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一体なんなのか
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「まま、くましゃんおみみ」
朝食のトマトオムレツを食べながらシュシュが今日のヘアスタイルの希望をウェンディに言う。
「クマさんのお耳ヘアーね、かしこまり~」
ウェンディは注文を受けて娘の希望の髪型に結った。
クマさんのお耳ヘアーとは、高めのツインテールを三つ編みにしてからお団子にしたものである。
その形がクマの耳に似ている事からこの名がついた。
娘のシュシュのお気に入りの髪型の一つである。
「さ、できた」
ウェンディが言うと、シュシュは振り返える。
「しゅしゅかわい?」
「可愛いよっ!もう食べちゃいたいくらいに可愛いっ!!可愛い可愛いママの子グマさん♡」
ウェンディは後ろからシュシュを抱きしめた。
可愛くてたまらない大切な娘。
愛しい愛しいウェンディの宝ものだ。
そう。ウェンディだけの……。
シュシュの父親にも、きっとこんな存在がいるのだろう。
こうやって抱きしめてその温もりに愛しさを感じているのだろう。
別れた女が知らない所でいつの間にか自分の子を産んでいた、
彼はそれを知ったらどう思うのだろう。
怒るのだろうか。
呆れるのだろうか。
貴族の血を引く者を平民として育てている事を嘆くのだろうか。
いずれにせよ絶対にシュシュの存在を知られてはいけない、ウェンディはそう思った。
◇◇◇◇◇◇
「何っ?ヘイワード君が急病で休み?」
公文書作成課の課長の声が部屋に響き渡る。
ウェンディや他の文官達が彼の方を見ると、課長と数名の上官たちが集まって何やら話をしていた。
その中にデニスの姿もある。
「陛下に献上する上奏書の期日は今日までだぞ、上奏内容の表題の明記がまだ書かれていないだろう」
課長が慌てた様子でそう言うと、上官の一人が答えた。
「はい。議会からの希望ではフォーマルスクリプト体で書いて欲しいとの事です。ヘイワード君はスクリプト体が得意なので彼に頼んでいたのですが……」
「誰かスクリプト体を書ける者はおらんのか?」
スクリプト体と聞き、ウェンディはピクリとした。
ーーいいなぁ~…フォーマルスクリプト大好きなのよね~。書きたいなぁ……書かせてくれないかなぁ。でも国王陛下のお目に触れるものだものね。新参者のペーペー祐筆に任せてくれるわけはないかぁ~……
はなから諦めているウェンディが自分に振り分けられた仕事をしようと書状を用意していると、ふいにとんでもない言葉が耳に飛び込んできた。
「……オウル君に任せてみましょう。彼女の履歴書にフォーマルスクリプト体が得意であると書かれていました」
「え?」
ウェンディは驚いて視線を向ける、
それを言ったのは紛れもなくデニス=ベイカーその人であった。
課長が眉根を寄せてデニスに言う。
「しかし、このような大事な書状を勤めて間がない者に任せるわけには……」
「大丈夫です。彼女は若いですが祐筆としては五年のキャリアがありますし、仕事は的確でスピーディーです」
デニスはそう言ってからウェンディの方を見た。
彼に視線を向けられてウェンディは内心狼狽える。
だけどそれよりも何よりも……
デニスがウェンディに言う。
「オウル君、出来るな?任せてもいいな?」
やりたい。
書かせてもらいたい、その気持ちが勝った。
ウェンディはしっかりと彼らを見据えて頷く。
「はい、出来ます。やらせて下さい」
課長は少し考え、やがてウェンディがフォーマルスクリプトで仕上げる事を承諾した。
ーーやった!やった!久しぶりに華やかな書体が書ける!
心が高揚する。
腕は鈍っていないはず。
シュシュを寝かしつけてから、広告の裏などに書体の練習をし続けてきたから。
ウェンディが内心ガッツポーズをするとまるでそれを見透かしているかのように一瞬、デニスが微笑んだ。
が、すぐにまたお貴族サマ宜しくすました顔になる。
だけどウェンディは彼のその一瞬の表情を見逃さなかったし、それが自分に向けられたものだと気付いてしまう。
ーーな、なんなのっ?今の表情は……一体なに?
これから無心になって書に向き合わなくてはならないというのに。
紛らわしい事はしないで欲しい。
ーーまぁね、仕事を信じて任せて貰えるのは嬉しいわよね。
それは昔、同じ職場で働いていたからであって、そこに特別な意味はないのは分かっている。
今はただの王宮勤めの文官同士というだけ。
ただそれだけだ。
ウェンディの心は直ぐに落ち着きを取り戻し、仕事に取り掛かった。
そこからは只々夢中で、一心に書き上げる。
結果、課長も唸るほどの出来栄えで上奏書を完成させた。
これはまぁ…急な仕事を任せたからと、デニスがランチに食堂名物の日替わりスープ(今日は野菜コンソメスープ)を差し入れてくれたから、お腹が満たされて書に向き合えたというのもあるかもしれないが……
ーー今日のランチに持参したトマトオムレツサンドとよく合って美味しかった……。
だがしかし、なんだか複雑な気持ちになってしまうウェンディ。
ーー施しを受けているような何か気を使われているような……まぁ考え過ぎだろうけど。
彼はただ、業務を円滑に回したいだけだろう。
とにかく必要以上には関わらないようにしよう…と改めて自分を戒めるウェンディであった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ウェンディの秘密、そろそろバレる?
バレちゃう?
朝食のトマトオムレツを食べながらシュシュが今日のヘアスタイルの希望をウェンディに言う。
「クマさんのお耳ヘアーね、かしこまり~」
ウェンディは注文を受けて娘の希望の髪型に結った。
クマさんのお耳ヘアーとは、高めのツインテールを三つ編みにしてからお団子にしたものである。
その形がクマの耳に似ている事からこの名がついた。
娘のシュシュのお気に入りの髪型の一つである。
「さ、できた」
ウェンディが言うと、シュシュは振り返える。
「しゅしゅかわい?」
「可愛いよっ!もう食べちゃいたいくらいに可愛いっ!!可愛い可愛いママの子グマさん♡」
ウェンディは後ろからシュシュを抱きしめた。
可愛くてたまらない大切な娘。
愛しい愛しいウェンディの宝ものだ。
そう。ウェンディだけの……。
シュシュの父親にも、きっとこんな存在がいるのだろう。
こうやって抱きしめてその温もりに愛しさを感じているのだろう。
別れた女が知らない所でいつの間にか自分の子を産んでいた、
彼はそれを知ったらどう思うのだろう。
怒るのだろうか。
呆れるのだろうか。
貴族の血を引く者を平民として育てている事を嘆くのだろうか。
いずれにせよ絶対にシュシュの存在を知られてはいけない、ウェンディはそう思った。
◇◇◇◇◇◇
「何っ?ヘイワード君が急病で休み?」
公文書作成課の課長の声が部屋に響き渡る。
ウェンディや他の文官達が彼の方を見ると、課長と数名の上官たちが集まって何やら話をしていた。
その中にデニスの姿もある。
「陛下に献上する上奏書の期日は今日までだぞ、上奏内容の表題の明記がまだ書かれていないだろう」
課長が慌てた様子でそう言うと、上官の一人が答えた。
「はい。議会からの希望ではフォーマルスクリプト体で書いて欲しいとの事です。ヘイワード君はスクリプト体が得意なので彼に頼んでいたのですが……」
「誰かスクリプト体を書ける者はおらんのか?」
スクリプト体と聞き、ウェンディはピクリとした。
ーーいいなぁ~…フォーマルスクリプト大好きなのよね~。書きたいなぁ……書かせてくれないかなぁ。でも国王陛下のお目に触れるものだものね。新参者のペーペー祐筆に任せてくれるわけはないかぁ~……
はなから諦めているウェンディが自分に振り分けられた仕事をしようと書状を用意していると、ふいにとんでもない言葉が耳に飛び込んできた。
「……オウル君に任せてみましょう。彼女の履歴書にフォーマルスクリプト体が得意であると書かれていました」
「え?」
ウェンディは驚いて視線を向ける、
それを言ったのは紛れもなくデニス=ベイカーその人であった。
課長が眉根を寄せてデニスに言う。
「しかし、このような大事な書状を勤めて間がない者に任せるわけには……」
「大丈夫です。彼女は若いですが祐筆としては五年のキャリアがありますし、仕事は的確でスピーディーです」
デニスはそう言ってからウェンディの方を見た。
彼に視線を向けられてウェンディは内心狼狽える。
だけどそれよりも何よりも……
デニスがウェンディに言う。
「オウル君、出来るな?任せてもいいな?」
やりたい。
書かせてもらいたい、その気持ちが勝った。
ウェンディはしっかりと彼らを見据えて頷く。
「はい、出来ます。やらせて下さい」
課長は少し考え、やがてウェンディがフォーマルスクリプトで仕上げる事を承諾した。
ーーやった!やった!久しぶりに華やかな書体が書ける!
心が高揚する。
腕は鈍っていないはず。
シュシュを寝かしつけてから、広告の裏などに書体の練習をし続けてきたから。
ウェンディが内心ガッツポーズをするとまるでそれを見透かしているかのように一瞬、デニスが微笑んだ。
が、すぐにまたお貴族サマ宜しくすました顔になる。
だけどウェンディは彼のその一瞬の表情を見逃さなかったし、それが自分に向けられたものだと気付いてしまう。
ーーな、なんなのっ?今の表情は……一体なに?
これから無心になって書に向き合わなくてはならないというのに。
紛らわしい事はしないで欲しい。
ーーまぁね、仕事を信じて任せて貰えるのは嬉しいわよね。
それは昔、同じ職場で働いていたからであって、そこに特別な意味はないのは分かっている。
今はただの王宮勤めの文官同士というだけ。
ただそれだけだ。
ウェンディの心は直ぐに落ち着きを取り戻し、仕事に取り掛かった。
そこからは只々夢中で、一心に書き上げる。
結果、課長も唸るほどの出来栄えで上奏書を完成させた。
これはまぁ…急な仕事を任せたからと、デニスがランチに食堂名物の日替わりスープ(今日は野菜コンソメスープ)を差し入れてくれたから、お腹が満たされて書に向き合えたというのもあるかもしれないが……
ーー今日のランチに持参したトマトオムレツサンドとよく合って美味しかった……。
だがしかし、なんだか複雑な気持ちになってしまうウェンディ。
ーー施しを受けているような何か気を使われているような……まぁ考え過ぎだろうけど。
彼はただ、業務を円滑に回したいだけだろう。
とにかく必要以上には関わらないようにしよう…と改めて自分を戒めるウェンディであった。
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ウェンディの秘密、そろそろバレる?
バレちゃう?
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