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さわこさんと、迷子の達人 序

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 居酒屋さわこさんの朝は早いです。
 さわこの森で働いてくださっているみなさんが朝食を食べにやってこられますので、まずその準備をしないといけません。
 もっとも、仕込みは昨夜の営業中にすませていますので、あとは仕上げをするだけになっているので、そんなに手間ではないんです。

 それもこれも、バテアさんからお借りしている魔法袋のおかげです。
 これに、下ごしらえした料理を入れておくと、入れた直後の状態のまま何時間でも、何日でも保存出来るんです。
 その代わり、時間をかけて味をしみこませたい場合には利用出来ません。
 そう言う時は、普通に魔石冷蔵庫やいつも冷蔵状態に保たれている地下の冷蔵倉庫に保存することにしています。
「普通に」とは申しましても、魔石などを使用している時点で、私の世界でいうところの普通ではないんですけどね。

 今朝の献立は、

 豆ご飯
 けんちん汁
 出汁巻き卵焼き
 ロールキャベツ
 焼き魚
 肉じゃが

 焼き魚には、今朝はイサキを使用しています。
 私の世界に仕入れに行った際に、鮮魚専門のスーパーで購入したものです。
 こちらの世界で大量に捕獲したストーンヘッドジャッケもまだまだありますので、しばらく焼き魚で困ることはなさそうです。

「そういえば、来月になると土用の丑の日もありますし、鰻も出したいところですねぇ」
 
 以前、バテアさんにお聞きしたことがあるのですが、こちらの世界にも鰻によく似た生き物がいるそうなんです。
 こちらの世界では「ウルムナギ」というそうです。
 ただ、このウルムナギを捕獲する際には気をつけないといけないことがあるそうなんです。
 と、言うのもですね……このウルムナギの中には、ただのお魚と、亜人種族の特性をもった種族の2種類が存在しているそうなんです。
 普通の亜人種族さんであれば、魔獣の姿から人型へすぐに変化出来るのですが、このウルムナギさんは人型には変化出来ないそうなんです。
 亜人種族の特性をもった種族のウルムナギさんが、長年生きて尻尾が二つに割れてはじめて人型に変化出来るそうなんです。ちなみに、人型に変化した後は「ウルムナギ又」と称されるようになるそうでして、今度はウルムナギの姿に戻れなくなるそうなんです。
 ただ、この2種族は、ウルムナギ状態の際はまったく同じ容姿をなさっていますので見分けがとっても難しいそうなんです。
 見た目での区別は難しいのですが……その代わりと言ってはなんですが、亜人種族の特性を持ったウルムナギさんは、ウルムナギ時代から言葉を話すことが出来るそうですので、
「おいおい、俺はウルムナギじゃない、狩猟禁止種のウルムナギ又族だって」 
 自分からそう言って名乗り出てくれるそうなんです。

 森にも、狩猟対象になっている魔獣と、まったく同じ種類の魔獣の姿をなさっている亜人種族さんがいたりしているそうなのですが、そういった亜人種族さん達のために、森の中には「狩猟禁止区域」が設けられていまして、森で暮らしている亜人種族のみなさんはその区域で生活なさっているそうなんです。

「冒険者組合でも見かける……狩猟禁止区域の情報を確認に来てるの」
 吟遊詩人のミリーネアさんは、毎日冒険者組合に行って歌の題材になりそうなお話を、冒険者組合にやってきた皆さんから教えてもらっているんです。
 そのおかげで、冒険者組合にどんな人がどんな目的で顔を出されているのか、ほぼすべて把握なさっているそうなんです。
 時折役場の方々がお店にお見えになって、
「ミリーネアさん、最近こんな奴が冒険者組合に出入りしてませんでした……」
 と、こそこそとお話をきかれていたりする姿を拝見することがあるのですが……あれってやっぱりあれなんですかね、警視庁24時とか未解決事件を追えとか、ああいった番組のような案件なのでしょうか……

◇◇

 程なくいたしまして、さわこの森から続々と皆さんが来店されはじめました。
 今のさわこの森では、

 アミリアさんとエミリアさんの植物研究所と農園
 ワノンさんの酒造り工房

 主にこの2つ施設が稼働しています。
 アミリアさんには、クッカドウゥドルの放し飼い場も会わせて管理してもらっています。
 それらの施設の中では、元上流酒場組合に所属していた酒場を経営していたラニィさんと、そのお店で働いておられた元従業員の皆さんが働いておられます。

 お酒とお野菜を納品していただいているお礼に、食事を提供させていただいている次第なんです。

 その中には……
「さわこおはよ~今朝も食べに来たよ~」
「ワー子おはよう! 今朝もしっかり食べていってね」
 そうなんです、私の世界の親友、和音もいるんです。

 和音は、お酒造りが大好きで、私の世界でも酒造工房で働いていたのですが、色々あって駄目になってしまいまして……それで、ワノンさんの酒造工房を紹介させてもらったのですが、
『ここ最高! 私、ここで一生働くわ!』
 そう言うくらい気に入ってですね、今は住み込みで働き続けているんです。

 今日もカウンター席に座って朝ご飯を美味しそうに食べている和音。
 大きな黒縁眼鏡は学生時代からずっと同じです。
「あ、そうそうさわこ、今度お願いがあるんだけど」
「うん、何? 出来ることならなんでも言って」
「あのね、今度日本に行くときにさ、私も一緒に連れていってほしいの」
「珍しいわね、ワー子が向こうに戻りたいなんて」
「そうなのよ~、向こうの世界で、今、どんなお酒がはやっているのか気になって~」
「あぁ、なるほど」

 そう言えば、社会人になってからも、
『今日はお酒探求ツアーなの~』
 なんていいながら、あちこち引っ張り回されたことがありました。
 もっともお酒好きの私ですので、異存はまったくなかったんですけど……その度に車を出してくれていたみはるには、
『揃いも揃って、今時免許を持っていないってどういうことなのかなぁ……アタシ、絶対飲めないじゃない』
 って、よくぶつぶつ言われたものです。

「えぇ、大丈夫ですよ。じゃあ今度一緒に……」

 そう言ったところで……なんでしょう、私の服を誰かがひっぱってきました。
 振り向くと、そこにはミリーネアさんのお姿がありました。
 ミリーネアさんは、今にも泣きそうな表情のまま、必死に首を左右に振っています。

 ……あ、ひょっとして……

「大丈夫ですよミリーネアさん。和音もミリーネアさんも一緒にお連れしますから」

 和音が向こうの世界に行ったら、自分が向こうの世界に連れていってもらえない……そう思ったのでしょう。
 私の説明を聞いたミリーネアさんは、
「……よかった……さわこの世界、大好きなの」
 安堵のため息を漏らされました。

 そうなんですよね。
 私の世界は、こちらの世界とはまったく違いますので、吟遊詩人のミリーネアさんにとっては歌の題材の宝庫ですから……これで、珍しい物を見つけたらすぐにいなくなる悪癖を直してくだされば……

 って

 あれ……ちょっと待ってください……
 和音ってば「美味しそうなお酒の匂い~」とか言ってすぐに行方不明になるのがしょっちゅうだったんですけど……あれ?迷子の達人が2人ってことですか、ひょっとして……

 そのことに思い当たった私の額に、一筋の汗が流れておりました……

ーつづく
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