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もう許されてもいいじゃないですか
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明日、数ヶ月ぶりにフェリシアに会える。
以前から話を受けていた魔力提供の件でだ。
フェリシアは昔から僕の魔力障害のために、魔力を体外に排出する魔道具作りを頑張っていた。
「なかなか上手くいかないの、ウィルごめんね。魔力を出しても入れ物が出来ないの。でも魔力は外に捨てれないし……」
「シアが謝ることじゃないよ。僕のためにごめんね、ありがとう」
そんな会話をしたのはいつだったか。
それから何年か経ち、僕は癒しの乙女を常に側に置くようになった。
あの時に戻れるなら
どうして自分で努力をしなかったのか、
どうしてフェリシアが魔道具を完成させるのを信じて待てなかったのかと自分を問い正したい。
今となってはもう、全てが手遅れだけど……。
それでも明日、シアに会えたなら……もうシアとは呼べないな、
フェリシア嬢か……なんか寂しいな。
明日、彼女に会えたなら、僕は謝りたい。
今までの事を。
許して貰えなくていい。
でもフェリシアに辛い思いをさせた分だけ、何度でも彼女に謝り続けるつもりだ。
「マスター、手伝って貰ってすみません。本当に助かりました、ありがとうございます」
わたしは自分が籍を置いている魔道具ギルドのギルドマスターに感謝の言葉を伝えた。
マスターは、
ウィリアム殿下から搾取する……もとい、ご提供いただく慰謝料という名の魔力を保管する、魔道具の移動に協力してくれていた。
魔道具の大きさは大きめの旅行トランクケース一個分ほど。
でも構造上のせいか、これがまた死ぬほど重い!
明日には転移魔法を使って王城へ行く。
準備として、部屋に置いた転移魔法陣の上に魔道具を置いて貰ったのだ。
こういう時に限ってライアン様は来ない。
先日、ウィリアム殿下の側近に戻り、また忙しくされているらしい。
他の側近たちとの軋轢もあるそうだが、やっぱり殿下の下で働きたいと、ライアン様が希望されたという。
主従ふたり、また以前のように信頼し合える日がくるといい。
ちなみに殿下に掛けられていた魅了はお母さまの手によって完全に解術されているらしい。
「言葉通り、私の『手』によってね、ふふふ」
とお母さまは笑って頬を触っていたけどなんの事かな?
「マスター、お礼にお茶でも飲んで行ってください」
「お、すまんな。有り難くいただくよ」
そう言って、マスターはわたしが勧めたテーブルの席に着く。
「でも考えてみたら、ギルドの外でマスターと会うのは初めてかも。驚いたのは外では帯剣してるんですね」
「治安がいい街だから、本当はそんな必要性はないんだが、もう昔からの習い性でな。帯剣してないと落ち着かないんだ。俺は騎士だったからな」
「え?マスターって騎士だったんですか?」
「ああ。こう見えても3年前まで精鋭揃いと謳われた第二騎士団にいたんだ」
第二騎士団といえば国境を守る
この国の守りの要だ。
王都を守る第一騎士団と
国境を守る第二騎士団、
どちらも屈強な騎士たちが揃う
この国の両翼だ。
お母さまは第一騎士団の団員だった。
「でも任務中に肩をやってな。それで故郷のこの街に戻り、親父の後を継いでギルドマスターをやってるんだ。一応、騎士爵も持っている」
「びっくりしました……でも確かに強そう」
わたしがそう言うとマスターは笑った。
翌日
わたしはサリィと、そして激重の魔道具(要改良)と共に長距離転移魔法で王城へと向かった。
一瞬で着くので、
あまり移動した感がない。
でも愛着がわき始めた街から8年間住んだ城へ到着した時、なんとも言えない複雑な気持ちになった。
この気持ちはなんだろう……と考えていたら、不意に抱きつかれた。
「フェリシアちゃん!」
「王妃様!」
それは久しぶりにお会いするウィリアム殿下のお母上、王妃様だった。
「本当に久しぶりね、フェリシアちゃん。会いたかったわ、元気にしてた?少し痩せたんじゃない?」
と、王妃様は心配そうにわたしの全身をチェックする。
いいえ王妃様、わたし逆に太りました。
精神的な苦労がなくなり、
食事が美味しくてたまりません。
もう砂の味はしないんですよ。
サリィの作るケーキも最高です。
「ご無沙汰しております、王妃様。王妃様もお変わりはございませんか?」
わたしは久しぶりの貴族の言葉使いで、王妃様にカーテシーをした。
すぐにお茶でも一緒に飲みたいところだけどウィリアムが待ってるからと、
早速殿下の自室へと案内された。
例の激重魔道具は、
屈強そうな騎士様が運んでくれている。
腰を痛めないでくださいね。
久しぶりのお城はなんだか余所余所しい感じがした。
それは多分、わたしの思い入れがもうこのお城にはないからだろう。
本当にお別れしたんだなと
しみじみ思った。
歩き慣れた廊下を通り、
通い慣れたウィリアム殿下の自室へ着いた。
この部屋の扉ってこんなに大きかったかしら?
なんだか全ての感覚が違う。
王妃様の侍女が
わたし達の前へ先ん出てドアをノックした。
すると中から扉が開き、そこにはライアン様が立っていた。
「ライアン様」
「お久しぶりですフェリシア様。このところお伺い出来ずに申し訳ありません。
何か困った事はありませんでしたか?」
ライアン様は心配性ね。
そんなすぐに困った事なんて起きないのに。
「お久しぶりですライアン様。先日は美味しいお菓子を送っていただいて、ありがとうございました。何も問題なく、つつがなく過ごしておりますわ、ありがとうございます」
お互い、
街で会う時と言葉使いが違うのがなんだかおかしい。
「それはようございました。また近いうちに伺います。さあこちらへ、殿下がお待ちです」
わたしは静かに頷き、
部屋へと入った。
見慣れた部屋の見慣れたソファーにその人は座っていた。
わたしが部屋に入って目が合うと、
その人はすぐに立ち上がった。
「シア…フェリシア嬢!よく来てくれたね、さあここへ来て」
そう言ってその人は、ウィリアム殿下は今にも泣きそうな笑顔でわたしを迎え入れてくれた。
「フェリシア嬢」
もう婚約者でもないのだから当たり前だけど、そう呼ばれた事に少しだけ寂しさを感じる。
「お久しぶりでこざいますウィリアム殿下。お元気でいらっしゃいましたか?この度は魔力提供の願いをお聞き届け下さいまして、ありがとうございます」
殿下にソファーまでエスコートされながら、わたしは挨拶をした。
「なんとかやってるよ。毎日の魔力排出はフェリシティ様の後任で近衛騎士団長に付き合って貰ってるんだ。
そして聞いたよ、とうとう魔力を吸収して保管出来る魔道具を完成させたようだね、さすがはフェリシア嬢だ!」
「恐れ入ります。もう無理かと思っていたのですが、ひょんな事から糸口が見つかりまして」
「そうか、魔道具師として頑張ってるみたいだね。僕としても攻撃魔法とかで魔力を消費するよりも、魔道具などに使って貰ってみんなの役に立てるならその方が嬉しいよ」
「殿下……ありがとうございます」
そう、この人はこういう人。
自分に甘いところは多々あるけれど、
だからその分、他者にも優しい。
魔力障害さえなければ
わたしはきっと、今もこの人の隣で笑っていたはず。
「フェリシア嬢、魔力提供の前にどうか言わせて欲しい」
殿下のグリーンアイズがわたしを写す。
わたしもゆっくりと殿下に向き合った。
「魅了に掛けられていたからといって許される事ではないとわかっているけど、長い間不誠実な行動を取ってきてごめん。
苦しませてごめん、悲しませてごめん、魅了に掛けられるような弱い僕で本当にごめん……どうしても、それだけは謝りたかったんだ」
「殿下……」
「キミを失ってはじめて、自分の弱さを知った。愚かさを知った。僕はキミに甘えていただけだった。今更許されるなんて思ってはいない、婚約者に戻ろうなんて思ってもいない、でも、どうしてもこれでキミとの関係を断ちたくないんだ。どうか、どんな形でもいいからこれからもキミの人生に関わらせて欲しい」
「……殿下……」
わたしの手を握る殿下の手は
とても冷たくて震えている。
どうしてもこの手を振り解けない、
と思ってしまうのは二人で過ごした8年という月日のせいだろうか……。
殿下に握られた手……
嫌悪感が出るかと思ったけど、意外と平気だった。
わたしはふっとため息を吐き、
殿下に微笑みかけた。
「関係を断つと言っても、わたし達はイトコですよ?親戚付き合いは大切です」
「……フェリシア嬢…!」
今のわたしにはそれが精一杯の答えだった。
さっきから後ろで啜り泣く声が聞こえる。
ん?だんだん嗚咽が大きくなってくるわね。
って王妃様?号泣ではないですか。
「うっ…うっ…良かったわねぇ。ウィリアム、フェリシアちゃん…!」
いや待って、何が良かったの?
復縁なんてしませんよ?
わたしは不穏な流れを断ち切るべく、
早速魔道具の準備を始めた。
久しぶりのドレスが動きにくい。
殿下とライアン様は
興味深そうに魔道具を観察している。
「意外と大きいんだね」
殿下が激重魔道具を見て言う。
「いえ、殿下の魔力量を考えるとこれで事足りるのかと心配です」
と、ライアン様。
「これは何?」「ここはどうする」
二人は色々な質問を投げかけてくる。
わたしはその質問に答えつつ、
魔道具の用意を進めて行った。
「なるほど、この長い管を通った魔力がこのトランクのような魔道具の中に貯められていくんだね、それでこの管の先……は、なんでこんな形状をしているの?」
殿下が不思議に思うのも無理はない。
直接殿下の体に触れて魔力を吸収するこの部分の形……
二つ並んだ小さな突起物が、
二つ並んだ小さな穴に差し込まれるのを待っているかのような形をしている。
「……フェリシア嬢、この部分が僕の体に触れる部分なんだよね?」
「はい殿下、仰る通りです」
「……この二つの小さな突起を摘めばいいのかな?」
「いいえ」
「……じゃあ握ればいいの?」
「いいえ」
「……フェリシア嬢」
「はい」
「まさか」
「はい、そのまさかです。さあ殿下、その部分を鼻の穴に差し込んでください!」
「ちょっと待って!なんでわざわざ鼻の穴に入れるの!?」
「ラッキーですよ殿下、初回限定のスペシャルバージョンです!」
「意味がわからない!」
「大丈夫です殿下、わたしもわかりません!」
「わからないの!?」
てんやわんやとしながらも
結局殿下が根負けして、鼻の穴から魔力を抽出してくれた。
ごめんなさい。
小さな復讐です。
でもこれでスッキリしました。
後腐れなしです。
もうわたしに謝罪はいりません。
殿下はもう、許されてもいいでしょう。
次回からの魔力の抽出は
丸い水晶玉のような球体を両手で包み込むように握って行って下さいね。
きゅぽん、と音を立てて
殿下の鼻から魔力抽出部分を引き抜く。
「お疲れ様でした殿下、どこかご気分の悪いところはございませんか?」
「うん……肉体的には大丈夫だよ、ありがとう」
「たっぷり魔力を吸収したので、まる一日は大丈夫なのではないでしょうか。あとは毎日、転移魔法で魔道具を送りますから魔力を入れたら、送り返してください。送り先はわたしがお世話になってるギルドです」
「……わかった……でも……時々僕の方からそっちへ魔力提供に行ってもいい?」
「……。」
「ごめん、やっぱりイヤだよね、嘘。今のは冗談……「いいですよ」……え?」
殿下の言葉に被せて返事をしたわたしを、殿下は瞬きも忘れて見つめてくる。
「え!?いいの?ホントに?」
「ええ。いいですよ。イトコなんですから。わたしの住む街、ホントに素敵なんです。ご案内します」
「っやった…!やった、やった……!ありがとう、フェリシアっ……」
殿下の眦から涙が一雫溢れた。
「ライアン様もよろしければどうぞって、何度もいらしてますよね」
わたしがそう言うと、
ライアン様はとても優しげな眼差しで見つめてくる。
「ありがとうございます。是非伺います」
「やった!フェリシアと街を歩けるぞ」
「サリィとライアン様も一緒ですよ?」
「わかってるよ、それもまた楽しそうだ!」
多分、殿下の笑顔って久しぶりなんだろうな。
ずっと笑顔を失ったまま、
日々を送って来られたんだろうな。
でも、少し逞しくなった?
お母さまに鍛えられたから?
後は歩んでゆく月日が、きっと殿下の心も強くしてくれるはず。
殿下を許せて良かった。
悲しい思いをいっぱいしたけど、
それでも殿下と出会わなければよかったなんて思わないもの。
これからはまた違う関係性を結んでゆけばいい。
「……………………。」
わたしは先ほど殿下の鼻から引き抜いた、魔力抽出部分を再び手に取った。
「ん?どうしたの?フェリシア」
「…………。」
「何?言ってみて?」
「……………。」
「構わないから言ってよ」
わたしは
魔力抽出部分をかかげ、言った。
「……王太子殿下は、今、お城におられます?」
「え…………?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
次回、最終話です。
以前から話を受けていた魔力提供の件でだ。
フェリシアは昔から僕の魔力障害のために、魔力を体外に排出する魔道具作りを頑張っていた。
「なかなか上手くいかないの、ウィルごめんね。魔力を出しても入れ物が出来ないの。でも魔力は外に捨てれないし……」
「シアが謝ることじゃないよ。僕のためにごめんね、ありがとう」
そんな会話をしたのはいつだったか。
それから何年か経ち、僕は癒しの乙女を常に側に置くようになった。
あの時に戻れるなら
どうして自分で努力をしなかったのか、
どうしてフェリシアが魔道具を完成させるのを信じて待てなかったのかと自分を問い正したい。
今となってはもう、全てが手遅れだけど……。
それでも明日、シアに会えたなら……もうシアとは呼べないな、
フェリシア嬢か……なんか寂しいな。
明日、彼女に会えたなら、僕は謝りたい。
今までの事を。
許して貰えなくていい。
でもフェリシアに辛い思いをさせた分だけ、何度でも彼女に謝り続けるつもりだ。
「マスター、手伝って貰ってすみません。本当に助かりました、ありがとうございます」
わたしは自分が籍を置いている魔道具ギルドのギルドマスターに感謝の言葉を伝えた。
マスターは、
ウィリアム殿下から搾取する……もとい、ご提供いただく慰謝料という名の魔力を保管する、魔道具の移動に協力してくれていた。
魔道具の大きさは大きめの旅行トランクケース一個分ほど。
でも構造上のせいか、これがまた死ぬほど重い!
明日には転移魔法を使って王城へ行く。
準備として、部屋に置いた転移魔法陣の上に魔道具を置いて貰ったのだ。
こういう時に限ってライアン様は来ない。
先日、ウィリアム殿下の側近に戻り、また忙しくされているらしい。
他の側近たちとの軋轢もあるそうだが、やっぱり殿下の下で働きたいと、ライアン様が希望されたという。
主従ふたり、また以前のように信頼し合える日がくるといい。
ちなみに殿下に掛けられていた魅了はお母さまの手によって完全に解術されているらしい。
「言葉通り、私の『手』によってね、ふふふ」
とお母さまは笑って頬を触っていたけどなんの事かな?
「マスター、お礼にお茶でも飲んで行ってください」
「お、すまんな。有り難くいただくよ」
そう言って、マスターはわたしが勧めたテーブルの席に着く。
「でも考えてみたら、ギルドの外でマスターと会うのは初めてかも。驚いたのは外では帯剣してるんですね」
「治安がいい街だから、本当はそんな必要性はないんだが、もう昔からの習い性でな。帯剣してないと落ち着かないんだ。俺は騎士だったからな」
「え?マスターって騎士だったんですか?」
「ああ。こう見えても3年前まで精鋭揃いと謳われた第二騎士団にいたんだ」
第二騎士団といえば国境を守る
この国の守りの要だ。
王都を守る第一騎士団と
国境を守る第二騎士団、
どちらも屈強な騎士たちが揃う
この国の両翼だ。
お母さまは第一騎士団の団員だった。
「でも任務中に肩をやってな。それで故郷のこの街に戻り、親父の後を継いでギルドマスターをやってるんだ。一応、騎士爵も持っている」
「びっくりしました……でも確かに強そう」
わたしがそう言うとマスターは笑った。
翌日
わたしはサリィと、そして激重の魔道具(要改良)と共に長距離転移魔法で王城へと向かった。
一瞬で着くので、
あまり移動した感がない。
でも愛着がわき始めた街から8年間住んだ城へ到着した時、なんとも言えない複雑な気持ちになった。
この気持ちはなんだろう……と考えていたら、不意に抱きつかれた。
「フェリシアちゃん!」
「王妃様!」
それは久しぶりにお会いするウィリアム殿下のお母上、王妃様だった。
「本当に久しぶりね、フェリシアちゃん。会いたかったわ、元気にしてた?少し痩せたんじゃない?」
と、王妃様は心配そうにわたしの全身をチェックする。
いいえ王妃様、わたし逆に太りました。
精神的な苦労がなくなり、
食事が美味しくてたまりません。
もう砂の味はしないんですよ。
サリィの作るケーキも最高です。
「ご無沙汰しております、王妃様。王妃様もお変わりはございませんか?」
わたしは久しぶりの貴族の言葉使いで、王妃様にカーテシーをした。
すぐにお茶でも一緒に飲みたいところだけどウィリアムが待ってるからと、
早速殿下の自室へと案内された。
例の激重魔道具は、
屈強そうな騎士様が運んでくれている。
腰を痛めないでくださいね。
久しぶりのお城はなんだか余所余所しい感じがした。
それは多分、わたしの思い入れがもうこのお城にはないからだろう。
本当にお別れしたんだなと
しみじみ思った。
歩き慣れた廊下を通り、
通い慣れたウィリアム殿下の自室へ着いた。
この部屋の扉ってこんなに大きかったかしら?
なんだか全ての感覚が違う。
王妃様の侍女が
わたし達の前へ先ん出てドアをノックした。
すると中から扉が開き、そこにはライアン様が立っていた。
「ライアン様」
「お久しぶりですフェリシア様。このところお伺い出来ずに申し訳ありません。
何か困った事はありませんでしたか?」
ライアン様は心配性ね。
そんなすぐに困った事なんて起きないのに。
「お久しぶりですライアン様。先日は美味しいお菓子を送っていただいて、ありがとうございました。何も問題なく、つつがなく過ごしておりますわ、ありがとうございます」
お互い、
街で会う時と言葉使いが違うのがなんだかおかしい。
「それはようございました。また近いうちに伺います。さあこちらへ、殿下がお待ちです」
わたしは静かに頷き、
部屋へと入った。
見慣れた部屋の見慣れたソファーにその人は座っていた。
わたしが部屋に入って目が合うと、
その人はすぐに立ち上がった。
「シア…フェリシア嬢!よく来てくれたね、さあここへ来て」
そう言ってその人は、ウィリアム殿下は今にも泣きそうな笑顔でわたしを迎え入れてくれた。
「フェリシア嬢」
もう婚約者でもないのだから当たり前だけど、そう呼ばれた事に少しだけ寂しさを感じる。
「お久しぶりでこざいますウィリアム殿下。お元気でいらっしゃいましたか?この度は魔力提供の願いをお聞き届け下さいまして、ありがとうございます」
殿下にソファーまでエスコートされながら、わたしは挨拶をした。
「なんとかやってるよ。毎日の魔力排出はフェリシティ様の後任で近衛騎士団長に付き合って貰ってるんだ。
そして聞いたよ、とうとう魔力を吸収して保管出来る魔道具を完成させたようだね、さすがはフェリシア嬢だ!」
「恐れ入ります。もう無理かと思っていたのですが、ひょんな事から糸口が見つかりまして」
「そうか、魔道具師として頑張ってるみたいだね。僕としても攻撃魔法とかで魔力を消費するよりも、魔道具などに使って貰ってみんなの役に立てるならその方が嬉しいよ」
「殿下……ありがとうございます」
そう、この人はこういう人。
自分に甘いところは多々あるけれど、
だからその分、他者にも優しい。
魔力障害さえなければ
わたしはきっと、今もこの人の隣で笑っていたはず。
「フェリシア嬢、魔力提供の前にどうか言わせて欲しい」
殿下のグリーンアイズがわたしを写す。
わたしもゆっくりと殿下に向き合った。
「魅了に掛けられていたからといって許される事ではないとわかっているけど、長い間不誠実な行動を取ってきてごめん。
苦しませてごめん、悲しませてごめん、魅了に掛けられるような弱い僕で本当にごめん……どうしても、それだけは謝りたかったんだ」
「殿下……」
「キミを失ってはじめて、自分の弱さを知った。愚かさを知った。僕はキミに甘えていただけだった。今更許されるなんて思ってはいない、婚約者に戻ろうなんて思ってもいない、でも、どうしてもこれでキミとの関係を断ちたくないんだ。どうか、どんな形でもいいからこれからもキミの人生に関わらせて欲しい」
「……殿下……」
わたしの手を握る殿下の手は
とても冷たくて震えている。
どうしてもこの手を振り解けない、
と思ってしまうのは二人で過ごした8年という月日のせいだろうか……。
殿下に握られた手……
嫌悪感が出るかと思ったけど、意外と平気だった。
わたしはふっとため息を吐き、
殿下に微笑みかけた。
「関係を断つと言っても、わたし達はイトコですよ?親戚付き合いは大切です」
「……フェリシア嬢…!」
今のわたしにはそれが精一杯の答えだった。
さっきから後ろで啜り泣く声が聞こえる。
ん?だんだん嗚咽が大きくなってくるわね。
って王妃様?号泣ではないですか。
「うっ…うっ…良かったわねぇ。ウィリアム、フェリシアちゃん…!」
いや待って、何が良かったの?
復縁なんてしませんよ?
わたしは不穏な流れを断ち切るべく、
早速魔道具の準備を始めた。
久しぶりのドレスが動きにくい。
殿下とライアン様は
興味深そうに魔道具を観察している。
「意外と大きいんだね」
殿下が激重魔道具を見て言う。
「いえ、殿下の魔力量を考えるとこれで事足りるのかと心配です」
と、ライアン様。
「これは何?」「ここはどうする」
二人は色々な質問を投げかけてくる。
わたしはその質問に答えつつ、
魔道具の用意を進めて行った。
「なるほど、この長い管を通った魔力がこのトランクのような魔道具の中に貯められていくんだね、それでこの管の先……は、なんでこんな形状をしているの?」
殿下が不思議に思うのも無理はない。
直接殿下の体に触れて魔力を吸収するこの部分の形……
二つ並んだ小さな突起物が、
二つ並んだ小さな穴に差し込まれるのを待っているかのような形をしている。
「……フェリシア嬢、この部分が僕の体に触れる部分なんだよね?」
「はい殿下、仰る通りです」
「……この二つの小さな突起を摘めばいいのかな?」
「いいえ」
「……じゃあ握ればいいの?」
「いいえ」
「……フェリシア嬢」
「はい」
「まさか」
「はい、そのまさかです。さあ殿下、その部分を鼻の穴に差し込んでください!」
「ちょっと待って!なんでわざわざ鼻の穴に入れるの!?」
「ラッキーですよ殿下、初回限定のスペシャルバージョンです!」
「意味がわからない!」
「大丈夫です殿下、わたしもわかりません!」
「わからないの!?」
てんやわんやとしながらも
結局殿下が根負けして、鼻の穴から魔力を抽出してくれた。
ごめんなさい。
小さな復讐です。
でもこれでスッキリしました。
後腐れなしです。
もうわたしに謝罪はいりません。
殿下はもう、許されてもいいでしょう。
次回からの魔力の抽出は
丸い水晶玉のような球体を両手で包み込むように握って行って下さいね。
きゅぽん、と音を立てて
殿下の鼻から魔力抽出部分を引き抜く。
「お疲れ様でした殿下、どこかご気分の悪いところはございませんか?」
「うん……肉体的には大丈夫だよ、ありがとう」
「たっぷり魔力を吸収したので、まる一日は大丈夫なのではないでしょうか。あとは毎日、転移魔法で魔道具を送りますから魔力を入れたら、送り返してください。送り先はわたしがお世話になってるギルドです」
「……わかった……でも……時々僕の方からそっちへ魔力提供に行ってもいい?」
「……。」
「ごめん、やっぱりイヤだよね、嘘。今のは冗談……「いいですよ」……え?」
殿下の言葉に被せて返事をしたわたしを、殿下は瞬きも忘れて見つめてくる。
「え!?いいの?ホントに?」
「ええ。いいですよ。イトコなんですから。わたしの住む街、ホントに素敵なんです。ご案内します」
「っやった…!やった、やった……!ありがとう、フェリシアっ……」
殿下の眦から涙が一雫溢れた。
「ライアン様もよろしければどうぞって、何度もいらしてますよね」
わたしがそう言うと、
ライアン様はとても優しげな眼差しで見つめてくる。
「ありがとうございます。是非伺います」
「やった!フェリシアと街を歩けるぞ」
「サリィとライアン様も一緒ですよ?」
「わかってるよ、それもまた楽しそうだ!」
多分、殿下の笑顔って久しぶりなんだろうな。
ずっと笑顔を失ったまま、
日々を送って来られたんだろうな。
でも、少し逞しくなった?
お母さまに鍛えられたから?
後は歩んでゆく月日が、きっと殿下の心も強くしてくれるはず。
殿下を許せて良かった。
悲しい思いをいっぱいしたけど、
それでも殿下と出会わなければよかったなんて思わないもの。
これからはまた違う関係性を結んでゆけばいい。
「……………………。」
わたしは先ほど殿下の鼻から引き抜いた、魔力抽出部分を再び手に取った。
「ん?どうしたの?フェリシア」
「…………。」
「何?言ってみて?」
「……………。」
「構わないから言ってよ」
わたしは
魔力抽出部分をかかげ、言った。
「……王太子殿下は、今、お城におられます?」
「え…………?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
次回、最終話です。
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