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公女対レイター
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「メグを餌にアドリフ教授を引き入れる……?バカなことを仰らないでください」
メグルカを迎えに、お茶会の会場である南の庭園に現れたレイターが公女アレイラにそう告げた。
対してアレイラ公女は悪びれる様子もなくレイターに答える。
「あら?名案だと思わない?メグルカさんがアドリフ教授お気に入りなら、彼女が教授の研究室入りをチラつかせて誘き寄せるのが得策だと思うのだけれど」
「研究室入りをチラつかせるなどと、そんなことを勝手に決めないでください。その気もないのに餌にされて、メグの立場はどうなるんですか」
「彼女が不利になるような真似はしない。それにアドリフ教授が認めるほど優秀ならメグルカさんも我が国にお招きしたいわ。それって名案よね!だってメグルカさんを引き入れると漏れなくレイターとアドリフ教授が付いてくるんでしょう?やだっ、最高ではなくて?」
「最高じゃありません。いい加減な思いつきで婚約者を翻弄しないでいただきたい」
「まぁ……婚約者だからといって勝手に答えを決めつけるのはどうかと思ってよ?もしかしたらメグルカさんは我が国に来たいと考えているかもしれないでしょう?ねぇメグルカさん、どうかしら?貴女のお力を是非お貸し願いたいの。わたくしの元で働いてみない?」
アレイラがそう言ってメグルカを見る。
同時にレイターもメグルカに視線を向けた。
「え、えっと……あの……」
二人に同時に見つめられるというまさかの展開にメグルカはたじろいでしまう。
しかしたとえ今後どう状況が変化しようとも、自分の気持ちは変わらない。
メグルカは居住まいを正してアレイラに告げる。
「公女様の過分なお言葉、身に余る光栄にございます。だけど私には幼い頃よりレイターの妻になり、彼と幸せな家庭を築くという夢がございます。夫となるレイターがモルモア公国へ赴くと言うならばそれに付き従いますが、私個人が公女様のお役に立てることはないかと存じます」
「メグ……」
メグルカの返事を聞き、レイターはほんの少しだけ安堵の表情を浮かべた。
でもきっと彼はメグルカが公女の元で働いてみたいと言えば、それはそれで協力してくれるのだろうと思う。
だけどメグルカが支えたいのは他国の公人や事業などではない。
レイター・エルンストという最愛の人をただ側で支えたい、共に生きてゆきたい。
それがメグルカの望みなのだ。
「そうなのね……。迷いもなく即答できるほど、それは貴女の中でとうに決まっている答えなのね……。っでもでも簡単には諦めきれないわっ……!じゃあせめてレイター・エルンスト、貴方は我がモルモア公国で働きなさい!(そうすればメグルカさんもセットだわ♪そしてあわよくば……)」
メグルカの返答を受けてアレイラは一瞬気落ちするも直ぐさま機転利かせて立ち直り、レイターにそう告げた。
レイターは辟易とした顔を取り繕うこともなくアレイラに返す。
「お断りいたします。……と、何度も申し上げているでしょう。俺はすでにハイラント王国魔術師団への入団が内定しております。祖国に仕える、その意思に変わりはございません」
「もうぅ~!どうして思い通りにいかないの~?せめて、せめてアドリフ教授だけは~!」
扇子を広げて顔を隠しながら嘆くアレイラが気の毒になり、メグルカは彼女を気遣う。
「あの……公女様のご期待に応えることが出来ず申し訳ございません。でもせめて、アドリフ教授と面会出来るように取り計らってみますので……っきゃ?」
アレイラに向けてそう言っていたメグルカだが、ふいにレイターに体を持ち上げられたかと思うと彼の膝に乗せられて座り治す形となった。
「レ、レイっ?」
レイターの思わぬ行動にメグルカは目を見開く。
メグルカの席の対面に座る、アンチメグルカ派の女子生徒たちが息を呑む声が聞こえた。
皆、信じられないものを見るように涼しい顔でメグルカを膝に乗せて座るレイターを凝視している。
「ねぇレイター……?貴方、なぜ婚約者を膝に乗せて着席を……?」
アレイラがジト目を向けてそう訊ねると、レイターはシレッと答えた。
「ここに来るまでに、公女様に申し付けられた雑用を片付けて喉がカラカラなんですよ。二時間後に出席を認めてくださったということは、俺もお茶をいただけるという事でしょう?でも見たところ席は無いようですし、それなら婚約者の席に座ればいいと思いましてね。まさか立ったままお茶を飲むわけにもいきませんから」
「……だからといってわざわざこれ見よがしに膝に乗せなくてもよいのではないかしら?」
「公女様はメグに立っていろと言うんですか?」
「そんなワケはないでしょう。貴方の分の席を用意させますわよ」
「それには及びません。お茶をいただいたら我々は失礼いたしますので」
「まだお茶会終了の時間ではなくてよ」
アレイラが眉根を寄せてそう言うと、レイターはテーブルに対面して座る女子生徒たちや会場を軽く見渡して告げる。
「……大切な婚約者を、こんな身勝手な有象無象が居る場所に置いてはおけませんよ」
「身勝手な……?」
「えっ……?」
「有象無象って……」
普段温厚で人当たりの良いレイターから発せられた冷たい言葉に、誰もが耳を疑った。
言われた言葉を理解出来ずに繰り返す者もいる。
それに構わずレイターはメグルカを膝に乗せたまま言う。
「今日のお茶会。学園側からの警護として、俺の使い魔をこの会場に潜入させる許可を校長や理事長からいただいているんですよ」
───え、ガブちゃんが?
メグルカが目を丸くして辺りを見回した。
やはりメグルカの魔力量ではその姿を見ることはできないようだ。
アレイラも同じように当たりを見渡してからレイターの方へと視線を戻す。
「使い魔……というと魔法生物よね?それがこの会場に居るというの?見たところ姿は見えないけれど」
「姿や気配を消してますからね。よほどの高魔力保持者でなければ、見つけることは不可能でしょう。……その使い魔が見ていたんですよ、この会場で起きたこと全てを」
レイターはそう言って冷ややかな目をアンチメグルカ派の女子生徒たちに向けた。
「ヒッ……」
「見ていた……な、何を、そんなっ……」
ぶつぶつと何やら口にする女子生徒たちにレイターは温度を感じさせない冷たい声で言う。
「メグが俺に相応しくないだとか、婚約を辞めろだとか、お前たち何様のつもりだ……?」
「っ……!?」
「えっ……」
「俺たちの婚約、確かに最初は親同士が望んだものだったが、それを正式に希望したのは俺とメグ互いの意思だ。もし成長と共に気が変わり、婚約の継続が困難だと判断すればいつでも解消できるものだった。まぁそんな日は訪れなかったし、これからも訪れることはないだろうがな」
「レイ……」
メグルカは大人しくレイターの膝の上に座りながら彼の話を聞いている。
「三年になり、卒業が現実味を帯びてきたせいかこの頃また俺たちの婚約についてとやかく言う者が増えてきて、正直腹に据えかねていたんだ。だからこの際ハッキリと言わせて貰う、」
レイターはここで一旦言葉を切り、メグルカに自分の方がレイター・エルンストを好きだと言った女子生徒やその他の女子生徒たちに毅然とした態度で告げた。
毅然……というか、若干凄みのある声色と威圧的な態度で。
「俺とメグが卒業後に結婚するのは絶対だ。何故なら俺自身がそれを強く望んでいるからに他ならない。メグよりもずっと強くだ。……なのでこれ以上俺たちの婚約についてとやかく言う奴にはもはや容赦はしない。男だろうが女だろうが完膚なきまでに叩きのめす。それでも良いと言う気概がある者がいたら遠慮なく申し出てくれ、社会的にも物理的にも再起不能になるまで潰してやるから」
「「「っ…………!」」」
今、まるで自分たちに死刑判決でも下しているかのように恐ろしい言葉を並べ立てる男は本当にレイター・エルンストなのだろうか。
その声その表情はあまりにも堅く、そして冷たく。
誰もが信じられないといった表情でレイターを呆然と見つめていた。
そして、ふいに「ナーン」と猫の鳴き声に似た声が聞こえたと思ったその直後、
呆然としていた皆の表情が段々と恐怖に歪められてゆく。
レイターの後ろからまるで煙が立ち上がるかのようにムクムクと巨大な虎のような生きものが出現したからだ。
全長、五メートルはあろうかと思われる、筋骨隆々とした巨大な白虎。
その牙は大きく剥き出しになっており、ナイフよりも鋭利な印象を受ける鋭い爪が地面に食い込み、大きな穴を空けていた。
あの牙と爪に少しでも触れればどうなるか……その結果は容易に想像ができ、そしてその恐ろしさに呼吸が止まりそうになる。
「……せっかくですからね。公女様、ご紹介しますよ。みんなにもよく見えるように可視化しました。今日この会場を守っていた俺の使い魔です。あ、ちなみに申し上げますと、この使い魔には契約時にメグの身を最優先に守るように契約してあるんです。だから彼女に害を及ぼす者には容赦なく襲いかかることでしょう。害意を抱くだけでも使い魔には瞬時に伝わります。その場合、襲い掛かる前に一度だけ軽く警告をする筈ですよ。そうだな、たとえば背中や額などに軽く爪を立てられるとか」
レイターのその言葉を聞き、白虎の巨躯を見上げるアレイラが表情を引き攣らせながら言った。
「け、警告っ……?せ、背中っ……?そ、そういえば先程……」
背中にチクリと違和感を感じたのは、たしかメグルカについて悪い感情を抱いた時ではなかったか……?
思い当たる節がありゾッとするアレイラと数名の女子生徒が顔色を真っ青にして冷や汗をかいていた。
ちなみにレイターはこの巨大な白虎の姿をした使い魔を、メグルカに対して悪意を持つ人間にだけ見えるようにしている。
アレイラは既にメグルカに対する敵意は無くむしろ好意を抱くようになっているのだが、その他諸々の警告も含めて使い魔を可視化させた。
なのでフィリアやメグルカに好意的な女子生徒たちに白虎の姿は見えてはいない。
この巨大な使い魔がメグルカを守っていると知り、これまで彼女に対し敵対心を剥き出しにしてきた生徒たちは怯えきってもはや戦意喪失のような様子を見せている。
レイターはそれを視認し、指をぱちんと鳴らして使い魔の姿を再び見えなくした。
そして満足そうな笑みを浮かべて皆に告げる。
「いかがでしたか?お茶会の余興として楽しんでいただけたのでしたら幸いです」
「余興?レイ、ガブちゃんを皆さんに見せたのよね?他に何かしたの?」
メグルカの目にはいつも、使い魔は縞模様の猫にしか見えないようにしてある。
実際にデカいと邪魔なので普段レイターの側に置いている時も猫の形態だ。
レイターは先程とは打って変わった、穏やかで優しげな笑みを浮かべてメグルカに言った。
「いいや?ただ使い魔を紹介しただけだよ」
それを見てアレイラは他の者たちは思った。
「ただの紹介ではないだろう」と。
そしてこいつは婚約者とそうでない人間との前では明らかに人間性が変わる、ヤバい奴だと認識を改めたようだ。
そうしてその後、なんとも言えない空気が漂う中でお茶会は終了の時間を迎えたのであった。
─────────────────────
姿を見えずとも、ガブは変わらずそこに居るんだな☆
背中にチックンを感じた女子生徒は他にも居たみたいですねぇ。
次回、作者お初のヒーローsideでの最終話となります。
メグルカを迎えに、お茶会の会場である南の庭園に現れたレイターが公女アレイラにそう告げた。
対してアレイラ公女は悪びれる様子もなくレイターに答える。
「あら?名案だと思わない?メグルカさんがアドリフ教授お気に入りなら、彼女が教授の研究室入りをチラつかせて誘き寄せるのが得策だと思うのだけれど」
「研究室入りをチラつかせるなどと、そんなことを勝手に決めないでください。その気もないのに餌にされて、メグの立場はどうなるんですか」
「彼女が不利になるような真似はしない。それにアドリフ教授が認めるほど優秀ならメグルカさんも我が国にお招きしたいわ。それって名案よね!だってメグルカさんを引き入れると漏れなくレイターとアドリフ教授が付いてくるんでしょう?やだっ、最高ではなくて?」
「最高じゃありません。いい加減な思いつきで婚約者を翻弄しないでいただきたい」
「まぁ……婚約者だからといって勝手に答えを決めつけるのはどうかと思ってよ?もしかしたらメグルカさんは我が国に来たいと考えているかもしれないでしょう?ねぇメグルカさん、どうかしら?貴女のお力を是非お貸し願いたいの。わたくしの元で働いてみない?」
アレイラがそう言ってメグルカを見る。
同時にレイターもメグルカに視線を向けた。
「え、えっと……あの……」
二人に同時に見つめられるというまさかの展開にメグルカはたじろいでしまう。
しかしたとえ今後どう状況が変化しようとも、自分の気持ちは変わらない。
メグルカは居住まいを正してアレイラに告げる。
「公女様の過分なお言葉、身に余る光栄にございます。だけど私には幼い頃よりレイターの妻になり、彼と幸せな家庭を築くという夢がございます。夫となるレイターがモルモア公国へ赴くと言うならばそれに付き従いますが、私個人が公女様のお役に立てることはないかと存じます」
「メグ……」
メグルカの返事を聞き、レイターはほんの少しだけ安堵の表情を浮かべた。
でもきっと彼はメグルカが公女の元で働いてみたいと言えば、それはそれで協力してくれるのだろうと思う。
だけどメグルカが支えたいのは他国の公人や事業などではない。
レイター・エルンストという最愛の人をただ側で支えたい、共に生きてゆきたい。
それがメグルカの望みなのだ。
「そうなのね……。迷いもなく即答できるほど、それは貴女の中でとうに決まっている答えなのね……。っでもでも簡単には諦めきれないわっ……!じゃあせめてレイター・エルンスト、貴方は我がモルモア公国で働きなさい!(そうすればメグルカさんもセットだわ♪そしてあわよくば……)」
メグルカの返答を受けてアレイラは一瞬気落ちするも直ぐさま機転利かせて立ち直り、レイターにそう告げた。
レイターは辟易とした顔を取り繕うこともなくアレイラに返す。
「お断りいたします。……と、何度も申し上げているでしょう。俺はすでにハイラント王国魔術師団への入団が内定しております。祖国に仕える、その意思に変わりはございません」
「もうぅ~!どうして思い通りにいかないの~?せめて、せめてアドリフ教授だけは~!」
扇子を広げて顔を隠しながら嘆くアレイラが気の毒になり、メグルカは彼女を気遣う。
「あの……公女様のご期待に応えることが出来ず申し訳ございません。でもせめて、アドリフ教授と面会出来るように取り計らってみますので……っきゃ?」
アレイラに向けてそう言っていたメグルカだが、ふいにレイターに体を持ち上げられたかと思うと彼の膝に乗せられて座り治す形となった。
「レ、レイっ?」
レイターの思わぬ行動にメグルカは目を見開く。
メグルカの席の対面に座る、アンチメグルカ派の女子生徒たちが息を呑む声が聞こえた。
皆、信じられないものを見るように涼しい顔でメグルカを膝に乗せて座るレイターを凝視している。
「ねぇレイター……?貴方、なぜ婚約者を膝に乗せて着席を……?」
アレイラがジト目を向けてそう訊ねると、レイターはシレッと答えた。
「ここに来るまでに、公女様に申し付けられた雑用を片付けて喉がカラカラなんですよ。二時間後に出席を認めてくださったということは、俺もお茶をいただけるという事でしょう?でも見たところ席は無いようですし、それなら婚約者の席に座ればいいと思いましてね。まさか立ったままお茶を飲むわけにもいきませんから」
「……だからといってわざわざこれ見よがしに膝に乗せなくてもよいのではないかしら?」
「公女様はメグに立っていろと言うんですか?」
「そんなワケはないでしょう。貴方の分の席を用意させますわよ」
「それには及びません。お茶をいただいたら我々は失礼いたしますので」
「まだお茶会終了の時間ではなくてよ」
アレイラが眉根を寄せてそう言うと、レイターはテーブルに対面して座る女子生徒たちや会場を軽く見渡して告げる。
「……大切な婚約者を、こんな身勝手な有象無象が居る場所に置いてはおけませんよ」
「身勝手な……?」
「えっ……?」
「有象無象って……」
普段温厚で人当たりの良いレイターから発せられた冷たい言葉に、誰もが耳を疑った。
言われた言葉を理解出来ずに繰り返す者もいる。
それに構わずレイターはメグルカを膝に乗せたまま言う。
「今日のお茶会。学園側からの警護として、俺の使い魔をこの会場に潜入させる許可を校長や理事長からいただいているんですよ」
───え、ガブちゃんが?
メグルカが目を丸くして辺りを見回した。
やはりメグルカの魔力量ではその姿を見ることはできないようだ。
アレイラも同じように当たりを見渡してからレイターの方へと視線を戻す。
「使い魔……というと魔法生物よね?それがこの会場に居るというの?見たところ姿は見えないけれど」
「姿や気配を消してますからね。よほどの高魔力保持者でなければ、見つけることは不可能でしょう。……その使い魔が見ていたんですよ、この会場で起きたこと全てを」
レイターはそう言って冷ややかな目をアンチメグルカ派の女子生徒たちに向けた。
「ヒッ……」
「見ていた……な、何を、そんなっ……」
ぶつぶつと何やら口にする女子生徒たちにレイターは温度を感じさせない冷たい声で言う。
「メグが俺に相応しくないだとか、婚約を辞めろだとか、お前たち何様のつもりだ……?」
「っ……!?」
「えっ……」
「俺たちの婚約、確かに最初は親同士が望んだものだったが、それを正式に希望したのは俺とメグ互いの意思だ。もし成長と共に気が変わり、婚約の継続が困難だと判断すればいつでも解消できるものだった。まぁそんな日は訪れなかったし、これからも訪れることはないだろうがな」
「レイ……」
メグルカは大人しくレイターの膝の上に座りながら彼の話を聞いている。
「三年になり、卒業が現実味を帯びてきたせいかこの頃また俺たちの婚約についてとやかく言う者が増えてきて、正直腹に据えかねていたんだ。だからこの際ハッキリと言わせて貰う、」
レイターはここで一旦言葉を切り、メグルカに自分の方がレイター・エルンストを好きだと言った女子生徒やその他の女子生徒たちに毅然とした態度で告げた。
毅然……というか、若干凄みのある声色と威圧的な態度で。
「俺とメグが卒業後に結婚するのは絶対だ。何故なら俺自身がそれを強く望んでいるからに他ならない。メグよりもずっと強くだ。……なのでこれ以上俺たちの婚約についてとやかく言う奴にはもはや容赦はしない。男だろうが女だろうが完膚なきまでに叩きのめす。それでも良いと言う気概がある者がいたら遠慮なく申し出てくれ、社会的にも物理的にも再起不能になるまで潰してやるから」
「「「っ…………!」」」
今、まるで自分たちに死刑判決でも下しているかのように恐ろしい言葉を並べ立てる男は本当にレイター・エルンストなのだろうか。
その声その表情はあまりにも堅く、そして冷たく。
誰もが信じられないといった表情でレイターを呆然と見つめていた。
そして、ふいに「ナーン」と猫の鳴き声に似た声が聞こえたと思ったその直後、
呆然としていた皆の表情が段々と恐怖に歪められてゆく。
レイターの後ろからまるで煙が立ち上がるかのようにムクムクと巨大な虎のような生きものが出現したからだ。
全長、五メートルはあろうかと思われる、筋骨隆々とした巨大な白虎。
その牙は大きく剥き出しになっており、ナイフよりも鋭利な印象を受ける鋭い爪が地面に食い込み、大きな穴を空けていた。
あの牙と爪に少しでも触れればどうなるか……その結果は容易に想像ができ、そしてその恐ろしさに呼吸が止まりそうになる。
「……せっかくですからね。公女様、ご紹介しますよ。みんなにもよく見えるように可視化しました。今日この会場を守っていた俺の使い魔です。あ、ちなみに申し上げますと、この使い魔には契約時にメグの身を最優先に守るように契約してあるんです。だから彼女に害を及ぼす者には容赦なく襲いかかることでしょう。害意を抱くだけでも使い魔には瞬時に伝わります。その場合、襲い掛かる前に一度だけ軽く警告をする筈ですよ。そうだな、たとえば背中や額などに軽く爪を立てられるとか」
レイターのその言葉を聞き、白虎の巨躯を見上げるアレイラが表情を引き攣らせながら言った。
「け、警告っ……?せ、背中っ……?そ、そういえば先程……」
背中にチクリと違和感を感じたのは、たしかメグルカについて悪い感情を抱いた時ではなかったか……?
思い当たる節がありゾッとするアレイラと数名の女子生徒が顔色を真っ青にして冷や汗をかいていた。
ちなみにレイターはこの巨大な白虎の姿をした使い魔を、メグルカに対して悪意を持つ人間にだけ見えるようにしている。
アレイラは既にメグルカに対する敵意は無くむしろ好意を抱くようになっているのだが、その他諸々の警告も含めて使い魔を可視化させた。
なのでフィリアやメグルカに好意的な女子生徒たちに白虎の姿は見えてはいない。
この巨大な使い魔がメグルカを守っていると知り、これまで彼女に対し敵対心を剥き出しにしてきた生徒たちは怯えきってもはや戦意喪失のような様子を見せている。
レイターはそれを視認し、指をぱちんと鳴らして使い魔の姿を再び見えなくした。
そして満足そうな笑みを浮かべて皆に告げる。
「いかがでしたか?お茶会の余興として楽しんでいただけたのでしたら幸いです」
「余興?レイ、ガブちゃんを皆さんに見せたのよね?他に何かしたの?」
メグルカの目にはいつも、使い魔は縞模様の猫にしか見えないようにしてある。
実際にデカいと邪魔なので普段レイターの側に置いている時も猫の形態だ。
レイターは先程とは打って変わった、穏やかで優しげな笑みを浮かべてメグルカに言った。
「いいや?ただ使い魔を紹介しただけだよ」
それを見てアレイラは他の者たちは思った。
「ただの紹介ではないだろう」と。
そしてこいつは婚約者とそうでない人間との前では明らかに人間性が変わる、ヤバい奴だと認識を改めたようだ。
そうしてその後、なんとも言えない空気が漂う中でお茶会は終了の時間を迎えたのであった。
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姿を見えずとも、ガブは変わらずそこに居るんだな☆
背中にチックンを感じた女子生徒は他にも居たみたいですねぇ。
次回、作者お初のヒーローsideでの最終話となります。
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