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連載
さわこさんと、こんにちは赤ちゃん その1
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私の世界とは別の世界であるパルマ世界にやってきて、もうすぐ1年が経とうとしています。
つまり、去年の今頃の私は、まだ日本で暮らしていた訳です。
……もっとも、当時経営していた居酒屋酒話の閉店をすでに決めていた時期でもありますので、あまりいい思い出が残っていないのですが…… ま、まぁ、そういった暗いお話はおいておくとしまして……
こちらの世界も、この時期は新緑がとても綺麗です。
今朝も、居酒屋さわこさんで使用しているお手拭きを手洗いして、バテアさんの巨木の家の屋上に干しに来たのですが、遙か向こうに見える北方の山並みに向かって緑の森が広がっているのが見えます。
山並みには、まだ積雪の白色が多いのですが、山裾あたりから徐々に緑が広がっているように感じます。
つい1ヶ月くらい前までは、一面の雪景色だったことを思いますと、なんだか感動してしまいます。
「さーちゃーん!」
なんでしょう?
ベルの声が聞こえてきました。
どうやら、外のようですね。
街道を見下ろすと、居酒屋さわこさんの出入り口のあたりでベルが手を振っている姿が見えました。
その周囲にはエンジェさん・ロッサさんといった、おチビさんチームが集まっています。
白銀狐のシロは、今朝もリンシンさんと一緒に狩りに出かけていますので不在です。
「さーちゃん、猫集会に行ってくるニャ!」
「はい、気をつけていくんですよ」
「わかったニャ!」
元気に返事を返しながら、ベル達は街道の方へと走っていきました。
……しかし、あれですね
ベルとこういう会話を交わしていると、なんだか私がお母さんにでもなったような気がしてしまいます。
「……ママ?」
だ、だからといって、ダイレクトに「ママ」って呼ばれてしまうと、ちょっと複雑な気持ちになってしまうといいますか……
「……ママ?」
で、ですから……私は確かに子供がいてもおかしくない年齢ですけど、旦那さんどころか彼氏すらいないわけですし、もちろん結婚したこともありませんので、子供なんて……
「……ママぁ」
ぴとっ
「……はい?」
……なんでしょう……足に何かがくっついてきました。
妙に温かいといいますか……ジーパンこしでも、それが何かの生き物だと言うことは理解出来ます。
私がおそるおそる足元へ視線を向けますと……そこには小柄な女の子が立っていました。
いえ……正確には、私の足にもたれかかるようにして気を失っているといいますか……
「あわわわわ!? たたた大変大変!?」
私は、気を失っている女の子を抱きかかえると、すぐさま2階まで駆け下りていきました。
「バテアさん! 起きてくださいバテアさん!」
「むにゃ……なぁにぃ、わさこ……もう少し寝させてよぉ……」
ベッドの上で寝ているバテアさんは、まだ寝たりないらしくお布団の中に潜り込んでしまいました。
ですが……今は、非常事態です。
「バテアさ~ん!」
私は、片手でお布団を引っ張りました。
そのせいで、バテアさんの姿が露わになりました……き、今日のネグリジェ1枚で寝ておられたんですね、バテアさん……なんともセクシーなお尻が丸見えに……って、今はそんなことを気にしている場合ではありません。
「バテアさん、あの、すいません……こ、この子が……なんか意識がないみたいで」
「……あン……何これ? 焼き鳥にするの?」
「違います! 食材ではなくてですね、あの……」
寝ぼけているバテアさんの言葉にあたふたする私。
そんな私の前で、バテアさんは大あくびをした後、何度か目をパチパチさせていたのですが……
「……あら、珍しいわね……この子、トルキ族じゃない」
「トルキ……族?」
「えぇ、そう……成長すると薄いピンクの羽根になる鳥人族なんだけどね……もっと北方で暮らしている希少種族のはずなんだけど……」
そう言うと、バテアさんは私が抱えているトルキ族の女の子に右手をかざしていきました。
優しい緑の光りが女の子を包んでいきます。
「ふぅん……羽根がかなり痛んでいるわね……鳥魔獣に襲われた感じかしら。この状態だとしばらくは飛べそうにないわね……あと、すっごくお腹を空かせているわ」
「え、えっと……ご飯となると……トルキ族の子供って何を食べるのでしょうか?」
「そうねぇ……まだ赤ちゃんに近いから……固形物よりもスープ系の方がいいかもね」
「スープですね? わかりました」
私はそう言うと、トルキ族の女の子を一度バテアさんにお預けして、一階にあります居酒屋さわこさんの厨房に移動していきました。
スープ……えっと、こういう時どんなスープがいいのでしょう……まだ赤ちゃんに近いってことですし、栄養価の高いものがいいんでしょうね……
私は、腰につけている魔法袋のウインドウを表示させまして、その中身を確認していきました。
その中から、キャルベツ・カブ・新タルマネギ・ニルンジーンといった、こちらの世界の市場で仕入れた品々を取り出しました。
これらを一口大に切り分けまして、それをお鍋にいれていきます。
水を加えて、中火で煮こんでいきまして、お野菜に火が通った頃合いを見計らいまして、それから弱火でもうしばらく煮こみます。
「……えっと、こんな感じでいいのかな?」
味見をした私ですが……お野菜の旨みがしっかり出ていていい感じにはなっていると思うのですが、果たしてこれをトルキ族の女の子が飲んでくれるでしょうか……
◇◇
……と、悩んでいたのが、ほんの10分前だったように思います。
「……うま!……うま!」
バテアさんに抱っこされているトルキ族の女の子は、私が差し出すスプーンの中の野菜スープをすごい勢いで飲み続けています。
嬉しそうに笑顔を浮かべて、嬉しそうな声をあげながら。
そして、スープがなくなると、
「もっと! もっと!」
と、私に向かっておねだりしてくるんです。
「さすがさわこね、トルキ族の女の子がこんなに喜ぶスープをすぐに作っちゃうなんて」
「いえ……あの、私も赤ちゃん用のスープなんて作ったことがありませんので、もう必死に考えたといいますか……」
バテアさんに向かって苦笑することしか出来ない私。
そんな私に向かって、トルキ族の女の子は一所懸命口を突き出して、スープのお替わりをおねだりしています。
「はいはい、今あげますからね。もう少し待ってくださいね」
「ママ! ママ!」
私に向かって「ママ」を連呼するトルキ族の女の子です。
「……でも、この子のお母さんはどこにいるのでしょう? こんな女の子を残していなくなるなんて……」
「う~ん……ひょっとしたらだけど……この子、群れからはぐれたのかも……」
「え?」
「いえね……トルキ族は寒い地方で暮らすのよ。でも、寒すぎると餌が採れないから、ほどほどに寒い地域を転々としながら暮らしているのよね」
「……そういえば、このあたりも、しばらく寒かったですものね」
「でも、ほら。シロ達、白銀狐が餌を見つけることが出来ていたでしょう? だからこの子がいた群れも、このあたりにしばらく滞在していたのかも……で、温かくなってきたから北に移動していたところを、鳥魔獣に……」
バテアさんはそこで口を閉ざされたのですが……そこから先は言われなくても私にも想像がつきました。
そんな魔獣に襲われたのでしたら……きっとその群れは……
◇◇
お腹がいっぱいになったトルキ族の女の子は、すやすやと眠りはじめました。
怪我をしていた羽根は、バテアさんが治癒魔法で応急処置をしてくださったのでかなり良くなっています。
「1週間も休めばまた飛べるようになると思うわ」
「はい、ありがとうございます」
カウンターの上にクッションを置いておりまして、トルキ族の女の子をその上に寝かせています。
その上に、毛布をかけてあげているのですが、その下でトルキ族の女の子は気持ちよさそうに寝息をたて続けています。
ーつづく
つまり、去年の今頃の私は、まだ日本で暮らしていた訳です。
……もっとも、当時経営していた居酒屋酒話の閉店をすでに決めていた時期でもありますので、あまりいい思い出が残っていないのですが…… ま、まぁ、そういった暗いお話はおいておくとしまして……
こちらの世界も、この時期は新緑がとても綺麗です。
今朝も、居酒屋さわこさんで使用しているお手拭きを手洗いして、バテアさんの巨木の家の屋上に干しに来たのですが、遙か向こうに見える北方の山並みに向かって緑の森が広がっているのが見えます。
山並みには、まだ積雪の白色が多いのですが、山裾あたりから徐々に緑が広がっているように感じます。
つい1ヶ月くらい前までは、一面の雪景色だったことを思いますと、なんだか感動してしまいます。
「さーちゃーん!」
なんでしょう?
ベルの声が聞こえてきました。
どうやら、外のようですね。
街道を見下ろすと、居酒屋さわこさんの出入り口のあたりでベルが手を振っている姿が見えました。
その周囲にはエンジェさん・ロッサさんといった、おチビさんチームが集まっています。
白銀狐のシロは、今朝もリンシンさんと一緒に狩りに出かけていますので不在です。
「さーちゃん、猫集会に行ってくるニャ!」
「はい、気をつけていくんですよ」
「わかったニャ!」
元気に返事を返しながら、ベル達は街道の方へと走っていきました。
……しかし、あれですね
ベルとこういう会話を交わしていると、なんだか私がお母さんにでもなったような気がしてしまいます。
「……ママ?」
だ、だからといって、ダイレクトに「ママ」って呼ばれてしまうと、ちょっと複雑な気持ちになってしまうといいますか……
「……ママ?」
で、ですから……私は確かに子供がいてもおかしくない年齢ですけど、旦那さんどころか彼氏すらいないわけですし、もちろん結婚したこともありませんので、子供なんて……
「……ママぁ」
ぴとっ
「……はい?」
……なんでしょう……足に何かがくっついてきました。
妙に温かいといいますか……ジーパンこしでも、それが何かの生き物だと言うことは理解出来ます。
私がおそるおそる足元へ視線を向けますと……そこには小柄な女の子が立っていました。
いえ……正確には、私の足にもたれかかるようにして気を失っているといいますか……
「あわわわわ!? たたた大変大変!?」
私は、気を失っている女の子を抱きかかえると、すぐさま2階まで駆け下りていきました。
「バテアさん! 起きてくださいバテアさん!」
「むにゃ……なぁにぃ、わさこ……もう少し寝させてよぉ……」
ベッドの上で寝ているバテアさんは、まだ寝たりないらしくお布団の中に潜り込んでしまいました。
ですが……今は、非常事態です。
「バテアさ~ん!」
私は、片手でお布団を引っ張りました。
そのせいで、バテアさんの姿が露わになりました……き、今日のネグリジェ1枚で寝ておられたんですね、バテアさん……なんともセクシーなお尻が丸見えに……って、今はそんなことを気にしている場合ではありません。
「バテアさん、あの、すいません……こ、この子が……なんか意識がないみたいで」
「……あン……何これ? 焼き鳥にするの?」
「違います! 食材ではなくてですね、あの……」
寝ぼけているバテアさんの言葉にあたふたする私。
そんな私の前で、バテアさんは大あくびをした後、何度か目をパチパチさせていたのですが……
「……あら、珍しいわね……この子、トルキ族じゃない」
「トルキ……族?」
「えぇ、そう……成長すると薄いピンクの羽根になる鳥人族なんだけどね……もっと北方で暮らしている希少種族のはずなんだけど……」
そう言うと、バテアさんは私が抱えているトルキ族の女の子に右手をかざしていきました。
優しい緑の光りが女の子を包んでいきます。
「ふぅん……羽根がかなり痛んでいるわね……鳥魔獣に襲われた感じかしら。この状態だとしばらくは飛べそうにないわね……あと、すっごくお腹を空かせているわ」
「え、えっと……ご飯となると……トルキ族の子供って何を食べるのでしょうか?」
「そうねぇ……まだ赤ちゃんに近いから……固形物よりもスープ系の方がいいかもね」
「スープですね? わかりました」
私はそう言うと、トルキ族の女の子を一度バテアさんにお預けして、一階にあります居酒屋さわこさんの厨房に移動していきました。
スープ……えっと、こういう時どんなスープがいいのでしょう……まだ赤ちゃんに近いってことですし、栄養価の高いものがいいんでしょうね……
私は、腰につけている魔法袋のウインドウを表示させまして、その中身を確認していきました。
その中から、キャルベツ・カブ・新タルマネギ・ニルンジーンといった、こちらの世界の市場で仕入れた品々を取り出しました。
これらを一口大に切り分けまして、それをお鍋にいれていきます。
水を加えて、中火で煮こんでいきまして、お野菜に火が通った頃合いを見計らいまして、それから弱火でもうしばらく煮こみます。
「……えっと、こんな感じでいいのかな?」
味見をした私ですが……お野菜の旨みがしっかり出ていていい感じにはなっていると思うのですが、果たしてこれをトルキ族の女の子が飲んでくれるでしょうか……
◇◇
……と、悩んでいたのが、ほんの10分前だったように思います。
「……うま!……うま!」
バテアさんに抱っこされているトルキ族の女の子は、私が差し出すスプーンの中の野菜スープをすごい勢いで飲み続けています。
嬉しそうに笑顔を浮かべて、嬉しそうな声をあげながら。
そして、スープがなくなると、
「もっと! もっと!」
と、私に向かっておねだりしてくるんです。
「さすがさわこね、トルキ族の女の子がこんなに喜ぶスープをすぐに作っちゃうなんて」
「いえ……あの、私も赤ちゃん用のスープなんて作ったことがありませんので、もう必死に考えたといいますか……」
バテアさんに向かって苦笑することしか出来ない私。
そんな私に向かって、トルキ族の女の子は一所懸命口を突き出して、スープのお替わりをおねだりしています。
「はいはい、今あげますからね。もう少し待ってくださいね」
「ママ! ママ!」
私に向かって「ママ」を連呼するトルキ族の女の子です。
「……でも、この子のお母さんはどこにいるのでしょう? こんな女の子を残していなくなるなんて……」
「う~ん……ひょっとしたらだけど……この子、群れからはぐれたのかも……」
「え?」
「いえね……トルキ族は寒い地方で暮らすのよ。でも、寒すぎると餌が採れないから、ほどほどに寒い地域を転々としながら暮らしているのよね」
「……そういえば、このあたりも、しばらく寒かったですものね」
「でも、ほら。シロ達、白銀狐が餌を見つけることが出来ていたでしょう? だからこの子がいた群れも、このあたりにしばらく滞在していたのかも……で、温かくなってきたから北に移動していたところを、鳥魔獣に……」
バテアさんはそこで口を閉ざされたのですが……そこから先は言われなくても私にも想像がつきました。
そんな魔獣に襲われたのでしたら……きっとその群れは……
◇◇
お腹がいっぱいになったトルキ族の女の子は、すやすやと眠りはじめました。
怪我をしていた羽根は、バテアさんが治癒魔法で応急処置をしてくださったのでかなり良くなっています。
「1週間も休めばまた飛べるようになると思うわ」
「はい、ありがとうございます」
カウンターの上にクッションを置いておりまして、トルキ族の女の子をその上に寝かせています。
その上に、毛布をかけてあげているのですが、その下でトルキ族の女の子は気持ちよさそうに寝息をたて続けています。
ーつづく
応援ありがとうございます!
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