上 下
4 / 25

そして恋を諦めた

しおりを挟む
その日、アユリカは意を決していつもと違う行動に出た。

見習い仲間と居る時は絶対に近寄るな声をかけるなと言われているが、今日のアユリカはそれを守る気はなかった。

早朝から祈りや訓練などハードスケジュールな予科練生の長い昼休憩。
ハイゼル達予科練生の多くはいつも気晴らしのために学校の敷地外へ出る。
それを知っているキラキラ女の子たちや恋人の称号を勝ち取った女性が校門の前で待ち受けており、彼らと合流してランチタイムのひと時を過ごすのだ。

時折差し入れをする時、アユリカは校門から離れた場所でハイゼルを待つ。
いつもは校門を出てすぐにアユリカの姿を見つけるハイゼルが、彼の方から足早にその場所に来るのだ。
そしてほんの少しだけ会話をし、差し入れを受け取ってすぐに仲間の所に戻る。そんな感じで僅かな交流をしていたのだが、今日はアユリカは校門のすぐ前で堂々と立ち、ハイゼルが出てくるのを待っていた。
今日は差し入れは持ってきてはいない。

近くにいるキラキラ女の子たちが品定めをするような目線をアユリカに向けてくる。
不躾な眼差しに晒されて、正直居た堪れない。
だけど今日は、今日だけは怯んでなどいられなかった。
そして午前の授業が終わり、予科練生たちがわらわらと校門を出てくる。
その中にハイゼルと仲間たちの姿も見つけた。

(来た……!)

アユリカはきゅっと気持ちを引き締めてハイゼルに声を掛けようとしたが……
ドンッとキラキラ女の子たちにわざとぶつかられ、よろけた拍子に先を越されてしまった。

キラキラ女の子たちは一直線にハイゼルと仲間たちの元へと向かい、きゃいのきゃいのと騒いでいる。
予科練生たちも「お待たせ」とか「今日はどうする?」とか慣れた様子で彼女たちを迎えていた。

そこにアユリカは負けじと声を掛ける。
ちゃんと聞こえるように、声が届くようにハイゼルの名を呼んだ。

「ハイゼル!」

一瞬、しんと静まり返り、一同がアユリカへと視線を向けた。

「っ……お前……」

アユリカを見て、驚いたような怒ったようなハイゼルの声が聞こえた。
アユリカは怯みそうになるのを堪え、ハイゼルに言う。

「た、大切な話があるのっ……少しでいいから時間をちょうだい……!」

アユリカのその言葉に女の子の一人が吹き出し、笑いながら言った。

「ぷっ……え?なぁに話って?まさかハイゼルさんに告るつもり?あなたみたいな地味な子が?ねぇ、鏡見たことある?」

「やだ言いすぎよ。ふふ、まぁ私も思ったけど」

「でしょでしょ?」

女の子たちは口々にそういって楽しそうに笑う。
見習い仲間たちも面白がってハイゼルを揶揄ったりひやかしたりした。

ハイゼルはそんな彼らに対し、
「うるせぇよ。とくに女ども、お前ら何様だ?……とりあえず先に行っててくれ」
と告げて彼らの側から離れた。

そしてアユリカの元へと来てぶっきらぼうに言う。

「アユ、ついて来い」

「……うん」

足早にその場から移動するハイゼルの後をアユリカは追った。
後ろからはまた笑い声や囃し立てる声が聞こえたが、ハイゼルは振り返りもせずに進んで行く。

いつもは歩幅を合わせてゆっくり歩いてくれるのに、今はアユリカを気遣うことなくずんずん歩くハイゼル。
アユリカは軽い駆け足になりながらもハイゼルの後について行った。

近くの公園まで来ると、ハイゼルが不機嫌そうな態度を露わにしてアユリカに言う。

「仲間と居るときには近寄るなと言ったはずだよな」

「そうね、言われていたわ」

「じゃあなんで……まぁいい。それで?大切な話ってなんだよ」

アユリカに対する苛立ちを隠そうともせずにそう言い放つハイゼルを見て、アユリカはなんだか悲しい気持ちになる。

そんなにも自分は疎ましい存在なのだろうか。

なにか、彼に嫌われるようなことをしたのかな。

でも、それでも……

「私は……ハイゼルが好き」

「は?」

ハイゼルにとっては突拍子に何の脈絡もなく気持ちを伝えられただけである。
それを理解した上で、アユリカは彼に想いを伝え続けた。

「幼い頃からずっと、ずっとハイゼルのことが大好きなの」

「……アユ?どうした?何かあったのか……?」

アユリカの様子を見て、ハイゼルもさすがに何かおかしいと感じたのだろう。
不機嫌が鳴りを潜めて、訝しげにアユリカを見た。

アユリカはありったけの想いをハイゼルにぶつける。

「幼馴染のままじゃ嫌なの。ずっと幼馴染のままでいて、あなたを他のひとに取られるのを黙って見ていることなんてできないの……」

「なんだよ、それ……俺にそんな女なんていないことは知ってるだろ」

「知らないわよっ……近寄るなって言われて……まともに話せるのはポム小母さんの家だけでっ……それでどうやってハイゼルのことを知れるというの?」

「落ち着けアユリカ。どうした?なんだよ急に……」

その言葉を聞き、アユリカはハイゼルを睨みつけた。

「急じゃないわよ!ずっと、ずっと好きだって言ってるのに……!……ねぇ、私のこの気持ち……ハイゼルには迷惑なの?」

「……」

アユリカがそう尋ねてもハイゼルは何も答えない。
そしてようやく彼の口から出た言葉に、アユリカは小さく息をのむ。

「迷惑じゃねぇけど、正直困ってる」

(……!)

“困る”その言葉がアユリカの心を打ちのめす。

大好きな人を、大切な人を困らせたかったわけじゃない。

幼い頃から寄る辺のない者同士、肩を寄せ合い心を寄せ合い生きてきた。
その半身のような存在を困らせたいわけがない。

だけど……アユリカが胸に抱く想いは、ハイゼルを困らせてしまうだけのものなのだ。

今度は大きく、アユリカは息を吐いた。
そして静かに告げる。

「……そっか、ごめん」

「アユ……?」

先程までの思い詰めたような声から一転、急に力が抜けたような声になったことに、ハイゼルが怪訝な顔をする。
アユリカは力無く眉尻を下げて言った。

「困らせたかったわけじゃないんだ」

「アユリカ?」

「ただ、ハイゼルの特別な女の子になりたかっただけなの」

「……い、今でもお前は俺にとって大切な女の子だよ」

「そっか、うん、そうだよね、ありがとう……」

それは妹みたいな存在、としてね。

「アユ?急に……どうした?」

「ううん。なんでもないの。……話を聞いてくれて……ありがとう。ごめんね、貴重なランチタイムの邪魔をして。お友達の元に戻ってくれていいよ」

「いやでもお前……」

「私ももう行くね。市場に行く途中なんだ。……それじゃ……!」

「おいアユリカっ?」

引き止めるようにハイゼルに名を呼ばれるも、アユリカは振り返ることなくその場を立ち去った。

足早に歩くアユリカの瞳から涙が溢れ出た。
それを拭いながらも足を止めることなく歩き続ける。

やっぱりダメだった。

今日、最後に想いを伝えて、それでダメならこの恋を諦めようと決めていた。

結果はわかっていたけれど、どうしても最後にもう一度彼が好きだと言いたかったのだ。

──これが、本当に最後だから。

もう二度、困らせるようなことは言わないから。

ごめんねハイゼル。

もう、この恋は諦めるから。

だから……


だけどアユリカには到底、何もなかったようにこれまで通りハイゼルと接するのは無理だと思った。

この恋を諦めるためには、このままではいられないと思ったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

もうすぐ、お別れの時間です

夕立悠理
恋愛
──期限つきの恋だった。そんなの、わかってた、はずだったのに。  親友の代わりに、王太子の婚約者となった、レオーネ。けれど、親友の病は治り、婚約は解消される。その翌日、なぜか目覚めると、王太子が親友を見初めるパーティーの日まで、時間が巻き戻っていた。けれど、そのパーティーで、親友ではなくレオーネが見初められ──。王太子のことを信じたいけれど、信じられない。そんな想いにゆれるレオーネにずっと幼なじみだと思っていたアルロが告白し──!?

【完結】好きでもない私とは婚約解消してください

里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。 そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。 婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。

あなたの運命になりたかった

夕立悠理
恋愛
──あなたの、『運命』になりたかった。  コーデリアには、竜族の恋人ジャレッドがいる。竜族には、それぞれ、番という存在があり、それは運命で定められた結ばれるべき相手だ。けれど、コーデリアは、ジャレッドの番ではなかった。それでも、二人は愛し合い、ジャレッドは、コーデリアにプロポーズする。幸せの絶頂にいたコーデリア。しかし、その翌日、ジャレッドの番だという女性が現れて──。 ※一話あたりの文字数がとても少ないです。 ※小説家になろう様にも投稿しています

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。 塩対応より下があるなんて……。 この婚約は間違っている? *2021年7月完結

はずれのわたしで、ごめんなさい。

ふまさ
恋愛
 姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。  婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。  こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。  そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。

【完結】ハーレム構成員とその婚約者

里音
恋愛
わたくしには見目麗しい人気者の婚約者がいます。 彼は婚約者のわたくしに素っ気ない態度です。 そんな彼が途中編入の令嬢を生徒会としてお世話することになりました。 異例の事でその彼女のお世話をしている生徒会は彼女の美貌もあいまって見るからに彼女のハーレム構成員のようだと噂されています。 わたくしの婚約者様も彼女に惹かれているのかもしれません。最近お二人で行動する事も多いのですから。 婚約者が彼女のハーレム構成員だと言われたり、彼は彼女に夢中だと噂されたり、2人っきりなのを遠くから見て嫉妬はするし傷つきはします。でもわたくしは彼が大好きなのです。彼をこんな醜い感情で煩わせたくありません。 なのでわたくしはいつものように笑顔で「お会いできて嬉しいです。」と伝えています。 周りには憐れな、ハーレム構成員の婚約者だと思われていようとも。 ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎ 話の一コマを切り取るような形にしたかったのですが、終わりがモヤモヤと…力不足です。 コメントは賛否両論受け付けますがメンタル弱いのでお返事はできないかもしれません。

愛を乞うても

豆狸
恋愛
愛を乞うても、どんなに乞うても、私は愛されることはありませんでした。 父にも母にも婚約者にも、そして生まれて初めて恋した人にも。 だから、私は──

処理中です...