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婚約が決まった日

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「ねぇそれ、おいしい?」

「ふぇ?」

あれは……いつの日だったか。

母親に連れられて行った、
王妃主催のガーデンパーティ。

主催者である王妃殿下と二人の王子への挨拶を済ませた後、今が盛りと咲き誇る色とりどりの薔薇もそっち退けでカロリーナはお目当てのスィーツを堪能していた。

ザクザクの食感が楽しいガレットとしっとり甘いフィナンシェとを交互に食べている時に、ふいにそう声をかけられたのだ。

「ずっとむちゅうになって食べてるから。キミは他のれいじょうたちみたいに王太子兄上のそばで自分アピールをしなくていいの?」

とうに挨拶を済ませたはずの第二王子に声をかけられ、カロリーナはびっくりし過ぎて口に手を当てつつもそのまま答えてしまった。

「ふぃふんふぁひーふふぇふふぁ?(自分アピールですか?)」

「ぷ……うんそう。今日はみらいの王太子妃を見つけるためのあつまりだから」

ようやく咀嚼し終えたカロリーナがごっくんと嚥下して、またそれに答える。

「おーたいしひよりスィーツです!きょうはおしろのスィーツをたべられるのをたのしみにしてまいりました」

「スィーツ?おかしを食べるためにここに来たの?」

「はい!おうじでんかもいかがですか?とっってもおいしいですよ。まいにちこんなおいしいスィーツをたべられるなんてうらやましいです!」

カロリーナはそう言って一枚のガレットを王子殿下……ライオネルに差し出した。

ライオネルはそれを受け取り、ガレットを一口齧る。

「本当だ。おいしいね」

「でしょう!」

自分で作ったわけでもないのに、何故かカロリーナが嬉しそうに笑う。
それに釣られてライオネルも自然と笑みを浮かべていた。

それが二人の出会いだ。
カロリーナ九歳、ライオネル十歳の時の事であった。

その出会いからすぐにワトソン伯爵家に王家より第二王子ライオネルとの婚約の打診があったのだった。

ワトソン伯爵家は建国以来由緒ある家柄だが所詮は伯爵位。
名だたる侯爵位以上の家門を差し置いて王子との縁談が舞い込むなどと考えもしなかった父親のカーター=ワトソン(入婿)は上を下への大騒ぎとなった。

カロリーナの祖父ハンター=ワトソン(入婿)は、

「カロリーナはこのままワシが鍛えて暗部に入れるのじゃ!王子妃なんぞになったら宝の持ち腐れじゃぞ!そんな縁談なんざ断ってしまえぃっ!」

と言って憤慨した。

その言葉を聞いたカロリーナの母キャメロンが、

「何を馬鹿な事を言ってるの。王家からのお話を断れる訳がないでしょう。それにもし、第二王子殿下の婚約者にならなくてもカロリーナを暗部に入れるつもりはありませんから」

「なっ何故じゃ!?カロのあの隠密行動に秀でた才能を暗部で遺憾なく発揮させねば勿体ないであろう!」

鼻息荒くそう捲し立てるハンターに、キャメロンがドスの利いた低い声で言う。

「勿体なくねぇですわ、ぶざけんじゃねぇであそばせお父様」

「………はい……」


そして「なんでウチのカロリーナが?」とか
「あの日殿下に何かしたの?弱みを握った?」とか
「カロリーナの資質に目をつけるとは第二王子、侮れん……」とか
「結局王太子妃候補は決まっていないのにライオネル殿下の婚約者が先に決まってしまってよいのでしょうか?」
など両親や祖父、家令のバーモントの口から様々な言葉が出つつも父は、
「うぅ……こんなにも早く可愛い娘を他所の男(王子)に取られるなんてっ……」と滂沱の涙を流しながら縁談を受ける旨の返書を王城へと届けさせたのであった。


これがカロリーナとライオネルが婚約を結ぶにあたった経緯なのだが、それが今……婚儀まであと二年を切ってまさかのこの事態……。

いや勝手にその事態に陥っているのはカロリーナだけで、ライオネルはまさかカロリーナが理想と正反対の相手だと知った事は知らずに今も過ごしているのだろうが。

ーーライオネル様はお優しいから、年々姿が変わりゆく私に婚約を取りやめようとか言えなかったんだわ……くすん。

婚約を結んで早や七年。
カロリーナは成長と共にライオネルへの淡い恋心も育んできたのだ。
それが初恋であると自覚して、甘酸っぱい気持ちにトキメキながらハニーレモネードソーダを1ガロン飲んだのはいつだったか……。


とにかく今の段階でカロリーナが大好きなライオネルの為に出来る事はただ一つ、
学園内では極力彼に関わらず影に潜む事。

影に潜む……存在を消し、空気になり、気配を断つ。

昔祖父がそう言っていたのをカロリーナは思い出した。
近頃は妃教育一本できた為に、影で行動するには勘が鈍っているかもしれない。

「……よし!」

カロリーナは朝起きるなり、祖父であるハンター元ワトソン伯爵の部屋へと行った。


「お祖父ちゃまっ!」バターーンッ

ノックと同時に扉を開けると祖父は東方の神秘、乾布摩擦かんぷまさつの真っ最中であった。

「おお、おはよう!ワシの可愛い孫よ。どうじゃ?お前も久しぶりに一緒にやらんか?」

着衣はトラウザースのみ、上半身裸になって乾いたタオルで背中を擦りながら祖父は言った。

「お祖父ちゃま、私はもう十六よ。裸にはなれないもの、遠慮しておくわ」

「むむむ…そうじゃな。カロと並んで朝日に向かって乾布摩擦をしていた日々が懐かしいぞ」

「ホントねお祖父ちゃま。でも私、また鍛錬を始めようと思っているの」

「何っ!?それは誠かっ!?」

カロリーナの言葉を聞き、祖父の鋭い眼光がビカーーッと光る。

「ええ。気配を断つ稽古をしたいの。お祖父ちゃま久しぶりに隠れんぼに付き合ってくれる?」

「いいともっ!勿論じゃっ!……っく……うぐっ、お前とまた隠れんぼが出来るなんてっ……ゆ、夢のようだっ……ふぐっ、うっう……」

感極まった祖父のハンターが嬉し涙を流し始める。

「まぁお祖父ちゃま泣かないで。妃教育で忙しくて一緒に遊べなくなってごめんなさい。これからは毎朝学校に行く前に、出来るだけお祖父ちゃまと隠れんぼが出来るようにするわね」

カロリーナはそう言って祖父が乾布摩擦に使っていたタオルでその涙を拭ってやった。

「優しい子じゃ……カロは我が家の天使じゃっ……!」

「ふふ」

カロリーナは幼い頃から元王家直属の警衛組織、通称“暗部”の一員であった祖父から気配の消し方や体術など、隠密技術の手解きを受けてきたのだった。

ライオネルの婚約者となって妃教育が始まり、そして初潮を迎えた事により母のキャメロンから禁止令が出て、手解きは終了となってしまっていたのだが……。

学園内でライオネルの視界に入らずに行動するには、かつて指南を受けた暗部の技が役に立つはずなのだ。

こうしてカロリーナは祖父の暗部スキルを復習し直し万全の体制で、
フィルジリア上級学園の入学式当日を迎えたのであった。


真新しい制服に袖を通し、姿見の前に立つ。

紺地に白襟白タイのワンピーススタイルの制服姿の自分を見て、カロリーナはため息を吐く。

「あれだけ毎日お祖父ちゃまと特訓したのに、どうして少しも痩せないのかしら?」

カロリーナが脱いだ部屋着を畳みながら専属侍女のエッダ(27)が言った。

「それはお嬢様、運動した以上にハイカロリーなお食事を召し上がれば痩せるわけありませんよ。むしろお太りにならず体重を維持なさっているのが凄い事だと思いますが」

その言葉を聞き、カロリーナは両頬に手を当てて驚愕する。

「え?朝からリブロースステーキとデザートにバナナアイスクリームシェイクを頂いたのが駄目だったの?」

「ビーフパティ三段重ねのBLTベーコンレタストマトバーガーにバケツフライドポテトもよろしくなかったかと……」

「えぇ~……それならそうと言ってよぅ……」

「家令のバーモントさんが涙ながらにお止めになっていたと思うのですが」

「あれはお祖父ちゃまのコレステロール値を心配して止めているのだと思ったの」

がっくりと項垂れるカロリーナにエッダは言う。

「そんな神経質になられなくても、お嬢様はギリギリ標準体重範囲内だと思いますよ?崖っぷちではありますが」

「崖っぷちじゃだめなのよぅぅ~」

半泣きになるカロリーナの目元をエッダはハンカチでそっと押さえた。

「他のご令嬢たちが細過ぎるのです。それにお嬢様、晴れの入学の日に泣いてはなりませんよ」

「うん……」

エッダはドレッサーに置いて用意してあったカロリーナの必需品、大判ハンカチーフを渡しながら言った。

「お嬢様。ご入学、おめでとうございます」

エッダの祝福の言葉に、カロリーナはハンカチを受け取りながら笑顔で返した。

「うん!ありがとうエッダ」


今日からいよいよライオネルが待つフィルジリア上級学園へと通う。

どんな波乱が待ち受けるか、今は想像もつかないカロリーナであった。



「学園のカフェテリアのメニューを入手しなくちゃ!」









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