上 下
2 / 15

この悪役令嬢顔のせいでっ……!

しおりを挟む
「わ、私が王女殿下を睨みつけていたっ……?」


クラスメイトであり友人であるエレナから告げられた言葉にキャスリンは驚愕の表情を浮かべた。

「ええ……マルティナ王女殿下と取り巻きの令嬢令息たちがキャスリンあなたの彼氏にそう訴えているのを聞いたの」

「え?そ、そんなっ、睨んだ事なんて一度もないわっ……というかお話した事もないのにっ……」

「そうよね、私ら平民はたとえ同じ学校に通う生徒同士だとしても、会話はおろか近づく事すら無いわよね。あなたの彼氏は別だけど」

「うっ……だって、ル、ルーターはお世話役に指名されてるからっ……」


付き合いはじめて早々に半年間の留学に行っていたルーター=ヒギンズが美少女を伴って戻って来たのが三日前。
その間その美少女を遠巻きに眺める事はあっても一度も接した事のない相手を睨んでいたと聞かされて、キャスリンは驚くばかりである。

あの日、魔法学校に戻ってきたルーターがエスコートしていた美少女はマルティナという名のクルシオ王国第七王女であった。

ルーターと同じく特待生として東和学園に留学していたが、ルーターを通してハイラント魔法学校に興味を持ったらしく、そのままスライドで臨時留学してきたらしいのだ。

同じ留学生として友人となったルーターが側にいれば馴れない異国の地でも安心だと言って、王女は魔法学校在学中の生徒側の世話役としてルーターを指名した。

いくら魔力が高く聡明で優秀な魔術師の卵だとしても、平民が王族の世話役に抜擢されるのはかなり異例らしい。

従ってそこから早くも、憶測めいたとある噂が流れ出す。

東和に留学中、ルーター=ヒギンズとマルティナ王女殿下は恋仲だったのではないかと。

王女と平民の道ならぬ恋。
少しでも長く共に在れるようにマルティナ王女はハイラントへ来たのだと。

噂の“う”の字が流れ出すや否や当のルーター自身がそれを公然と否定したが、それが返って怪しいと噂は更に加速して学校内に広がっていった。

当然その噂はキャスリンの耳にも届いている。

留学から戻ってすぐに会いに来てくれたルーターの様子を見ればそれが根も葉もない噂だとキャスリンにはわかるのだが……。

「だからヤキモチも焼かずに大人しくしているのにどうして私が睨んだとかそういう話になるのっ?やっぱりこの顔っ?この悪役顔がダメなのっ?わーーんっ」

キャスリンは顔を押さえてエレナの胸に飛び込んだ。

「落ち着きなさいキャスリン。確かに貴女の顔は目ヂカラが強くて印象的よ?でもだからといって悪役顔だなんて……」

エレナがキャスリンの頭を撫でながらそう言うと、目に涙を浮かたキャスリンが訴えた。

「だって昔からクラスメイトに平民なのに悪役令嬢顔だって言われ続けてきたんだもの……っ」

「あらまぁなんて酷いことを言う奴らなのかしら。そいつらを国籍ごと抹消してやりたいわ」

「エレナ、やざじい……っ」

キャスリンは魔法学校に入学して初めて出来たこのエレナという友人が大好きであった。
懐深くて情に篤い。平民だというがかなり育ちが良いお嬢様なのは、一緒に居てなんとなく感じられるミステリアスな友人だ。
ルーターがいない半年間もエレナともう一人、彼女の婚約者であるシヴァル(♂)が居てくれたからなんとか乗り切れた。
二人ともキャスリンと同じクラスでもある。


「うっ…うっ…それで、ルーターは王女様たちになんて答えていたの……?」

キャスリンはハンカチで涙を拭きながら訊ねた。

「キャスリン=メイトは訳もなく人を睨みつけるような生徒ではない。少々目ヂカラがあるだけなのだから誤解しないでやってほしいと言っていたわ」

「ル゛、ルーダァァ~ッ」

ルーターが庇ってくれたと知り、キャスリンの涙が再び溢れ出す。

「あらあらまぁまぁ。キャスリンはホントに泣き虫さんね。彼氏なんだから彼女を庇うのは当然だと思うけど。でもね、取り巻き連中は納得していない様子だったから気を付けた方がいいわ」

「グスッ……気をつけるって……?」

「また睨んでいたとか王女に不敬を働いたとか因縁を付けられないようによ。どうやらあなた、あの王女に目をつけられたらしいから」

「と、どうして私がっ……?私、何もしてないわっ」

「……そうよねぇ……」

確かにキャスリンは何もしていない。
たがその存在自体が王女は気に入らないのだろう。

マルティナ王女はルーター=ヒギンズに懸想している。
それはきっと東和に留学していた時から。
だからルーターの彼女であるキャスリンの存在が気に入らず邪魔なのだ。

キャスリンの印象を悪くしようと被害者面をして告げ口するのはその為だろう。

エレナは自分の推測は間違いないと考えている。
だけどメンタルがプリンすぎるこの友人にそれを告げるのは憚られた。

必要以上に怖がって気を遣い、萎縮して終いにはストレスで体調を崩すかもしれない。


マルティナ王女の魔法学校留学期間は半年間。
その間なんとか穏便にやり過ごせないものか。
エレナはそれを考える。

しかしキャスリンは独自の打開策を口にした。

「エレナぁ……私、決めたわっ……これ以上この悪役顔のせいでお世話役のルーターに迷惑が掛からないように、しばらく王女様と一緒にいるルーターには近寄らないようにするっ……うぅ…ホントは辛いけど……」

「近寄らないようにって……それじゃあ半年の間ずっと彼氏の側に行けなくなるって事よ?王女は世話役のルーター=ヒギンズにベッタリなんだから」

「うっ……でもっ半年間だけだしっ……頑張ってお役目を務めてるルーターの足を引っ張りたくないもの……」

「キャスリン……あなたって子は…….」

それを聞き、エレナは若干「プリンメンタルを発動させて逃げを打ったな」と思わなくもなかったが、健気な友人のその気持ちを汲むことにした。

そうやってせっかく戻ってきたルーターとまた泣く泣く物理的距離をとることになったキャスリン。


しかし最初は物理的だったその距離が、

心無い噂や王女側の作為によりどんどんと開いていってしまう事をこの時のキャスリンはまだ知らない。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ボロボロに傷ついた令嬢は初恋の彼の心に刻まれた

ミカン♬
恋愛
10歳の時に初恋のセルリアン王子を暗殺者から庇って傷ついたアリシアは、王家が責任を持ってセルリアンの婚約者とする約束であったが、幼馴染を溺愛するセルリアンは承知しなかった。 やがて婚約の話は消えてアリシアに残ったのは傷物令嬢という不名誉な二つ名だけだった。 ボロボロに傷ついていくアリシアを同情しつつ何も出来ないセルリアンは冷酷王子とよばれ、幼馴染のナターシャと婚約を果たすが互いに憂いを隠せないのであった。 一方、王家の陰謀に気づいたアリシアは密かに復讐を決心したのだった。 2024.01.05 あけおめです!後日談を追加しました。ヒマつぶしに読んで頂けると嬉しいです。 フワっと設定です。他サイトにも投稿中です。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

ワシが育てた……脳筋令嬢は虚弱王子の肉体改造後、彼の元から去ります

キムラましゅろう
恋愛
ある日、侯爵令嬢のマーガレットは唐突に前世の記憶が蘇った。 ここは前世で読んだ小説の世界で自分はヒロインと敵対するライバル令嬢ボジだということを。 でもマーガレットはそんな事よりも重要な役割を見出す。 それは虚弱故に薄幸で虚弱故に薄命だった推しの第二王子アルフォンスの肉体改造をして彼を幸せにする事だ。 努力の甲斐あって4年後、アルフォンスは誰もが憧れる眉目秀麗な健康優良児(青年)へと生まれ変わった。 そしてアルフォンスは小説通り、ヒロインとの出会いを果たす。 その時、マーガレットは……。 1話完結の読み切りです。 それ故の完全ご都合主義。ノークオリティノーリアリティノーリターンなお話です。 誤字脱字の宝庫です(断言)広いお心でお読み下さいませ。 小説になろうさんにも時差投稿します。

【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!

はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。 伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。 しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。 当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。 ……本当に好きな人を、諦めてまで。 幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。 そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。 このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。 夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。 愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。

婚約者が肉食系女子にロックオンされています

キムラましゅろう
恋愛
縁故採用で魔法省の事務員として勤めるアミカ(19) 彼女には同じく魔法省の職員であるウォルトという婚約者がいる。 幼い頃に結ばれた婚約で、まるで兄妹のように成長してきた二人。 そんな二人の間に波風を立てる女性が現れる。 最近ウォルトのバディになったロマーヌという女性職員だ。 最近流行りの自由恋愛主義者である彼女はどうやら次の恋のお相手にウォルトをロックオンしたらしく……。 結婚間近の婚約者を狙う女に戦々恐々とするアミカの奮闘物語。 一話完結の読み切りです。 従っていつも以上にご都合主義です。 誤字脱字が点在すると思われますが、そっとオブラートに包み込んでお知らせ頂けますと助かります。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

【完結】さようなら、王子様。どうか私のことは忘れて下さい

ハナミズキ
恋愛
悪女と呼ばれ、愛する人の手によって投獄された私。 理由は、嫉妬のあまり彼の大切な女性を殺そうとしたから。 彼は私の婚約者だけど、私のことを嫌っている。そして別の人を愛している。 彼女が許せなかった。 でも今は自分のことが一番許せない。 自分の愚かな行いのせいで、彼の人生を狂わせてしまった。両親や兄の人生も狂わせてしまった。   皆が私のせいで不幸になった。 そして私は失意の中、地下牢で命を落とした。 ──はずだったのに。 気づいたら投獄の二ヶ月前に時が戻っていた。どうして──? わからないことだらけだけど、自分のやるべきことだけはわかる。 不幸の元凶である私が、皆の前から消えること。 貴方への愛がある限り、 私はまた同じ過ちを繰り返す。 だから私は、貴方との別れを選んだ。 もう邪魔しないから。 今世は幸せになって。 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ 元サヤのお話です。ゆるふわ設定です。 合わない方は静かにご退場願います。 R18版(本編はほぼ同じでR18シーン追加版)はムーンライトに時間差で掲載予定ですので、大人の方はそちらもどうぞ。 24話か25話くらいの予定です。

【完結】優しくて大好きな夫が私に隠していたこと

恋愛
陽も沈み始めた森の中。 獲物を追っていた寡黙な猟師ローランドは、奥地で偶然見つけた泉で“とんでもない者”と遭遇してしまう。 それは、裸で水浴びをする綺麗な女性だった。 何とかしてその女性を“お嫁さんにしたい”と思い立った彼は、ある行動に出るのだが――。 ※ ・当方気を付けておりますが、誤字脱字を発見されましたらご遠慮なくご指摘願います。 ・★が付く話には性的表現がございます。ご了承下さい。

妻のち愛人。

ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。 「ねーねー、ロナぁー」 甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。 そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。

処理中です...