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さわこさんと、初夏の居酒屋さわこさん その1

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 今夜も、居酒屋さわこさんの入り口前には提灯がぶら下がっています。
 灯りが夜道を照らしていて、その灯りを頼りにお客様が店へとご来店くださっています。

「こんばんわ~」

 笑顔で店内に入ってこられたのは、蜘蛛人のナベアタマさん。
 そのすぐ後ろには、冒険者のクニャスさんも続いています。

「ウェルカム! さ、中へ」

 いつものようにエミリアが笑顔で応対してくれています。

 エミリアがお出迎えとお見送り、それと注文取り。
 バテアさんがお酒とお話。
 リンシンさんが料理運び。

 居酒屋さわこさんでは、そんな役割分担が出来上がっています。
 もちろん私も、カウンター席の皆様と会話をしながら調理を行うという役割がございます。

「最近は急に暑くなってきたからねぇ……何か涼しくなるような物をお願い出来るかな?」
「はい、よろこんで」

 カウンター席に座られたナベアタマさんの言葉に、私は笑顔で返事を返しました。

 ナベアタマさんも仰られていますように、最近は暑さが急に厳しくなり始めています。
 猫集会へ遊びにいったベル・エンジェさん・ロッサさんも、

「さーちゃん、暑いにゃ~」
「さわこ、ちょっとたまらないわ」
「暑いのじゃ~……葉っぱがシオシオなのじゃ~」

 口々にそんなことを言いながら帰宅してくることが少なくありません。

 家の中は、バテアさんが準備してくださっている温度調節魔石のおかげで常に快適な温度に保たれていますので、室内でしばらく休めばすぐにみんな元気になるのですが、最近はすぐにバテアさんの元へ駆け寄っていくんです。

「バーちゃん、アレちょうだいニャ」
「バーちゃん、アレが食べたいわ」
「バーちゃん、後生じゃ、アレをくれい」
「あ~もう! 何度も言ってるけど、アタシのことをバーちゃんって言うんじゃないわよ!」

 3人に向かってそんな返事を返しておられるバーちゃ……あ、いえいえ、バテアさんなのですが、怒りながらも魔石冷蔵庫からしっかりとアレを取り出してみんなに1個ずつ分けてあげています。

 はい、バニラのアイスクリームです。

 私の世界に定期的に行くようになって、バテアさんが日本酒と同じくらい気に入られたのが、この
バニラアイスだったんです。
 そのため、私の世界に買い出しに出向くと常に大量のバニラアイスを購入されるバテアさんなのですが……

『ニャ? バーちゃんの食べてるそれ、美味しいニャ?』
「バーちゃんじゃないけど……えぇ、美味しいわよ」

 そんなやり取りの後、一口味見をさせてもらったベルなのですが……

「ニャ!? これすっごく美味しいニャ! 冷たくて甘いニャ!」

 と、一口ですっごく気に入ったばかりか、その味をベルやシロ、ロッサさんにも熱く語った結果……みんなしてバテアさんにバニラアイスをおねだりする構図が出来上がった次第でして……

 あら、いけません……脱線が少々長くなってしまいました。

 バニラアイスは締めでお出しするとして、今は何かお料理を準備しないといけませんね。

 暑くて疲れ気味なところに、さっぱりとしていて元気になれる……そんな食べ物となりますと、そうですね、あれがいいかもしれません。

 私は、腰につけている魔法袋にそっと手を添えると、私の目の前に表示されたウインドウを確認していきました。
 このウインドウは私にしか見えていませんので、お客様の邪魔にはなりません。
 その中から取りだしたのは、ブルタンのお肉です。

 私の世界の豚によく似た魔獣のブルタン。
 野生の魔獣のため、身がかなり引き締まっているのですが、それでもお肉の味は豚と遜色ない感じです。

 薄切りにしたブルタンのお肉を熱いお湯にくぐらせます。いわゆるしゃぶしゃぶですね。
 白く変色したら取り出しまして、ざく切りにした水菜と、薄切りにして水にさらしておいたタルマネギの上にのせていきます。
 オリーブオイルとごま油を中心にして味を調えたドレッシングをかけ、ごまや削り節などをアクセントとして加えまして、冷製ブルタンしゃぶの完成です。

「さ、どうぞお試しくださいな」
「ほぉ、お肉がいっぱいだけど……見た目からして脂ぎってなくて、ホントにさっぱりしているね」

 料理をマジマジと見つめていたナベアタマさん。
 おもむろにフォークでそれを口に運んでいかれました。

「うん! さっぱりしていて……それでいてお肉の味もガツンときて、すごく美味しい! 野菜もしっかり食べられるし、暑さのせいで少し食欲がなかったんだけど、これならいくらでも食べられそうだ!」

 ナベアタマさんは、嬉しそうな声をあげながら、すごい勢いで冷製ブルタンしゃぶを口になさっておいでです。

「そんなに慌てて食べなくても、お替わりもございますよ。それと、これを……」

 そう言ってもう一品、ナベアタマさんに差し出したのは、豆ご飯です。
 土鍋で炊き上げた豆ご飯を、握り飯にしてあります。

「これこれ! この握り飯がまたうまいんだよね、豆と塩気がご飯にすごくあうんだ!」

 一足先に、お昼の握り飯弁当として提供している、この豆ご飯。
 お昼ご飯も買いに来てくださっているナベアタマさんですので、この味もすでにご存じなんです。

 ブルタンしゃぶを口にして、豆ご飯の握り飯……そしてまたブルタンしゃぶを口に運んでいかれるナベアタマさん。
 それを横で拝見なさっていたクニャスさんがいきなり右手をあげました。

「さわこさん! 私にもこれちょうだい! 大盛りで!」
「こっちも同じく大盛りをお願い!」

 クニャスさんに続いて声を上げたのは、お隣にお住まいのツカーサさん。
 今夜は、普通にお客様として来店くださっていましたので、別段驚きはしません。

 そんなお2人の声を合図とばかりに、

「さわこさん、こっちにもブルタンしゃぶを!」
「こっちは豆の握り飯を!」
「こっちは、両方お願い!」

 そんな声が店内のあちこちからあがりはじめました。
 そんな皆さんへ視線を向けた私は、

「はい! 喜んで!」

 満面の笑顔でそう、お返事いたしました。
 早速、ブルタンのお肉をしゃぶしゃぶにしていく私。

 そんな私を、カウンター席から見つめておられるお客様が1人。

「ふむ……確かにそれも美味しそうだけど……私はやっぱりこれが一番だな、うん」

 そう言って、本日6杯目のぜんざいを口になさっているのは、常連客のゾフィナさんでした。
 よく見ると、その6杯目のぜんざいも残り少なくなっていますね。

 それを確認した私は、切り餅を焼き網の上にのせていきました。

 今日の調子だと、あと2杯くらいは食べられそうですからね。

 店内には、ミリーネアさんの歌声が響いています。
 その歌声は、大きくはありません。
 店内におられるお客様達の会話を邪魔しない程度に、意図的に抑え気味にしてくださっているんです。
 先日、辺境都市ガタコンベという都市で開催されていた花祭りにでかけた際に、この世界では有名な吟遊詩人の方々と一緒に歌を歌えたことがとても嬉しかったようで、あの日以来とってもご機嫌なミリーネアさんです。

 そんな歌声に癒やされながら、私は今夜も笑顔で料理を作り続けておりました。

ーつづく
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