20 / 22
エピローグ もうこれはハッピーエンドという事でいいじゃないですか
しおりを挟む
「おかあさまー!」
職人街の中にある小さな家に
元気な声が響き渡る。
4歳になるわたしの娘だ。
娘は玄関ではなく
勝手口から入ってきて、キッチンでお茶の用意をしていたわたしに飛びついた。
「あらフェリス、ただいまのご挨拶はどうしたの?」
わたしは娘のふわふわの銀色の髪を撫でる。
「ごめんなさいおかあさま。ただいまかえりました!」
そう言いながら娘は
今練習中のカーテシーをした。
「ふふふ。とても上手になったわね。でもまだ少し、膝の角度が甘いわよ」
「え~、おばあさまみたいなことをいう~」
「親子ですもの。それで?どうしたの?慌てて帰って来て」
「あ!そうだった、あるばーとへーかのあかちゃん、うまれた?」
「それを知りたくて急いで帰って来たの?お父さまは?」
「はしってきたからおいてきた!」
「まぁ……きっとお父さま、泣いてるわよ?フェリスの事が大好きなのに」
「あとでちゃんとあやまるね。それで?あかちゃんうまれたの?」
「お産まれになったわよ。王子様だって」
「えーーーおとこのこぉ?」
「あら、国中の人が待ってた王子様の誕生なのにフェリスは嬉しくないの?」
「だっておんなのこがよかったー。おとこのこきらいだもん」
「あらまぁ」
この日、国の慶事が発表された。
国王、アルバート陛下に待望の第一子がお産まれになったのだ。
誕生したのは男児で
順調に成長すればいずれ世継ぎとして、
王太子に立太子されるだろう。
退位して隠居された前国王陛下も前王妃様も喜んでおられるだろうなぁ。
4年前に産まれたわたしの娘、フェリスは姫の誕生を望んでいたという。
おそらく一緒に遊んだり、
お姉さん風を吹かせたかったんだろう。
アルバート陛下は
5年前に即位され、国王となられた。
前国王が手付かずで放置されていた国内問題が山のようにあり、
即位当初から現在に至るまで、寝る暇もなく馬車馬のように働いておられる。
この国の民はみんな働き者だから、
王様も働き者なのはいい事だ。
ウィリアム殿下の魔力提供が始まってから6年。
無尽蔵な殿下の魔力が毎日供給されるようになり、
魔道具だけでなく多方面で深刻な魔力不足は解消された。
殿下も毎日たっぷり魔力を排出出来るおかげで以前のように体調に不安もなく、バリバリ政務に励まれている。
甥であるアルバート陛下の王子もお産まれになって、王弟としてますます成長されてゆくのだろう。
この6年でとても凛々しくなられた。
それまでの甘ったれでヘタレな殿下は今はもう、どこにもいない。と信じたい。
わたしはというと5年前に結婚して、
夫と娘、そして胎内に抱える小さな命と幸せに暮らしている。
今も魔道具師として仕事をしており
夫を支えながら、この頃は新たな販売ルートも確立して、充実した日々を送っている。
市井で暮らしてはいるが、
身分は平民ではない。
夫が一応爵位持ちだったので、結婚もすんなり認めて貰えた。
父と母には孫が沢山いるが、
フェリスが恐ろしいくらいに母に似てるので、尚の事可愛いらしい。
父は「侯爵位はフェリスに継がせる!」とかなんとか言って、
いつも長兄に「そうですか」と軽くあしらわれている。
侍女のサリィは殿下の魔力提供が始まってからすぐにわたしの部屋を出た。
そろそろ結婚を考えなくてはならないと実家に戻り、叔父である騎士団長の紹介でとても素敵な年上の騎士と結婚した。
今でも家族ぐるみで仲良くして貰っている。
夫同士が知り合いだったのも大きな理由だ。
……リリナ様があれからどうなったのかは、わたしは知らない。
母に尋ねても「……さあ?」とはぐらかされて教えて貰えない。
公に刑が執行された話は聞かないので、今も生きているのかそれとももう天に召されているのか、わたしにはわからない。
きっと知らない方がいいのだろう。
そしてライアン様は今もウィリアム殿下の側近として活躍されている。
6年の歳月を経て、主従の信頼は取り戻せたようだ。
なんと来月、王都の教会で結婚式を挙げる予定だ。
ライアン様には本当にお世話になったので、サリィと二人、もちろん式には出席するつもりだ。
新婚生活に便利な魔道具を沢山贈らせてもらおう。
みんなの人生が穏やかに過ぎてゆく。
誰かの人生と、誰かの人生が
時折交差して、また緩やかに離れてゆく。
決して交わらない人生もあれば、
交差してすぐに一つになる人生もある。
残念ながらウィリアム殿下の人生と
わたしの人生は一つになる事はなかった。
でも、良い人生を送って欲しいと心から願う大切な人だ。
悲しい思いを沢山したから今がある。
あの時のわたしがいたからこそ、
今のわたしがいる。
少なくとも夫とは出会う事はなかっただろう。
あの時
城を出て、
この街に来たから夫に出会う事が出来た。
そしてフェリスとまだ見ぬお腹の子と出会う事が出来た。
10歳年上のわたしの可愛い旦那さま。
わたしは今、本当に幸せだ。
「フェリシア、フェリスは帰ってるか?」
「おかえりなさい。ええ、帰ってるわよ。置いてけぼりにされたんだって?」
「そうなんだよ。あいつ、足が速いのなんのって。現役時代の俺より速かったりしてな」
「またそんな冗談言って」
「冗談じゃないさ。あの子の運動神経は並外れたものがある。お義母上に似たのかもな」
「じゃあ将来は女性騎士?」
「うーん……俺としてはお前みたいに魔道具師になって欲しいかな。そうしたらずっと一緒に仕事が出来る」
「でも二人の騎士の血が流れているのよ。騎士になりたいと言いそうな気がするの」
「あり得そうだが……。まぁフェリス次第だな。剣に興味があるなら俺が剣技を教えるし、魔道具に興味があるならフェリシアが教えればいい。経営に興味があるならギルドを継がせるさ。もちろん、それ以外でもなんでもいい」
「ふふ、楽しみね」
「腹の子もどんな子か楽しみだな」
「そうね」
「フェリシア、愛してる」
「わたしもよ。あなたを心から愛してるわ。わたしを幸せにしてくれてありがとう」
「そりゃこちらのセリフだ。こんなおっさんと結婚してくれて、ありがとうな」
そう言って、
夫はわたしに口付けをする。
ああ……
わたしにこんな日が来るなんて。
わたしはずっと、
わたしだけを愛して欲しかったから。
他には何もいらなかった。
ただ、わたしだけを愛してくれる人が欲しかった。
だから、
あの時のわたしに教えてあげたい。
辛い道のりの先に、
わたしだけを愛してくれる人がいるのよと。
職人街の中にある小さな家に
元気な声が響き渡る。
4歳になるわたしの娘だ。
娘は玄関ではなく
勝手口から入ってきて、キッチンでお茶の用意をしていたわたしに飛びついた。
「あらフェリス、ただいまのご挨拶はどうしたの?」
わたしは娘のふわふわの銀色の髪を撫でる。
「ごめんなさいおかあさま。ただいまかえりました!」
そう言いながら娘は
今練習中のカーテシーをした。
「ふふふ。とても上手になったわね。でもまだ少し、膝の角度が甘いわよ」
「え~、おばあさまみたいなことをいう~」
「親子ですもの。それで?どうしたの?慌てて帰って来て」
「あ!そうだった、あるばーとへーかのあかちゃん、うまれた?」
「それを知りたくて急いで帰って来たの?お父さまは?」
「はしってきたからおいてきた!」
「まぁ……きっとお父さま、泣いてるわよ?フェリスの事が大好きなのに」
「あとでちゃんとあやまるね。それで?あかちゃんうまれたの?」
「お産まれになったわよ。王子様だって」
「えーーーおとこのこぉ?」
「あら、国中の人が待ってた王子様の誕生なのにフェリスは嬉しくないの?」
「だっておんなのこがよかったー。おとこのこきらいだもん」
「あらまぁ」
この日、国の慶事が発表された。
国王、アルバート陛下に待望の第一子がお産まれになったのだ。
誕生したのは男児で
順調に成長すればいずれ世継ぎとして、
王太子に立太子されるだろう。
退位して隠居された前国王陛下も前王妃様も喜んでおられるだろうなぁ。
4年前に産まれたわたしの娘、フェリスは姫の誕生を望んでいたという。
おそらく一緒に遊んだり、
お姉さん風を吹かせたかったんだろう。
アルバート陛下は
5年前に即位され、国王となられた。
前国王が手付かずで放置されていた国内問題が山のようにあり、
即位当初から現在に至るまで、寝る暇もなく馬車馬のように働いておられる。
この国の民はみんな働き者だから、
王様も働き者なのはいい事だ。
ウィリアム殿下の魔力提供が始まってから6年。
無尽蔵な殿下の魔力が毎日供給されるようになり、
魔道具だけでなく多方面で深刻な魔力不足は解消された。
殿下も毎日たっぷり魔力を排出出来るおかげで以前のように体調に不安もなく、バリバリ政務に励まれている。
甥であるアルバート陛下の王子もお産まれになって、王弟としてますます成長されてゆくのだろう。
この6年でとても凛々しくなられた。
それまでの甘ったれでヘタレな殿下は今はもう、どこにもいない。と信じたい。
わたしはというと5年前に結婚して、
夫と娘、そして胎内に抱える小さな命と幸せに暮らしている。
今も魔道具師として仕事をしており
夫を支えながら、この頃は新たな販売ルートも確立して、充実した日々を送っている。
市井で暮らしてはいるが、
身分は平民ではない。
夫が一応爵位持ちだったので、結婚もすんなり認めて貰えた。
父と母には孫が沢山いるが、
フェリスが恐ろしいくらいに母に似てるので、尚の事可愛いらしい。
父は「侯爵位はフェリスに継がせる!」とかなんとか言って、
いつも長兄に「そうですか」と軽くあしらわれている。
侍女のサリィは殿下の魔力提供が始まってからすぐにわたしの部屋を出た。
そろそろ結婚を考えなくてはならないと実家に戻り、叔父である騎士団長の紹介でとても素敵な年上の騎士と結婚した。
今でも家族ぐるみで仲良くして貰っている。
夫同士が知り合いだったのも大きな理由だ。
……リリナ様があれからどうなったのかは、わたしは知らない。
母に尋ねても「……さあ?」とはぐらかされて教えて貰えない。
公に刑が執行された話は聞かないので、今も生きているのかそれとももう天に召されているのか、わたしにはわからない。
きっと知らない方がいいのだろう。
そしてライアン様は今もウィリアム殿下の側近として活躍されている。
6年の歳月を経て、主従の信頼は取り戻せたようだ。
なんと来月、王都の教会で結婚式を挙げる予定だ。
ライアン様には本当にお世話になったので、サリィと二人、もちろん式には出席するつもりだ。
新婚生活に便利な魔道具を沢山贈らせてもらおう。
みんなの人生が穏やかに過ぎてゆく。
誰かの人生と、誰かの人生が
時折交差して、また緩やかに離れてゆく。
決して交わらない人生もあれば、
交差してすぐに一つになる人生もある。
残念ながらウィリアム殿下の人生と
わたしの人生は一つになる事はなかった。
でも、良い人生を送って欲しいと心から願う大切な人だ。
悲しい思いを沢山したから今がある。
あの時のわたしがいたからこそ、
今のわたしがいる。
少なくとも夫とは出会う事はなかっただろう。
あの時
城を出て、
この街に来たから夫に出会う事が出来た。
そしてフェリスとまだ見ぬお腹の子と出会う事が出来た。
10歳年上のわたしの可愛い旦那さま。
わたしは今、本当に幸せだ。
「フェリシア、フェリスは帰ってるか?」
「おかえりなさい。ええ、帰ってるわよ。置いてけぼりにされたんだって?」
「そうなんだよ。あいつ、足が速いのなんのって。現役時代の俺より速かったりしてな」
「またそんな冗談言って」
「冗談じゃないさ。あの子の運動神経は並外れたものがある。お義母上に似たのかもな」
「じゃあ将来は女性騎士?」
「うーん……俺としてはお前みたいに魔道具師になって欲しいかな。そうしたらずっと一緒に仕事が出来る」
「でも二人の騎士の血が流れているのよ。騎士になりたいと言いそうな気がするの」
「あり得そうだが……。まぁフェリス次第だな。剣に興味があるなら俺が剣技を教えるし、魔道具に興味があるならフェリシアが教えればいい。経営に興味があるならギルドを継がせるさ。もちろん、それ以外でもなんでもいい」
「ふふ、楽しみね」
「腹の子もどんな子か楽しみだな」
「そうね」
「フェリシア、愛してる」
「わたしもよ。あなたを心から愛してるわ。わたしを幸せにしてくれてありがとう」
「そりゃこちらのセリフだ。こんなおっさんと結婚してくれて、ありがとうな」
そう言って、
夫はわたしに口付けをする。
ああ……
わたしにこんな日が来るなんて。
わたしはずっと、
わたしだけを愛して欲しかったから。
他には何もいらなかった。
ただ、わたしだけを愛してくれる人が欲しかった。
だから、
あの時のわたしに教えてあげたい。
辛い道のりの先に、
わたしだけを愛してくれる人がいるのよと。
447
お気に入りに追加
6,393
あなたにおすすめの小説

私があなたを好きだったころ
豆狸
恋愛
「……エヴァンジェリン。僕には好きな女性がいる。初恋の人なんだ。学園の三年間だけでいいから、聖花祭は彼女と過ごさせてくれ」
※1/10タグの『婚約解消』を『婚約→白紙撤回』に訂正しました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

二度目の恋
豆狸
恋愛
私の子がいなくなって半年と少し。
王都へ行っていた夫が、久しぶりに伯爵領へと戻ってきました。
満面の笑みを浮かべた彼の後ろには、ヴィエイラ侯爵令息の未亡人が赤毛の子どもを抱いて立っています。彼女は、彼がずっと想ってきた女性です。
※上記でわかる通り子どもに関するセンシティブな内容があります。


愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる