後方には、中級酒場組合の方々がずらっと並んでいました。
 そんな皆さんの前に、4人の元上級酒場組合の方々が並んで座っています。
 昨日とは違って、青くなってうつむいてはおられません。
 しっかりと、上級酒場組合との関係を絶ってこられたからでしょうね。

「……ふぅん、じゃあ、上級酒場組合とはきっぱりと縁を切ってきたわけだね?」
「はい、手切れ金を支払い終えています。今の私達は、どこの組合にも所属していません……ただ、お店もないんですけど……」
「なので……お店をもう一回手に入れるだけのお金が貯まるまでの間、どなたかのお店で働かせてもらえたらと……」
「どうか……よろしくお願いします」
「また、仲間に加えてください」

 その言葉を聞いたジュチさんは、しばらく無言のまま4人の方々を見つめておられたのですが……

「おい、みんな聞いたかい?」

 そう言って、ご自分の後方に並んでおられる中級酒場組合の方々へ視線を向けられました。

「自分達の全てを失ってまでして、中級酒場組合に戻りたいって言ってるこの4人……確かに、一度はアタシ達のことを裏切って上級酒場組合に寝返ったヤツらだけどさ、きっちり自分達でケジメをつけてから、こうして話をしてきたんだ……もう一回受け入れてやってもいいんじゃないか?」

 ジュチさんがそう言うと、その後方に集まっていた中級酒場組合の皆さんは、

「ジュチさんが納得してるのなら、アタシ達には異存ありませんよ」
「去る者は追わず、来る者は拒まず、が、アタシ達中級酒場組合のモットーじゃないですか」
「あぁ、かまわないよ姉御」

 口々に賛同の言葉を口になさりながら、やがて拍手を送りはじめたのです。
 その拍手は、あっという間にジュチさんのお店中に広がっていきました。

 その拍手を聞きながら、4人の方々は、何度も何度も頭を下げておられました。

 程なくして、ジュチさんは4人の方々に一枚の書類を手渡されました。

「ジュチさん……これは?」
「あぁ、ちょっとね……中級酒場組合の酒場の中に一件空き店舗があってね、誰もいらないって言うからアタシが管理してたんだけど、管理がめんどくさいからあんた達にやるよ」
「「「えぇ!?」」」
 
 ジュチさんの言葉に、目を丸くする4人の方々。
 慌てて書類を確認すると、4人の方々はさらに目を丸くなさいました。

「ちょ!? 誰もいらないって……この店がある場所って、中級酒場繁華街のど真ん中じゃないですか!?」
「こんな好立地……誰もいらないって……」
「ありえない……」

 ジュチさんの前で困惑仕切りの4人。
 ですが、ジュチさんはそんな4人の言葉を無視するかのように、

「あぁ、あと、いらない物件を引き取ってもらう礼だ、とっときな」

 そう、言葉を続けると、テーブルの上に金貨の詰まった布袋をドン、と、置かれたのです。
 それを見た4人の方々が、さらに目を丸くしていたのは言うまでもありません。

 ……ジュチさんは、最初からこのおつもりだったんでしょうね。
 一度、中級酒場組合を抜けて上級酒場組合へ移籍した4人の方々を再度中級酒場組合に受け入れるとなると、やっぱり面白く思われない方々もおられるはずです。
 だから、ジュチさんは、最初に上級酒場組合を抜けてから話にこい……そう言われたのでしょう。
 そして、みんなの前で改めてそのことをはっきりさせて……そして、自分が管理している酒場を4人に任せるということにして……でも、ジュチさんが4人のためにこのお店を準備したのは容易に想像がつきますけどね。
 中級酒場組合の方々も、そこはお察し済みなんでしょう。
 ただ、『ジュチさんが認めたんだから』ってことで最終的に皆さんも納得されたんだと思います。

 こうして、4人の方々は中級酒場組合に復帰して、4人でお店をすることが出来ることになったのです。

「さぁ、出戻りのこいつらを祝って、乾杯といこう!」
「「「オー!」」」

 ジュチさんの音頭を合図に、お店の中は一気に宴会モードになっていきました。
 まだお昼なんですけど、皆さんすごい勢いでお酒を飲み始めておられます。
 4人の方々も、感極まって涙を流しながらお酒を飲まれています。

「ニャ! なんだかよくわからないけど、楽しいニャ!」

 テーブルに並べられた料理を食べながら、ご満悦な表情のベル。
 エンジェさん、ロッサさん、ミュウもその後に続いています。
 以前の料理でしたら、ベルも顔をしかめたかもしれませんけど、今の中級酒場組合の方々がおつくりになる料理は私が太鼓判を押せますからね。ベル達も笑顔で食べ物を口に運んでいました。

 ……やっぱり、組合長にまでなられる方って、すごいなぁ

 4人の方々の肩を叩きながら笑顔を浮かべているジュチさん。
 その姿を見つめながら、私は思いっきり感動していたのですが……

 そんな私に気がついたジュチさんが、私の元に駆け寄ってこられまして、

「なぁ、さわこ。これもいい機会だしさ、ついでにさわこも中級酒場組合に加盟しないか? んでもってさ、アタシとデートなんぞ……」

 私に向かってこそこそお話してこられたのですが、

「あー! ジュチ様!」
「まぁたその女に手を出そうとしてますね!」

 いつもジュチさんの側におられる、ジュチさんのお店の店員の女性の方々がすごい剣幕で駆け寄ってきまして……

「ち、違うって、さわこをだね、アタシ達の中級酒場組合に加盟してもらおうと思って……」
「嘘! 絶対他のことも言ってました!」
「デートに誘おうとかなさっていたでしょう!」
「な!? なんでわか……じゃない、そんなことしてないってぇ」

 女性の方々2人に詰め寄られてタジタジなご様子のジュチさん。
 そのお姿に思わず苦笑する私。

 そんなわけで、お店の中は一部を除いて楽しげな雰囲気で満ちあふれていました。

ーつづく
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