もう彼女でいいじゃないですか

キムラましゅろう

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もう王子を殴っちゃってもいいじゃないですか

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こんな凄い人とあの父上が兄妹なんて信じられないな……


初めて叔母であるフェリシティ様を見た時、僕はそう思った。


当時第三王女でありながら
魔術騎士団に所属していたフェリシティ様が
大恋愛の末に騎士団を辞め、遠い辺境地の侯爵家へ嫁いだ事を公表した時、
国内だけでなく大陸全体が震撼したという。

美姫というだけでなく、
才気溢れる魔術騎士として大陸中に名を馳せていたフェリシティ様を知らない者はいなかったらしい。

輝く銀髪にペリドットの瞳。

服装は侯爵夫人らしく優雅に洗練された
ロイヤルブルーのマーメイドラインのドレス姿。

月の女神かと見紛うほどの美しさに反して、腰には歴戦を物語る無骨な剣を穿いていた。

父親似であるフェリシアとは
本当に全く似ていないが、二人は正真正銘の親子なのだ。


場が静まってくると、
何が起こったのかようやく視認出来た。

……フェリシティ様が城の頑丈な壁を破壊して新しい入り口を造って下さったようだ。

ついでにリリナの空間結界も蹴散らしてくれたらしい。

僕が目を白黒させて見つめていると、

瓦礫の山の頂きにいたフェリシティ様と目が合った。


「お久しぶりでございますね王子。以前お会いしてからいつぶりかしら。確か魔力障害でお倒れになった時にお見舞いに馳せ参じた時以来でしたわね。あの時はまだ前任の癒しの乙女が王子の肩に常に手を触れて、懸命に余剰魔力を吸い上げておられましたわ」


そう言いながら、
フェリシティ様は優雅な仕草で瓦礫の山から降りて来る。

僕は慌てて服装を正した。


「アラ、お楽しみのところをお邪魔してしまったかしら?今の癒しの乙女は魔力ではなく、子種を吸収するのがお好きなようね?尻軽そうだと思ったけれど、爆風に吹き飛ばされて尻から着地した姿を見た時はお尻の重い方だったと考えを改めましたわ」

とても優しげな声色で紡がれるその言葉は、なんとも辛辣なものだった……。



「それで?確か王子はまだウチの娘の婚約者でいらしたと記憶するのだけれど、そうではなかったのかしら」

「っもちろん!今も昔もフェリシアは僕の大切な婚約者です!」

僕は必死になって言った。

フェリシティ様は
誰もが見惚れるであろう微笑みを浮かべた。


「王子、嘘偽りなくお答えください、…………未遂?それとも事後?」


僕は真っ青になりながらフェリシティ様に縋り付く勢いで答えた。

「信じてください!み、未遂です!危ないところをフェリシティ様に救って貰いました!」

「まぁね、状況を見ればだいたいわかりますけれど。命拾いしましたわね王子。事後でしたらチョン切っておりましたわよ」


僕はひゅっとして
思わず股間を抑えそうになるのをなんとか堪えた。


そんな僕をお構いなしに、
フェリシティ様は何も言わずに僕の目を見つめてくる。


この世のものとは思えないほどに美しいペリドットの瞳。

全てを見透かされているような眼差しに居た堪れなくなり、
目を逸らそうとした僕にフェリシティ様は言った。


「……王子、貴方、やっぱりかかってますわね。しかも中~途半端に。そこに転がってる小娘の仕業ですわね」

フェリシティ様は完全に気絶しているリリナを一瞥した。


わかっていて、何が?と惚けられるほどの胆力は僕にはない。

「自分に魅了をかけた相手と知って、尚も一緒にいられるところがもうかかっている証みたいなものですわよね、中~途半端でも」

「…はい…」

「う~ん…おかしいですわ、本来なら魅了など絶対にかからないのに……あぁ、魔力障害で弱っている時に[種]を植え付けられましたのね」

「え?種?」

「貴方の深層心理の更に奥深くに、小娘は種を植え付けた。そして毎日毎日まさに蒔いた種に水を与えるように魅了魔法をかけ続けたのでしょう。魔術返しの効果で完全には芽吹かなかったとしても、毎日魅了魔法の供給を受ける事で種は朽ちる事なく在り続けた。その結果、今の中~途半端な状態になったわけですわね」

「そうだったのか……」


騎士団任務中、様々な魔法案件に触れてきたフェリシティ様の見立てなら間違いないのだろう……。


ふいに
フェリシティ様は僕の目の前に立たれた。


「フェリシティ様?」


「今回の事は、私の初期対応も悪かったと反省しておりますのよ。教会からの圧力がかかり始めた時、もちろん一番にフェリシアの事を心配しました。でも教会あちら側の動きが予想以上に早く、主人と対応に追われて後手後手に回ってしまいました。まぁもちろん、教会あいつらは完膚なきまでに打ち負かしてやりましたわよ。社会的にも物理的にも」


教会側と一体何があったんだ。

そんな事、第二王子である僕は何も聞かされていない。

その前に侯爵家と教会に確執があったなんて知りもしなかった。

王太子兄上はご存知だったのだろうか?
父上は?母上は?


僕の思考がだだ漏れだったのか、
フェリシティ様はため息をきながら言った。

陛下はご存知なかったわ。王妃様クリスティーヌは途中から知らされたようだけど。今回の事は、発生から収束までの展開が私でも驚くほどの速さだったの。全ては王太子殿下の采配のもとだった」


「兄上の?」


「えぇ。そもそも事の発端は、主人が王太子殿下の命を受けて、教会側の不正を暴いた事から始まったのですから」

「不正!?」

なんて事だ、全く知らなかった。

リリナはそれに加担してたんだろうか……。


「王子もフェリシアも当事者であったにもかかわらず蚊帳の外にして悪かったとは思っているのよ。でも貴方は中~途半端にでも魅了にかけられていて、教会側と繋がっている癒しの乙女に小娘に取り込まれて情報を渡される可能性があった。フェリシアも猪突猛進型の子だから、貴方が魅了にかけられていると知って、見て見ぬふりは出来ないだろうと思ったの。行動力のある子だもの、どうにかして貴方を救おうと動いて、その事により教会側に付け入る隙を与えてしまうのは何としても阻止したかったのよ。あの子の身の安全の為にも。でも家出ならぬ城出の計画に夢中になってくれたおかげで、あの子は難を逃れた」

「フェリシアに危険が及ばなかったのは本当に良かったと思います……でも、僕には、魅了の事を話して欲しかったです……」

わかってる。
全ては王族でありながら魅了にかかった僕が悪い。

それにより、
フェリシアを愛してると言いながら盲信的にリリナを信じていたのだから。

リリナという優秀な癒しの乙女を手に入れ、そのおかげで体調が嘘みたい良くなった事を、ただ喜んでいただけだった。

そんな己の事ばかりの稚拙な僕に、
誰が重要な機密を共有するような信頼を寄せてくれるというのだ。


「ウィリアム王子」

黙って俯いていた僕の名を
フェリシティ様は呼んだ。

「はい」

「事の顛末を知ったからといって、貴方にかけられていた魅了が解けたわけではないわ」

「はい」

「今となっても、あの小娘に対しては情を感じているのでしょう?」

「……はい」

「そうよね。魅了にかかっているからこそ、いくら毒性の魔力で動きを封じられたからといって、そのまま何の魔法対処もせずに凌辱されかけるわけないものねぇぇ。嫌だダメだと言いながら、このまま流されたいなんて本当は思っていたのではないかしら?」

「……はい?(え?見てたの?)」

「本来かかるはずのない魅了にかかったのは、無意識の中の貴方がそれを受け入れたからよ。だからあの小娘に付け入れられた」


突きつけられた事実に思わず顔を覆い隠したくなったその時……

唐突に僕の頬にフェリシティ様の平手打ちが炸裂した。

「へぶっ…!ぶほっ!」

右から入り、そのまま左へ返される。

世に言う往復ビンタというヤツだ。


「な、何をっ……なんでっ……!?」

思わず両頬を抑える僕に
フェリシティ様はにっこりと微笑む。

「治療ですわよ。魅了を相殺するレベルの魔力を込めたショック療法で解術して差し上げますわ」


そう言ってフェリシティ様に尚も頬を張られる。

右に左にと別の意味で右往左往している僕にフェリシティ様は頬を張りながら話し続ける。


「最初にサリィから報告を受けた時に魅了が頭をよぎりましたのよ?でもまさか王家の者が魅了にかかるなんて思いもしませんでしょう?でもあの小娘に贈り物までしていると聞いた時にあぁ間違いないなと思いましたの。あれだけフェリシアフェリシアと言っておいて、急に心変わりなんて有り得ませんものね。しかも中~途半端にかかってるから言動がちぐはぐで。どうせ口ではフェリシアを愛してるなんて言いながら、あの小娘とイチャコラしていたのでしょう?」

サ…サリィ…フェリシアの侍女か……

逐一フェリシティ様に報告を上げてたんだな……


フェリシティ様のビンタの威力はそれほど強くない、
おそらく手加減されている。

威力はない、威力はないが、スピードが半端ない!

右、左、右、右(?)……


もう何往復目かわからなくなった時に、

ふいに後ろから助けが入った。



「どうかもう、その辺で許してやって下さい叔母上」


「………アラ」


ようやくビンタラッシュの手を止めたフェリシティ様がその声の人物に視線を向ける。


「事を成す為に魅了を放置して、実の弟をエサに使った私が一番悪い……そうでしょう?」


「もちろん」


そう言って、フェリシティ様は花のかんばせをほころばせ、優雅にカーテシーをした。


「お久しぶりにございます。
王国の若き太陽、王太子アルバート殿下にご挨拶申し上げます」


月の女神が太陽の化身にこうべを垂れる……


まるで一枚の絵画のような光景だった。
















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