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ワシが育てた……脳筋令嬢は虚弱王子の肉体改造後、彼の元から去ります
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私、マーガレット=グレマンはその日、唐突に前世の記憶が蘇った。
落馬したわけでも、階段から落下したわけでも、病に罹ったわけでも、頭を打ったわけでもない。
ただ目の前にいる人物を見て、ここが小説の中の世界で、自分はその物語の中のヒロインのライバル役として生まれ変わった事を唐突に理解したのだ。
前世の私は日本人で、そして恋愛小説が大好きなただのOLだった。
そして事故に巻き込まれて死んだらしい。
それ以降の記憶がないということはつまりはそうなんだろう。
そしてどういう原理か、自然の摂理はどうなっているのかサイエンス的な事では全く理解し難い、異世界転生というものを果たし、前世で読んだ小説の登場人物として生を受けたのだ。
ん?でもでも、小説の中でライバル令嬢であるマーガレットが転生者だとそんな設定書いてあったかしら?
確かなかったわよね?
という事はどういうこと?転生ではなく憑依?
乗り移っちゃったってこと?
……………………………わからない。
多分きっと、これはどれだけ考えても答えなんて出ないのだろう。
この状況を説明してくれる神様でも現れない限りは。
だけど今、私はマーガレット=グレマンとして生きているのは間違いなくて……。
ならばもう答えを求めても仕方ないなと思い、私は考える事を放棄した。
ただここにあるのは私がマーガレットで、今私の目の前にいるヒョロヒョロのモヤシっ子が、小説の中で私の最推しだった薄幸の王子アルフォンス殿下だということ、その事実だけで充分だ。
───え?え?生アル様っ?不憫キャラ好きの前世の私の最推しだったアル様なのっ?
私は目の前の彼をよーく見てみる。
血色の悪い顔色、紙のように薄い肩、少し触れただけで折れてしまいそうな細い手首。
間違いない!
ヒロインに惹かれながらも虚弱な自分では彼女を守れないと涙ながらに身を引いた超繊細内心乙女のアルフォンス様だ!
あのアル様が、わ、わたしの目の前に……
王宮での茶会と称した王太子と高位貴族令嬢たちとの集団見合いに息巻いて参加したけど、そんなのもうどーでもいいわ!
せっかく小説の世界に転生したのですもの、推しキャラを愛でずして何とする!ですわよ。
本来なら私はエルバード王太子殿下の婚約者に選ばれるべく、ヒロインや他の令嬢たちと苛烈な婚約者選定の戦いに参戦するのが物語の筋だけれども、前世の記憶が蘇った今はそんな気には到底なれない。
それよりもなによりも……
記憶が蘇る直前にたまたま向かい合って座る事になったこの推しを堪能する事の方が重要よ!
それにしても本当にモヤシっ子だわ。
虚弱だとは聞いているけど大病を患っているわけではないと小説には明記されていた。
そしてヒロインがハピエンを迎えた後、3年後に彼がこの世を去るとも……。
そんな、まだたったハタチそこそこの年齢で儚くなってしまうなんて……
そんなの………
「そんなの、看過するわけにはいきませんわっ!!」
私は思わずテーブルをバンっと叩いて立ち上がっていた。
そんな私を向かいの席に座るアルフォンス様とお母上である第二妃様が目を丸くして見ているけれども、
私の隣に座っているお母様にワンピースドレスをクイクイ引っ張られて座るように無言で促されているけれども、
そんなの関係ねぇってんですわよ!!
私はキッとアルフォンス様を見据えて彼に直接申し上げた。
「アルフォンス殿下!お初にお目にかかります!私はブレア侯爵ガブリエル=グレマンの娘、マーガレット=グレマンと申します!以後お見知り置き下さいませっ!そしてせっかくこうしてお席をご一緒出来たのも何かのご縁と思し召し頂き、私の意見を申し上げたいと存じますがよろしいでしょうかっ!?」
「メ、メグっ!?」と隣でお母様の悲鳴に近い声が聞こえたけれど、私は別に乱心したわけでもなんでもないのでご安心下さいませお母様。
アルフォンス様は私の勢いにただ気圧され、大きく目を見開きながらも発言を許可して下さった。
「ど、どうぞ……?」
「ありがとうございます!私が思いますにアルフォンス殿下の虚弱体質は主に生活習慣に問題があると存じますわ!」
「え、そ、そうなの……?」
「聞くところによると(小説の中で書かれていた事によると)殿下は一日中お日様に当たることもなく本ばかりをお読みになっているとか?生命維持活動以外にカロリーを使っていなければ食が細くなるのは当然です。そして偏食で特定のものしか召し上がらないともお聞きしておりますわ!それはまさに負の無限ループ、あなた様は無限虚弱地獄にどっぷり浸かっておられるのです!」
「え、え、え、む、無限虚弱地獄……?」
「そうです。そんな地獄の住人で居続けるなんて嫌だと思われませんか?」
私がそう申し上げると、アルフォンス様はコクコクと大きく頷かれた。
ふふふ、可愛い。
だってまだ私と同じ十四歳ですもんね。
私は前世の記憶が蘇ってプラス二十七歳の年齢が加算された性格熟女になってしまったけれど。
そのアルフォンス様と私のやり取りを側で興味深そうに第二妃様はご覧になっていた。
私は咎められないのは続行OKの意だと汲んで、さらにアルフォンス様に進言した。
「殿下、全て私にお任せくださいませ!我がブレア騎士団伝統の肉体改造プログラムを殿下にご教授いたしますわっ!」
「え、肉体改造プログラム……?た、例えば?」
「お声が小そうございますっ、もっと腹の底から声を押し出してハッキリとお話なさいませ!」
「は、はいっ……」
「まだまだ蚊の鳴くような声ではございますがいいでしょう。今後に期待いたします」
「あ、ありがとう……」
「ぷ、ふ、ふふふふ…ふふ、ふふふふっ」
「ひ、妃殿下っ……?」
私とアルフォンス様のやり取りを静観されていた第二妃様が突然吹き出し、笑い出したのを見て私のお母様は顔面蒼白になった。
王子に暴言を吐いて無礼を働き、不敬罪で娘が罰せられると思ったようだ。
だけど第二妃様は寛容な方で、今まで誰もモヤシの第二王子には目もくれなかったというのに、私が王子に興味を抱き尚且つ体質改善までしてみせると豪語した事をとても喜ばれたのだ。
そして第二妃様自らアルフォンス様のお父君であらせられる国王陛下に進言され、私はアルフォンス様専属の肉体改造コーチとしてお仕えする事が決まったのだった。
後になって思えば、同年代のご友人が一人もいなかったアルフォンス様に私のような者でも側にいてくれたら幾分は賑やかでいいだろうとお考えになったのかもしれない。
それに私の父は王国軍の将軍の一人に名を連ねる軍人だからね。
その娘の私なら、もしかしたら王子を強く健康的に成長させられるかもしれないとダメ元で思われたのだろう。
だってグレマン侯爵家はお母様以外はみんな脳筋だからね!
こうして私の、アルフォンス様を無限虚弱地獄からお救いするためにお城に日参する日々が始まった。
そしてアルフォンス様にとっては虚弱地獄の方がマシだと言わしめるほどのガミガミ地獄が始まったのである。
「ほらアルフォンス様!いい加減お目覚めなさいませ!昨日も遅くまで読書をされていたとか、それだから朝が起きれないのでございますよ!」
「えーやだよぉ眠いよぉ……」
「もうとっくにお天道様がコンニチワしておりますよ!さっさと朝ごはんを食べてその青白いモヤシボディに日を当てねば!あ、もちろん適度に日焼け止めを塗ってくださいませね」
「……マーガレット嬢って、人と接する距離感が半端なく近いよね?あ、これ物理的距離じゃないからね?」
「そうですか?ブレア領内では普通ですよ?昨日の敵は今日の友!一度会えば友達さ!みんなで広げよう友達の輪!ですわ!あ、私のことはメグとお呼び下さいませ」
「それじゃあ目が合っただけで顔見知りって事になりそうだね……あ、じゃあ僕のことはアルと」
「承知いたしましたわアル様。さ、朝食にいたしましょう。アレルギーがある食材はともかく、好き嫌いでのお残しは許しまへんからね?」
「え、えーー……」
「男子たるもの語尾は伸ばさないっ!ハイ!行きますよ!」
「えー……」
「まだ長いっ」
◇◇◇◇◇
「もう無理っ……もう走れないよっ……!」
「何言ってるんですかっ?こんなの走ってるとは言いません!歩いてるのと同義です!そぞろ歩きです!」
「僕にとっては全力疾走なんだよ~……」
「それでもせめて一日10分は走らねば!遅くてもいいんです、ご自分ペースで頑張って走って下さい!この後、水分補給をしたら筋トレですよ!」
「えーーーっ」
「また語尾が長いっ!語尾の長さは甘えの象徴ですわよっ!」
「なにその理論、初めて聞いたんだけどっ……」
「我がグレマン家に伝わる家訓に書かれているのです」
「グレマン家恐ろしい~」
「つべこべ言わないっ!さぁ馬車馬のように走りなさい!」
「ヒッ、ヒィィィ~~!」
◇◇◇◇◇
と、このように周囲に甘やかされてモヤシ属性になったアルフォンスを、マーガレットはスパルタに扱きまくった。
そしてある日、とうとうアルフォンスは根を上げて肉体改造をボイコットした。
肉体改造ストライキともいえよう。
「もうやだ!もう肉体改造なんてやりたくない!もうしんどいのは嫌だ!」
アルフォンスはそう言って自室近くにあるトイレへと篭ってしまった。
マーガレットはドア越しにアルフォンスを説得する。
「アル様、せっかくここまで頑張ってこられたのです。近頃は大きな声を出せるようになられたし、好き嫌いも減ってきて、モヤシ歩きではなくちゃんと走れるようになったではありませんか。今ここでやめてしまわれたら、モヤシっ子に逆戻りですわよ?そうしたらまた無限虚弱地獄に真っ逆さまにドボンですわよ?」
「もうそれでいいよ!どうせ王位は兄上が継がれるし、僕は王弟として兄上を支えていくんだ。頭さえあれば筋肉なんて要らないっ」
アルフォンスはそう言ってからは黙んまりを決め込み、一向にトイレからは出てこなかった。
籠城場所をトイレにするなど、さすがは頭脳明晰であるアルフォンス。
しかもお茶とお菓子と書物を持参してたて籠ったそうだ。
本当に抜かりない。
確かに将来アルフォンスは宰相として、兄王を支えてゆく事が今の段階で決まっている。
でも小説の中では虚弱の体のために恋を諦め、若くして亡くなってしまうのだ。
───推しのそんな末路を、私は見たくない……。
でも、それでもアルフォンスがここまで嫌がっているものを無理に押し付ける事は出来ない。
本人のためだからとその意思を無視して押し付けるのは単なるエゴだ。
───出来ることならお救いしたかったけど……。
マーガレットはもう一度トイレの前へ行き、交代でアルフォンスを説得していた侍従長や侍女長に席を外して貰った。
そしてトイレの中のアルフォンスに呼びかける。
「アル様」
「………」
中から返事はない。
アルフォンスの意思は堅いようだ。
「わかりましたアル様。五時間以上もトイレに籠られるほど嫌な事を押し付けて申し訳ありませんでした。私はアル様に、不健康が故に諦めねばならないものが増えてゆくような、そんな人生を送ってほしくはなかったのです。そのために私なりにお役に立てればと思ったのですが…そんなにもお辛い目に合わせてしまっていたのなら本末転倒ですわね……」
マーガレットの言葉がちゃんと届いているのか、トイレの中からガタンとアルフォンスが身動ぐ音が聞こえた。
「ならば私は今日を持ちましてお城を下がらせて頂きます。役目がないのに今のように登城するわけにはまいりませんから……短い間ですがアル様と共にすごした時間はとても楽しゅうございました。本当に、本当にありがとうございました」
マーガレットはそう告げてから一歩下がり、心を込めてトイレに向かってカーテシーをした。
たとえアルフォンスが見ていなくても、ありったけの真心と敬意を込めて挨拶をしたかったのだ。
肉体改造を初めて三ヶ月、雨の日も風の日も共にモヤシの体と向き合ってきた日々。
マーガレットの心に寂寥たる思いが広がってゆく。
だがアルフォンスの人生はアルフォンスのものだ。
推しだからと、死んで欲しくないからとその事実を見誤ってはいけない。
マーガレットは伏していた目を上げる。
するとそこにはトイレのドアを開けて困惑顔で立っているアルフォンスがいた。
「……アル様……」
「僕が肉体改造をやめたら……メグはもう城には来ないの?」
「え?……ええまぁ……王都のタウンハウスではなく、家族が待つブレア領に帰りますわ」
「そうしたらもう会えなくなる……」
「え?……ええまぁ……ブレア領は王都から馬車で一週間の距離ですから」
「じゃあ僕も行く」
「え?……えぇっ!?」
「メグと会えなくなるなんて嫌だ。それなら僕もブレア領に行くよ」
「な、」
“なぜ?”と訊ねそうになったがマーガレットはハッとある事に気付いた。
ブレア領は広大で自然が多く、遊んでいるだけで体が鍛えられる。
鍛錬と意識せず、遊びの一環としてアルフォンスを鍛えられるかもしれない。
(押し付けるのをやめるんじゃなかったのか)
「い、いいですわねアル様!ナイスアイデアです!ええ行きましょう!是非ご滞在ください我がブレア領に!おいでませブレア領!」
「うん!どこまでも一緒だよメグ!」
ナチュラルに問題発言をしたアルフォンスだが、マーガレットはそれに気付くことなくアルフォンスが自領に滞在出来るように手筈を整えた。
国王も第二妃も引きこもりがちであった息子が外界に目を向けたことを殊の外喜び、アルフォンスが長期に渡りグレマン侯爵家に預ける事を快諾した。
こうしてマーガレットはアルフォンスを連れてブレア領へと戻った。
グレマン侯爵家の面々も娘が連れ帰った王子に対し最初こそは腫れ物のように特別扱いしていたが、元々マーガレットと同じく一度会えば友達さ精神の持ち主たちである、直ぐに王子の存在に慣れて一緒に楽しく暮らし始めたのであった。
自領では野猿のように駆け回っているマーガレット。
いつでも一緒だと言い、それに付き合うことになったアルフォンスも必然的にアクティブな遊びとなった。
加えて私設騎士団を抱えるグレマン侯爵家にいると自然と騎士たちに紛れて剣を振る習慣が出来た。
勉強の時間以外(わざわざ王家から派遣された家庭教師がいる)は遊びと称して外に連れ出す。
一緒に仲良く遊びながら体力作り。
強要することもされることもなく二人共ウィンウィンな日々を過ごしていった。
こうして四年の歳月があっという間に過ぎた。
考えてみれば四年も一度に王都に帰らずに王子がブレア侯爵領にいたなんて普通はありえない。
よくまぁ国王も第二妃殿下も許してくれたものだと思うが、それほどまでにアルフォンスの健康面を案じていたのだろう。
(年に一~二度、母親である第二妃がブレア領には来たが)
そしてマーガレットとアルフォンスは18歳となり、流石にアルフォンスも王都へ帰らねばならなくなった。
見違えるほど健康的になったアルフォンスだが、そろそろ王都で将来のために政治や経済について学ばなくてはならないからだ。
そう、アルフォンスはもはやモヤシではない。
ブレア領を駆け回ったことにより培った強靭な肉体を手に入れた、均整のとれた筋肉をまとう長身のイケメン王子へと変貌を遂げていたのであった。
ワシが育てた……
これなら何処に出しても恥ずかしくはない(不敬)、マーガレットご自慢の王子さまだ。
アルフォンスはもう、虚弱だからと全てを諦めなくてもいいし簡単に死ぬような事もない。
王都に戻って小説のヒロインと出会い、彼女に恋をしても虚弱だからと諦めなくてもいいのだ。
まだ兄王子の婚約者は正式に決まっていない今なら、彼女を横から掻っ攫うことが出来るはず。
それでは小説の筋書きとは違うが、マーガレットが王太子の婚約者候補に手を挙げずにモヤシのアルフォンスの手を取った時点で物語はかなり改変されているのだ。
今更どうって事はないだろう。
それでもし何かのペナルティを受けなければならないのなら、全ては推しのためと我を通してきたマーガレットが一身に受ける。
この四年間、そのくらいの覚悟を持ってやって来たのだった。
だから……
「幸せになってアル様」
マーガレットはアルフォンスの荷造りしながら、彼の私物を本人に見立ててそうつぶやいた。
この四年、アルフォンスの健康的な肉体と共に彼への恋心も一緒に育んできた。
いつの間にか好きになっていつの間にか心の中はアルフォンスでいっぱいになっていた。
元々前世から大好きだった推しだ、側にいれば必然的に恋情を抱くようになる。
だけど向こうは王族。
グレマン家は侯爵家だが、もっと格上の家門がある中でそれらの家を押しのけて王子との縁談なんて望めるはずもない。
幸せな子供時代を共に過ごした友人と呼べる間柄。
それがマーガレットとアルフォンスの関係の終着点だ。
アルフォンスがブレア領を発つ日、それが彼との別れの日となる。
王都とブレア領、これからは二人別々の地で生きてゆく。
そろそろマーガレットも今後の事を考えて結婚相手を探さねばならない。
もう十八になっているマーガレット。
世間的にみればかなり出遅れている。
───私を望んでくださる殊勝な殿方がいるなら、もうその方に嫁ぐわ。
誰でもいい。
そう。アルフォンスでないのなら誰でも。
そう思った自分を戒めるようにマーガレットは頭をふるふると勢いよく振った。
こんな考えでは相手の方に失礼だ。
アルフォンスを見送った後は早々に彼を忘れる努力をして、今度は自分の幸せを探そう。
マーガレットはそう思っていた。
…………思っていたのに、なぜか今、マーガレットはアルフォンスと一緒に王都へ戻る馬車へと乗せられている。
「……???」
頭の中を疑問符でいっぱいにしてマーガレットはアルフォンスをちらりと見た。
マーガレットの胸の内がわかるのか、アルフォンスがニコニコと笑いながら答えてくれた。
「メグは僕と一緒に王都へ行くんだよ」
「え?なぜ?」
「なぜ?メグは僕を一人で王都に戻らせる気?」
「え?そ、それは……」
ああなるほど、寂しがり屋のアルフォンス。
王都までの見送りをマーガレットに望んでいるのだ。
───四年も暮らしたブレア領を出て一週間も一人で馬車に揺られるなんて寂しいものね。
それにしても、見送りだけにしてはマーガレットの荷物が多いような気がするし、両親や二人の兄がマーガレットとの別れを惜しんでいたような気もする。
「………???」
マーガレットは不思議に感じながら王都へ向かう馬車に揺られた。
そうして一週間、ようやく到着した王都。
そしてアルフォンス本来の家である王宮の前にはたくさんの人たちが出迎えていた。
アルフォンスが先に馬車を降りる。
すると集まっていた多くの人間が逞しく成長したアルフォンスを見て感嘆の声をあげた。
中には黄色い声も上がり、見目麗しいアルフォンスをご令嬢方は頬を染めて見つめていた。
「メグ」
アルフォンスに手を差し出され、まるで彼にエスコートされるかのようにマーガレットも馬車を降りる。
まず最初にアルフォンスに声をかけてきたのはやはり彼の父親、国王陛下であった。
「見違えたぞアルフォンス。お前の母から話には聞いていたがまさかこれほどまでに精悍な若者になっているとは思わなんだ」
「ご無沙汰しております父上。長い間、私のわがままをお聞き下さり感謝申し上げます」
アルフォンスが父王に礼儀正しく接すると国王は満足そうに頷いた。
そして王妃、王太子、アルフォンスの母親である第二妃と挨拶を交わしたその後に、アルフォンスの前に一人の美しい令嬢が立った。
───ヒロインだわっ……!
白に近いブロンドにローズクォーツの瞳。
小説のヒロインがアルフォンスの前に立ち、優雅にカーテシーをした。
アルフォンスは眩しそうに目を細めて彼女を見つめている。
顔を上げたヒロインもアルフォンスを見つめ、二人の視線が重なり合う。
───あぁ……出会ってしまった。
とうとう、アルフォンスと彼が恋焦がれるヒロインとが出会ってしまったのだ。
これで本当に、自分の役目は終わった。
マーガレットはそう思い、彼の隣にいるべきではないと一歩二歩後ろに下がろうとした……が、
「え」
その瞬間、アルフォンスの手がマーガレットの腰にガッツリとまわり、彼女の腰をガッシリとホールドした。
「………?」
その手を不思議そうに見つめるマーガレットにアルフォンスが言った。
「メグ、どこに行く気?」
「……え?だ、だって私は部外者だから、家族の再会の邪魔をしてはいけないと思って……」
「部外者?変な事を言うね、婚約者は部外者とは言わないでしょ?」
「婚約者?」
「うん」
「誰が?」
「メグが」
「誰の?」
「もちろん僕の」
「え?」
気の所為だろうか?
今、アルフォンスの口からマーガレットがアルフォンスの婚約者のような発言が飛び出したのだが……。
意味がわからず首を傾げるマーガレットに、国王が話かけてきた。
「おお……そなたがグレマン将軍の愛娘、マーガレット嬢か。そして私の娘になるのだな!」
「え?」
「父上、その言い方ではまるでマーガレット嬢が養女になるかのように聞こえますよ。ここは一つ、きちんと第二王子妃と言うべきでは?」
「おお、そうだな」
「え?」
王太子と国王の会話にも不可解な単語が並んでいる。
すると王太子はアルフォンスの前にいたヒロインの肩を抱き、マーガレットに言った。
「マーガレット嬢、兄として私からも礼を言わせてくれ。弟をこんなに逞しい青年に肉体改造してくれて本当にありがとう。そしてこれからは妃として末永く弟を支えていってやってほしい。あぁそうだ、私の婚約者を紹介しよう」
「え?」
王太子がそう言うと、彼に肩を抱かれているヒロインがにっこりと微笑んでマーガレットを見た。
「はじめましてマーガレット様。私たち、義姉妹になるのね。嬉しいわよろしくね」
「え?婚約者?……王太子殿下の?」
マーガレットが素っ頓狂な声を出すとアルフォンスが言った。
「当然だろ?誰の婚約者だと思ったの?」
「アル様……の?」
「バカな。僕の婚約者はメグ、キミだよ。僕が王都に帰る前に王家からグレマン侯爵家に打診したんだ」
「うそ」
「ホント」
「ど、どうしてウチの親は何も言わなかったの?」
「まだ正式な書面を交わしたわけではないから、かな?まぁ僕たちが相思相愛なのは君のご両親も知っているし、王都に行けばわかるんだからと敢えて言わなかったのかもしれないね?」
「そんな大雑把なっ……有り得ないでしょっ……」
と、思ったが、細かい事に拘らないマーガレットの両親なら有り得るなと考え直した。
しかしなんという事だ。
既にヒロインは王太子の婚約者に選ばれており、アルフォンスとマーガレットの婚約も結ばれようとしているとは。
だけどそれよりもなによりもマーガレットを驚かしたのは……
「ちょっと待ってアル様、……アル様は私の事が好きなの?」
「好きだよ。大好きだ。僕のお嫁さんはメグしか考えられない」
「ヒロインじゃなくて?」
「ヒロイン?僕のヒロインはメグ、キミだよ」
「なんというキラキラ王子サマ発言!」
面と向かって告白をされ、尚且つ小説のセリフのような甘い口説き文句を言われてマーガレットの頭は爆発した。
顔を真っ赤にしてわかりやすく狼狽えるマーガレットに、アルフォンスは悪戯っぽい表情を浮かべて言った。
「言っただろ?どこまでもずっと一緒だよって。出会った時からパワフルで、あの日一瞬で僕を虜にした責任はちゃんと取ってもらわないとね。ね?メグ、僕と結婚してくれるよね?」
有無を言わせない圧をアルフォンスから感じる。
しかしマーガレットの答えはひとつしかない。
自分だってアルフォンスの事が大好きなのだから。
「っ~~~~………はい……」
顔を真っ赤にしてこくんと頷くマーガレットをアルフォンスが抱きしめた。
「メグ!」
「きゃあっ」
「はははは!良かったな、アルフォンス!」
国王の声が高らかに響いた。
こうして虚弱体質のために薄幸で薄命となるはずのアルフォンスは、
健康な肉体と共に生涯愛する人を手に入れたのであった。
めでたしめでたし、
と、小説ならばそう締め括っているだろう。
だけどマーガレットとアルフォンスの物語はこれからも続いてゆくのである。
めでたしめでたし
_______________________
お読み頂きありがとうございました!
落馬したわけでも、階段から落下したわけでも、病に罹ったわけでも、頭を打ったわけでもない。
ただ目の前にいる人物を見て、ここが小説の中の世界で、自分はその物語の中のヒロインのライバル役として生まれ変わった事を唐突に理解したのだ。
前世の私は日本人で、そして恋愛小説が大好きなただのOLだった。
そして事故に巻き込まれて死んだらしい。
それ以降の記憶がないということはつまりはそうなんだろう。
そしてどういう原理か、自然の摂理はどうなっているのかサイエンス的な事では全く理解し難い、異世界転生というものを果たし、前世で読んだ小説の登場人物として生を受けたのだ。
ん?でもでも、小説の中でライバル令嬢であるマーガレットが転生者だとそんな設定書いてあったかしら?
確かなかったわよね?
という事はどういうこと?転生ではなく憑依?
乗り移っちゃったってこと?
……………………………わからない。
多分きっと、これはどれだけ考えても答えなんて出ないのだろう。
この状況を説明してくれる神様でも現れない限りは。
だけど今、私はマーガレット=グレマンとして生きているのは間違いなくて……。
ならばもう答えを求めても仕方ないなと思い、私は考える事を放棄した。
ただここにあるのは私がマーガレットで、今私の目の前にいるヒョロヒョロのモヤシっ子が、小説の中で私の最推しだった薄幸の王子アルフォンス殿下だということ、その事実だけで充分だ。
───え?え?生アル様っ?不憫キャラ好きの前世の私の最推しだったアル様なのっ?
私は目の前の彼をよーく見てみる。
血色の悪い顔色、紙のように薄い肩、少し触れただけで折れてしまいそうな細い手首。
間違いない!
ヒロインに惹かれながらも虚弱な自分では彼女を守れないと涙ながらに身を引いた超繊細内心乙女のアルフォンス様だ!
あのアル様が、わ、わたしの目の前に……
王宮での茶会と称した王太子と高位貴族令嬢たちとの集団見合いに息巻いて参加したけど、そんなのもうどーでもいいわ!
せっかく小説の世界に転生したのですもの、推しキャラを愛でずして何とする!ですわよ。
本来なら私はエルバード王太子殿下の婚約者に選ばれるべく、ヒロインや他の令嬢たちと苛烈な婚約者選定の戦いに参戦するのが物語の筋だけれども、前世の記憶が蘇った今はそんな気には到底なれない。
それよりもなによりも……
記憶が蘇る直前にたまたま向かい合って座る事になったこの推しを堪能する事の方が重要よ!
それにしても本当にモヤシっ子だわ。
虚弱だとは聞いているけど大病を患っているわけではないと小説には明記されていた。
そしてヒロインがハピエンを迎えた後、3年後に彼がこの世を去るとも……。
そんな、まだたったハタチそこそこの年齢で儚くなってしまうなんて……
そんなの………
「そんなの、看過するわけにはいきませんわっ!!」
私は思わずテーブルをバンっと叩いて立ち上がっていた。
そんな私を向かいの席に座るアルフォンス様とお母上である第二妃様が目を丸くして見ているけれども、
私の隣に座っているお母様にワンピースドレスをクイクイ引っ張られて座るように無言で促されているけれども、
そんなの関係ねぇってんですわよ!!
私はキッとアルフォンス様を見据えて彼に直接申し上げた。
「アルフォンス殿下!お初にお目にかかります!私はブレア侯爵ガブリエル=グレマンの娘、マーガレット=グレマンと申します!以後お見知り置き下さいませっ!そしてせっかくこうしてお席をご一緒出来たのも何かのご縁と思し召し頂き、私の意見を申し上げたいと存じますがよろしいでしょうかっ!?」
「メ、メグっ!?」と隣でお母様の悲鳴に近い声が聞こえたけれど、私は別に乱心したわけでもなんでもないのでご安心下さいませお母様。
アルフォンス様は私の勢いにただ気圧され、大きく目を見開きながらも発言を許可して下さった。
「ど、どうぞ……?」
「ありがとうございます!私が思いますにアルフォンス殿下の虚弱体質は主に生活習慣に問題があると存じますわ!」
「え、そ、そうなの……?」
「聞くところによると(小説の中で書かれていた事によると)殿下は一日中お日様に当たることもなく本ばかりをお読みになっているとか?生命維持活動以外にカロリーを使っていなければ食が細くなるのは当然です。そして偏食で特定のものしか召し上がらないともお聞きしておりますわ!それはまさに負の無限ループ、あなた様は無限虚弱地獄にどっぷり浸かっておられるのです!」
「え、え、え、む、無限虚弱地獄……?」
「そうです。そんな地獄の住人で居続けるなんて嫌だと思われませんか?」
私がそう申し上げると、アルフォンス様はコクコクと大きく頷かれた。
ふふふ、可愛い。
だってまだ私と同じ十四歳ですもんね。
私は前世の記憶が蘇ってプラス二十七歳の年齢が加算された性格熟女になってしまったけれど。
そのアルフォンス様と私のやり取りを側で興味深そうに第二妃様はご覧になっていた。
私は咎められないのは続行OKの意だと汲んで、さらにアルフォンス様に進言した。
「殿下、全て私にお任せくださいませ!我がブレア騎士団伝統の肉体改造プログラムを殿下にご教授いたしますわっ!」
「え、肉体改造プログラム……?た、例えば?」
「お声が小そうございますっ、もっと腹の底から声を押し出してハッキリとお話なさいませ!」
「は、はいっ……」
「まだまだ蚊の鳴くような声ではございますがいいでしょう。今後に期待いたします」
「あ、ありがとう……」
「ぷ、ふ、ふふふふ…ふふ、ふふふふっ」
「ひ、妃殿下っ……?」
私とアルフォンス様のやり取りを静観されていた第二妃様が突然吹き出し、笑い出したのを見て私のお母様は顔面蒼白になった。
王子に暴言を吐いて無礼を働き、不敬罪で娘が罰せられると思ったようだ。
だけど第二妃様は寛容な方で、今まで誰もモヤシの第二王子には目もくれなかったというのに、私が王子に興味を抱き尚且つ体質改善までしてみせると豪語した事をとても喜ばれたのだ。
そして第二妃様自らアルフォンス様のお父君であらせられる国王陛下に進言され、私はアルフォンス様専属の肉体改造コーチとしてお仕えする事が決まったのだった。
後になって思えば、同年代のご友人が一人もいなかったアルフォンス様に私のような者でも側にいてくれたら幾分は賑やかでいいだろうとお考えになったのかもしれない。
それに私の父は王国軍の将軍の一人に名を連ねる軍人だからね。
その娘の私なら、もしかしたら王子を強く健康的に成長させられるかもしれないとダメ元で思われたのだろう。
だってグレマン侯爵家はお母様以外はみんな脳筋だからね!
こうして私の、アルフォンス様を無限虚弱地獄からお救いするためにお城に日参する日々が始まった。
そしてアルフォンス様にとっては虚弱地獄の方がマシだと言わしめるほどのガミガミ地獄が始まったのである。
「ほらアルフォンス様!いい加減お目覚めなさいませ!昨日も遅くまで読書をされていたとか、それだから朝が起きれないのでございますよ!」
「えーやだよぉ眠いよぉ……」
「もうとっくにお天道様がコンニチワしておりますよ!さっさと朝ごはんを食べてその青白いモヤシボディに日を当てねば!あ、もちろん適度に日焼け止めを塗ってくださいませね」
「……マーガレット嬢って、人と接する距離感が半端なく近いよね?あ、これ物理的距離じゃないからね?」
「そうですか?ブレア領内では普通ですよ?昨日の敵は今日の友!一度会えば友達さ!みんなで広げよう友達の輪!ですわ!あ、私のことはメグとお呼び下さいませ」
「それじゃあ目が合っただけで顔見知りって事になりそうだね……あ、じゃあ僕のことはアルと」
「承知いたしましたわアル様。さ、朝食にいたしましょう。アレルギーがある食材はともかく、好き嫌いでのお残しは許しまへんからね?」
「え、えーー……」
「男子たるもの語尾は伸ばさないっ!ハイ!行きますよ!」
「えー……」
「まだ長いっ」
◇◇◇◇◇
「もう無理っ……もう走れないよっ……!」
「何言ってるんですかっ?こんなの走ってるとは言いません!歩いてるのと同義です!そぞろ歩きです!」
「僕にとっては全力疾走なんだよ~……」
「それでもせめて一日10分は走らねば!遅くてもいいんです、ご自分ペースで頑張って走って下さい!この後、水分補給をしたら筋トレですよ!」
「えーーーっ」
「また語尾が長いっ!語尾の長さは甘えの象徴ですわよっ!」
「なにその理論、初めて聞いたんだけどっ……」
「我がグレマン家に伝わる家訓に書かれているのです」
「グレマン家恐ろしい~」
「つべこべ言わないっ!さぁ馬車馬のように走りなさい!」
「ヒッ、ヒィィィ~~!」
◇◇◇◇◇
と、このように周囲に甘やかされてモヤシ属性になったアルフォンスを、マーガレットはスパルタに扱きまくった。
そしてある日、とうとうアルフォンスは根を上げて肉体改造をボイコットした。
肉体改造ストライキともいえよう。
「もうやだ!もう肉体改造なんてやりたくない!もうしんどいのは嫌だ!」
アルフォンスはそう言って自室近くにあるトイレへと篭ってしまった。
マーガレットはドア越しにアルフォンスを説得する。
「アル様、せっかくここまで頑張ってこられたのです。近頃は大きな声を出せるようになられたし、好き嫌いも減ってきて、モヤシ歩きではなくちゃんと走れるようになったではありませんか。今ここでやめてしまわれたら、モヤシっ子に逆戻りですわよ?そうしたらまた無限虚弱地獄に真っ逆さまにドボンですわよ?」
「もうそれでいいよ!どうせ王位は兄上が継がれるし、僕は王弟として兄上を支えていくんだ。頭さえあれば筋肉なんて要らないっ」
アルフォンスはそう言ってからは黙んまりを決め込み、一向にトイレからは出てこなかった。
籠城場所をトイレにするなど、さすがは頭脳明晰であるアルフォンス。
しかもお茶とお菓子と書物を持参してたて籠ったそうだ。
本当に抜かりない。
確かに将来アルフォンスは宰相として、兄王を支えてゆく事が今の段階で決まっている。
でも小説の中では虚弱の体のために恋を諦め、若くして亡くなってしまうのだ。
───推しのそんな末路を、私は見たくない……。
でも、それでもアルフォンスがここまで嫌がっているものを無理に押し付ける事は出来ない。
本人のためだからとその意思を無視して押し付けるのは単なるエゴだ。
───出来ることならお救いしたかったけど……。
マーガレットはもう一度トイレの前へ行き、交代でアルフォンスを説得していた侍従長や侍女長に席を外して貰った。
そしてトイレの中のアルフォンスに呼びかける。
「アル様」
「………」
中から返事はない。
アルフォンスの意思は堅いようだ。
「わかりましたアル様。五時間以上もトイレに籠られるほど嫌な事を押し付けて申し訳ありませんでした。私はアル様に、不健康が故に諦めねばならないものが増えてゆくような、そんな人生を送ってほしくはなかったのです。そのために私なりにお役に立てればと思ったのですが…そんなにもお辛い目に合わせてしまっていたのなら本末転倒ですわね……」
マーガレットの言葉がちゃんと届いているのか、トイレの中からガタンとアルフォンスが身動ぐ音が聞こえた。
「ならば私は今日を持ちましてお城を下がらせて頂きます。役目がないのに今のように登城するわけにはまいりませんから……短い間ですがアル様と共にすごした時間はとても楽しゅうございました。本当に、本当にありがとうございました」
マーガレットはそう告げてから一歩下がり、心を込めてトイレに向かってカーテシーをした。
たとえアルフォンスが見ていなくても、ありったけの真心と敬意を込めて挨拶をしたかったのだ。
肉体改造を初めて三ヶ月、雨の日も風の日も共にモヤシの体と向き合ってきた日々。
マーガレットの心に寂寥たる思いが広がってゆく。
だがアルフォンスの人生はアルフォンスのものだ。
推しだからと、死んで欲しくないからとその事実を見誤ってはいけない。
マーガレットは伏していた目を上げる。
するとそこにはトイレのドアを開けて困惑顔で立っているアルフォンスがいた。
「……アル様……」
「僕が肉体改造をやめたら……メグはもう城には来ないの?」
「え?……ええまぁ……王都のタウンハウスではなく、家族が待つブレア領に帰りますわ」
「そうしたらもう会えなくなる……」
「え?……ええまぁ……ブレア領は王都から馬車で一週間の距離ですから」
「じゃあ僕も行く」
「え?……えぇっ!?」
「メグと会えなくなるなんて嫌だ。それなら僕もブレア領に行くよ」
「な、」
“なぜ?”と訊ねそうになったがマーガレットはハッとある事に気付いた。
ブレア領は広大で自然が多く、遊んでいるだけで体が鍛えられる。
鍛錬と意識せず、遊びの一環としてアルフォンスを鍛えられるかもしれない。
(押し付けるのをやめるんじゃなかったのか)
「い、いいですわねアル様!ナイスアイデアです!ええ行きましょう!是非ご滞在ください我がブレア領に!おいでませブレア領!」
「うん!どこまでも一緒だよメグ!」
ナチュラルに問題発言をしたアルフォンスだが、マーガレットはそれに気付くことなくアルフォンスが自領に滞在出来るように手筈を整えた。
国王も第二妃も引きこもりがちであった息子が外界に目を向けたことを殊の外喜び、アルフォンスが長期に渡りグレマン侯爵家に預ける事を快諾した。
こうしてマーガレットはアルフォンスを連れてブレア領へと戻った。
グレマン侯爵家の面々も娘が連れ帰った王子に対し最初こそは腫れ物のように特別扱いしていたが、元々マーガレットと同じく一度会えば友達さ精神の持ち主たちである、直ぐに王子の存在に慣れて一緒に楽しく暮らし始めたのであった。
自領では野猿のように駆け回っているマーガレット。
いつでも一緒だと言い、それに付き合うことになったアルフォンスも必然的にアクティブな遊びとなった。
加えて私設騎士団を抱えるグレマン侯爵家にいると自然と騎士たちに紛れて剣を振る習慣が出来た。
勉強の時間以外(わざわざ王家から派遣された家庭教師がいる)は遊びと称して外に連れ出す。
一緒に仲良く遊びながら体力作り。
強要することもされることもなく二人共ウィンウィンな日々を過ごしていった。
こうして四年の歳月があっという間に過ぎた。
考えてみれば四年も一度に王都に帰らずに王子がブレア侯爵領にいたなんて普通はありえない。
よくまぁ国王も第二妃殿下も許してくれたものだと思うが、それほどまでにアルフォンスの健康面を案じていたのだろう。
(年に一~二度、母親である第二妃がブレア領には来たが)
そしてマーガレットとアルフォンスは18歳となり、流石にアルフォンスも王都へ帰らねばならなくなった。
見違えるほど健康的になったアルフォンスだが、そろそろ王都で将来のために政治や経済について学ばなくてはならないからだ。
そう、アルフォンスはもはやモヤシではない。
ブレア領を駆け回ったことにより培った強靭な肉体を手に入れた、均整のとれた筋肉をまとう長身のイケメン王子へと変貌を遂げていたのであった。
ワシが育てた……
これなら何処に出しても恥ずかしくはない(不敬)、マーガレットご自慢の王子さまだ。
アルフォンスはもう、虚弱だからと全てを諦めなくてもいいし簡単に死ぬような事もない。
王都に戻って小説のヒロインと出会い、彼女に恋をしても虚弱だからと諦めなくてもいいのだ。
まだ兄王子の婚約者は正式に決まっていない今なら、彼女を横から掻っ攫うことが出来るはず。
それでは小説の筋書きとは違うが、マーガレットが王太子の婚約者候補に手を挙げずにモヤシのアルフォンスの手を取った時点で物語はかなり改変されているのだ。
今更どうって事はないだろう。
それでもし何かのペナルティを受けなければならないのなら、全ては推しのためと我を通してきたマーガレットが一身に受ける。
この四年間、そのくらいの覚悟を持ってやって来たのだった。
だから……
「幸せになってアル様」
マーガレットはアルフォンスの荷造りしながら、彼の私物を本人に見立ててそうつぶやいた。
この四年、アルフォンスの健康的な肉体と共に彼への恋心も一緒に育んできた。
いつの間にか好きになっていつの間にか心の中はアルフォンスでいっぱいになっていた。
元々前世から大好きだった推しだ、側にいれば必然的に恋情を抱くようになる。
だけど向こうは王族。
グレマン家は侯爵家だが、もっと格上の家門がある中でそれらの家を押しのけて王子との縁談なんて望めるはずもない。
幸せな子供時代を共に過ごした友人と呼べる間柄。
それがマーガレットとアルフォンスの関係の終着点だ。
アルフォンスがブレア領を発つ日、それが彼との別れの日となる。
王都とブレア領、これからは二人別々の地で生きてゆく。
そろそろマーガレットも今後の事を考えて結婚相手を探さねばならない。
もう十八になっているマーガレット。
世間的にみればかなり出遅れている。
───私を望んでくださる殊勝な殿方がいるなら、もうその方に嫁ぐわ。
誰でもいい。
そう。アルフォンスでないのなら誰でも。
そう思った自分を戒めるようにマーガレットは頭をふるふると勢いよく振った。
こんな考えでは相手の方に失礼だ。
アルフォンスを見送った後は早々に彼を忘れる努力をして、今度は自分の幸せを探そう。
マーガレットはそう思っていた。
…………思っていたのに、なぜか今、マーガレットはアルフォンスと一緒に王都へ戻る馬車へと乗せられている。
「……???」
頭の中を疑問符でいっぱいにしてマーガレットはアルフォンスをちらりと見た。
マーガレットの胸の内がわかるのか、アルフォンスがニコニコと笑いながら答えてくれた。
「メグは僕と一緒に王都へ行くんだよ」
「え?なぜ?」
「なぜ?メグは僕を一人で王都に戻らせる気?」
「え?そ、それは……」
ああなるほど、寂しがり屋のアルフォンス。
王都までの見送りをマーガレットに望んでいるのだ。
───四年も暮らしたブレア領を出て一週間も一人で馬車に揺られるなんて寂しいものね。
それにしても、見送りだけにしてはマーガレットの荷物が多いような気がするし、両親や二人の兄がマーガレットとの別れを惜しんでいたような気もする。
「………???」
マーガレットは不思議に感じながら王都へ向かう馬車に揺られた。
そうして一週間、ようやく到着した王都。
そしてアルフォンス本来の家である王宮の前にはたくさんの人たちが出迎えていた。
アルフォンスが先に馬車を降りる。
すると集まっていた多くの人間が逞しく成長したアルフォンスを見て感嘆の声をあげた。
中には黄色い声も上がり、見目麗しいアルフォンスをご令嬢方は頬を染めて見つめていた。
「メグ」
アルフォンスに手を差し出され、まるで彼にエスコートされるかのようにマーガレットも馬車を降りる。
まず最初にアルフォンスに声をかけてきたのはやはり彼の父親、国王陛下であった。
「見違えたぞアルフォンス。お前の母から話には聞いていたがまさかこれほどまでに精悍な若者になっているとは思わなんだ」
「ご無沙汰しております父上。長い間、私のわがままをお聞き下さり感謝申し上げます」
アルフォンスが父王に礼儀正しく接すると国王は満足そうに頷いた。
そして王妃、王太子、アルフォンスの母親である第二妃と挨拶を交わしたその後に、アルフォンスの前に一人の美しい令嬢が立った。
───ヒロインだわっ……!
白に近いブロンドにローズクォーツの瞳。
小説のヒロインがアルフォンスの前に立ち、優雅にカーテシーをした。
アルフォンスは眩しそうに目を細めて彼女を見つめている。
顔を上げたヒロインもアルフォンスを見つめ、二人の視線が重なり合う。
───あぁ……出会ってしまった。
とうとう、アルフォンスと彼が恋焦がれるヒロインとが出会ってしまったのだ。
これで本当に、自分の役目は終わった。
マーガレットはそう思い、彼の隣にいるべきではないと一歩二歩後ろに下がろうとした……が、
「え」
その瞬間、アルフォンスの手がマーガレットの腰にガッツリとまわり、彼女の腰をガッシリとホールドした。
「………?」
その手を不思議そうに見つめるマーガレットにアルフォンスが言った。
「メグ、どこに行く気?」
「……え?だ、だって私は部外者だから、家族の再会の邪魔をしてはいけないと思って……」
「部外者?変な事を言うね、婚約者は部外者とは言わないでしょ?」
「婚約者?」
「うん」
「誰が?」
「メグが」
「誰の?」
「もちろん僕の」
「え?」
気の所為だろうか?
今、アルフォンスの口からマーガレットがアルフォンスの婚約者のような発言が飛び出したのだが……。
意味がわからず首を傾げるマーガレットに、国王が話かけてきた。
「おお……そなたがグレマン将軍の愛娘、マーガレット嬢か。そして私の娘になるのだな!」
「え?」
「父上、その言い方ではまるでマーガレット嬢が養女になるかのように聞こえますよ。ここは一つ、きちんと第二王子妃と言うべきでは?」
「おお、そうだな」
「え?」
王太子と国王の会話にも不可解な単語が並んでいる。
すると王太子はアルフォンスの前にいたヒロインの肩を抱き、マーガレットに言った。
「マーガレット嬢、兄として私からも礼を言わせてくれ。弟をこんなに逞しい青年に肉体改造してくれて本当にありがとう。そしてこれからは妃として末永く弟を支えていってやってほしい。あぁそうだ、私の婚約者を紹介しよう」
「え?」
王太子がそう言うと、彼に肩を抱かれているヒロインがにっこりと微笑んでマーガレットを見た。
「はじめましてマーガレット様。私たち、義姉妹になるのね。嬉しいわよろしくね」
「え?婚約者?……王太子殿下の?」
マーガレットが素っ頓狂な声を出すとアルフォンスが言った。
「当然だろ?誰の婚約者だと思ったの?」
「アル様……の?」
「バカな。僕の婚約者はメグ、キミだよ。僕が王都に帰る前に王家からグレマン侯爵家に打診したんだ」
「うそ」
「ホント」
「ど、どうしてウチの親は何も言わなかったの?」
「まだ正式な書面を交わしたわけではないから、かな?まぁ僕たちが相思相愛なのは君のご両親も知っているし、王都に行けばわかるんだからと敢えて言わなかったのかもしれないね?」
「そんな大雑把なっ……有り得ないでしょっ……」
と、思ったが、細かい事に拘らないマーガレットの両親なら有り得るなと考え直した。
しかしなんという事だ。
既にヒロインは王太子の婚約者に選ばれており、アルフォンスとマーガレットの婚約も結ばれようとしているとは。
だけどそれよりもなによりもマーガレットを驚かしたのは……
「ちょっと待ってアル様、……アル様は私の事が好きなの?」
「好きだよ。大好きだ。僕のお嫁さんはメグしか考えられない」
「ヒロインじゃなくて?」
「ヒロイン?僕のヒロインはメグ、キミだよ」
「なんというキラキラ王子サマ発言!」
面と向かって告白をされ、尚且つ小説のセリフのような甘い口説き文句を言われてマーガレットの頭は爆発した。
顔を真っ赤にしてわかりやすく狼狽えるマーガレットに、アルフォンスは悪戯っぽい表情を浮かべて言った。
「言っただろ?どこまでもずっと一緒だよって。出会った時からパワフルで、あの日一瞬で僕を虜にした責任はちゃんと取ってもらわないとね。ね?メグ、僕と結婚してくれるよね?」
有無を言わせない圧をアルフォンスから感じる。
しかしマーガレットの答えはひとつしかない。
自分だってアルフォンスの事が大好きなのだから。
「っ~~~~………はい……」
顔を真っ赤にしてこくんと頷くマーガレットをアルフォンスが抱きしめた。
「メグ!」
「きゃあっ」
「はははは!良かったな、アルフォンス!」
国王の声が高らかに響いた。
こうして虚弱体質のために薄幸で薄命となるはずのアルフォンスは、
健康な肉体と共に生涯愛する人を手に入れたのであった。
めでたしめでたし、
と、小説ならばそう締め括っているだろう。
だけどマーガレットとアルフォンスの物語はこれからも続いてゆくのである。
めでたしめでたし
_______________________
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