上 下
8 / 12

意外すぎる新たなる旅立ち

しおりを挟む
十三年前に自分から魔力を奪ったのはレザム=ハリスの弟であるジョシュア=ハリスではないかと疑念を抱いているリゼット。

夫レイナルドにその事を打ち明けると、捜査の件は任せて欲しいと言われた。 
協力を仰ぎたい人物がいるとか……。

この世で一番信頼する夫にそう言われたのであれば待つより他はない。
なのでリゼットは今のところ大人しくフィリミナとして日々の勤務をこなしていた。

そして絶対にジョシュア=ハリスには接近しないようにと、レイナルドには強く深く、ず太い釘をぶっ刺された。

塩い対応を心掛けてもジョシュアに対する恐怖心を上手く隠しきれる自信のないリゼットは元より近付くつもりはない。

ーーでも……何か重要な事を忘れている気がする。
何かこう……重大な……

そんな事を女子寮の自分の部屋で考えている時、ふいにノックの音が聞こえた。

「はい?」

遅いというほどの時刻ではないがこんな時間に誰だろうと訝しみながら対応をすると、ドアの向こうから「あたしよ!」という女性の声がした。

あたし、さん?って誰だ?と思いながらフィリミナの姿でドアを開けると、

「ハァイあたし!あたし、フィリミナよ!」

ドアの向こうにもフィリミナが立っていた。

「………」

なんか面倒くさい空気を感じたフィリミナリゼットが何も言わずにドアを閉じようとするとドアの向こうのフィリミナが慌ててドアノブを掴んだ。

「ちょまっ!待ってよ!リゼットさんフィリミナ!せっかく会いに来たんだし、ここで揉めてて他の人に見られたらマズイでしょ!」

名乗られなくてもわかる。
フィリミナリゼットはジト目でフィリミナ本物に言った。

「……フィリミナ=ハリスさんですね、まぁとりあえず中へどうぞ」

リゼットが変身して成りすましている張本人のフィリミナ=ハリスは、
「ありがと。まぁ本来ならあたしが借りてる部屋なんだけどね、変な気分ね♪」
とそう言いながら部屋に入って来た。

「あたしが住むはずだった部屋にオジャマしますっていうのも変だけど、今この部屋の主はリゼットさん、アナタなんだから一応オジャマしますって言っておくわね」

「はぁどうも」

「え、ヤダなに塩いわね!アタシの事嫌い?」

「まったく知らない人物を嫌いになんてなれませんよ。まぁ好きでもないですけどね」

「アハ!リゼットさん塩っぱい!」

リゼットとは正反対のテンションの人だ。
こういうタイプには更に塩分濃度を上げるのみである。

「それで?ここに訪ねて来たという事はもう退院されたんですか?性病は完治を?」

「まぁね!担当してくれた魔法薬剤師のババァがすんごいデキるババァでね?あたしに合う魔法薬をビビビッて調合してくれて、それであっという間に治ったの!」

「それはご快復されてなりよりですね。おめでとうございます。でももう罹患しないようにしてくださいね」

「ホントよね。あたしももう二度とゴメンだわ。彼ピにアタシの他にも女がいるのは知ってたんだけど、まさかビョーキ感染うつされるとは思ってなかったわ~。魔法薬剤師のババァに『揃いも揃って脳みそが下半身にあるバカ男にパカパカお股を開くからこーなるのヨっ!本当のイイオンナってのはね、本当にイイオトコにだけココロもお股も開くものなのヨっ!』と叱られちゃった!」

「………」

リゼットは無言で対応した。
どういうリアクションを取ればいいのか分からない時はもう、何も言わないのが得策である。

「それでさ。元気になったし、アナタには迷惑かけちゃったから、まずはひと言謝っておこうと思ってねそれで伺ったのよ。リゼットさん、この度は、多大なご迷惑をおかけして本当にごめんなさいでした!」

そう言ってフィリミナ(本物)は勢いよく頭を下げた。

今までのチャラい態度一変、途端に礼儀正しく詫びを入れてきたフィリミナにリゼットは面食らった。

「……頭を上げてくださいフィリミナさん。謝礼金欲しさに引き受けたのはこちらです。ですから謝罪は必要ありません」

「うん……ありがと」

リゼットの言葉にフィリミナは小さく笑みを浮かべた。

「では職場への復帰はいつにしますか?人知れず入れ替わりを行うには連休の前後がいいと思うんですが……」

本人が戻って来たのだ。本当はジョシュアの事があるのでもう暫く魔法省へ勤めたいところだが、まさかフィリミナに『あなたの叔父さんを疑っていて、その捜査の為に入れ替わりを待って欲しいの』と言う訳にもいくまい。

しかしフィリミナから返ってきた言葉は以外なものであった。

「あ、それなんだけど、あたし、魔法薬剤師になる事にキメたのよ」

「……………は?」

いつも以上にソルティな態度になってしまっても仕方ないと思う。
え、今フィリミナこの人なんて言ったの?
魔法薬剤師?

「あたしを担当してくれた魔法薬剤師のババァを見ててね、あたしもこの仕事がしたい!って思ったのよ。というかそのババァみたいになりたいと思ったの」

「その老齢の魔法薬剤師に憧れて……それで三度目でようやく入省試験をパスした魔法省を辞めると?」

「べつに魔法省の職員になりたかった訳じゃないもの。お父様が口煩いし、特にやりたい仕事もなかったしね。あ、どうせ陰で裏口だとか不正だとか言われてるんだろうけど一応実力でパスしたからね?かなりギリギリだったらしいけど。ぷっ!」

確かに他の職員の間ではフィリミナが父親のコネでの縁故採用だと真しやかに囁かれている。

「でもね、出逢っちゃったんだもん。一生ついてゆきたい人に。師匠と仰いでその広~い背中を追いかけたい人に」

迷いのない真っ直ぐな瞳でフィリミナが言った。
志しもなく夢も理想もなく性に奔放であったらしい彼女の瞳に、眩いばかりの光が見える。

フィリミナが見つけたその光を、リゼットも応援したくなった。

「本当に素敵な薬剤師の方なんですね」

「まぁね!ババァなんだかジジィなんだかオネェなんだか分からない珍妙なイキモノだけどね!」

「それは……え?ホントはどれなんです?」

「うーん全部?でもどれでもいいのよあの人は」

一体どんな人物なのだろう、興味をそそられるばかりだが、リゼットはとにかくこの後の事をフィリミナに確認した。

まずは父親のレザム=ハリスにはいつ話すのか、それによりリゼットはレザムの判断を待たなくてはならないからだ。

するとフィリミナは、魔法薬学部のある専門学校に母親の協力で入学するのでその手続き云々が片付くまで時間が欲しいと言った。

どうせ父親は反対するし妨害もしてくる、それならば全ての場を整えてから父親に打ち明ける方が得策だと母親と相談したらしい。

リゼットにしてみればフィリミナに変身したままでジョシュア=ハリスを注視出来るので願ったりかなったりだ。
あとふた月ほどはこのままの状態でお願いしたいと言われたので、リゼットは二つ返事で快諾した。

ここでまた何かが引っ掛かる。
何かを忘れていて、それで見落としてしまっているような。
それが何なのか、リゼットにはやはり思い出せない。

モヤモヤする気持ちを抱えながらもリゼットは元気に帰って行くフィリミナを見送った。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


フィリミナが傾倒しているババァだかジジィだかオネェだか分からない珍妙な魔法薬剤師……

お年を召してもなお現役で勤めているらしいかのお方なのですが、
皆さんお分かりになられましたか?












しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】旦那様は、妻の私よりも平民の愛人を大事にしたいようです

よどら文鳥
恋愛
 貴族のことを全く理解していない旦那様は、愛人を紹介してきました。  どうやら愛人を第二夫人に招き入れたいそうです。  ですが、この国では一夫多妻制があるとはいえ、それは十分に養っていける環境下にある上、貴族同士でしか認められません。  旦那様は貴族とはいえ現状無職ですし、愛人は平民のようです。  現状を整理すると、旦那様と愛人は不倫行為をしているというわけです。  貴族の人間が不倫行為などすれば、この国での処罰は極刑の可能性もあります。  それすら理解せずに堂々と……。  仕方がありません。  旦那様の気持ちはすでに愛人の方に夢中ですし、その願い叶えられるように私も協力致しましょう。  ただし、平和的に叶えられるかは別です。  政略結婚なので、周りのことも考えると離婚は簡単にできません。ならばこれくらいの抵抗は……させていただきますよ?  ですが、周囲からの協力がありまして、離婚に持っていくこともできそうですね。  折角ですので離婚する前に、愛人と旦那様が私たちの作戦に追い詰められているところもじっくりとこの目で見ておこうかと思います。

【完結】順序を守り過ぎる婚約者から、婚約破棄されました。〜幼馴染と先に婚約してたって……五歳のおままごとで誓った婚約も有効なんですか?〜

よどら文鳥
恋愛
「本当に申し訳ないんだが、私はやはり順序は守らなければいけないと思うんだ。婚約破棄してほしい」  いきなり婚約破棄を告げられました。  実は婚約者の幼馴染と昔、私よりも先に婚約をしていたそうです。  ただ、小さい頃に国外へ行ってしまったらしく、婚約も無くなってしまったのだとか。  しかし、最近になって幼馴染さんは婚約の約束を守るために(?)王都へ帰ってきたそうです。  私との婚約は政略的なもので、愛も特に芽生えませんでした。悔しさもなければ後悔もありません。  婚約者をこれで嫌いになったというわけではありませんから、今後の活躍と幸せを期待するとしましょうか。  しかし、後に先に婚約した内容を聞く機会があって、驚いてしまいました。  どうやら私の元婚約者は、五歳のときにおままごとで結婚を誓った約束を、しっかりと守ろうとしているようです。

今までありがとうございました、離縁してください。

杉本凪咲
恋愛
扉の隙間から見たのは、乱れる男女。 どうやら男の方は私の夫で、女の方はこの家の使用人らしい……

別に構いませんよ、離縁するので。

杉本凪咲
恋愛
父親から告げられたのは「出ていけ」という冷たい言葉。 他の家族もそれに賛同しているようで、どうやら私は捨てられてしまうらしい。 まあいいですけどね。私はこっそりと笑顔を浮かべた。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

自分勝手な側妃を見習えとおっしゃったのですから、わたくしの望む未来を手にすると決めました。

Mayoi
恋愛
国王キングズリーの寵愛を受ける側妃メラニー。 二人から見下される正妃クローディア。 正妃として国王に苦言を呈すれば嫉妬だと言われ、逆に側妃を見習うように言わる始末。 国王であるキングズリーがそう言ったのだからクローディアも決心する。 クローディアは自らの望む未来を手にすべく、密かに手を回す。

恋した殿下、あなたに捨てられることにします〜魔力を失ったのに、なかなか婚約解消にいきません〜

百門一新
恋愛
魔力量、国内第二位で王子様の婚約者になった私。けれど、恋をしたその人は、魔法を使う才能もなく幼い頃に大怪我をした私を認めておらず、――そして結婚できる年齢になった私を、運命はあざ笑うかのように、彼に相応しい可愛い伯爵令嬢を寄こした。想うことにも疲れ果てた私は、彼への想いを捨て、彼のいない国に嫁ぐべく。だから、この魔力を捨てます――。 ※「小説家になろう」、「カクヨム」でも掲載

結婚三年、私たちは既に離婚していますよ?

杉本凪咲
恋愛
離婚しろとパーティー会場で叫ぶ彼。 しかし私は、既に離婚をしていると言葉を返して……

処理中です...