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形を変えて

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「先日はサーニャがすまなかったアユリカさん!まさか逆上してこの店に来るなんてっ……!」

その日、低頭平身でアユリカに詫びを入れるラペルの声が惣菜屋ポミエに響いた。
妹の暴挙を知り、セィラと共に急ぎ謝罪に訪れたのだ。

「私がアユリカちゃんを頼ったばっかりに……巻き込んでしまって本当にごめんなさい」

とセィラにまで謝られ、アユリカは居た堪れず首を振る。

「そんなに仰々しく謝罪をしていただかなくても大丈夫ですよっ……ちょっと怒鳴りこまれただけですし、その場に居合わせたハイゼルが対応してくれましたから」

“毒妹をジョしたゼル……ぷっ”という誰か(読者)の声が聞こえた気がしたが、それに構わずアユリカはラペルに尋ねた。

「それより転移魔法で飛ばされたサーニャさん、ちゃんとご自宅に帰られましたか?」

転移魔法で飛ばした張本人であるハイゼルが、
『近所の肥溜めに落ちるくらいはあるかもな』と言って笑っていたのを思い出して尋ねてみた。
地方都市の住宅街に肥溜めは無いだろうけど、変な所に着地していないか気になったのだ。

するとラペルが苦笑しながら肩を竦めた。

「じつは転移した場所が隣家のトイレの中でさ。便器の中に顔を突っ込んでしまったサーニャがパニックになったらしくって。それに驚いた隣人が自警団を呼んだんだ。まぁ普通に考えて不法侵入だからな。通報されて当然と言えば当然なんだが」

それを聞き、アユリカが目を丸くする。

「ええっ?じゃあ大変な騒ぎになったんじゃ……」

「まぁね。でも元はと言えば勝手に逆上してこの店に押しかけたサーニャが悪いんだ。身勝手な振る舞いが自分にどう跳ね返るか、身をもって知ればいいんだが……。不思議なもんだな、少し前までは病弱な妹を庇護しなくてはという凝り固まった責任感を強く感じていたのに、今では冷静な目で妹の言動を注視できるよ」

「妹さんの太太ふてぶてしさ……コホン、逞しさに気が付かれたからですね」

アユリカがそう言うと、ラペルは少しバツが悪そうに微笑んだ。

「うん。もう絶対に優先順位を間違えたりしないよ。本当に大切なものは何か。側に居て欲しいのは誰なのか、ちゃんとわかったからね」

「側に居て欲しい人……」

ラペルの言葉を受け、アユリカの脳裏にあの背中が思い浮かんだ。
そしてその背中の持ち主の、屈託のない笑顔も。

そんなアユリカの気持ちを見透かしてか、セィラが夫ラペルに向けて言う。

「そういえばラペル、ハイゼルさんの支部での様子はどうなの?せっかくだからアユリカちゃんに聞かせてあげて欲しいわ」

ハイゼルという名を聞いただけで、アユリカはドキリとなる。
妻の意図を感じ取った……というか事前にアユリカとハイゼルの微妙な関係を聞いていたのだろう、ラペルがわずかにハッとした様子を見せた。

「あぁ!ハイゼル・モルトか……!あいつは若いのによくやってるよ!副司教様のお気に入りという立場に胡座を掻かいたりせずにどんな人間にも分け隔てなく平等に接するし。仕事も警護だろうが雑用だろうが好き嫌いで選んだりしない。だから副司教様だけでなく聖騎士団上層部から一般の司祭たちにまで幅広く期待されているんだ。中でも若い女性たちからの人気は……あ、」

余計な事まで口走ったと、慌てて口元を押えるラペルをセィラがジト目でめ付ける。
気まずい空気が流れそうになるのを、アユリカは平静を装って食い止める。

「やっぱりラペルはモテてるんですね。別にショックなんて受けてませんよ?ハイゼルは昔から女の子たちに人気でしたから」

そうだ。
ハイゼルは昔からモテた。
今だってそうだ。
彼ならどんな相手だって選べる。

アユリカが諦めた恋を後生大事に携えて、再びアユリカこ前に現れたけど、
アユリカの側に居られるだけでいいって言ってたけど、
いつまでもこのままでいられるわけがない。
幼馴染のままでは、いつかは別れる時がくる。

(私は……それでいいの?
手放したままでいて、いずれハイゼルが他の誰かを選んでも、私は本当にそれでいいの……?)

そんな問いかけが、自身の頭の中をぎるアユリカに、ラペルが穏やかな声で言う。

「でも……アイツは、どんなキレイな女性にアプローチされてもキッパリと拒否してるよ」

「……え?」

「この前、偶然だけどハイゼルが告白されている現場に出会でくわしたんだ。相手は事務方のマドンナ的存在の女性だった。そのマドンナにしてみれば告白に対して絶対の自信があったんだろうな。ハイゼルに堂々と結婚を前提とした交際をしてくれ、って申し込んでいたよ」

「け、結婚を前提に……。そ、そうですか……」

自分でも情けないくらいに所在ない声が出たと思う。
ハイゼルが告白されたと知り、情けなくも狼狽えてしまう自分に俯きそうになった時、ラペルの言葉が耳に届いた。

「だけどアイツは言ったんだ。俺にはもう二度と失いたくない大切な相手がいるって。一度失って、必死に追いかけて、ようやくまた側に居られるようになった大切な女の子なんだって。だからもう彼女に一切の誤解を与えたくないし不安にさせたくないから、仕事以外では声を掛けないでくれって。そうキッパリ断ってたよ」

「ハイゼルが……?」

俯きそうになった顔は、いつの間にか真っ直ぐにラペルへと向けられていた。
そんなアユリカに、今度はセィラが話しかけた。

「過去のことがあって不安になる気持ちはわかるわ。でもねアユリカちゃん、人生には必ず分岐点というものがあると思うの。ここでまた不安だからと諦める道を選択してしまったら、きっと後で後悔するんじゃないかしら?」

「セィラさん……私……」

アユリカは不安げに瞳を揺らしながらセィラを見る。
セィラは優しくアユリカの肩を抱いた。

「ずっと体当たりで好きだったんでしょ?だったらもう一度、体当たりで想いをぶつければいいじゃない。向こうはもう、受け止める気満々なんだから」

「私……いいのかな?もう一度、もう一度ハイゼルに恋心を抱いてもいいのかな……?」

「いいに決まってるじゃない。何度だって、何があっても好きになる。それが恋というものよ。ううん、もう恋よりも大きな、愛情へと進化してるんじゃないかしら。本当はずっと好きなんでしょう?」

「愛情……」

セィラに言われた言葉を、アユリカは噛み締める。

昔から大切に抱えてきた恋心。
諦めて生まれ育った王都に置いてきた恋心。
それが今、愛情という形に変化して、再びアユリカの心に戻ってきた。

店のテーブル席に座って話をしていたアユリカがすくりと立ち上がる。

「私っ……ハイゼルに想いを伝えます」

そう告げたアユリカの言葉にラペルも嬉々として勢いよく立ち上がる。

「よく言ったアユリカちゃん!善は急げだ!このまま支部まで会いに行っちゃえ!僕が連れて行くよ!」

「え、今は無理です。だってまだ惣菜屋ポミエが営業中ですもん」

至って冷静にそう答えるアユリカに、ラペルが「あ、そ、そうだよね」としゅんとなる。
それを見たセィラの笑い声が店内に響いた。

だがラペルは、今日が夜番であるハイゼルと交代を申し出てくれ、二人できちんと話し合う時間が出来たのであった。





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次回、最終話です。



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