もう彼女でいいじゃないですか

キムラましゅろう

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もう話しておくべきじゃないですか?

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アルバート兄上は、
僕の5つ年上の23歳。

この国の王太子で、文武両道にして魔術師よりも更に上級の魔導士の称号も得ている。

魔力保有量も僕と同等であるにもかかわらず魔力コントロールに長け、
常に一定の魔力量保持が出来る凄いお方なのだ。

父譲りの黒髪が
幼い頃は男らしさの象徴に見えて、とても羨ましかったのを覚えている。


とにかく兄上は、僕の自慢の兄なのだった。


その兄上がゆっくりとした歩調で僕とフェリシティ様の元へやって来る。

その後ろには……ライアン?



「王太子殿下お一人ですか?陛下は如何なさいました?」


フェリシティ様は兄上に問われた。

「……鬼神が来たッと言って、寝室に篭っておられます」


フェリシティ様は
美しすぎる微笑みを湛えられたまま、

「チッ……まぁ、そうですの。どこかお体の具合でもお悪いのかしら?ますわね」と言われた。

え?今、フェリシティ様から舌打ちのようなものが聞こえた気が……

いやまさか、
母上に次いでこの国の高位女性であるフェリシティ様が舌打ちなんてされるわけがない。

僕は叩かれ過ぎて感覚が麻痺している頬を摩りながらお二人を見ていた。


兄上も微笑みを絶やさずに
フェリシティ様に礼を述べる。


「ありがとう存じます。きっと陛下も喜ぶ事でしょう。ところで、随分とお早い登城でしたね。ご夫君の侯爵はご一緒ではないのですか?」

「あの人は忙しい人ですもの。少し休んで頂きたくて、黙って置いて来ましたわ。フェリシアの事が心配で、つい長距離転移魔法(魔法陣要らず)で、文字通り飛んで参りましたの」


長距離転移魔法……

侯爵領は王都から駿馬を駆っても六日はかかる。

さすがはフェリシティ様……。


「……フェリシア嬢には本当に申し訳ない事をしたと思っています。彼女をエサにして癒しの乙女に教会を焚き付けさせ、教会がフェリシア嬢は王子妃に相応しくないと侯爵家に干渉嫌がらせをしてくるように仕向けたのですから」


そ、そんな……それじゃ完全に僕とフェリシアはエサとして利用されただけじゃないか……


「……取り繕いもせず、簡単に暴露されますのね。だけど侯爵家ウチに教会を始末させる、という文言をお忘れですわよ?まぁそれを承知でウチも策に乗りましたが。でも、フェリシアの事は話は別です。婚約者に不貞紛いの事をされて城出をしたのです。このまま領地に連れて帰りますわ。ホラ、そこに転がってる小娘、もう彼女でいいじゃないですか。王子、お幸せに」

「ご容赦ください……身分云々のその前に人間性に問題有りですよ……。それに、彼女は厳罰に処される身です」


「言ってみただけですわ」

悪びれた様子もなく言うフェリシティ様に兄上は苦笑を漏らす。


僕が俯いてグっと拳を握り締めたのを兄上は見ていた。


「……ウィリー済まない。お前が魅了に掛けられたのはわりとすぐの段階でわかってたんだ。ここにいるお前の側近のライアンからも報告も受けていた。でも……これは好機だと考えた」

「好機……?」


「教会の改革は本来はもう少し長期戦のつもりだった。侯爵の協力を得て教会幹部の不正を暴き、案の定ヤツらは一部の人間に責を負わせ、トカゲの尻尾切りをした。そんな上層部のやり方に不満を覚えた教会の下位聖職者の後ろ盾となり、根本から教会内部を変えようとしている最中だった」


兄上は気絶したままのリリナを見た。


「この女が癒しの乙女として赴任して来てウィリーに魅了を掛けたと気付いた時に、すぐに教会側の見え透いた意図を察した」

「見え透いた意図、ですか?」


「あぁ。不正発覚により常時国から監査が入る事になり、ヤツらは今までのように旨い汁を吸えなくなった。その腹いせに幹部たちが、乙女を介して第二王子を籠絡して取り込み、上手くいけば対立させようという魂胆が見え見えだったんだ。
王子ウィリーの婚約者の生家である侯爵家と王家に嫌がらせ紛いの報復目的だ」


「なんて矮小な……」


「ウィリーはともかく、フェリシア嬢に辛い思いをさせるとわかっていても、これが上手くいけばあっという間に片が着く、その魅力には抗えなかった」


フェリシティ様はジト目で兄上を見た。


「……娘の犠牲の上で成り立つ策など、ハッキリ申しまして糞でございましたが、こうなれば速攻で解決すべきと判断しました。我が家に喧嘩を売ってきた者に容赦はしません。圧力という名の嫌がらせの証拠を集め、表立っては社会的に、裏では物理的に排除してやりましたわ。…アラ、嫌ですわウィリアム王子、青い顔して。正当防衛ですわよ、正当防衛」

「ははは……」

僕はもう、乾いた笑いを浮かべるしか出来なかった。



「とにかく王国の膿であった教会をなんとかしたかった。
フェリシア嬢の安全は絶体に補償すると侯爵家に誓い、このライアンを通してウィリーと癒しの乙女あの女、そしてフェリシア嬢の事を監視した」


自分の側近であるライアンが監視役?

僕は思わずライアンを見た。

僕の視線に気づいたライアンが胸に手を当て、臣下の礼を取りながら言った。


「主人である殿下の監視など、裏切り行為と十分理解しております。如何なる処分もお受けする覚悟です」


「……お前は最初からリリナがおかしいと言っていた。フェリシアの事を考えろとも……でもそれを聞き入れなかったのは僕だ。そうなれば兄上に注進するのは当然の事だよ」

「……はい」

「僕の代わりにフェリシアを守ってくれたんだろ?それでよく、僕の側を離れていたんだろ?」


僕がそれを言うとライアンは
少し困った顔で答えた。

「はい、でもフェリシア様が一番救いを求めていた心をお守りする事は出来ませんでしたが」

自重するかのような、悲しげな微笑みをライアンは浮かべた。


「これからも僕のもとで働くか、兄上の下で働くかは好きにしていいよ。でも魅了にかかっていた他の側近や侍従たちと付き合い難くなるだろうから、兄上の下に行った方がいいかもね……」

僕は長い付き合いだった側近に苦笑しながら言った。

彼を責めるつもりはないし、

責める資格もない。

逆によくやってくれたな、と思う。

少々複雑だけど……。



僕とライアンのやり取りを見ていたフェリシティ様が、ふいに兄上を仰ぎ見る。


そこには再び小さな怒りが宿っているように見えた。


「でも……王太子殿下、貴方が最も懺悔すべき事があるでしょう?もう話しておくべきじゃないですか?その後で、侯爵家というかフェリシアにも謝罪して頂きたいところですが、まずは弟君にお話しすべきと存じますわ」


これ以上まだ何かあるの?

僕は慄いた。

もう嫌だ帰りたい(自室に)……と言ったら怒られるだろうな……


「………。」


兄上が目を閉じ、黙られる。



「……ウィリー」


「はい……」


「お前とフェリシア嬢の婚約は解消となる」


「…………………………は?」



その言葉に、

僕の頭は真っ白になった。









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