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結婚式での初顔合わせ (回想)
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父の勧めでレグラン・グライユルと見合いをして、一年にも満たない異例の速さで私たちは結婚式当日を迎えた。
すでに監査室の室長の役に就いていたレグランは多忙を極め式当日まで中々会えなかったけど、それでも彼は何とか時間を工面して我が家に夕食を食べに来たり、ウェディングドレスのデザインを選ぶ時には一緒にドレスメーカーまで行ってくれたり、新居の内覧とその他諸々の面倒な手続きをしてくれたりと、父が言うように誠実な対応を婚約者として努めてくれた。
まぁ常にテンションが一定で何を考えているのか分からないところもあるけれど、私に対する話し方や接し方はとても穏やかで優しく、年上という事もあり甘えさせてくれるレグランに私はすぐに好意をもった。
何よりも彼自身が私の好みドンピシャだったのだ。
黒髪に深緑の瞳。甘すぎず冷たすぎずの程よいバランスの整った顔立ち、低く心地の良い声に私より頭一つ分以上高い長身。
何より落ち着いた大人の雰囲気に、二十歳になる直前の私がチョロリと恋に落ちても仕方ないと思う。
そうして迎えた式当日。
私はレグランと一緒に選んだ流行りのエンパイアラインのウェディングドレスに身を包んだ。
レグランは魔法省の式服を着ていて、長身痩躯の彼にとてもよく似合っていた。
そして私たちは王都の教会で人々に祝福されながら永遠の愛を誓ったのだ。
誓いの口づけが若干長かったらしいけど(従姉・談)概ね式もパーティーも順調に進んでいった。
そんな中、一人の女性の参列客が私に声をかけてきた。
「この度はご結婚、誠におめでとうございます」
私にその女性に見覚えはないので新郎側の参列客なのは間違いない。
魔法省の礼服を着ていることからも職員であるのも間違いない。
だけど職員でも女性が礼服を着るのは珍しいなと思った。
皆、大概綺麗なドレスを着たがるらしいから。
グレーの髪をきっちりひっつめに結い薄化粧に実用的メガネと、華やかなパーティーには少しそぐわない気もするが、そこは人それぞれなのでいいと思う。
同じ女性として敢えて評価するなら“地味系”に分類するタイプだが、彼女の場合は知性の高さが前面に押し出されているのでそれもまた魅力に感じる。
私は今日はずっと貼り付けたままのよそ行きの笑顔で彼女に対応した。
「ありがとうございます。あの、失礼とは存じますが……」
どこの誰ともわからないまま挨拶とはいえ会話は出来ないので私は名前が訊ねると、彼女は口角を上げるだけの笑みを浮かべて答えた。
「申し遅れました、私、監査室室長補佐を務めさせて頂いておりますメリッサ・ラミレスと申します。グライユル室長の副官であります」
「…………」
この人だ!
この人がさっき婚約者から夫に変わったばかりのレグランの“仕事上の妻”と呼ばれている女性職員だ!
彼女も優秀な成績で魔法省に入省したと聞く。
なるほど。道理で全身から有能な職業婦人のオーラが滲み出ているわけだ。
でもこうやって自ら進んで挨拶に来てくれるところを見ると気さくで親しみ易い人なのかもしれない。
私はこれからは何かと顔を合わせる事になるだろう彼女に向かって笑顔を浮かべ、心を込めて挨拶をした。
「はじめましてラミレスさん。父からも夫からもとても優秀な方だとお聞きしております。これからどうぞよろしくお願いしますね」
するとメリッサ・ラミレスさんは口角だけを上げる笑顔に目も細めるといった……いかにも作りものの笑顔でこう返した。
「室長が私を褒めてくださるのはいつもの事ですが、そうですか。ありがとうございます」
……………ん?
「室長…グライユル先輩には新人時代から可愛がって頂いており、彼の副官となってからは更に常に側に置いて頂いております。あの方の事で何かわからない事があったら何でもお訊ねくださいね」
「……えっと……」
……………これは……
そこはかとなく敵意を感じるんだけど。
というかマウントを取られている?
ぽっと出の妻なんかとは比べものにならないほど自分の方がレグランを知っている。
みたいな?
初対面でいきなりそれとは……私の存在が相当気に入らないのかしら……?
さてどう返したものかと笑顔を貼り付けながら思案していると、すぐ側に気配を感じ腰には大きくて硬い手の感触がした。
そして至近距離で声が聞こえる。
「リオナ、ラミレス。二人を引き会わせようと思っていたら既に挨拶を交わしていたとは」
この会場で私の腰に手を回せる人物は一人しかいない。
(実の父親だってせいぜい肩を抱くくらいだ)
私は先ほど皆の前で夫婦の誓いを交わした相手を見上げた。
「レグラン……ええそうなの。ラミレスさんの方からわざわざ声を掛けてくださったのよ」
「そうか。しかし一応俺からも紹介しておこう。これからは仕事の延長でキミとは顔を合わせる事になるから」
そう言ってレグランはラミレスさんの方を見て私に言った。
「彼女は俺の副官のメリッサ・ラミレスだ。かつてはリオナのお父上の下で働いていたこともあるんだよ。ラミレス、……コホン、妻のリオナだ。知っていると思うがトレア法務部長のお嬢さんだ」
レグランの紹介を受け、私たちはそれぞれ改めて挨拶を交わした。
「改めましてラミレスさん、リオナ・グライユルです。若輩者ですが妻として夫を支えてゆきたいと思っておりますのでよろしくお願いしますね」
「……こちらこそ改めましてメリッサ・ラミレスです。先ほども申し上げましたように、室長の事は何でも私にお訊き下さいね」
「……ありがとうございます~」
尚もそう告げてくる彼女に、私は心を込めて適当に返事をしておいた。
そんな私にレグランが言う。
「リオナおいで。次に祖母を紹介するよ」
「はい。それではラミレスさん、失礼しますね」
「………はい」
私はレグランに腰を抱かれたまま歩き出した。
ちらりと彼女に視線を向けると、
ごっそりと表情が抜け落ちた彼女の姿があった。
やはり私の勘は正しかった。
間違いない、メリッサ・ラミレスは上官であるレグランに特別な恋情を抱いている。
そりゃ私がチョロリと好きになってしまうような素敵な人だもの。
(生真面目で少々面白みに欠ける男だと父は言っていたけれど)
ずっと近くに居たという彼女が好きになっても仕方ないと思うけど……。
とは思うけど、レグランはもう私の夫なのよ。
彼はずっと近くに居た貴女よりぽっと出の私を選んだのだからそこはもう諦めてほしい。
だけどやっぱりそんな女性が“仕事の妻”と揶揄されて彼の側にいるなんて気分のいいものではない。
まぁ魔法省にとってそんな私の我儘なんて取るに足らない迷惑なものなのだろうけど。
そうやって私は早くも結婚式当日に、
これから始まる結婚生活に不安の種が植わっている事を知ったのであった。
すでに監査室の室長の役に就いていたレグランは多忙を極め式当日まで中々会えなかったけど、それでも彼は何とか時間を工面して我が家に夕食を食べに来たり、ウェディングドレスのデザインを選ぶ時には一緒にドレスメーカーまで行ってくれたり、新居の内覧とその他諸々の面倒な手続きをしてくれたりと、父が言うように誠実な対応を婚約者として努めてくれた。
まぁ常にテンションが一定で何を考えているのか分からないところもあるけれど、私に対する話し方や接し方はとても穏やかで優しく、年上という事もあり甘えさせてくれるレグランに私はすぐに好意をもった。
何よりも彼自身が私の好みドンピシャだったのだ。
黒髪に深緑の瞳。甘すぎず冷たすぎずの程よいバランスの整った顔立ち、低く心地の良い声に私より頭一つ分以上高い長身。
何より落ち着いた大人の雰囲気に、二十歳になる直前の私がチョロリと恋に落ちても仕方ないと思う。
そうして迎えた式当日。
私はレグランと一緒に選んだ流行りのエンパイアラインのウェディングドレスに身を包んだ。
レグランは魔法省の式服を着ていて、長身痩躯の彼にとてもよく似合っていた。
そして私たちは王都の教会で人々に祝福されながら永遠の愛を誓ったのだ。
誓いの口づけが若干長かったらしいけど(従姉・談)概ね式もパーティーも順調に進んでいった。
そんな中、一人の女性の参列客が私に声をかけてきた。
「この度はご結婚、誠におめでとうございます」
私にその女性に見覚えはないので新郎側の参列客なのは間違いない。
魔法省の礼服を着ていることからも職員であるのも間違いない。
だけど職員でも女性が礼服を着るのは珍しいなと思った。
皆、大概綺麗なドレスを着たがるらしいから。
グレーの髪をきっちりひっつめに結い薄化粧に実用的メガネと、華やかなパーティーには少しそぐわない気もするが、そこは人それぞれなのでいいと思う。
同じ女性として敢えて評価するなら“地味系”に分類するタイプだが、彼女の場合は知性の高さが前面に押し出されているのでそれもまた魅力に感じる。
私は今日はずっと貼り付けたままのよそ行きの笑顔で彼女に対応した。
「ありがとうございます。あの、失礼とは存じますが……」
どこの誰ともわからないまま挨拶とはいえ会話は出来ないので私は名前が訊ねると、彼女は口角を上げるだけの笑みを浮かべて答えた。
「申し遅れました、私、監査室室長補佐を務めさせて頂いておりますメリッサ・ラミレスと申します。グライユル室長の副官であります」
「…………」
この人だ!
この人がさっき婚約者から夫に変わったばかりのレグランの“仕事上の妻”と呼ばれている女性職員だ!
彼女も優秀な成績で魔法省に入省したと聞く。
なるほど。道理で全身から有能な職業婦人のオーラが滲み出ているわけだ。
でもこうやって自ら進んで挨拶に来てくれるところを見ると気さくで親しみ易い人なのかもしれない。
私はこれからは何かと顔を合わせる事になるだろう彼女に向かって笑顔を浮かべ、心を込めて挨拶をした。
「はじめましてラミレスさん。父からも夫からもとても優秀な方だとお聞きしております。これからどうぞよろしくお願いしますね」
するとメリッサ・ラミレスさんは口角だけを上げる笑顔に目も細めるといった……いかにも作りものの笑顔でこう返した。
「室長が私を褒めてくださるのはいつもの事ですが、そうですか。ありがとうございます」
……………ん?
「室長…グライユル先輩には新人時代から可愛がって頂いており、彼の副官となってからは更に常に側に置いて頂いております。あの方の事で何かわからない事があったら何でもお訊ねくださいね」
「……えっと……」
……………これは……
そこはかとなく敵意を感じるんだけど。
というかマウントを取られている?
ぽっと出の妻なんかとは比べものにならないほど自分の方がレグランを知っている。
みたいな?
初対面でいきなりそれとは……私の存在が相当気に入らないのかしら……?
さてどう返したものかと笑顔を貼り付けながら思案していると、すぐ側に気配を感じ腰には大きくて硬い手の感触がした。
そして至近距離で声が聞こえる。
「リオナ、ラミレス。二人を引き会わせようと思っていたら既に挨拶を交わしていたとは」
この会場で私の腰に手を回せる人物は一人しかいない。
(実の父親だってせいぜい肩を抱くくらいだ)
私は先ほど皆の前で夫婦の誓いを交わした相手を見上げた。
「レグラン……ええそうなの。ラミレスさんの方からわざわざ声を掛けてくださったのよ」
「そうか。しかし一応俺からも紹介しておこう。これからは仕事の延長でキミとは顔を合わせる事になるから」
そう言ってレグランはラミレスさんの方を見て私に言った。
「彼女は俺の副官のメリッサ・ラミレスだ。かつてはリオナのお父上の下で働いていたこともあるんだよ。ラミレス、……コホン、妻のリオナだ。知っていると思うがトレア法務部長のお嬢さんだ」
レグランの紹介を受け、私たちはそれぞれ改めて挨拶を交わした。
「改めましてラミレスさん、リオナ・グライユルです。若輩者ですが妻として夫を支えてゆきたいと思っておりますのでよろしくお願いしますね」
「……こちらこそ改めましてメリッサ・ラミレスです。先ほども申し上げましたように、室長の事は何でも私にお訊き下さいね」
「……ありがとうございます~」
尚もそう告げてくる彼女に、私は心を込めて適当に返事をしておいた。
そんな私にレグランが言う。
「リオナおいで。次に祖母を紹介するよ」
「はい。それではラミレスさん、失礼しますね」
「………はい」
私はレグランに腰を抱かれたまま歩き出した。
ちらりと彼女に視線を向けると、
ごっそりと表情が抜け落ちた彼女の姿があった。
やはり私の勘は正しかった。
間違いない、メリッサ・ラミレスは上官であるレグランに特別な恋情を抱いている。
そりゃ私がチョロリと好きになってしまうような素敵な人だもの。
(生真面目で少々面白みに欠ける男だと父は言っていたけれど)
ずっと近くに居たという彼女が好きになっても仕方ないと思うけど……。
とは思うけど、レグランはもう私の夫なのよ。
彼はずっと近くに居た貴女よりぽっと出の私を選んだのだからそこはもう諦めてほしい。
だけどやっぱりそんな女性が“仕事の妻”と揶揄されて彼の側にいるなんて気分のいいものではない。
まぁ魔法省にとってそんな私の我儘なんて取るに足らない迷惑なものなのだろうけど。
そうやって私は早くも結婚式当日に、
これから始まる結婚生活に不安の種が植わっている事を知ったのであった。
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