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ウェンディの日常
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「まま、うでたまこ」
「茹で玉子も朝ごはんにつけるからね、ちょっと待っててね」
ウェンディの平日の朝は忙しい。
朝起きて直ぐに自身の支度を済ませ、娘のシュシュを起こして朝食の用意をする。
今朝はシュシュの好きなブロッコリーと茹で玉子のサラダとパンだ。
節約術を駆使するウェンディ。
彼女は野菜の茹で汁も決して無駄にはしない。
水気を切る為にブロッコリーを鍋からコランターに移すと次はそのまま玉子を茹でる。
そして時は金なり、時間の節約もしたいウェンディは玉子の殻が簡単に剥ける為の仕込みも決して忘れない。
玉子の底に太めの針で穴を空けておくと殻と白身の間に空気が入り、後でつるんと剥けるのだ。
玉子を茹でた後のお湯はもちろん、このまま冷ましおいて植木の水やりに使う。
「無駄にならないって素晴らしい♪」
そう言いながらサラダを仕上げる。
ブロッコリーと荒くほぐした茹で玉子と昨夜夕食に肉を焼いた時についでに炒めておいたベーコンをシーザードレッシングで和えた。
それをパンと共にお皿に盛り、シュシュのお皿にはベランダで栽培してる大きな苺を一つ載せてやる。
テーブルでは既にシュシュがわくわくしながら待っていた。
「ハイおまたせー」
ウェンディがシュシュの前にお皿を置くと元気に言ってくれた。
「いたちましゅ!」
「どうぞ召し上がれ」
本当はウェンディもゆっくり座って食事をしたいところだけどそんな時間は無いので、行儀が悪いとは思いつついつも作りながら摘み食い形式で済ませている。
そしてカフェオレを飲みながら朝ごはんをもぐもぐと食べているシュシュの髪を結うのだ。
「まま、おうましゃんの」
「今日はポニーテールね、かしこまり~」
幼児独特の細くて柔らかい髪を手櫛で整えてゆく。
明るいキャメルカラーの髪は笑っちゃうくらい父親と同じ髪色だ。
ちなみにウェンディの髪は暗めの赤毛である。
洗濯は昨夜のうちに風呂の残り湯を使って済ませてあるので食器を片付けたら出発だ。
「ままばいばーい!」
「行って来るね!」
そうしてシュシュを託児所に預けて王宮へと出仕するまでがウェンディの朝のルーティンだ。
ウェンディが配属された公文書作成課とはその名の通り、国が発布する書状や公の書類等を作成する部署だ。
発令書などの文言を取りまとめ草案を作り国王や議会に提出する役目も担う。
ウェンディは祐筆として、様々な言語や書体を書き起こしたり清書をする仕事をしている。
楷書、行書、草書、隷書とどんな書体もお任せあれで中々得難い祐筆ではないかと自負しているのだ。
恥ずかしいから口が裂けても言わないけど。
それにしても……
ウェンディは他の文官と仕事の内容を話しているデニス=ベイカーをちらりと盗み見た。
王宮に勤め出して早二週間、初日のアレ(オフィスで壁ドンされた事)以来何事も起きてはいない。
向こうから何か言って来る事もないし当然ウェンディから話し掛ける事もしない。
時々デニスの視線を感じるが、きっとウェンディが何か変な事を言い出さないか監視しているのだろう。
ーー当然か。元カノが同じ職場で働き出したなんて、絶対に奥様に知られたくないわよね。
ウェンディだってそんな波風は立てたくはない。
でもどうしてもウェンディの心の中は、どんぶらこと波打つ水面となってしまうのだ。
彼のパリっとノリの効いたシャツやピカピカの革靴が目に付く度に、もしかしたらそれらは自分が彼の為にしてあげた事かもしれないなんて考えてしまう。
そしてかつて自分に触れたあの大きな手で、今はどんな風に奥さんに触れているのだろうと考えてしまう……。
その度に可愛いシュシュの寝顔や仕草を思い浮かべて、心に去来したモヤモヤを懸命に追い出すのだった。
今日は地方の役所に出す書状の清書をして、午前中の業務は終えた。
ランチタイムはほとんどの職員が王宮の食堂に行ったり外食をしたりするが、ウェンディは節約の為に当然お弁当を持参している。
今日のランチは今朝作ったブロッコリーと茹で玉子のサラダをパンに挟んだサンドイッチだ。
うん、そのサンドイッチのみだ。
若干…いやかなりもの足りない量ではあるがダイエットにもなるし、お腹がいっぱいになり過ぎると午後から眠たくなってしまうから丁度いいのだ。
そう自分に言い聞かせている。
「でも王宮はお茶やコーヒーが飲み放題なのがお得よね~♪」
と、一人残った室内で言いながら自分の為にお茶を淹れた。
そして「いただきます」とサンドイッチを食べようと口を開けたその時、個人オフィスの扉が開いた。
「「あ」」
思わずそう言った声が重なる。
オフィスから出て来たのはデニスだったからだ。
ーー大口開けてるところ見られちゃった。
ウェンディは気まずい思いをするも気にしないようにして食事を再開した。
皆から少し出遅れてデニスも昼食に向かうのだろう、彼は部屋の出入り口の方へと歩いて行く。
その時ふいに声をかけられた。
「……食事は……それだけか?」
「え?」
ウェンディが手にしているサンドイッチの他、ランチボックスが空なのを見られたようだ。
食費を節約してるからこれだけだなんて言いたくないので、ウェンディは端的に答える。
「ええ。満腹になると午後から筆が鈍るので」
「そうか」
何が知りたかったのだろう。
デニスはそれだけ言うと部屋を出て行った。
「なんなの?」
ウェンディは首を傾げながらまたサンドイッチを頬張った。
その後は満腹感を得る為にお茶を二杯、飲んでおいた。
が、やはり15時頃になると小腹が空いてくる。
コーヒーでも飲んでやり過ごそうかと思った時、同じ部署の文官が皆に聞こえるように告げた。
「ベイカー卿がお菓子の差し入れをして下さってますよ~。個別包装されてる焼き菓子なので、各自取りに来てくださ~い」
それを聞き、仕事仲間の文官たちがデニスが差し入れに買って来たというお菓子が入った箱に群がった。
頭を使う仕事なので、皆甘いものを欲するようだ。
ハングリーなウェンディも有り難くそのお菓子を頂戴する事にした。
一人二つも貰えるとの事で、ウェンディはフィナンシェとガレットを手にした。
ーー美味しい!!
口にしたガレットのバターの香りと程よい甘さが五臓六腑に染み渡る。
でもフィナンシェはシュシュへのお土産にしよう思いバッグに入れた。
それにしてもお菓子の差し入れなんてデニスも気が利くものだ。
そうやって昔から担当部署の人間関係がスムーズにいくように気を配っていたっけ。
そんな事を思いながら終業時間まで残り一時間半、ガレットのおかげで頑張れた。
17時が文官達の終業時間だ。
残業する文官もいるが、ウェンディは託児所のお迎えがあるので残業は絶対にしない。
「お疲れ様でした」
そう言ってウェンディは公文書作成課の部屋を後にした。
そしていつものようにシュシュを迎えに行き、市場へ寄って歌を歌いながら家路に就く。
「♪どっこい生きてる、王都の中~♪……ゲッ」
ご機嫌に歌っていたウェンディが、アパートの前に立つ人物を目にして思わずそんな声を上げる。
相手もウェンディに気付き、表情筋を一切動かさずにこう告げた。
「今月の払いを取りに来ました。用意出来ていますか?」
「オルダンさん……」
ウェンディがオルダンと呼んだこのヒョロッとした神経質そうな中年の男性。
彼は地方で暮らしていた時から毎月決められた日に今月の払いを取りに来る役目を担う者だった。
「茹で玉子も朝ごはんにつけるからね、ちょっと待っててね」
ウェンディの平日の朝は忙しい。
朝起きて直ぐに自身の支度を済ませ、娘のシュシュを起こして朝食の用意をする。
今朝はシュシュの好きなブロッコリーと茹で玉子のサラダとパンだ。
節約術を駆使するウェンディ。
彼女は野菜の茹で汁も決して無駄にはしない。
水気を切る為にブロッコリーを鍋からコランターに移すと次はそのまま玉子を茹でる。
そして時は金なり、時間の節約もしたいウェンディは玉子の殻が簡単に剥ける為の仕込みも決して忘れない。
玉子の底に太めの針で穴を空けておくと殻と白身の間に空気が入り、後でつるんと剥けるのだ。
玉子を茹でた後のお湯はもちろん、このまま冷ましおいて植木の水やりに使う。
「無駄にならないって素晴らしい♪」
そう言いながらサラダを仕上げる。
ブロッコリーと荒くほぐした茹で玉子と昨夜夕食に肉を焼いた時についでに炒めておいたベーコンをシーザードレッシングで和えた。
それをパンと共にお皿に盛り、シュシュのお皿にはベランダで栽培してる大きな苺を一つ載せてやる。
テーブルでは既にシュシュがわくわくしながら待っていた。
「ハイおまたせー」
ウェンディがシュシュの前にお皿を置くと元気に言ってくれた。
「いたちましゅ!」
「どうぞ召し上がれ」
本当はウェンディもゆっくり座って食事をしたいところだけどそんな時間は無いので、行儀が悪いとは思いつついつも作りながら摘み食い形式で済ませている。
そしてカフェオレを飲みながら朝ごはんをもぐもぐと食べているシュシュの髪を結うのだ。
「まま、おうましゃんの」
「今日はポニーテールね、かしこまり~」
幼児独特の細くて柔らかい髪を手櫛で整えてゆく。
明るいキャメルカラーの髪は笑っちゃうくらい父親と同じ髪色だ。
ちなみにウェンディの髪は暗めの赤毛である。
洗濯は昨夜のうちに風呂の残り湯を使って済ませてあるので食器を片付けたら出発だ。
「ままばいばーい!」
「行って来るね!」
そうしてシュシュを託児所に預けて王宮へと出仕するまでがウェンディの朝のルーティンだ。
ウェンディが配属された公文書作成課とはその名の通り、国が発布する書状や公の書類等を作成する部署だ。
発令書などの文言を取りまとめ草案を作り国王や議会に提出する役目も担う。
ウェンディは祐筆として、様々な言語や書体を書き起こしたり清書をする仕事をしている。
楷書、行書、草書、隷書とどんな書体もお任せあれで中々得難い祐筆ではないかと自負しているのだ。
恥ずかしいから口が裂けても言わないけど。
それにしても……
ウェンディは他の文官と仕事の内容を話しているデニス=ベイカーをちらりと盗み見た。
王宮に勤め出して早二週間、初日のアレ(オフィスで壁ドンされた事)以来何事も起きてはいない。
向こうから何か言って来る事もないし当然ウェンディから話し掛ける事もしない。
時々デニスの視線を感じるが、きっとウェンディが何か変な事を言い出さないか監視しているのだろう。
ーー当然か。元カノが同じ職場で働き出したなんて、絶対に奥様に知られたくないわよね。
ウェンディだってそんな波風は立てたくはない。
でもどうしてもウェンディの心の中は、どんぶらこと波打つ水面となってしまうのだ。
彼のパリっとノリの効いたシャツやピカピカの革靴が目に付く度に、もしかしたらそれらは自分が彼の為にしてあげた事かもしれないなんて考えてしまう。
そしてかつて自分に触れたあの大きな手で、今はどんな風に奥さんに触れているのだろうと考えてしまう……。
その度に可愛いシュシュの寝顔や仕草を思い浮かべて、心に去来したモヤモヤを懸命に追い出すのだった。
今日は地方の役所に出す書状の清書をして、午前中の業務は終えた。
ランチタイムはほとんどの職員が王宮の食堂に行ったり外食をしたりするが、ウェンディは節約の為に当然お弁当を持参している。
今日のランチは今朝作ったブロッコリーと茹で玉子のサラダをパンに挟んだサンドイッチだ。
うん、そのサンドイッチのみだ。
若干…いやかなりもの足りない量ではあるがダイエットにもなるし、お腹がいっぱいになり過ぎると午後から眠たくなってしまうから丁度いいのだ。
そう自分に言い聞かせている。
「でも王宮はお茶やコーヒーが飲み放題なのがお得よね~♪」
と、一人残った室内で言いながら自分の為にお茶を淹れた。
そして「いただきます」とサンドイッチを食べようと口を開けたその時、個人オフィスの扉が開いた。
「「あ」」
思わずそう言った声が重なる。
オフィスから出て来たのはデニスだったからだ。
ーー大口開けてるところ見られちゃった。
ウェンディは気まずい思いをするも気にしないようにして食事を再開した。
皆から少し出遅れてデニスも昼食に向かうのだろう、彼は部屋の出入り口の方へと歩いて行く。
その時ふいに声をかけられた。
「……食事は……それだけか?」
「え?」
ウェンディが手にしているサンドイッチの他、ランチボックスが空なのを見られたようだ。
食費を節約してるからこれだけだなんて言いたくないので、ウェンディは端的に答える。
「ええ。満腹になると午後から筆が鈍るので」
「そうか」
何が知りたかったのだろう。
デニスはそれだけ言うと部屋を出て行った。
「なんなの?」
ウェンディは首を傾げながらまたサンドイッチを頬張った。
その後は満腹感を得る為にお茶を二杯、飲んでおいた。
が、やはり15時頃になると小腹が空いてくる。
コーヒーでも飲んでやり過ごそうかと思った時、同じ部署の文官が皆に聞こえるように告げた。
「ベイカー卿がお菓子の差し入れをして下さってますよ~。個別包装されてる焼き菓子なので、各自取りに来てくださ~い」
それを聞き、仕事仲間の文官たちがデニスが差し入れに買って来たというお菓子が入った箱に群がった。
頭を使う仕事なので、皆甘いものを欲するようだ。
ハングリーなウェンディも有り難くそのお菓子を頂戴する事にした。
一人二つも貰えるとの事で、ウェンディはフィナンシェとガレットを手にした。
ーー美味しい!!
口にしたガレットのバターの香りと程よい甘さが五臓六腑に染み渡る。
でもフィナンシェはシュシュへのお土産にしよう思いバッグに入れた。
それにしてもお菓子の差し入れなんてデニスも気が利くものだ。
そうやって昔から担当部署の人間関係がスムーズにいくように気を配っていたっけ。
そんな事を思いながら終業時間まで残り一時間半、ガレットのおかげで頑張れた。
17時が文官達の終業時間だ。
残業する文官もいるが、ウェンディは託児所のお迎えがあるので残業は絶対にしない。
「お疲れ様でした」
そう言ってウェンディは公文書作成課の部屋を後にした。
そしていつものようにシュシュを迎えに行き、市場へ寄って歌を歌いながら家路に就く。
「♪どっこい生きてる、王都の中~♪……ゲッ」
ご機嫌に歌っていたウェンディが、アパートの前に立つ人物を目にして思わずそんな声を上げる。
相手もウェンディに気付き、表情筋を一切動かさずにこう告げた。
「今月の払いを取りに来ました。用意出来ていますか?」
「オルダンさん……」
ウェンディがオルダンと呼んだこのヒョロッとした神経質そうな中年の男性。
彼は地方で暮らしていた時から毎月決められた日に今月の払いを取りに来る役目を担う者だった。
応援ありがとうございます!
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